【192】 カメラマンパンツ丸見えの悲劇  (くにぃ 2005-07-11 05:44:35)


写真部のエース、武嶋蔦子の朝は早い。
それは誰よりも早く登校し、天使達を撮るためのベストポジションを確保するためである。
もっとも蔦子以外にそのポジションを狙う者はいないので、専ら蔦子専用ではあるが。

そのポジションとはマリア様の像にほど近い、銀杏並木のそばにある茂みの中である。
思えば一年ほど前、自身の中で最高傑作ともいえる、祥子さまと祐巳さんのツーショットを撮ったのもここからだった。
祥子さまや祐巳さんだけではない、他のどの生徒も朝の清浄な空気の中でマリア様にお祈りする姿は、普段の二割り増しは美しく見える。そんな美味しいロケーションをどうして放っておけようか。
そんなわけで今では写真部員と一部の生徒(祐巳さん)の間では、蔦子が毎朝ここに潜んでいるのは公然の秘密となっていた。

今日もいつもと同じように茂みの中に潜んでいると、一番のお気に入りの被写体が登校してきた。言わずと知れた蔦子の友人にして紅薔薇のつぼみである、福沢祐巳さんだ。しかも今朝はなんと彼女の妹候補No.1との呼び声も高い、松平瞳子ちゃんご同伴である。
最近では意識して避けているのか、瞳子ちゃんが祐巳さんと一緒にいるのを見ることは稀だった。

(これはもしかしてものすごく貴重な瞬間なのかも。やっぱり早起きは三文の得っていうのは本当だったのね。)
蔦子は素早く二人にフォーカスを合わせる。
目を閉じて手を合わせ、二人一緒にマリア様にお祈りする姿。
先にお祈りを終えた祐巳さんが瞳子ちゃんを見つめる優しいまなざし。
お祈りを終えて自分を見つめる祐巳さんに気づいた瞳子ちゃんの、照れたような怒ったような顔。
そんな二人の様子を傑作の予感とともに夢中でカメラに納めた蔦子は、一刻も早く現像したい衝動を抑えるのに午前の授業の間中、必死だった。



放課後、部室で今朝の写真をプリントし終えて、そのあまりの出来栄えに知らず知らずのうちににやけた顔をしていると、笙子ちゃんが話しかけてきた。
「蔦子さま、何かいいことがあったみたいですね」
「そうなのよ。分かる?」
「ええ。とってもうれしそうなお顔ですもの」
「うん、すごくいい写真が撮れたの」
「そうなんですか。良かったですね。でも実は私もなんです。ちょっと見てくださいますか」
「どれどれ、見せてごらん」

笙子ちゃんから手渡された写真を見た瞬間、蔦子は固まってしまった。
それはどこかの茂みの中、何かを夢中で撮っている蔦子だった。あまりに夢中で、小枝がスカートに引っ掛かり裾を捲り上げて白い下着が覗いていることにも全く気づいていない。そればかりか写真に写る蔦子の顔は頬を桜色に染め口角を上げて、見ようによってはちょっとアブナイ人ともいえる。ハァハァという息遣いまで聞こえてきそうだ。

「ピントも露出もバッチリでしょ」
「なっ、これ。いつ、どこで……?」
「今朝蔦子さまが祐巳さまと瞳子さんを撮ってた時です。真剣な蔦子さまがあんまり素敵だったから……」
「笙子ちゃん。ネガを渡して」
そう言って右手を差し出す蔦子に笙子ちゃんは言う。
「えー、そんなひどいです。せっかく珍しく満足のいく写真が撮れたのに」
「でも私がこんな写真の公開を許すわけないでしょ」
「別に公開しようなんて思ってません。これは私専用ですから」
「専用って何よ。いい子だからお願い」
「……じゃあ条件があります。これをお渡しする代わりに、私を蔦子さまの妹に」
「ストップ。私が誰も妹にするつもりがないこと、笙子ちゃんも知ってるでしょ」
「蔦子さまは私がお嫌いですか?」
「いや、別にそういうわけじゃないけど、それとこれとは話が別でしょ」
「では悪いですけどネガはお渡しできません。妹にしていただく代わりにこの写真を蔦子さまにいただいた写真立てに入れて、机の上に飾っておくことにしますから」
このこっ恥ずかしい写真を机の上に飾って毎日眺める笙子ちゃんを思い浮かべると、蔦子は軽い眩暈を覚えた。
「分かった分かった。私の負けです。笙子ちゃん、私の妹になってください」
「ほんとに? うれしい!」
そう言って蔦子に抱きついてくる笙子ちゃんを優しく受けとめた蔦子は、
(あ〜あ、これで優雅な独身生活ともお別れか)
と思ったが、抱きしめた笙子ちゃんの柔らかい体は満更でもなかった。



笙子が待ち合わせ場所の古い温室にやってくると、祐巳さまと瞳子さんが先に来ていた。
「どう、笙子ちゃん。うまくいった?」
「ええ。おかげさまでバッチリです! これも祐巳さまと瞳子さんのおかげです」
祐巳さまの問いかけに笙子は満面の笑みで応えた。

実はこれは、笙子の気持ちを知っていて、なおかつ自分でもにくからず思っているのを気づいているに、いつまでも宙ぶらりんな状態を続ける蔦子さまに対して祐巳さまが焼いたお節介だったのだ。
普段隙のない蔦子さんに隙をつくってあげるからそこを何とかしなさいっておっしゃる祐巳さまに、最初は半信半疑の笙子だったが、こうもうまく行こうとは。

「茶話会で笙子ちゃんに私の妹には出来ないって言った手前、何とかしなきゃって思ってたから。うまくいって良かった。瞳子ちゃんも手伝ってくれてありがとうね」
「瞳子は別に大したことしておりませんわ。それよりも祐巳さま、この事が蔦子さまにバレると大変ですからくれぐれもお顔に出さないように気をつけてくださいまし」
「うん、そうだね。それにしても真美さんに続いて蔦子さんもとうとう妹ができちゃって、何だか自分で自分の首絞めちゃったみたい」
「きっと祐巳さまにも素敵な妹が見つかりますよ。もしかしたら祐巳さまが気づいていないだけかもしれませんよ」
「そうなのかな。そうだったらいいな。じゃあ私そろそろ薔薇の館へ行かなきゃいけないから。二人とも、ごきげんよう」

祐巳さまが出て行った後、温室に残った瞳子さんに笙子は言う。
「今度は瞳子さんの番ね。瞳子さんのお相手は蔦子さま以上に難攻不落みたいだけど、応援するから頑張ってね」
「な、何をおっしゃってるのかよく分かりませんわ」
赤くなり、ちょっと怒ったような顔で瞳子さんは応えた。
「それと今朝蔦子さまが撮った写真だけど、とってもきれいに撮れてたよ。明日あたり蔦子さまが瞳子さんの教室に持って行くと思うから、お楽しみにね」
「そうですか」
瞳子さんの顔は相変わらす赤かったが、怒った顔がはにかんだような、うれしいような表情に変わっているのを、笙子は見逃さなかった。


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