【1883】 日々  (オキ&ハル 2006-09-30 07:44:32)


もちもちぽんぽんしりーず。

【No:1878】―【No:1868】―【No:1875】―これ






「私はもう決めてるから。」
江利子の言葉に、彼女のお姉さまの従姉妹のことを思い浮かべる。
「ああ、由乃ちゃんだっけ?」
「そう。」
3月に入ってもまだ薄っすらと寒さを感じる。
「聖はどうするのかしらね?」
ここにはいないもう一人を思う。
「聖ね〜、もしかしたらつくらないかもね。」
「・・・そうね。」
過去を思えば強要することを自分はしないだろう。
「ここはやっぱり蓉子だよりかしらね。」
笑いながら言われる言葉にため息が出る。
頭の中の妹をつくるの欄に『仕事が出来る』がプラスされた。
本来、お互いがお互いを選ぶはずなのにこんなことまで考えてしまう私は
やっぱり私なんだなぁ。と思ってしまう。







『み、みたらしがいいよぉ〜』
(福沢祐巳本日の寝言集より抜粋)









入学式が過ぎた。
別に早い者勝ちというわけではないけど、目を引く一年生は早々に目をつけられる。
とりあえずは、中等部での部長、委員長、そんなとこだろうか。
まるで義務のように思考の端に『妹づくり』を貼り付けて学園生活を過ごしていった。


「はー。」
軽く頭を振った。
慣れないことはすべきでないと強く思う。


ある日、ちょっとした用事で職員室に向かったのだけど、必要なことを聞き用事を済ませて薔薇の館へと向かう最中
「ごきげんよう、紅薔薇の蕾。」
「あら、ごきげんよう。」
4人組のグループに出会った。
タイの真新しさとなんとなく初々しい感じからして一年生だろうか。
「一年生かしら?」
「はい。」
一人が代表して受け答えする。
「もう学園生活には慣れた?」
「ええ、多少まだ慣れないこともありますけど。」
「そう。」
頑張って、とでも言ってこの場を去ろうとしていると
「私、中等部では学年代表の一人でしたの。」
彼女は言葉を続けた。
「それで、それが薔薇さま方のために生かせると思いますの。」
それをきっかけに、後ろにいた人も口々にその子が如何に優秀だったかを話し出す。
私は、薄い笑みでそれを聞くと
「ねぇ、私のことどう思う?」
一瞬、え?という顔をすると気を取り直して
「素敵だと思います、仕事は出来ますし、お綺麗だし、全校の憧れの的です。」
私はちょっとだけ目を細めながら
「本当?」
「っつ、え、ええ。」
彼女は、後ろの子達に「そう思うわよね?」と言うと、慌てた声で賛同の言葉が聞こえた。
「そう、ありがとう。あなたたちも頑張ってね。」
私は、その場を離れた。
ここ最近同じように話しかけられることが多い。
彼女たちは可愛いと思うし、きっと優秀で仕事も出来るのだろう。
資格的には十分申し分ない。・・・ないのだけど、ぴんとくるものがなかった。
初めて妹をつくるのだからわからない部分もあるけれど、こんな感じで良いのだろうか。


そんな日々を過ごしていて、今日も寄ったクラブの帰りにつかまった。
薔薇さまとしても、そしてこの中に未来の妹がいるかと思うと邪険にも出来ない。
いつものように切り上げて、薔薇の館に向かうのにはしばらく時間がかかりそうだった。
ため息をつきながら、薔薇の館の前にたどり着くと人の姿が見える。
ツインテールをぴょこぴょこさせて「はわー」だの「はー」だの、笑ったかと思えばため息をついたり、挙動不審丸出しだった。
「何か御用かしら?」
きっと毎年何人かいる館の見学者だろう。
私はからかい半分で声をかけた。












「会いに来てね。社交辞令じゃないわよ。」


館の中に入った私は少しだけ楽しんでいた。
部長、委員長の中にあんな子はいなかったはずだ。
つまり、特に有名な子ではないのだろう。
階段に一歩足をかけた。

あんな子がいるのだから。

妹探しもそう悪くない。

正面の三本の薔薇がいつもより少しだけ鮮やかに見えた。




初夏




「ごきげんよう、蓉子さまおひとりですか?」
「ごきげんよう、今日は掃除が休みでね、あとの2人も終わり次第来ると思うわ。」
藤堂志摩子ちゃん、ある日お姉さま方から『お手伝い』として紹介された。
もちろん、それを本気にしているわけではない。
「紅茶でいい?」
「結構です。自分でやりますから。」
そう私を押しとどめると、いつも彼女が座っている椅子に鞄を置いた。
「そう。」
上げかけた腰を落とす。
流しに向かう彼女見ていつも思うことを思う。
まるでお人形のよう。
それもいつの日にか買ってもらったお人形。
今は持っていない、過ぎていく日々の中でいつの間にか失くしてしまったお人形。
メランコリーとでも言うのだろうか?
そんな印象の少女。
知っている誰かさんにどこか似ていた。
(・・・一年生か。)
「ねぇ、志摩子ちゃん。」
「はい?」
「ああ、いいわ。そのまま聞いて。」
彼女は振り向きかけていた体をまた流しに向けた。
「一年生で、ツインテールにリボン、それで少し童顔な感じの子知らない?」
カチンという陶器と陶器のあたる音。
「・・・それだけでは分かりかねます。」
「・・・そうよね。」
ため息をついて、おまけに頬杖もついた。
「何か、あったのですか?」
こぽこぽという音とともに紅茶のにおいが届く。
「ちょっと印象深かったのよ。」
あの子のことをたまに思い出すことがある。
ほんのちょっと気を緩めた瞬間に、まるで水面に泡がぷくっと飛び出すように。
「妹に、ですか?」
カップを持って席に向かう志摩子ちゃんをつい凝視してしまった。
「・・・どうしました?」
私の視線に気付いたらしい。
「考えたこともなかったわ。」
おかしな話だけど、今の今まであの子を妹にって思ったことはなかった。
どうしてだろう?
「妹に、と思って聞かれたのではなかったのですか?」
「今まで思ったこともなかったわ。」
「では?」
「どうかしら?山百合会に相応しいとは限らないもの。」
「そうですか。」
何故私はあの子を妹にしたいと思わなかったのだろう?
あのときを思い出す。









「本当?」






「はい。」









とても素直で、真っ直ぐな子だった。

ああ、だからだ。
あの子は普通に学園生活を過ごしてほしいと思う自分がいるからだ。
一口だけ紅茶を飲んだ。

「でも、」
志摩子ちゃんの言葉にそちらを見た。
「いえ、何でもありません。」
「そう。」
自分の都合だけで生きられたらどんなに楽だろう。
「・・・会いに来てくれないかしら。」
「約束でもなさったんですか?」
「会いに来てね。とは言ったわ。」
「まぁそれでは。」
そうだろう、ただでさえ敷居が高いといわれるこの館に私に会うためだけに来るなんてありえるだろうか。
「約束とは呼べないでしょうね。」
そうね、あれは約束じゃない。
「何の用事でも良いわ。」
だから、このくらいは良いでしょう。
「もし、私に会いに薔薇の館に来てくれたなら、私はあの子の姉になりたいわ。」
「来てくれるでしょうか?」
「くすっ、いつだって女の子は自分をさらってくれる白馬の王子様を待っているものよ。」
志摩子ちゃんも、私の言ったことにちょっと驚いた後、くすっと笑った。
そとから、ギシギシという階段を上がる音がする。
「どうやら来たみたいね。お茶の準備をしましょうか。」
「はい、お手伝いします。」
私たちは席を立った。










―――白薔薇の蕾が藤堂志摩子にロザリオの授受をして断られた―――

そんな噂が流れた。
あまり動きすぎると真実だったかのように受け取られてしまうので、出る杭だけ打たせいてもらった。
ただ私も確認したわけではないけれど、多分それは真実だと思う。
高等部からの付き合いだけど、一年ちょっとも付き合っていればなんとなく気付くものはある。
それに、聖と志摩子ちゃんがなんとなくぎこちないのも。
お姉さま方も、「今すぐというわけにはいかないけど、志摩子ちゃんが来てくれる回数を減らしても良いのよ。」と言ってくれていた。
「いえ、大丈夫です。出来るならこのまま志摩子にお手伝いをさせてもらえませんか?」
本人の口から出た言葉なだけに誰も否ということは出来なかった。
ロザリオを渡す際どんな会話があったのだろう?
私には見当もつかなかった。
そして、それが正解であったのかも。
お姉さまに聞く気も起きなかった。
でも、聖は何かが変わり始め、志摩子ちゃんは表面上何も変わらなかった。
そんな風にして何も変わらない日々は流れていった。


「それで何人か目処はついてるの?」
ある日の帰り道、私とお姉さまはバス停までの道を2人で歩いていた。
「ええ、まぁ。」
「焦らせるつもりはないけれど。」
「解っています。」
お姉さまにはあの子のことを言っていない。
「すぐに行きなさい。」とまでは言わないだろうけど、誰かの手が入るのが嫌だった。
それに、名前も好みも何も知らない子を妹にと言って、この厳格と言えなくもない姉が許すだろうか?
あれから志摩子ちゃんに2回聞いたけど、やっぱり分からないと返ってきた。
マリア像が見えてきた。
手を合わせるという習慣に最初は慣れなかったものの、今ではやらないほうが変な感じだというのだから可笑しなものだ。
私にとってこの時間は今日を振り返る時間としている。

今日の言動、終わらせた仕事、明日するべき仕事

そして、少しだけ願う。

明日来てくれますように。


まるで乙女のようだ。



そして、夏休み前になると秋の文化祭の話になる。
今年山百合会のする演目は『シンデレラ』にしようという話になったのだけど、蕾がイメージに合わないということで結局志摩子ちゃんにお願いすることになった。
志摩子ちゃんは、既に蕾の妹ではないのにそれと同様に扱われている。
・・・それが正しいのかは分からないのだけど。

「聖、これ持っていって頂戴。」
「はい。」
手渡された書類を持って扉を出て行く。
志摩子ちゃんのほうに視線を転じれば、もくもくと仕事をこなしている。
どうすることも出来ない自分にため息をつくとカップに手を伸ばした。
持って、カップが空であることに気付き
「お代わり入れますけど。」
私の言葉に何人か手を上げる。
自分がやると言う、由乃ちゃん達を押しとめてお盆にカップを載せた。
流しまでの途中、窓から外が見える。
今部屋を出て行った聖が誰かに手を振っていた。
不愉快になる心を感じながらも、自分にはどうも出来ない。
もう一度ため息。
そのまましばらく外を見ていた。

「どうしたの蓉子ちゃん、誰かいる?」
黄薔薇さまの声。














「・・・いいえ、誰も。」

私は、流しに向かって歩みを進めた。










妹の候補は3人までに絞られた。
お姉さまも事あるごとに口にしていた。
私は愚図愚図と先延ばしにしていた。


実際、この頃になると諦めが生まれていた。
あの子はもうお姉さまが出来ていることだろう。
楽しく過ごしているならそれはそれで良い。
ただ、仕方なかったと思おう。
この世界は私が中心ではないのだから。
私が気に入ったからと言って、無理やり窮屈な世界に押し込めることは出来ない。
私の思いなんか関係無く、日々は流れていくのだから。

「由乃、演劇部、それと衣装班の進行状況見てきてくれない。」
「はい。」
江利子の言葉に由乃ちゃんは部屋を出て行く。
「紅茶入れなおしますけど。」
一息入れたいのだろう、江利子の言葉にみな一様に手を止める。
結局、言いだしっぺの江利子と志摩子ちゃんが入れなおした。
少し休憩ということで雑談を始めたのだけど、季節柄話題は文化祭の話になった。
「そういえば、花寺学院の文化祭は結構面白かったね。」
「そうね、思ったよりは楽しかったわ。」
隣にある花寺学院とは、文化祭のたびに人を何人か派遣するのが伝統になっていて
今年、黄薔薇さま、白薔薇さま、そして紅薔薇さまの代理として私が行ってきた。
「祥子も来れば良かったのに。」
「嫌よ、そんなところ。」
黄薔薇さまの言葉にまるで苦いものでも食べたかのような顔をして紅茶を飲んだ。
「お姉さまもそろそろ男嫌いを直したほうがよろしいと思いますが。」
これは先代紅薔薇さまにも言われたこと。
「煩いわね、妹もつくれない貴女に言われたくないわ。」
「それは、今関係ないと思いますが?」
「そんな自分のことも満足に出来ない人に言われたくないってことよ。」
確かに、ここ一ヶ月まったく進展していない。
そして、これが八つ当たりだと分かっている。分かっているが。
「ちょっと祥子。」
「もしかしたら、私の在学中には見れないかもしれないわね。
そうしたら私はお姉さまに顔向けできないわ。」
「それは、私の努力が足りないということでしょうか?」
「貴女がそう思うならそうなのではなくて?」
「祥子。ちょっと、静も止めてよ。」
「分かりました、連れて来れば良いのでしょう。」
「そうね、出来るだけ早いほうが良いわね。」
「今すぐ連れて来ます。」
私は席を立った。
「蓉子ちゃん。」
今まで見ているだけだった白薔薇さまの声。
「もうこんな時間だから、もし居なかったら帰って来て良いからね。」
なんのことか分からないまま、私は部屋を出てゆく。

外に出ると空を見上げた。
暗くなりそうな空に浮かぶのはもう秋の雲。
頭の中で絞った三人を浮かべる。
どの子も可愛いし、良い子、そして仕事も出来る。
ただ、決め手が無かっただけだ。



(どちらにしようかなまりあさまの・・・)


最後はマリア様に放り投げた。














残念












どうやら時間切れみたいね













ばいばい、白馬の王子様













今回はかなり難産でした。これからは、後のことを考えて話を展開しないといけないと強く学びました。次の話どうしよう?(おい!)(オキ)
2年生の蓉子様、どんな感じだったんでしょう。オリジナル色強すぎです。(ハル)
ボタン、コメントありがとうございます。


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