【1954】 超メイドロボちあきα  (若杉奈留美 2006-10-24 00:14:27)


○月×日、瀬戸山ホームテクニクス株式会社第一研究室−。

「できたわ…完璧ね」

満足感と達成感に打ち震えながら、研究員はつぶやいた。
目の前にあるのは、高さ1m74cm、メイド服に長い髪をしたロボット。
試しにそのロボットに自分の母校の制服を着せてみると、
そこに現れたのは、かつて自分が「お姉さま」と呼んで慕った先輩の姿。

「ごきげんようお姉さま…またお目にかかれましたね」

研究員はそのロボットをいとおしげに抱きしめると、唇にそっとキスを落とした。
高機能型家事ロボット、その名もCreative:Home Inside And Kitchen Inside、バージョンα。
通称「ちあきα」だった。
ちなみに開発に成功したこの研究員の名は、瀬戸山智子。
このロボットのモデルになった女性の高校時代の後輩である。
モデルとなったのは、リリアン女学園高等部家庭科教師の佐伯ちあき。
高校卒業後、外部の大学に進学して教師の免許をとり、2年ほど家庭科を教えていたが、

「国際儀礼(プロトコール)を学ぶため、留学します」

こう言って突然日本を離れてしまった。
これにショックを受けた智子は、3か月間一歩も外に出ることができず、
ひたすら引きこもるばかりであった。
見かねた父親はある日智子を呼び出し、2億円を手渡した。

「曲りなりにもお前は瀬戸山ホームテクニクスの研究員なんだから、
これで何か作りなさい」

その2億円で作り上げたのが、ちあきαである。
智子はこれを自分の暮らす高級マンションに持ち帰ると、さっそく動作確認に入った。

「ええと、電源電源…あっ、これか」

胸に下がるロザリオの中心部に埋め込まれた赤い石。
これに触れるとちあきαの電源オン、オフができる。

「ごきげんよう、お姉さま」

赤い石に智子の指が触れると、ちあきαに内蔵されたスピーカーから声が出た。

『ごきげんよう』

その声は、まさしく高校時代に身近で聞いたちあきの声そのものである。
この声だけでも2億かけた甲斐があったというものだ。
智子はニヤリと笑っていた。

『何かしてほしいことは?』

(してほしいこと…)

一瞬あらぬ方向に思考が飛んだが、なんとか元に戻すとあたりを見回した。
目についたのが、シンクにたまっている使用済みのお皿の山。
ちなみに話し方がいわゆるメイドさんの言葉ではなく、普通の話し方なのは、
より本物のちあきに近づけるための智子の工夫である。

「あのお皿、全部洗ってほしいんですけど…」
『了解』

ちあきαはロボットらしからぬしなやかな動きでシンクに向かうと、
洗剤とスポンジを手に取り、黙々と皿洗いを始めた。
その後ろ姿は、かつて自分の家でこうしてお皿を洗ってくれた姉とまったく変わりない。

(なんだかまるで本物のお姉さまみたい…)

智子は感慨深くその姿を見守っていた。

『お皿洗い、終わったわ』
「ありがとうございます。助かりました」
『他には何か?』
「えっと…お部屋を掃除してもらえませんか?」
『了解』

ちあきαは智子の散らかりまくった部屋を苦もなく移動しては、床に散らばったあらゆるものを丁寧に取り除いてゆく。

『智子、掃除機はどこかしら?』
「あっすいません、すぐお持ちします」

自分で掃除機を取りに行く作業だけなぜかできない。

(もうあと1億くらいあれば勝手に掃除してくれるかもしれないのに…)

今度父親に会ったら開発費を追加してもらおうと考えながら、智子はちあきαに掃除機を持たせた。
あとはちあきαにまかせておけば、怒られることなく部屋がきれいになる。
実はこれが智子の一押しポイントであった。

(あの世話薔薇総統から説教を取り除いて世話の部分だけふくらませるのは、
本当に大変だったんだから…)

やはり掃除のうまさは本物同様。

(自分史上最高の1日かも…)

その後冷蔵庫に残った生ハムとチーズでおつまみを作るよう依頼(指示?)し、
智子はボージョレヌーボーに酔いしれていた。
思いもかけないところから、その幸せが崩れるとも知らずに。


『次は「ついに登場!!進化形メイドロボ」。CMのあと、すぐです』

先ほどまで見ていたニュースが終わり、アナウンサーが次のニュースの内容を告げる。
それを見た大願寺美咲は、料理を作る手をふと止めた。

「進化形メイドロボ…?」

なんとなく引っかかりを感じながら、美咲はテレビの画面をながめている。

『日本のロボット技術はここまできました。
大手家電メーカーが進化形家事代行ロボット、通称メイドロボットの開発に成功しました。
このロボットを開発したのは、このメーカーの女性研究員です』

次に画面に映し出されたものを見たとき、美咲は手にした包丁を危うく落としかけた。

『このメイドロボットは「Creative:Home Inside And Kitchen Inside、バージョンα、
通称「ちあきα」といい、瀬戸山グループ総帥の長女で瀬戸山ホームテクニクス主任研究員、智子さんが開発に成功したものです。
手伝ってほしい家事を声で指示すれば、ロボットとは思えないほどのしなやかで素早い動きで仕事をこなす、まさに進化したメイド』

(お姉さま…いったい何作ってるんですか、あなたという人はっ!)

「あれ、どうしたの美咲…」

青ざめふるえながらテレビの画面を指差す美咲。
いぶかしく思いながら指の方向を見た真里菜の目に、親友そっくりのロボットの姿。

『智子さんの高校の先輩である、私立リリアン女学園高等部教師をモデルとして作られたこの「ちあきα」、
今のところ一般販売の予定はないとのことですが、水面下では販売に向けての実験計画が推進されているという情報もあり、
現在のところ先行きは不透明な状況です』

「…智子もヤキが回ったね」

真里菜はそう言ったきり、口をあんぐり開けて固まってしまった。


そのころ、フランスでは…。

「あら?日本からメールだわ」

差出人は野上純子。
現在は売り出し中の女性パティシエとして、大忙しな日々である。

『ごきげんようちあきさま。フランスでの生活はいかがですか?
日本では今、メイドロボットの話題で持ちきりです。
なにしろ開発したのが智ちんですからねえ(^_^;)
ニュースでもやっていましたが、本当にちあきさまそっくりなんですよ』

そのあとにも文面は続いていたが、ちあきはそれを読むことなく帰国の準備に入った。

(あの、おバカ…!)


ちあきは日本に降り立つとすぐ、智子の暮らすマンションへと向かった。

「あ〜、お姉さま!会いたかった〜…って、えっ!?お姉さま…!?」

なまじ背が高くて美人なため、仁王立ちになるとものすごい迫力。

「…智子。今すぐあのロボットをお蔵入りにしなさい」
「それは勘弁してくださいよ〜…あれだって作るのに2億かかってるんですかr」
「問答無用!」

それから日付が変わり、朝日がごきげんようと出てくるまで、
ちあきの説教は続いた。

後日、ニュースの内容はこんなふうに変化していた。

『あの進化形家事代行ロボット、通称「ちあきα」ですが、モデルとなった女性の
強い抗議により、水面下で行われていた一般販売に向けての試験は中止となりました。
これで市場に出回る見込みは完全に消えたといえます』

しかし、これで智子が懲りたとは限らない。

「ふふふ…今度はこれで行きましょう」

『パティシエロボット・純子α』と書かれた書類を手に、不気味な笑みを浮かべている
智子の姿が、何人かの研究員たちによって目撃されていたのだから…。


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