まえがき。
これは『思春期未満お断り・完結編』とのクロスオーバーです。でも話のベースを借りただけなので元ネタを知らなくても読めます。
多分に女の子同士の恋愛要素を含みますので、苦手だという方は回避して下さい。
シリーズ名は『マリア様もお断り!?』です。
それではどうぞ。
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『ねぇ、志摩子さん。私じゃ…ダメかな?』
真っ直ぐな瞳が志摩子を見据える。
(あぁ、これは夢だわ。あの日の…夢)
『私じゃ聖さまや乃梨子ちゃんみたいに志摩子さんを支えること、できない?』
『好き…なの…志摩子さんのことが…』
『ずっと好きだったの…』
三年生になって数日。志摩子が再び薔薇さまになって数日。乃梨子に…ロザリオを渡したい子ができたかもしれない、と聞かされたあの日。
それから…
『私も…祐巳さんのこと…ずっと好きだったわ』
志摩子と祐巳の関係も変わった…あの、春の日――
――ピピピピピピピピッ
唐突に割って入ってきたその音によって夢は掻き消された。
「ん…」
志摩子は枕元で鳴り響く目覚まし時計に手を伸ばす。
――ピピピピ、ピッ!
「……ふぁ…」
小さく欠伸をしながら窓辺に向かい、カーテンを開けて伸びをした。
「…いいお天気。快晴ね」
(あの日から…もうすぐ一年経つのね。早いものだわ)
志摩子は夢の内容を思い出し恋人の顔を思い浮かべる。自分の名前を呼ぶときの祐巳の笑顔を…
「志摩子?起きているなら早く用意なさい。朝ご飯もできていますよ」
部屋の外からの母の声にはっと我に返る。
「あ…はい。すぐに参ります」
マリア様の心のような青空に別れを告げてから志摩子は着替えに取り掛かった。
***
志摩子が二股の分かれ道、マリア像の前に差し掛かった、ちょうどその時。
「ごきげんよう、白薔薇さま」
呼ばれて振り返る。視線の先には二人の生徒が立っていた。見知った顔ではないので恐らくは下級生。
「ええ、ごきげんよう。気をつけてお帰りなさいね」
そう返すと、もうお祈りは済んでいたのか二人は立ち去っていった。志摩子から少し離れたところで、何だかきゃあきゃあ騒いでいる。
――白薔薇さま
(あと何回そう呼ばれるのかしら…?)
志摩子は遠ざかる二人の後ろ姿を眺め一人思う。そして目の前のマリア様を見てもう一度彼女たちを見て、さっと踵を返した。
向かう先は薔薇の館。選挙が終わってからというもの、志摩子たち薔薇さまはあまり薔薇の館に寄り付かなくなった。今日だって本当は寄るつもりなどなかったのだ。
(でも…久しぶりに乃梨子の顔が見たいわね)
季節は三月。卒業式はもう、目の前だった…
***
大きな明かり取りの窓、少し急でギシギシと音の鳴る階段、ビスケットのような扉…それら全てを目に焼き付けるように志摩子はゆっくり歩く。
「ごきげんよう………あら?」
扉を開けたその先には誰もいなかった。時計を見るとまだ3時半すぎ。ホームルームが長引いていたり掃除に手間取っているのかもしれない。
(乃梨子が入れてくれたお茶を飲むのもいいけれど…今日は私が入れてあげようかしら?)
懐かしい感覚に捕われて、ついポットの中身を確認していると、ふとそんなことを思い付いた。
「飛鳥ちゃんには悪いけれど…たまには、ね?」
飛鳥ちゃんとは乃梨子の妹のこと。素直で明るく、誰から見ても可愛い子だった。いつも元気いっぱいで、まるで祐巳が二人になったように思える。
(ふふっ…飛鳥ちゃん妬いちゃうかしら?今なら江利子さまのお気持ちがよくわかるわ。それから……お姉さまのお気持ちも)
志摩子は悪戯を思い付いたような楽しさに自然と笑みを零しながら一人ごちた。
その時。
『う、うわわぁっ!』
――ガタンッガタタッ!
「!?」
一階で悲鳴と何か大きな物音がした。何事かと志摩子は部屋を飛び出す。
「どうしたの!?」
そして一番最初に目に飛び込んできたのは、転んだのかして階段脇に蹲っている飛鳥。さっきの悲鳴と物音は彼女だろう。次にその側で立ち尽くしている乃梨子。最後に二人の前に立っている見知らぬ女性。
(え?…金髪?)
その女性は綺麗なブロンドの持ち主だった。長身で前黄薔薇さまの令と同じくらいに背が高いのではないかと思う。
「乃梨子?…飛鳥ちゃん、あなた大丈夫?」
「あ…志摩子さ、ん…来てたんだ…」
「いたたたたぁ〜…あ!は、はい。大丈夫ですぅ…あはは。びっくりしちゃって、つい…お騒がせしました」
階段を下りて二人に話しかけると、乃梨子は上の空で飛鳥は涙声でぺこりと頭を下げながら、それぞれの反応が返ってきた。
「....Is this "House of roses"? Wonderful!! This school is a really nice place, isn't it? It's as she was talking about....」
そんな三人に構うことなく一人で話し続ける女性(どうやら外国人らしい)を見て乃梨子は少しだけ立ち直ったようだ。
「さっきから何言ってるのかわからなくて…志摩子さんどうしよう…」
乃梨子にしては珍しく不安そうな顔をしていた。
(急に英語で話しかけられたからパニックになっているのね)
乃梨子に頼られるのは嬉しいが、はっきり言ってこれは志摩子のヒアリング力を越えている。速さも発音も全くついていけない。
しかし志摩子にだって白薔薇さまというプライドがある。何より可愛い妹と孫の前だ。少しくらいは見栄を張りたい。
「あの… Excuse me. Would you be able to speak Japanese?(すみません。日本語はお出来になられますでしょうか?)」
「....Well! That, I'm sorry.(あぁ!それはごめんなさいね)…少し、ナラ」
英語は得意な方ではないが、それでも何とか女性には通じたようだ。
「わぁ!英語をお話になられるなんて白薔薇さま凄いですっ!!」
「本当に。凄いよ、しま……お姉さま」
決して上手くもないし大した英語を使った訳でもないのに、乃梨子と飛鳥が『さすが白薔薇さま』などと囃し立ててくる。気恥ずかしくもあったが悪い気はしない。
(良かった…)
志摩子がほっと一安心していると、女性は乃梨子たちの言葉を聞いたのか志摩子の顔を覗き込みながら言った。
「…アナタが、藤堂志摩子サン?」
その女性は志摩子の名前を知っていた。当の志摩子には全くの心辺りがないというのに。
(…どうして?)
志摩子が呆然としている間にも女性はなぜか志摩子の体をじろじろ眺めている。
「…フーン」
暫く観察して何か納得したようだ。何なのかと志摩子が疑問に思っていると…
――バサッ
「B89、W57、H86」
「「「は?」」」
「フフ…私の勝ちネ」
女性はいきなりコートの前を開き何かの数字を述べた。その数字が一体何を表すのかすら考えられない。
そしてこの状況についていけない三人に追い打ちをかけるように、衝撃的な言葉を発した。
「“ユミ”ハ貰ったワ」
「「「え…」」」
さらっと爆弾発言をしたこの女性は、固まっている志摩子たちを余所に腕時計を確認して、最後に一言。
「バーイ!」
そう言い置いて颯爽と扉の外に消えていった。
後に残されたのは重い重い沈黙と。
「「……ええええっ!?」」
そして困惑。
「“ユミ”って…祐巳さま?祐巳さまなのっ!?そうなの!?…ねぇ…飛鳥!?ねぇってば!」
「お、お姉さまっ!落ち着いて下さいっ」
「何!?あの、ボンキュッボンはっ?スリーサイズなんて全く以てして言う必要ないじゃない!!」
「……ぐ、ぐる゙じい゙…で、ず…」
遠くの方で乃梨子たちが何やら騒いでる。しかし志摩子にはそんなことどうでもよかった。
ただ、先ほどの…あの女性が放った言葉だけが志摩子の頭の中をいっぱいにしていた。
『“ユミ”ハ貰ったワ』
(…祐巳)
見上げた窓の外には、どこまでも高く青く…透き通るような空が広がっていた。
To be continued...
あとがき。
やってしまいましたクロスオーバーで連載モノ。作中の飛鳥は…須藤(樋口)飛鳥です。原作とは性格が違いますが。
『思春期〜』をマリみてで、更に志祐でする必要性があるのか?という突っ込みはなしの方向で(汗)
ちなみに外人お姉さんが一人で話し続けてた内容は…
『ここが“薔薇の館”なの?素晴らしいわ!!この学校は本当に素敵なところね。あの娘が言っていた通りだわ…』
…です。この話で使った英語は会話言葉ではないかもしれませんが、実はどれもとっても簡単です(笑)
それでは早いうちに続きをお届けできることを祈りまして…
『house of a rose』→『House of roses』に修正しました(06/10/29)