※クロスオーバーですので、興味が無い方はご注意を。
「令ちゃんの………」
穏やかな昼下がりの、学校からの帰り道。
黄薔薇姉妹の支倉令と島津由乃が二人して、会話しながら歩いていた。
いつものように、令の口から漏れたのは、本人からすればまったく普通の言葉だったのだが、由乃からすれば逆鱗に触れる内容だったので、まぁ当然ながら由乃は、何の躊躇いもなくいつものように拳を振り上げた。
本来なら、「バカー!!」と由乃の口から続き、手に確かな手応えがあるはずなのだが、
「バ………」
で絶句し、動きが止まってしまった。
何故なら、『どげす!』と嫌〜な音が聞こえた瞬間、令の身体が、現在の場所よりも10メートルほど前方にすっ飛んでいたのだから。
声にならない悲鳴を上げ、更に数メートル転がりつづける令の姿は、ありえなさ過ぎて逆に滑稽だった。
「へっへ〜ん」
令に気を取られていたので気付かなかったが、由乃の隣には、一人の女性が立っていた。
年の頃は二十歳前後、白いポロシャツに赤いスカート、三角巾にエプロンで、手に持つのは鈍く光る、『鬼丸』と書かれた銀色のオカモチ。
「さぁもう心配ないよ。アンタを困らす悪い男は、私が退治してやったからね!」
ニヤリと笑みを浮かべ、親指をピッと立てたその女性の姿は、妙に誇らしげだった。
が、
「イキナリ現れて何するかー!?」
由乃は叫びながら、令にぶつけるハズだったパワーを振り絞り、その女性に向かって渾身のパンチを放った。
しかし、
「うおぉ!? 何をする!」
当然ながら、避けられた。
「何をするじゃないでしょう!? 突然現れたかと思ったら、令ちゃんをあんな愉快な姿にしてくれちゃって!」
由乃が指差す先には、手足や首をあらん方向に向けた令がピクピクしていた。
「でもアンタ、あの男に困ってたんだろ? だから助けてやったんじゃないか」
「困ってない! ついでに令ちゃんは男っぽくみえるけど男じゃない! おまけに助けられるようなことも無い!」
結構短気な由乃ではあるが、ここまで激昂するのもめずらしい。
おそらく相手の声が、凸の声に似ているからだと思われる。
「と、言う事は………、また私の早とちりってことかい? マイッタねぇ、今日で15回目だよ」
「多いわよ!」
言い捨てた由乃は、慌てて令の元に駆け寄った。
「令ちゃん、大丈夫?」
「あ、痛たたた………、何? 何が起きたの?」
流石は武道で鍛えられた身体、身を起こして辺りをキョロキョロする令の姿は、すでに普通の状態に戻っていた。
「あー、すまないねぇ。勘違いとはいえ、迷惑かけてしまって。お詫びさせとくれよ」
神妙な顔付きで謝るその女性に、まぁ無事だったから良いかと、かなり適当な感情のまま、とりあえず頷く由乃。
「お詫びって?」
「ああ、見ての通り、私の家は中華料理屋なんだ。お詫びにご馳走させてもらうよ」
『鬼丸美輝』と名乗ったその女性は、令と由乃を軽々と肩に担ぎ上げ、土煙を上げて走り出した。
「どーして、千葉県に店を構える鬼丸さんが、仕事着で東京に居たのかとても興味があるんだけど………」
「はっはっは、面白いこと聞くねぇ。出前に決まってるじゃないか」
「嘘吐くんじゃなーい!!!」
ガン!
鬼丸飯店のおカミさん、真紀子のゲンコツが脳天に直撃したため、美輝は音も無く崩れ落ちた。
「まぁこのバカはほっといて。何にせよ、二人には迷惑かけたみたいだからね。お詫びに好きな物食べてっとくれ。もちろん無料だからさ」
引き攣った笑みでメニューを広げるおカミさんに、恐いもの知らずの由乃も、若干腰が引けていた。
「は、はぁ………、ご馳走になります」
「遠慮はいらないからね」
あまり高過ぎず、安過ぎもしないメニューを二人して選び、出来上がるのを待っていると。
「うおーっすおカミさん。頼まれたネギ持ってきたよ」
「ああ、あきちゃん。いつも済まないねぇ」
「おや?こんな時間帯にお客さんとはめずらしい………ってしかもその制服、ひょっとしてリリアン?」
『あきちゃん』と呼ばれた変な眉毛の青年は、由乃たちの制服を見て、驚いた顔をしていた。
「ご存知………なんですか?」
一気に不信感が募る由乃。
なぜ千葉の八百屋がリリアンの制服を知っているのか。
「ああ、こいつは隣の八百屋『八百黒』の太田明彦と言って、名前の通り『オタク』で『変態』なんだよ。マニアックなことを知っていても全然不思議じゃないから」
「誤解を招くようなことを言うな!!!」
泣きながら美輝につっかかる太田だが、あっさりと叩き伏せられてしまった。
「近所に花寺って学校あるだろ? あそに友人が通ってたんで、近場のリリアンも少しだけだが知ってたんだよ」
頭から血を流しつつ、それなりに筋の通った弁解をする太田だったが、由乃の不信感が拭い去られることはなかった。
「鬼丸美輝ー!!!」
令と由乃が、注文した料理に舌鼓を打っていると、入り口から一人の男が姿を現した。
大柄で引き締まった身体つき、そして何故か頭髪が白い、二十代半ばぐらいの青年だった。
「今日も俺の挑戦を受けてもらうニャー!!!」
『挑戦状』と書かれた挑戦状を、美輝に差し出す青年。
「悪いが今仕事中だし、特別なお客さんが来てるんだ。アンタと遊んでる暇はないよ」
「遊びじゃないニャー! それにお客と言っても男女のカップルが一組だけじゃないか。仕事と勝負、どっちが大事ニャー!?」
「仕事に決まってんだろ!?」
「うわぁ、めずらしく正論だ」
普段の美輝なら、メンドくさがって受けないか、おカミさんにどやされて受けられないかの二つに一つが多いので、太田は思わず呟いた。
しかし、太田の呟きは無視された。
何故なら、何時の間にか席を立って、全身から凄まじい気を放っている令に、美輝も青年も動きを止めて注視していたのだから。
「さっきから聞いていれば、人のことを男だの、男女のカップルだの………」
こんな状況なら、嬉々として相手をするはずの美輝だが、相手が迷惑をかけてしまったお客さまである以上、下手に手出しは出来ない上、何よりも母さん─おカミさん─の一撃が怖い。
何気ないフリして、カウンターの中に退避していた。
「改めないと、叩きのめすわよ!?」
ビシと差した、令の指先の向こうには、青年だけがただ一人。
怒りに半分我を忘れている令には気付けるはずもなかったが。
「面白い! 本来なら女性には手を出さないが」
「美輝ちゃんは?」
「その気合は本物、受けて立つニャー!」
太田のツッコミはあっさりスルーし、いつもの構えを取った青年。
「俺の名前は西山勘九郎! 『西山流必勝術』で、手加減はしないニャ!」
「『支倉流』門外秘伝の必殺技で、この支倉令、アナタを倒す!」
二人の拳が、目にも止まらぬ速さで交差した。
「ふん」
鼻で軽く息を吐き、元の席に戻った令。
勘九郎は、入り口の戸を突き破り、上半身を店の外、下半身を店の中にしてダウンしていた。
「おおー凄いね。支倉令って言ったっけ? わたしゃ強いヤツの名前は忘れないよ。いつか手合わせしてみたいもんだねぇ」
「すげぇ、勘九郎を倒すなんて」
感心する美輝と太田の二人。
花見町でも屈指の強さを誇る勘九郎を下したと言う事は、令の強さは美輝に並ぶということになる。
感心するのも無理からぬところだ。
「いらない体力使っちゃったわ。おカミさん、チャーハン追加ー」
「あいよー」
もはや遠慮をなくした令は、お腹がいっぱいになるまで、タダメシを喰らい続けたのだった。
「それにしても、こんな所に来てまで何をしてんだか………」
美輝に最寄の駅まで案内されながら、夕日が沈み行く中、ボソリと呟いた令。
帰り道でブン殴られ、千葉まで半ば無理矢理連れて来られ、美味いもの食べてたと思ったら、失礼なヤツとガチンコバトル。
本当に、何をしてんだか。
「いやぁ、面白かったねぇ。またウチに来ておくれよ」
『いえ、それはちょっと』
声を揃えて、美輝の言葉に否定の声を上げる二人。
「わざわざ千葉まで来ることがないからなぁ」
「ウチに食べに来てくれたらいいじゃん」
「出前してくれれば問題なしよね」
冗談めかして由乃が言ってみたが、美輝が実際に東京まで来ていた以上、本当に出前に来るかもしれない。
「ほう、それはいいアイデアだ。いつでも電話しておくれ」
笑顔の美輝から、二つ折りカードサイズのメニューを受け取った由乃は、何故かラーメン屋をしている友人の顔を思い浮かべた。
その時、交差点の影から白い塊が飛び出し、美輝に飛びついた。
「敏行!?」
花見町で、唯一美輝と同レベルの戦闘能力を有する『犬』。
由乃たちの目の前で、人知を超えた非常識な戦闘が始まっている。
「どうしよう、令ちゃん」
「んー、待つしかないんじゃない? 道が分からないし」
待つことしばし、ポンとトンボを切って、一旦美輝から距離を取る敏行。
このまま睨み合いが続くと思われたが、
「こら、敏行!」
一人の少女が現れ、犬の頭をポカリと叩いた。
「ケンカしちゃダメって、いつも言ってるでしょう!?」
さっきまでの凶暴さもどこへやら、借りてきた猫(犬だけど)みたいに大人しくなった敏行に、違和感バリバリ。
「今日のところはおあずけだよ。今はお客さまをお送りしてる途中だからね」
血を流しながら、敏行を指差す美輝を尻目に、興味が湧いたのか令は、そっと敏行に近づいた。
その時、敏行がバッと令にまで飛び掛った。
次の瞬間、そのまま令を押し倒した敏行は、彼女の顔を、ベロベロベロと舐めまくった。
「─!─!───!?」
じたばたと暴れる令だが、敏行はまったく離そうとしない。
「わぁ、敏行があんなに懐いてる。あの人、よっぽどイイ人なんですねぇ」
イイ人大好きな敏行は、飼い主である若菜に引き離されるまで、令の顔を舐め続けていた。
「ほら、あの駅から、東京に行けるよ。今日はアンタ達に会えて、本当に良かったよ」
「あーいえいえ、ごちそうさまでした。美味しかったですよ」
「そーかい? 嬉しいじゃないか。じゃぁね、気を付けて帰るんだよ」
『ごきげんよう』
まさしくご機嫌で去って行く美輝の背中を見ながら、由乃と令は顔を合わせ、そっと疲労の溜息を吐いた。
帰りの電車の中、実家から帰る途中の二条乃梨子─白薔薇のつぼみ─にたまたま遭遇した二人。
千葉に実家があると言う事で、鬼丸飯店のことを話していると、
「はぁ………、行っちゃったんですか」
あ〜あ、やっちまったよコイツラ。
そんなニュアンスを隠すことなく、呟いた乃梨子。
「え? ダメだったの? 何かあるの?」
「………イエ、ナニモアリマセンヨ?」
「何その不自然な態度は!? ねぇ、教えてよ!?」
決して視線を合わせようとしない乃梨子に、車内にも関らず大声で詰め寄る由乃だが、相手は黙して語らず。
言いようの無い不安が、二人を襲いまくったのだった。
後に、リリアンに通う千葉出身の生徒全員から話を聞こうとしたが、全員乃梨子と同じく、決して真実を語ってくれることはなかったと言う………。