私立リリアン女学園、の一角。極端に照明が落とされていて、目の前の人物の顔でさえ定かではない空間。
そこは清らかなる乙女が通い、マリア様に見守られた学び舎とは、相容れぬ雰囲気に包まれた別世界。
新聞部一年、高知日出実は三月に亘る調査の結果、ようやくこの異質な空間に潜入することに成功していた。
「――皆さん、ごきげんよう」
不意に暗闇の中に声が響く。声の主は若い女性――恐らく、一生徒かOGだろう。
その声にざわり、と暗闇に蠢く気配――数は少なくみても10人は下らないだろう、と日出実は見当をつけた。
「本日、多くの方が集まってくださったこと、嬉しく思います。それではこれより、KIDDの集会を行いたいと思います」
KIDD――通称、キッド。
リリアン女学園に巣くう裏組織。その存在は日出実も入学当時から耳にしていた。眉唾物の噂として。
実態は不明。目的も不明。
ただそこに在る、とだけは誰もが耳にしたことのある謎の組織。
正直、日出実はそんな組織の存在など、性質の悪い噂だと思っていた。
しかし忘れもしない、三ヶ月前のこと。お姉さま――当時はまだお姉さまではなかったけれど――と一緒に紅薔薇さまにインタビューをした時のこと。
詳しい内容は覚えていない。しかしふとした拍子に、あの紅薔薇さまが口にしたのだ。
「そんなこと、KIDDじゃあるまいし――」
そう漏らした直後、紅薔薇さまはハッと我に返ると、突然インタビューの打ち切りを宣言した。その場に同席していた黄薔薇さまも、その紅薔薇さまの宣言を諌めるどころか支持をした。
普段ならあり得ない事態――日出実はその瞬間、確信したのだ。
KIDDは在る、と。
――そこからは地道な調査の連続だった。先輩はもちろんOGにも取材を敢行し、それが空振りを続けた三ヶ月。
不意に光明を得たのは、日出実がお姉さまと姉妹の契りを交わした直後のことだった。それまでの苦労が嘘のように、組織に繋がる情報が手に入り、ついにはこうして秘密集会の場に潜りこむことに成功したのである。
この機会を無駄にしてたまるかと、日出実はこっそりとポケットに入れたインタビュー用の録音機のスイッチを入れる。小型で長時間録音可能な高性能の一品だ。
「それでは、本日の議題ですが――」
声が再び響くと、あちらこちらで息を飲む音が聞こえる。
日出実もぐっと録音機を握り締めながら、声のする方向を睨みつけた。
「本日は『萌えるごきげんよう』研究です!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」
宣言と共に、パッと暗闇にスクリーンが浮かび上がり、大写しの福沢祐巳さまの笑顔が映し出された。
「挨拶の達人といえばこの方、紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳さまです! そこにはお姉さまの心を魅了してやまない、ある法則がございます! それをマスターすれば、あなた方も今日から『ごきげんようマスター』です! お姉さまにタイを直して頂けること必至! 赤丸チェックの特別講座でございますことよ!」
ハイテンションの宣言と、うるさいくらいの大歓声。
その中で、日出実は映し出された映像の最上部に描かれたロゴを凝視しながら固まっていた。
『かわいい 妹になるためには どうすればいいのか考える 同盟 ―― KIDD』
三ヶ月間、一切の手がかりを得ることも出来なかったのに、急に情報が舞い込んできた理由を、日出実は知った。
「ごきげんよう、お姉さま」
「あ、日出実。ごきげんよう」
挨拶をした日出実に、お姉さまがちょっとはにかんだ笑いで応えてくれる。
はにかんだ笑みなんて、これまでにない反応。まさかこんな簡単なことで、と思うけれど、さすがにKIDDが紅薔薇のつぼみを研究して得たノウハウは完璧である。
「どうしたの、今日は。上機嫌じゃない。――あ、例の組織のこと、何か分かったとか?」
お姉さまが声を潜めて聞いてくる。どうやらお姉さまは、一年生の時にKIDDと出会わなかったらしい。
「いいえ、全然です。やはり、ガセなんじゃありませんか?」
日出実はお姉さまの問いに首を振った。
当然である。新聞に掲載されて白日の下に晒されでもしたら、困るではないか。
日出実は次回の集会にも、録音機を持たずに参加する気満々なのだから――