【1863】 友達百人できるかな?  (クゥ〜 2006-09-17 19:19:18)


 「桂さん!!」
 「あっ、祐巳さん」
 「「ごきげんよう」」
 朝の挨拶、淑女の嗜み。
 少し眠いかなと感じながら、ゆっくりと桜並木をクラスメイトの桂さんと歩く。
 桂さんとは幼稚舎からの付き合いだ。
 初等部に成って多くの新入生が入ってきた。
 勿論、祐巳にも新しい友達は多く出来たが、桂さんとは今でも一番の仲良しだ。
 校舎前のマリアさまに小さな手を合わせ祈りを捧げると、祐巳は桂さんと手をつなぎ。
 リリアン女学園初等部校舎へと向かっていった。


 ―――――祐巳の初等部のお話―――――



 ――四年桜組。
 そこが祐巳と桂さんのクラスだ。
 「「ごきげんよう」」
 「「「「「ごきげんよう」」」」」
 祐巳と桂さんが教室にはいる前に入り口で挨拶すると入り口近くにいたクラスメイト達がいっせいに挨拶を返してきた。
 その後は、クラスメイト達はお喋りに戻る。
 祐巳は桂さんと別れ、自分の席に着く。
 「ごきげんよう」
 「ごきげんよう」
 祐巳は、自分の席の後ろの席の立浪繭さんと挨拶を交わす。
 繭さんは少し可愛らしい感じの娘だが、祐巳は後ろの席ながら余り話したことは無かった。
 だから、そのまま席に着き。
 鞄の中から教科書を出して、授業の準備をしておく。
 「ごきげんよう、祐巳さん、繭さん」
 「「ごきげんよう、朗子さん」」
 少しすると、繭さんの後ろの席の朗子さんがやって来て、挨拶を交わしそのまま祐巳の横を通り過ぎていった。
 鞄の中身を机にしまうと桂さんがやって来て、まだ来ていない祐巳の横の席に座る。
 「ねっ、ねっ、祐巳さん。昨日はどうだった?」
 「えとね。駅の向こうの本屋さんに行ったんだけどね、良いのが無かったよ」
 「そうかぁ」
 「ね、今度、H市の図書館に行かない?」
 「いいわね、何時がいいかお昼にでも決める?」
 「そうだね」
 今、祐巳は絵本に凝っていた。原因は桂さんが気に入っているという絵本を見せてもらったのが始り。
 その後は、二人で初等部の図書館や幼稚舎の先生に頼んで幼稚舎の絵本を見せてもらったりしていたが、なかなか、良いのにはめぐり合えない。
 「ごきげんよう、桂さん、祐巳さん」
 「ごきげんよう、若菜さん」
 若菜さんは祐巳の隣の席。
 「それじゃ後でね、祐巳さん」
 「うん」
 桂さんが席を立つと、若菜さんが「よかったの?」と聞いてきたから「うん」とだけ答えておいた。
 若菜さんは初等部からリリアンに入学したのだが、四年生の新学年度で初めて同じクラスになった。席がお隣と言うことで話すようになり、ご自宅にも一度だけお伺いしたことがある。
 「そういえば、若菜さん」
 「なに?」
 「ワンちゃん、元気?」
 若菜ちゃんのご実家は犬を飼っている。まぁ、多くの家庭が犬くらい飼っているのだが、祐巳が知る限り若菜さんの犬は……魔獣だ。
 「敏行?うん、元気だよ。今朝もラーメン屋のお姉さんと楽しそうにジャレていたから」
 「ラーメン屋さん?」
 「うん、そう……あっ!!」
 若菜さんと犬の話をしていると、先生が来られたので前を向いた。

 今日の授業は、一時間目が算数。

 二時間目は英語。

 三時間目は国語。

 四時間目は聖書。

 「終わった〜!!」
 「もう、祐巳さんたら」
 聖書を閉じ、祐巳は背を伸ばす。
 聖書の授業は嫌いではないが、この曜日の時間割は少しキツイ。
 「しょうがないじゃない」
 「ふふふ、まぁ、分かるけどね。それじゃ、私は行かないと」
 そう言って若菜さんは立ち上がる。
 若菜さんの班は今週給食当番だ。
 四年生だからまだ自分達のクラスだけだが、五年生になると二年生の給食のお手伝いをしなくてはならなくなる。
 お手伝いといえば、今年は四年生なので幼稚舎のマリア祭のお手伝いがあったのだ。
 「どうしたの?」
 「うん、マリア祭のお手伝いが今年はあるなぁと思ってね」
 「そういえばもうすぐね」
 給食前に少し話しにきた桂さんと話す。
 「去年までは、ただ見ていればよかったものね」
 「あと、高等部のお姉さまたちが礼拝堂で行う行事を覗きに行ったりね」
 「そうそう」
 マリア祭のとき、初等部や中等部でも新入生の歓迎会はするが、高等部の歓迎会は憧れに近いものがあり。意味が違う。
 だが、覗きに行くといっても礼拝堂の扉は閉められているので、中の様子とかは知ることは出来ない。
 それでも覗きに行く生徒は多く。また、そのこと事態が楽しかったりするのだ。
 「あっ、来たようね」
 桂さんと教室の入り口の方を見ると白い清潔な割烹着を着た若菜さんたちが給食を運んできたところだ。
 「じゃ、後で」
 そう言って桂さんは自分の席に戻り、祐巳は静かに係りの人たちが給食を配るのを待っていた。
 中には祈りを捧げている人も居たが、祐巳は大人しく待っている間に何時ごろ桂さんと図書館に行こうか考えていた。
 給食が配られ、若菜さんたち係りの人たちが席に着く。
 「それでは……」
 先生が手を合わせ祈りだしたので、祐巳も手を合わせ祈りの間、先生の言葉を聞きながら祈りを捧げる。
 「では、いただきましょう」
 クラス全員の「いただきます」の声が響く。
 給食の間、私語は厳禁だから静かな食べる音だけが響いていた。聞いた話では、高等部になると給食はなくなるらしいが、代わりにお弁当になり自由に友人達と話しながらでも食べられるらしい。
 それを聞いて祐巳は、少しの良いのだろうかという罪悪感と大きな羨ましいなという思いを感じた。
 給食は静かに頂くのでペースは速いが、早く食べればいいと言うものでもなくって、感謝しながら食べなくてはならない。そして、皆が食べ終わってようやくお昼休みが始るのだ。
 「それでは行きましょうか?」
 「そうだね」
 桂さんと教室を出る。
 イキナリ、奇妙な生徒を見つけた。
 「あの、蔦子さん、何しているの?」
 「あっ、あははは」
 蔦子さんは、よく絵を描くときにするような両手で四角を作って何やら覗き込んでいた。
 そして、祐巳たちを見て照れ笑いを浮かべそのまま、後ずさりしていく。
 「何していたんだろう?」
 「さぁ、不思議な人よね。蔦子さんて」
 「そうだね」
 どこかに行ってしまった蔦子さんをそのまま見送って、図書室に向かう。


 「「ごきげんよう、克美さま」」
 「ごきげんよう」
 図書室に行くと、何時もの場所に何時もの上級生を見かけ、何時ものように挨拶をする。
 相手は図書館の主と呼ばれる克美さまだ。
 克美さまは、祐巳たちに挨拶をされ少し面倒くさそうに挨拶を返してくる。
 主と呼ばれるだけあって図書室でよくお会いするので、祐巳たちは挨拶するが克美さまは嫌なようだ。それでも挨拶をするのは、お互いに幼稚舎からの躾が大きいのだろう。
 初等部の図書室は、中等部、高等部が使う図書館ほどの大きさは無い。だが、初等部生だけが使用するとはいってもそれなりの書籍を誇っている。しかも、初等部生とはいっても、一・二年生が来ることは無く。三年生も滅多に来ない。
 実質は四年生以上が使っているので、図書室にいる人は少ない。
 祐巳と桂さんは、克美さまに挨拶を済ませると絵本が置いてあるコーナーに向かう。
 初等部の図書室に置いてある絵本は、ざっと見ても百冊以上ある。その多くは以前からあるものだが、中には祐巳たちが気に入っている最近の大人向けの絵本もあるのだ。
 それでも通いつめているうちに何度も読み、少し物足りない。一応は置いてほしい本のリクエストに『絵本』と書いて提出はしてあるが、そうそう増えてはくれない。
 「今日はどれにする?」
 桂さんはピーターラビットやクマのプーさんなどを出し入れしていたが、祐巳が選んだのはよく名前の知らない絵本作家のモノだった。
 絵が綺麗なので、祐巳は気に入っていた。
 それぞれ絵本を手に持ち、話をするので図書室の隅の席に並んで座る。
 そして、お互いに絵本を見ながら、何時ごろH市に行こうか話し合い、マリア祭の後にしようと決め。
 少し早いがちょうどキリがいいので、本を棚に戻し一度教室に戻った。


 教室では、話をまだしている人もいるが何人かは掃除の準備を始めていた。祐巳も準備をして自分の掃除区に向かう。
 「あっ、何だろう?」
 いつもよりも少し早く掃除区である音楽室に向かうと綺麗な歌声が聞こえてきた。
 「綺麗な声」
 掃除のために少し早めに来たのだが、こんなに綺麗な歌声を聴いていると中に入るのを躊躇してしまう。

 「……これ、マリアさまの心だ」

 祐巳が今ドアを開けると音楽室で歌っている生徒は、歌うのを止めてしまうのではないかと思ってしまい。
 祐巳はチャイムが成るまで、その場にいることにした。
 掃除の開始の合図のチャイムが鳴るまでそんなに時間は無いだろうから、多少待つくらいなんでもない。それに、こんなに素敵な歌声を聴けるのなら尚更だ。
 そう思っているとチャイムが鳴った。
 ……残念。
 案の定、音楽室から聞こえていた歌声は終わってしまった。
 祐巳は小さな溜め息をつくと音楽室のドアを開こうとして……。

 ――ガン!!

 イキナリ開いたドアに頭をぶつけた。
 しかも、歌声が聞こえなくなって残念に感じながら頭を下げた瞬間だったので、モロに開いたドアにぶつかった。
 「きゃぁ!!大丈夫?!」
 「痛った〜」
 ぶつかった頭の場所を手で触るが幸いタンコブは出来ていないようだ。
 「あぁ、大丈夫です」
 ドアを開けた相手は心配そうに祐巳を覗き込んでいたので、祐巳は頭を抑えながら笑顔を相手に向ける。
 相手はどうやら五年生か六年生の上級生のようだ。
 長い黒髪がとても素敵な上級生は本当に心配そうに祐巳を見ている。ドアの外に祐巳がいるなどとは思わなかっただろうから、勢いよくドアを開けてしまったのだろう。
 「冷やすもの持って来ましょうか?」
 「い、いえ!!本当に大丈夫ですので」
 祐巳がボ〜とドアの前にいたのが悪いのだから、これ以上、上級生のお姉さまに心配されるのは祐巳のほうが居心地が悪く。
 祐巳のほうが頭を下げながら音楽室に入ると、その上級生は「そう?」と少し心配そうにしながら「ごきげんよう」と、挨拶しながら教室か掃除区に向かっていった。
 痛みは最初こそあったものの残るようなことはなく。同じ音楽室担当のクラスメイトが来る頃には痛みは納まっていた。
 ただ、痛みが治まると少し残念と思ってしまった。
 先ほどの上級生のお姉さまこそがあの歌声の人物だったようで、祐巳が掃除のために入った音楽室には誰もいなかった。ただ、あの時は痛さと恥ずかしさでそんなことまで気が回ってはいなかったのだから仕方がないだろう。
 祐巳は少し残念に思っていたが、早めに来ればまたあの歌声が聴けるかもしれないと思っていた。
 「そういえば、マリアさまの心と言えば幼稚舎のマリア祭で幼稚舎の子たちが歌う曲だ」
 だとすればもうすぐ行われるマリア祭の幼稚舎の子たちのために練習していたのかも知れない。
 歌も心も本当に綺麗な人なのだろう。
 祐巳は少しマリア祭が楽しみに成ってきた。


 ……が、マリア祭当日。

 祐巳の想いも空しく、四年生は雑用に追われていた。
 初等部の一・二年生は三年生達と天使の格好をして花を持った幼稚舎の生徒達を初等部のマリア像の前で歓迎し迎え。五年生と六年生は、幼稚舎の先生方と一緒に幼稚舎の女の子たちを引率しているというのに、四年生は幼稚舎の女の子たちがうっかり落とす花を拾い集めたり。
 撒き散らす花びらを後ろから掃除していたり。
 一つのマリア像に花を飾りすぎて花の無くなった女の子に花を届けたりと、雑用に駆け回り。
 歌など聴いている暇など無かった。
 「ふぅ、忙しいね。そっちは?」
 「こっちも忙しいよ」
 祐巳は予備の花を受け取りに行く途中で、片づけをしている桂さんと出会い少しだけ話してから、すぐに自分の仕事に戻る。
 温室に行って準備をしている四年生から花束を受け取り、急いで幼稚舎の女の子達を追いかける。
 本当に忙しい。だが、同じ事を祐巳が幼稚舎の頃に今は高等部くらいの上級生のお姉さまたちがやってくれていたのかと思うと、自分も頑張らないといけないという気になる。
 「そういえば……」
 祐巳は急ぎながら、自分の幼稚舎でのマリア祭を思い出す。
 あの時、祐巳は……。
 「ん?」
 祐巳が自分の幼稚舎の頃を思い出そうとしたとき、前の方に今にも泣きそうな顔で立っている幼稚舎の子を見つけた。
 周囲にはもう他の幼稚舎の子たちも引率しているはずの先生や上級生のお姉さまたちの姿も見えない。
 「ね、どうしたの?」
 「……」
 こんなところに一人でいるなんてと思いながら声をかけるが、女の子はジッと黙っているだけだった。
 「ね」
 できるだけ優しい笑顔で話しかけてみる。
 「おトイレ……おトイレに行ったの」
 「おトイレ?」
 「うん、ひとりでいけるから」
 どうやら女の子はおトイレに行ってはぐれたらしい。先生や一緒にいたであろうお姉さま方に一言言えばこんなことには成らなかったのだろうが、それを言っても仕方がないだろう。
 「そう、それじゃ、お姉さんと一緒に行こうか?」
 祐巳は花を持ち直し、片手を開けると女の子の手をとる。
 「お名前は?」
 「アイ」
 「アイちゃんか、私は祐巳、よろしくね」
 「ユミ、おねえさま?」
 お姉さまと呼ばれると少し恥ずかしいが悪くは無い。
 「うん、それじゃ行こうか」
 祐巳はアイちゃんの手をとり、先を急ぐ。
 少しすると幼稚舎の子達が撒いた花びらを片付けている四年生たちがいた。
 祐巳はアイちゃんと挨拶をしながら通り過ぎ、その先を行く幼稚舎の天使たちを見つけ急いで合流する。
 「あら、どうしたの?」
 祐巳とアイちゃんに気がついたらしい上級生のお姉さまが声をかけてくる。
 「あの、迷子に成っていたみたいで」
 「えっ!?そうなの」
 髪の長い少しハーフぽい感じのその上級生は、アイちゃんを覗き込む。
 「そうなんだ、気がつかなかったよ。ありがとうね」
 「じゃ、アイちゃん」
 祐巳はアイちゃんをその上級生のお姉さまに任せようとするが、突然、アイちゃんは祐巳のスカートを握り抱きついてきた。
 「あら?」
 「ユミおねえさまがいい!!」
 「おやおや」
 上級生のお姉さまは笑っていたが、祐巳は突然のことに戸惑ってしまう。
 「あ、あの、アイちゃん?」
 アイちゃんは祐巳が手を離そうとすると、イヤイヤと首を振り祐巳の手を自分から掴んできた。
 「どうしましょう?」
 「仕方ないから、そのまま一緒についていきなさい」
 「ですが……」
 「いいから、いいから」
 上級生のお姉さまはそう言いながら、アイちゃんではなく祐巳の持っていた花束を取り上げる。
 「これは私が届けておくから」
 「いえ!!それは私が」
 「はいはい、いいから」
 祐巳はどうしようか迷ったが、アイちゃんを見て花束を上級生のお姉さまに任せることにした。
 「それでは申し訳ありませんが」
 「うん」
 「じゃ、アイちゃん行こうか」
 「うん!!」
 祐巳は、上級生の言葉に甘えそのままアイちゃんと一緒にマリアさまの心を歌いながら皆についていく。
 おかげであの上級生の歌を聞くことは出来無そうだが、代わりに聞こえるアイちゃんや幼稚舎の子たちの歌声は本当に可愛いものだった。
 行く先々で、中等部や高等部のお姉さま方が歓迎してくれた。
 大学部では、大学部のお姉さま方が幼稚舎の子たちばかりではなく、祐巳たち初等部の生徒達にもキャンディーを配ってくれていた。
 そして、大学部のマリア像から最後のマリアさまがある高等部のところに来ると。今までで一番大勢の高等部のお姉さまが待っていて、その先頭には祐巳だって知っている今年度の薔薇さまとつぼみたち、山百合会メンバーが揃って待っていた。
 これには幼稚舎の子たちよりも、祐巳たちの方が緊張してしまう。
 薔薇さまたちが幼稚舎の子たちを迎えてくれている中にいつの間にかアイちゃんも混ざっていた。
 アイちゃんは祐巳といる間に徐々に元気を取り戻し、今では皆と並んで楽しそうにマリア像に花を飾っている。
 「大丈夫そうね」
 祐巳はそう思い、自分の本来の仕事に戻ろうとその場を離れようとする。
 「ちょっと貴女」
 「はい?……えっ、あっ!!」
 その場を離れようとした祐巳を呼び止めたのは、紅薔薇のつぼみだった。
 「あ、あの何か?」
 「持ち場を離れてはダメよ。キチンと幼稚舎の子供たちを見ていてあげないと、突然迷子になる子もいるのだから」
 「あっ、はい、ですが私は四年生なので」
 「あら、そうだったの?でも、さっき幼稚舎の子と一緒にいたわよね?」
 四年生は雑務、そんなことは外部入学で無い限りは承知のことだろう。
 「あっ、それは……」
 事の顛末を話そうとしたとき、アイちゃんが笑顔で祐巳に抱きついてきた。
 「ユミおねえさま!!なにしているの!!」
 「あぁ、アイちゃん」
 「あら、懐かれているのね?」
 「えぇ、まぁ、さっきこの子が迷子に成っているのを見つけそれで懐いてくれたみたいで」
 「迷子?」
 紅薔薇のつぼみはそれで四年生である祐巳がいることに納得したようで頷く。
 「それでね」
 「はい」
 「そう、それなら最後までいておあげなさい。その方がアイちゃんも喜ぶでしょうから」
 「ですが」
 「ふふ、大丈夫よ。私にも経験があるの」
 「え?紅薔薇のつぼみもですか?」
 祐巳の言葉に、紅薔薇のつぼみは頷く。
 「初等部のときに、やっぱり迷子の幼稚舎の子を見つけてね。その子が懐いてくれて、ちょっと嬉しかったわ」
 「えっ?」
 祐巳は紅薔薇のつぼみの言葉にハッとする。
 紅薔薇のつぼみの経験は迷子を見つけたほうの話だったが、祐巳は迷子に成った経験もあるのだ。
 時期は合う、その頃は覚えていたはずのお姉さまの名は思い出せない。
 祐巳は、もしかしたとも思ったが口にはしなかった。代わりに「そうですね」とだけ。紅薔薇のつぼみに答える。
 「アイちゃん、行こう」
 「うん」
 紅薔薇のつぼみと別れ、アイちゃんと幼稚舎の方に歩いていく。

 そして、アイちゃんは幼稚舎で待っていたお母さまを見つけると、嬉しそうに祐巳の手を離し走っていく。

 そういえば祐巳も迷子に成ったとき、幼稚舎まで連れて来てくれたお姉さまの手を離し走ってお母さんのところに戻った記憶がある。

 祐巳は嬉しそうに走っていくアイちゃんを見ながらそんな事を思い出していた。


 「ユミおねえさま、ばいばーい」


 祐巳はアイちゃんに手を振って、初等部のほうに戻っていった。






 この題名なら、初等部かなと思ったので。

                    『クゥ〜』


一つ戻る   一つ進む