水野祐巳第七弾。
【No:1497】―【No:1507】―【No:1521】―【No:1532】―【No:1552】―【No:1606】―今回
騙された!!
騙された!!
騙された!!!!!!
リリアン女学園中等部二年、将来薔薇さま志望の松平瞳子さんは怒っていた。
薔薇さまを目指しながら、淑女らしからぬ蟹股で中等部の廊下を進んでいく。
多少の服の乱れなど気にしていない。
それ以上に怒っていたから!!
瞳子さんは卒業を控えた三年の教室の扉を開く。
「祐巳さま!!!」
「うぉ?」
扉を開きおもいっきり目的の相手の名を叫ぶが、呼ばれた当人である祐巳は間の抜けた返事を返してきた。
一斉に教室にいた三年生が瞳子さんを注目していた。
そんなことには動じず、瞳子さんは「失礼します」と言って教室に入ってくる。
……あ〜、怒っているなぁ。
それが瞳子さんを見た祐巳の感想だった。
「祐巳さま!!」
瞳子さんが怒っている理由はだいたい理解していた。
周囲の友人がどうしたのと言うように祐巳を見ている。
「ごきげんよう、瞳子さん」
「ごきげんよう、祐巳さま。本日はご卒業おめでとうございますわ」
祐巳が挨拶すると瞳子さんは怒った顔から一転、笑顔で応えてくれるが、何だかこっちの方が怖い気がする。
「私がこちらに来た理由はお分かりでしょうか?」
「うん、高等部への進学のことだね」
「はい、そうです……リリアン高等部への進学とは本当のことですか?」
瞳子さんがそう言ったとき何故かクラスメイト達がざわめいた。
そういえばずっとクラスメイト達にも黙っていたような……。
「う、うん」
戸惑いながら頷く、少し嫌な予感がする。
「「「「「「えぇぇぇぇ!!!!!!」」」」」
案の定、その瞬間クラス全体が淑女らしからぬ大声に包まれ、クラスメイト達は瞳子さんを押しのけ祐巳に迫ってくる。
「ちょ、ちょっとお姉さま方!!」
あれよあれよと言う間に瞳子さんは後ろに下がっていく。
「あぁ、皆、少し待ってよ!!」
祐巳は慌てて迫ってくるクラスメイトたちを押し止め、瞳子さんを呼ぶが声は届かない。
クラスメイトの隙間から見えた瞳子さんの表情は少し呆れ顔だったが笑っていた。
だから、祐巳も瞳子さんを呼ぶのを止め、クラスメイトに説明することにした。
もう、卒業の感傷などまったく無いって感じだった。
まぁ、今年度の卒業生はまずそのまま高等部に進学するので感傷など持ちようが無いのかもしれないが。
そんなクラスメイトに揉まれる祐巳を見ながら、瞳子さんは微笑み祐巳のクラスを後にした。
卒業式が始る。
クラスに来た二年の生徒達が祐巳たちに「ご卒業おめでとうございます」と言いながら、造花を制服に取り付けていく。
何だか卒業式が始るのだなぁと漠然と思ってしまう。
皆、さっきまでの喧騒は無い。
自分の胸元につけられた造花に触ってみる。
卒業の実感は湧いてこない。
もし、リリアンではなくミアトルにしていたらもう少し実感はあったのだろうか?
そんな事を考えていると体育館に移動してくださいと二年生らしい生徒が呼びに来たので祐巳たちは移動する。
三年間、見てきた校舎だったがもうすぐ見る事はなくなるだろう。これからは外から眺めるくらいだ。
この三年間は本当に色々合った気がする。
特に、この一年は今までのリリアンでの生活の中で本当に目まぐるしく過ぎていった。
その原因を思い返してみるとどうしても最後には自分自身に繋がっていく。
きっかけは祥子さまや瞳子さん、ミアトルの静馬さまだった気もするが、祐巳自身が動かなければ何も起きない穏やかな一年を過ごしたかも知れないのだ。
そう思うと、高等部に上がっても色々やってみたい気分に成る。
「祐巳さん」
「あっ、ごめんなさい」
つい考え事に夢中になり歩くスピードが遅くなったようで前の方と間が空いてしまっていた。慌てて、その隙間を埋める。
もう少しで卒業式の会場である体育館だ。
在校生が奏でる音楽が流れる中、卒業式が始る。
「とは言ってもなぁ」
変に予行練習なんかやったものだから感動とかが少ない気がする。
そういえば初等部の卒業式も皆笑っていた記憶がある。ただでさえ、顔ぶれなど殆ど変わらないまま高等部に上がるのだから感動とか別れとか実感できない。
せっかくの卒業式なのだから感動とかしたいのだが、予行練習どうりに進んでいけば感動も無く終わりそうだ。
……などと思っていたら、先頭の方でざわめきが起こっていた。
「どうしたの?」
祐巳の前にいるクラスメイトに聞いてみるが、よく分からないという。
なんだろうと思いながら、式場である体育館に行進しながら入っていくとざわめきの理由が分かった。
「お姉ちゃん!!」
思わず叫びそうになり自分で口を押さえて行進の列に加わる。
来賓の父兄の中に、それも何時番目立つ行進側の席にお姉ちゃんが座っていた。それだけならまだ良かったのだが、その横には祥子さまに江利子さまと令さま、そして聖さままでいたのだ。
新山百合会が全員揃っているなんて、確かに騒がしくなるはずだ。
祐巳はお姉ちゃんに来なくてもいいと言ったのに、祥子さままで連れて来るなんて……。
江利子さまと令さまは由乃さんの方だろうが、聖さまは良く分からない。暇つぶしにこんな行事に来られるような人ではないはずだが……謎だ。
なんて考えていると、横を通ったときに。
「よ!!祐巳ちゃん、素敵だよ!!」
なんて信じられない言葉をかけてきた。一瞬、この人本当に聖さまかと疑ってしまう。
聖さまに驚きながらお姉ちゃんと祥子さまの横を過ぎる。
お姉ちゃんと祥子さまはニッコリと笑っていた。
何だか妙に気恥ずかしい。
「祐巳さん、顔が真っ赤よ」
指定の席に座るとき、隣に座ったクラスメイトにそんなことを指摘された。
ちなみに祐麒の姿は見えなかった。数日前の花寺の卒業式にはお姉ちゃんと一緒に行ってやったというのに、なんてヤツだろう。
卒業生の入場が終わり。
『一同、皆さま、ご起立お願いいたします』
アナウンスが流れ、卒業式が始った。
……何だろうこの緊張感は。
最初のうちこそ、予行練習のような感じだった卒業式本番だったのだが、祐巳は徐々に緊張をしてきていた。
「うわぁ、まずい」
祐巳はそっと誰にも聞こえないように、そう呟く。
何が不味いって、祐巳は最後に答辞を読むことに成っているのだ。
何故自分かと思った。
祐巳よりも成績優秀な生徒は多いし、部活で活躍したわけでもない。
生徒会は手伝ってはいたが、生徒会長でもなかった。
考えられる要素は、二つ。
一つは、お姉ちゃんだろうか?だとすれば、高等部の入学式で嫌な予感が働く。
もう一つは、祐巳が外部に出る気が合ったことくらいか?
どちらにしろ、どうしてと先生に聞いても、明確な答えは返ってこなかった。
それでも、まぁ、いいかと何時ものノリで受けたのだが、本番が近づいてきてこんなに緊張するとは思っても見なかった。
歌や先生方の挨拶、そして、卒業証書を貰い。
いよいよ送辞と答辞になる。
『送辞!!』
「はい!!」
在校生の代表が壇上に上がり送辞を読む。
内容は、まぁ、よくある言葉だったがそれが逆に良かった。
『答辞!!』
「はい!!」
祐巳は緊張を隠すように元気よく立ち上がった。
これが水野祐巳、中等部での最後の大仕事だ。
卒業式と言う大仕事が終わって、皆、校庭で騒いでいた。
祐巳も桂さんたちと両親が持ってきたカメラなどで写真を撮ったりしていたが、高等部に成っても見知った顔はそのままだ。
「祐巳、お疲れさま」
「祐巳ちゃん、卒業おめでとう」
そこにお姉ちゃんたちと祥子さまがやってくる。当然、周囲にいた同級生達は騒ぎ始める。
「ありがとうございます、紅薔薇さま、祥子さま」
何時もはお姉ちゃんなのだが、これだけの人の面前でそう呼ぶのは不味そうなのでリリアンのシキタリに従って呼ぶことにした。
「もう、祐巳たら固いわね……お姉ちゃん!!て甘えていいのに……あっ、なんだったら祥子でもいいわよ」
「お、お姉さま!!」
お姉ちゃんの言葉に祥子さまが抗議する。
一方の祐巳は呆れていた。
「お〜、いたいた」
そこに江利子さまと令さまが由乃さんと一緒にやってくる。
「三人とも来たわね……あら、聖は?」
「あら、こっちにいないから、そっちの紅薔薇一家にいると思っていたのだけど?」
紅薔薇一家って、祐巳も入っているのだろうか?
だとすれば、由乃さんを加えた向こう三人は黄薔薇一家に成るのだろうが、祐巳としてはそんな気持ちは無いので訂正しておくべきか?
「お〜い」
そんな事を考えていると、聖さまが、頭つるつるの厳ついおじさんと一緒にやってきた。
「聖、何していたのよ?それにそちらの方は?」
「いや、何でも娘さんを迎えに来たとかで探しているようだったからさ」
「いやー、娘には来る成って言われていたんですが、迎えの予定をしていた母親に用事が出来まして急遽ワシが来ることに成ったんですが、こんな綺麗な方々に会えるなんて――ぱっちん――いや、来て良かったですわい。ははははははは」
つるつる頭のおじさんは自分の頭をパチンパチンと叩きながら豪快に笑っていた。
その様子を見ながら、このおじさんの娘さんが来ないでといった意味が良く分かる。どうやらこの場にいる皆も分かったようで、何処かにいるであろう、このおじさんの娘さんに同情した。
おじさんは祐巳たちが一緒に探しましょうかと言う提案を笑いながら(娘さんに怒られると)辞退して、そのまま娘さんを探しに行くが、その先々で何やら笑いを振りまいているようだった。
「娘さん、この辺に居ないといいのにね」
ボソッと誰かが呟いた言葉が聞こえ、祐巳は心底同意した。
「さて、それじゃ、記念写真を撮ろうか?」
おじさんを見送った後、お姉ちゃんが鞄からお父さんから借りてきたデジカメを取り出す。
お父さんがお母さんをどうにか説得して買ったお気に入りのデジカメ。お父さんは祐巳には触らせてもくれなかったのにお姉ちゃんには簡単に貸し出したようだ。
「え〜と」
お姉ちゃんはデジカメを持って、周囲を見る。写真を撮ってくれそうな人を探しているのだろう。これはお父さんは予測していなかったと思う。
「あっ、あの!!」
そこにお姉ちゃんの様子を察したのか、一人の生徒が手を上げてやってくる。
……あれは確か、そうだ、蔦子さんだ。
蔦子さんは大きな鞄を持ってお姉ちゃんの側により何かを話してから、嬉しそうにデジカメを受け取った。
蔦子さんがカメラを構えている中、お姉ちゃんが戻ってくる。
「なに、話していたの?」
「写真を撮る代わり自分のカメラでも撮らせて欲しいって」
「へぇ、一緒に写りたいじゃなくって?」
「えぇ、そうみたいね」
お姉ちゃんと江利子さまの話を聞いて、祐巳も珍しいと思っていた。
「それでは撮りますよ!!」
蔦子さんの声に合わせて笑顔を作る。
まぁ、わざわざ笑顔にしなくてもと言う人がいるかもしれないが、せっかく写るのだから後で見るなら笑顔の方が祐巳はいいと思っている。
何枚か全員で写真を撮る。
「ありがとう、おかげで助かったわ」
全員で写真を撮り、後は個別に撮ろうと言う事に成って、お姉ちゃんは蔦子さんからカメラを返してもらう。
「いえいえ、それでですが……」
蔦子さんは、お姉ちゃんにカメラを返しながら何だか言いよどむ。
祐巳と由乃さんと顔を見合わせる。
蔦子さんとはクラスが違うので余り話したことはなかったが、こんなに積極的に人に話しかけているのを見るのは初めてだ。
蔦子さんはお姉ちゃんから了承を得ると大きな鞄を下ろし、中から一眼レフのカメラを取り出してきた。
「蔦子さん、それ、自分の?」
余りに場違いなカメラを持ち出してきたので、祐巳は聞いてみる。
「そうよ、私、以前からカメラが好きでね。高等部になったら絶対に写真部に入るときめているの」
「そ、そう」
なんだか嬉しそうな蔦子さんを見て、祐巳はそれ以上聞くのを止めた。こういった趣味の人は迂闊に話を聞くと絶対に話がついていけないほど長くなるからだ。
蔦子さんはカメラを取り出すと嬉しそうに祐巳たちを撮り始めた。
「まさかこういう子だったとは」
お姉ちゃんは少し呆れ顔で蔦子さんを見ていたが、聖さまや江利子さまは「楽しい子ね」と笑っている。
そういえば何度か蔦子さんが絵なんかを描く時にする両手で四角を作るポーズをしていたのを見たことがあるが、どうやらカメラが持ち込めない初等部や中等部でのカメラの代わりだったのだろう。
その後は中等部の校舎前や、教室に戻って在校生が書いてくれたメッセージの前、音楽室に授業で使った特別教室。果ては職員室で記念写真を撮って回った。
祐巳一人だったり、由乃さんだけだったり。
祐巳と由乃さんで並んでみたり。
祐巳は、お姉ちゃんと祥子さま。
由乃さんは、江利子さまと令さま。
時々、聖さまも混ざって色々な場所で写真を撮る。
ちなみに蔦子さんは常に同行し、記念写真意外にもお姉ちゃんたちの何気ない様子まで撮っていた。
「さて、それじゃ、祐巳、由乃ちゃん、帰りに何か」
「あの!!」
そろそろ終わりにしようかと思った頃、突然声をかけてきた生徒達がいた。
見れば祐巳や由乃さんと一緒に中等部を今日卒業した同級生達だった。
「どうしたの?」
お姉ちゃんが声をかけてきた人たちを見るが、彼女達は黙ったまま祐巳と由乃さんの方をチラチラ見ている。
「どうかした?」
何度も祐巳の方を見るので、仕方なく祐巳が声をかけてみる。
「あの!!私たちも薔薇さま方と一緒に写真を撮ってもらえないかと……」
一瞬、なんでそんな事を祐巳に言うのかと聞こうと思ってやめた。最後の方は、祐巳に言っているのにぼそぼそと聞こえにくいような言葉に成ったのに、お姉ちゃんたちに頼むなんて怖いのだろう。
まっ、ここで一肌脱ぐのも悪くは無い。
「お姉ちゃん!!」
その後、お姉ちゃんに彼女達が写真を撮りたいことを話した。これに意外にも聖さまが了承してくれ、江利子さままでが同意し、一番この手のことに同意するお姉ちゃんが渋っていたが最後には賛成し、祥子さま、令さままで巻き込んで彼女達と写真を撮ったのだが……それを見ていた他の生徒たちまで参加したいと言って来て、気がつけば順番待ちの人だかりが出来ていた。
……。
…………。
「あらら、どうしよう?」
「どうしようって、祐巳さんが紅薔薇さまに頼んだのでしょう?」
由乃さんが言った紅薔薇さまが、お姉ちゃんのことを指しているんだなぁと改めて祐巳は感じていた。
「……そうだけどさぁ、こんなことに成るなんて予想もしていなかったから、あはは」
「笑い事ではないような気もするのだけど……でも、もう少しいいかな」
由乃さんはそう言って笑った。
何だか線の細い由乃さんが笑うと、薄幸の美少女って感じだ。
「どうして?」
「うん、祐巳さんとこうして話が出来たから」
そういえば何回かこうして一緒になったがまともに話したことはなかった気がする。
「そうだね」
「ねっ、祐巳さんは高等部に上がったら祥子さまの妹に成られるの?」
あぁ、やっぱりその話題か。
「う〜ん、どうだろう?祥子さまのことは好き、でも、それで妹に成るのかと聞かれても分からないかな?」
「えっ?そうなの」
「うん、そう言う由乃さんは令さまのロザリオを受け取るの?」
「……多分」
由乃さんは何故か少し考えてからそう呟いた。何か、由乃さんの中でもあるのかも知れないが。それは祐巳が聞いて良いものではないように思えた。
「あっ」
「どうしたの?」
祐巳は不意に人だかりの横を、友人達と一緒に抜けていく瞳子さんを見つけた。
「お〜い!!」
祐巳は瞳子さんに向かって手を振るが、瞳子さんは祐巳を見つけても何時ものように向かっては来なかった。
その代わりのように、ただ、一礼だけして友人達と去っていった。
「なに?知り合い」
「うん、少しね」
「来なかったわね?」
「そうだね、でも、今はこれでいいのかもね」
祐巳の言葉に由乃さんは『?』を飛ばして頭を傾けていた。
そう、今はこれでいい。
卒業のお別れはもう済ませてあるから。
多分、今度会うときは怒った顔か笑った顔がまた見れる気がする。
「ふぅ〜、終わったぁ〜」
聖さまが先頭に祐巳たちの方に戻ってくる。
「お疲れ様です」
どうやら薔薇さまたちとの撮影会は終わったようだ。
「本当に疲れたよ〜、祐巳ちゃん、肩揉んで〜」
「うわぎゃう!!」
聖さまはイキナリ祐巳に抱きついてくる。いったい誰だ?!この人!!
「聖さま!!」
祥子さまがそれを見て怒って迫ってくる。
「おぉ!!祐巳ちゃん、まるで怪獣の子供のような泣き声だね〜」
だが、聖さまは気にする様子は無い。
「聖さま!!」
「だって、祐巳ちゃんて抱き心地がいいんだもん」
いいんだもんってこんな人だったか?聖さまって……。
「聖」
「へいへい」
結局、聖さまは祥子さまではなく、お姉ちゃんに窘められ祐巳を放してくれたが、祐巳が思っていた聖さまのイメージが180度変わった。
「大丈夫だった?祐巳ちゃん」
「は、はい」
聖さまが離れると、何故か祥子さまが祐巳を覗き込む。そこに、お姉ちゃんまで加わってくる。
「もう、祐巳、もう少ししっかりなさい」
「う〜、お姉ちゃんの意地悪」
「はいはい、今はお姉ちゃんでも良いけど、高等部に入学したら呼び方のケジメはつけるのよ」
「はい、分かっておりますわ。紅薔薇さま」
お姉ちゃんと何気ない話で笑う。
その様子を、祥子さまは少し離れて眺めていたが、祐巳もお姉ちゃんも気がつかなかった。
「それでは帰りましょうか?」
「あ、あの!!」
帰ろうとしてまた声をかけてくる卒業生がいた。見れば、どうやら彼女達が最後らしい。
「仕方ないわね」
お姉ちゃんの言葉に、聖さまと江利子さまがやれやれと言った感じで後に続き。祥子さまと令さまもお姉ちゃんたちの横に並ぶ。
「それではいきますよ〜」
いつの間にか写真を撮る係りに成っていた蔦子さんがカメラを構える。
「あ、あの!!」
それなのに彼女達は蔦子さんを止める。
「どうしたの?」
お姉ちゃんが彼女達を見ると、彼女達は何か話し合い、眺めていた祐巳と由乃さんの方を見る。
「ん?」
「どうかしたのかしら?」
祐巳と由乃さんは顔を見合わせる。
「あの、出来れば、祐巳さんと由乃さんにも加わって欲しいのですが」
「えっ」
「へ?」
せっかくの新山百合会メンバーとの写真なのだから、祐巳たちは邪魔だろうと思うのだが?
「理由、聞いていい?」
理由を聞こうとした祐巳よりも早く、由乃さんが聞いた。彼女達は確かに同じ卒業生だが祐巳はそれほど親しくは無い。由乃さんもどうやら同じようだ。
「えっ、だって、祐巳さんは紅薔薇のつぼみのプティ・スールに、由乃さんは黄薔薇のつぼみのプティ・スールに決まっているって聞いたので」
その言葉に、祐巳と由乃さんはもう一度顔を見合わせた。
「て、言われても、決まっていないわよ?」
それが祐巳の答えだった。
そして、由乃さんの答えは、令さまの横に立つ事だった。
最後の彼女達の写真撮影の後、蔦子さんと別れ……と、言うよりもずっと写真の撮り役だったので、お姉ちゃんたちと記念撮影をするように進めたら、断りながら逃げていった……その後、ようやく祐巳たちは中等部の校門を出た。
「それでは私たちはここで」
令さまと由乃さんが校門前で別れると江利子さまも一緒に着いて行くと言って別れ、聖さまも用事があるとかで、その場で別れた。
「ごきげんよう」の挨拶の後、祐巳とお姉ちゃんに祥子さまで駅までバスに乗った。
祐巳はそのままお別れかと思っていたのだが、帰ろうとする祥子さまをお姉ちゃんが呼び止めこの後の予定を聞き。
何も用事はないと、祥子さまが言うと祐巳と祥子さまを連れ制服のまま駅前の喫茶店に入った。
「小腹が空いたのよ。奢るから、付き合いなさい」
そう言って、お姉ちゃんはウエイトレスさんにキノコスパとトースト、紅茶にデザートまで頼んでいた。
「お姉さま、やはり制服では」
祥子さまはここは注意すべきと考えたのか、お姉ちゃんに意見する。
「そう言っても、お腹が空くのは仕方ないわ。今日は、祐巳の卒業式と言うことであまり朝食べられなかったから、それにね祥子」
「はい?」
「貴女もお腹が空いているでしょう?」
お姉ちゃんの言葉に祥子さまは顔を赤らめる。もしかして図星なのだろうか?
「お、お姉さま?」
「いいから何か注文しなさい、祐巳もよ」
結局、祐巳は蜂蜜トーストと紅茶。祥子さまはサンドイッチに紅茶を頼まれた。
お姉ちゃんが言うのが正しかったのか、祐巳も祥子さまも注文した簡単な料理をすぐに食べ終えてしまった。お腹に何か入ると、さっきまでお腹が空いているとは思っていなかったのに、何だか物足りなさを感じてしまう。
一方、しっかりと注文したお姉ちゃんはゆっくりと静かに食事を続けている。
どうしても手持ち無沙汰な祐巳は紅茶に口をつけながら横目でチラッと祥子さまを見る。
「!!」
祥子さまと目が合ってしまった。
祥子さまも祐巳と目が合って慌てて視線を逸らした。何だか、空気が重い。
お姉ちゃんを見ると何だか妙にゆっくりと食べている。
もしかして、お姉ちゃんお得意のお節介?
それは話題とかあればいいけど、そんなもの今無いのに〜!!
見れば祥子さまも話題が無いのか、黙って紅茶に口をつけている。でも、そんな姿も祥子さまは優雅で見惚れてしまう。
本当に、この人の妹に成れたらどんなに素敵だろう。
そうは思う。
でもとも思う。
本当に、優柔不断だなとも感じるけど。
「祐巳ちゃん?」
「は、はい!!」
「もう、祐巳ちゃんたら」
突然、祥子さまに呼ばれ驚いた祐巳は手に持ったカップの紅茶で口を濡らしてしまった。
「あ、祥子さま!?」
「ほら、動かないの」
祥子さまは白いハンカチを取り出し、祐巳の口元を拭く。
「あぁ、これでいいわ」
「あの、すみません」
「いいのよ。それよりもどうしたの?」
「なんでしょう?」
「私の顔をジッと見ていたみたいだけれど?」
「あっ……いえ」
どうやら祐巳が祥子さまを見ていたので声をかけてきたらしい。
「なんでも……何でもありません」
そう、なんでもないこと、ただ、祥子さまに見惚れていただけのこと。
祐巳は祥子さまから視線を逸らし呟いた、だから、気がつかなかった祥子さまが祐巳を見つめ少し悲しそうな顔に成ったことなど。
「はぁ〜、美味しかった」
そんな事をしているうちに、お姉ちゃんが食事を終える。
お姉ちゃんの食事が終わりお店を出る。
「祐巳」
「何?お姉ちゃん」
「申し訳ないけど、ここから一人で帰れる?」
「それは帰れるけど、お姉ちゃんは?」
祐巳の言葉にお姉ちゃんは祥子さまを見る。
「少し用事があるから」
「……うん、いいよ」
何だか少し仲間はずれのような気がしたが、お姉ちゃんと祥子さまは姉妹(スール)。お姉ちゃんのことだけならいざ知らず、祥子さまのことまで詮索する権利は祐巳にはない。
祐巳は祥子さまの姉妹(スール)ではないのだから。
「お姉さま……」
「祥子、貴女もいいわね?」
「はい……それでは祐巳ちゃん、ごきげんよう」
「ごきげんよう、祥子さま、お姉ちゃん」
祐巳はそこでお姉ちゃんと別れ、一人家路に着く。
何だか急に寂しく成る。
周囲には人が溢れているのに、何だか祐巳しかいないような寂しさ。
その寂しさをもたらしたのは、お姉ちゃんか……それとも、祥子さまか。
「はぁ」
小さな溜め息をつく。
「あら、何だか寂しそうね」
「えっ?」
不意に声をかけられ振り向く。
「ごきげんよう、祐巳」
お姉ちゃん意外で今ただ一人、祐巳を呼び捨てにする人物。
「静馬さま」
「ふふ、迎えに着たわ祐巳」
「迎えですか?」
「そう、ミアトルでは無くリリアンを選んだ貴女を、私の家で開く個人的なパーティへのご招待」
「進学のことは自分に必要な方を選ぶと申したはずです、それとパー……」
祐巳が断ろうとしたとき、静馬さま不意に祐巳を抱きしめる。
「逃がさない、そう言ったと思ったけど言うのを忘れていたかしら?」
抱きしめられた静馬さまからは甘い花の香りがした。
「あ、あの!!静馬さま!!」
「何かしら」
「恥ずかしいですし、目立っています」
「あら、私は構わないのだけど、そうねせっかくのお客さまに恥ずかしい思いをさせるのは招待するものとしてはいけない作法よね」
そう言って静馬さまは祐巳を放してくれる。
「ど、どうも」
祐巳は顔を真っ赤にしながら小さく頭を下げる。別に頭を下げる必要はないのだが……。
「それでは行きましょうか?」
「えっ?」
いつの間にか静馬さまの後ろには黒塗りの高級車が止まっていた。
「いえ、お断り……」
「祐巳は一人なのでしょう?」
「えっ?」
「今、貴女は一人。ここにはお姉さんも友人もいない」
「少し前までは居ました」
そう、少し前までは皆で楽しく過ごしていた。
「でも、貴女は今は一人」
だが、静馬さまは覚めた目で祐巳に言葉を繰り返す。
「入学式まで一人なのかしら?」
「友人達と遊びに行きます」
「そう、それは楽しそうね。それだったら私の招待もただの遊びで着てもらっても良いのではないかしら」
静馬さまは不意に楽しそうな笑顔を見せる。
その笑顔に祐巳はフッと緊張を緩めてしまった。
「だめ、かしら?」
「いえ、そう言うことなら」
緊張を緩めた祐巳の中に静馬さまが入り込んでくる。
「よかった」
静馬さまは手を合わせ楽しそうに笑っていた。
「あっ、ですが荷物とか、両親に連絡も」
「そうね、それなら貴女の家によって行きましょう」
祐巳は静馬さまの車に乗り込むと、黒塗りの高級車はゆっくりと道路に出て行く。
「あっ」
「ふふ」
静馬さまの車が道路に出ると共に反対側から来た同じような高級車とすれ違う。
そこにはお姉ちゃんと祥子さまが乗っておられ、四人の視線が車の中から交差して、二台の車は別方向へと走っていった。
静馬さま以外の部分を書いてほったらかし十日あまり……反省。
と、言うことで久々の水野祐巳です。
過去のコメントでストパニをもっと絡めてとの意見があり正直困りました(笑)
だって、ただお話上、祐巳の進学先にオリジナルよりはと思って出しただけでしたので……これ以上絡めるかどうか迷った挙句絡める方向へ向けました(その方が面白そうなので)
と、言うことで、ココまで呼んでくだされた皆さまに感謝。
『クゥ〜』