私には、妹にしたい一年生がいた。
その生徒とはほんの偶然であっただけ。
それは、そう桜がまだ残っている頃のこと。
入学したばかりのように見えるその生徒は大きな荷物も持って職員室に向かうところだった。
私は、その頃はクラスメイトたちや同じ部活の同級生達と妹のことで良く話していた。
大抵、部活をしていれば同じ部活から姉妹の相手を見つけるのが普通だが、それでも部活以外で運命的な出会いとかを夢見ている。
せっかく妹を持つのだ。
運命的な出会いとか。
思い出に残るようなロザリオの授受とか。
そんな事を夢見ていたときだった。
少し荷物が多いのか、その生徒は少しふらついていた。
「危ないなぁ」
私はそう思いながら、その生徒に声をかけ。お手伝いをしてあげた。
その生徒は部活やよく見る一般的な下級生達と何も変わらない普通の一年生だった。
彼女の名は福沢祐巳。
少し話しただけだったが、よく変わる表情豊かな一年生。
そのときはその程度しか思っていなかった。
困っている生徒を見つけたら手伝うのは当たり前のことで、劇的な出会いとは程遠かったし。
彼女は普通の生徒に見えたから、だから運命的な出会いとかまったく考えていなかった。
それから、彼女とは時々出会った。
出会うといっても廊下ですれ違うとかその程度。
そのうち同じ部活のお姉さまから妹を作らないのかと聞かれて困り、同じ部活で残っている一年生の中から選ぼうとして不意に祐巳さんの顔が浮かんだ。
私は戸惑った。
どうせなら同じ部活の生徒の方が妹にするなら良いのは分かっている。
それにたまに出会うことはあっても、話などしたことはなかった。
だから、どうして彼女のことが頭に浮かんだのか分からなかった。
この時、私は祐巳さんの名前もクラスも知らなかったから、彼女に姉が出来たのかさえも知らず。
ただ、戸惑っていた。
そして、私は妹を作る機会を逃してしまった。
残っていた一年生達も夏になるころには姉妹の授受を済ませてしまっていた。元々、部員の少ない弱小部だから仕方がない。
だが、そんなことはその頃の私には関係なかった。
私は祐巳さんを妹にしたいと思うように成っていたから、でも、私は夏休みが明けてもなお祐巳さんに姉妹の申し込みはしていなかった。
いや、出来なかった。
私はこの時姉妹のことに怖く成っていた。
原因は、同じ部活の浅香さんとそのお姉さまの異常な関係。
あれほど騒がれたというのに、あの二人を見ていて思うのは姉妹とは運命ではないのだと思わされる事実だけ。
聞いた話では、浅香さんのお姉さまは、浅香さんに隠れて誰かもっと大事な生徒がいるらしいということ。しかも、それでも浅香さんと姉妹であろうとして奇妙な優しさを見せていること。
私のお姉さまもそのことに気がつきながら今は黙っているが、それが私には逆に祐巳さんを妹にと望むことへの恐怖に繋がっていく。
私とお姉さまは良くも悪くも普通の姉妹だ。
だが、私が祐巳さんに求めているのは……。
だから、怖くなる。
だから、祐巳さんのクラスを知っても、名前を知っても。
お姉さまが居ないのを知っても、祐巳さんに声をかけることは無かった。
祐巳さんとの出会いは、まだ桜の残るただ一度の出会いだけだった。
それでも妹にしたいと思う心はだんだん大きくなってきたが、それが不意に打ち砕かれるときが来る。
曰く、紅薔薇のつぼみである小笠原祥子さんが福沢祐巳さんに姉妹の申し込みをして断られた。
どうしてと思った。
彼女はごく普通の生徒。
祥子さんのように真性のお嬢様でも、黄薔薇のつぼみのように運動部で活躍しているわけでもないのだ。
ただ、明るく。
笑顔の可愛い生徒。
その祐巳さんに、祥子さんが申し込んだ。
しかも、全体的に祐巳さんを応援する空気の方が強い。
祐巳さんは、祥子さんのファンだとも聞く。
だが、まだ祐巳さんは祥子さんのロザリオを受け取ってはいない。
今ならまだ間に合うのだろうか……。
だが、結局、何もしなかった私はただ祐巳さんが学園祭後に、祥子さんの妹に成ったことを知っただけだった。
「ごきげんよう」
「あら、ごきげんよう。紅薔薇のつぼみの妹」
「おや、祐巳さんだ」
少し戸惑いながら上級生の教室に顔を出したのは、祐巳さんだった。
少し緊張しているみたいだ。
「あぁ、祐巳。迎えに来てくれたのね」
祐巳さんが顔を出すと、帰宅する準備をしていた祥子さんに笑顔が浮かぶ。
まだ、姉妹に成って一月も経たない二人は、側で見ていて恥ずかしくなるほど初々しい。
「ごきげんよう、祥子さま」
「もう、祐巳たら、お姉さまでしょう?いいかげんに呼び方を改めなさい」
祥子さんはまだ祐巳さんにお姉さまとは呼ばれていないのか、注意するがその様子もまたどこか初々しい。
「それでは、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
そして、祥子さんは祐巳さんを連れ教室を出て行った。
いつか祐巳さんにお姉さまと呼ばれるのだろう。
でも、もしもと言えるのなら。
あの桜が残る季節の偶然のときに、祐巳さんに姉妹の申し込みをしていたのなら、私は祐巳さんに「お姉さま」と呼ばれたのだろうか。
涙が落ちる。
「あっ、ど、どうしたの?」
「な、なんでもないわ」
私の涙に気がついたクラスメイトが慌てている。
涙を止めなくてはと思いながら、涙は止まってくれなかった。
『お姉さま』
祐巳さんの声が聞こえた気がした。
思いつき……あははは、ごめんなさい。
『クゥ〜』