【1862】 季節の変わり目  (まつのめ 2006-09-17 13:26:54)


『【No:314】新説逆行でGO』からの続き物。

【No:314】 →【No:318】(→【No:348】) →【No:326】→【No:333】→【No:336】→【No:340】(→【No:496】) → 【No:516】
                        └【No:814】└【No:558】

 →【No:935】―┬――→【No:958】→【No:992】→【No:1000】→【No:1003】→【No:1265】
           └【No:993】┘

 →【No:1445】→(【No:1483】)→【これ】
   └【No:1447】






 薔薇の館に毎日通うようになって一週間ほど経ったある日のこと。
「お姉さま」
 祥子さまは紅薔薇さまに言った。
「あら、何かしら?」
「仕事が続きません」
「祐巳ちゃんと志摩子ちゃんね?」
「はい」
 そう、まだそんなに忙しくない時期なのに二人も手伝いが毎日来て、二人はもちろん“お手伝い”って名目だから遊ばせておくわけにはいかず、二人の監督に就任した祥子さまは二人のために一生懸命仕事を調達していたのだけど、とうとう仕事が尽きて祐巳と志摩子さんの手が空いてしまったのだ。
 蓉子さまも最初『しばらくは』と言っていたから、判ってらっしゃったのだろうけど。
 祥子さまは、「ふむ」と思いを巡らす紅薔薇さまに続けて言った。
「あとそれから……」
「まだなにかあるの?」
「はい、あの二人が、周りから要らぬ期待をされて困っています」
 これは噂の件のことだ。新聞部の方はどうやら薔薇さまから何か言ってくれたらしく直接アプローチされたり記事になったりはしていないのだけど、相変わらず生徒たちの間では『志摩子さん=紅薔薇のつぼみの妹、祐巳=白薔薇のつぼみ説』がまことしやかに噂されていて、「ただのお手伝いです」と、祐巳も同じ質問い何度答えたことか。
 実はこっちの話はつい先日、朝の祥子さまとの密会で祐巳が相談した内容だった。
 祥子さまも、今のままで毎日二人が薔薇の館に通うのは噂を煽るだけで、志摩子さんと聖さまが近づきにくくなるから何とかしたいとおっしゃっていたのだ。
 何の話か当然判っているであろう紅薔薇さまは、祥子さまの話にとぼけてこう言った。
「困ってる? 要らぬ期待って?」
 祥子さまはそれを見てちょっと苛立ったように言った。もちろんお姉さまに対してだから押さえ気味に。
「お姉さま、お判りでしょう?」
 紅薔薇さまは平然と、しかも反撃してきた。
「あら、その台詞は私から祥子に言うべきものじゃないかしら?」
「お姉さまから私にですか?」
「そうよ。私、“期待”してるのだけど?」
 紅薔薇さまの“期待”っていうのは当然、妹(スール)のことだろう。
 噂を本当にしてしまえばもう困ることも無いだろう、とか言いたいのかもしれない。
 でも祥子さまは紅薔薇さまには見え見えなのにとぼけ返した。
「なんのことでしょう? 私には心当たりがありません」
 仕返しのつもりなのだろうか? なんか祥子さまと紅薔薇さまの化かし合いみたいだ。
 紅薔薇さまは、これ以上突っつく気はないようで、ため息をつくように言った。
「まあ、あなたがそういうのなら今は言わないわ。その様子だと、ちゃんと考えてはいるようだし」
 祥子さまが反撃してきたのが嬉しかったのだろうか、「考えてはいるようだし」と言う紅薔薇さまはちょっと表情を緩めていた。
 でも紅薔薇さまはちゃんと祥子さまのこと判ってらっしゃる。本気で後回しにしようとしている訳ではなく、何か“それについて思惑がある”位には見抜いてらっしゃるのだ。見抜いた上であえて聞こうとはせずに信頼している。
 『前回』、祐巳と祥子さまの一年数ヶ月の姉妹生活で、祐巳は色々なことが見えるようになっていた。“その目”で改めて、祥子さまと蓉子さまを見て、この姉妹の凄さってものがより一層良く判った気がした。祐巳は祥子さまとある意味『ズル』して一年ちょい余分に姉妹経験を積んでいる訳だけど、ぜんぜん追いつけないって思った。
 紅薔薇さまは話を戻して言った。
「つまり、祥子が言いたいのは、お茶汲みだけのために来てもらうのは考え物ってところかしら?」
「そうです。噂を立てるために来ているようなものですわ。意味がありません」
「だったら、また人手が欲しくなったら来てもらうって事にしたらどうかしら? あなたたちはどう?」
 なんか紅薔薇さまは祐巳の方に振ってきた。
 観客よろしく話を興味深く聞いていたので、急に振られてちょっと慌てた。
「は、はい、ええと、別にかまいませんけど……」
「志摩子ちゃんはどう?」
「はい。かまいません」
「また声をかけたら来てくれるわよね?」
 その問いかけには祐巳が答えた。いや、断るなんて滅相もない。
「それはもう、喜んで。ね、志摩子さん」
「あ、はい……」
「良かったわ。でも、気が向いたら、呼ばれていなくても遊びに来てかまわないわよ。おもてなしするわ」
「い、いえ、そんな、おもてなしだなんて」
 祐巳なんかが薔薇さまにもてなされるなんて勿体無い話。
 そんなわけで、時期は梅雨に入ったばかりの頃、祐巳と志摩子さんのお手伝いは、また呼ばれたら赴くという風に戻ったのだった。


 噂話というものは、新しいい話題が提供されなければ、尻つぼみに沈静化するもの。
 祐巳と志摩子さんに関する噂も、二人が毎日薔薇の館に行かないようになって、皆、忙しいときだけ頼まれるって立場を『なんとなくそういうものだ』って納得してくれたのか、特に騒がれなくなっていった。
 そして、その副作用という程のものでもないのだけど、祐巳達、正確には志摩子さんに少しの変化が見られた。
「志摩子さん」
「なあに?」
「もしかして、薔薇の館に行くの嫌だった?」
「え? どうして?」
「だって、元気なかったから」
 なんとなく元気がないな、と思っていた志摩子さんが、“毎日”という義務がなくなってから、また元に戻った気がしたのだ。
「あら、そうかしら」
「うん、なんとなくそんな気がしたんだけど」
「心配しないで。祐巳さんと薔薇の館に行くのは嫌ではないわ。ただ……」
「ただ?」
 志摩子さんは言った。
「緊張していたのかもしれないわね」
(そうかな? 志摩子さんなら薔薇さま方と一緒にいたくらいで緊張するなんて思えないんだけど)
 でも祐巳は未来の既に白薔薇のつぼみだった志摩子さんしか知らなかったわけだから、これは『そういうもの』なのだろうと納得した。


    〜


 志摩子さんが委員会で、祐巳が一人で帰るある日の放課後のこと。
 曇り空に向かって「まだ降らないでよ」なんて念じながら、校舎を出たところでいきなり誰かに声をかけられた。
「ねえねえ、祐巳ちゃん」
「は、はい?」
 振り返ると植え込みの近くに、ちょっと隠れるように江利子さまが立っていた。
 ちょっと来てと言われて、何処へ行くのかと思ったら、人気の無い校舎裏まで連れて行かれた。
 まあ、相手が江利子さまだから、怖い事はないだろうけど、「なんだろう?」と不安に思っていると、周りを見渡して誰にも聞かれていないことを確認してから、江利子さまはいきなり本題に入った。
「あのさ、祥子ってさ、もしかして聖と志摩子ちゃんくっつけようとしてない?」
「え、ええぇ!?」
 そりゃ驚きますとも。祐巳と祥子さまが“お忍び姉妹”なのもその為なのだから。
 でも、激しくリアクションしすぎたと直後に祐巳は反省した。
「……祐巳ちゃんわかり易すぎよ」
 これではその通りだと言っているようなもの。
「うぅ……」
「祥子があなた達の毎日来るのを止めさせたのってその関係よね?」
 そこまで判っちゃうとは。流石、江利子さまは興味があることには鋭いというかなんというか。
 でも、はいそうです、と言うわけにはいかないので言葉を濁した。
「あ、あの、私からはなんとも……」
 突っ込んで聞いてくるかと思ったけれど、江利子さまはそこについては追求する気がないらしくこう言った。
「蓉子が首を傾げてたわ」
「え?」
「最近、祥子の考えていることが判らないって」
「蓉子さまが?」
 そうは見えなかった。
 祐巳が見た蓉子さまは祥子さまのことは判ってらして信頼してる風に見えたのだけど。
 それを言うと江利子さまは、
「ああ、アレはポーズよ。妹に隠し事されて、それが何だか判らないなんて、紅薔薇さまとして格好悪いじゃない」
「そ、そうなんですか?」
 蓉子さまというと、祥子さまのことは何でも判っちゃう凄い人っていうイメージがあったから、そんなことを聞くとちょっと信じられなかった。でも、考えてみれば祥子さまは本当に隠し事をしているわけだから、あながち嘘とは言い切れないのだ。
 あの蓉子さまがそんな見栄っ張りみたいなことするのはちょっとイメージが合わない気がした。
「まあ。私としては普段見られない蓉子が見られて楽しいんだけど」
 無責任にそんなことを言う江利子さま。
 祐巳は聞いた。
「あ、あの、それで、蓉子さまは何かなさるつもりでしょうか?」
「ううん。何も。『祥子を信じる』って言ってたわ」
 私はほっとした。
「だから責任重大よ? 私は祐巳ちゃんが既に祥子の妹だったって知ったときの蓉子を想像すると今から楽しみで仕方が無いわ」
「えっ、江利子さま!?」
 まさか、我慢できなくて言ってしまわないだろうかと心配になった。
 でも江利子さまはそれを察してか、こう言った。
「大丈夫よ。私からは絶対言わないわ。こういうことは後になる方が衝撃が大きいのだし」
 それはそれで問題があるのだけど。あまり長引かせたくないのは本音だった。
「ところで、コレ知ってるのって私だけ?」
 “コレ”とは祐巳が祥子さまの妹だって事から始まる一連のコトである。
「え? ええ、祥子さまが他に誰にも言ってなければ」
「そうか。じゃあ運が良かったのね」
 なにやら「うんうん」と頷いている江利子さまだったが、
「そういえば、いつからなの? 祥子と姉妹って」
 そんなことを聞いてきた。
「え、いえ……」
 下手に答えると色々聞かれてしまいそうだからこう答えた。
「……ご想像にお任せしますってことで」
「まあ、いいわ」
「あの、この事は誰にも……」
「言わないわ。令にだって話してないんだから」
「はあ、恐れ入ります」
「私は干渉する気はないから安心しなさい。ただ見えないところがあるから貴方に確認しにきただけよ」
「は、はぁ」
「貴方たちには期待してるわよ」
「いえ、別に江利子さまを楽しませる為じゃないんですけど……」
「いいわよ。私は勝手に楽しんでるだけなんだから」
 こんな事言ってる。
「楽しいことじゃないですよ」
「だから干渉しないで見てるの。わかる?」
 はぁっ、「人の気も知らないで」ってこのことだ。
 当事者は大変なのに。




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