テンプスパティウム宮の空の上。
白い船体に三色の薔薇が描かれた空中船が浮いていた。
通称、薔薇の船。
そう呼ばれる船の上に一人の少女が立っていた。
少女の前には、翠の光り輝く球体を持つ白い機体。シムーンと呼ばれるテンプスパティウムのための祈りの機体。
今日、少女は、少女のパルと共にテンプスパティウムの元に旅に出る。
「瞳子ちゃん」
「祥子さま」
一人、機体を見上げる瞳子の後ろから声をかけてきたのは祥子さま。
シヴュラ・アウレア・ロサ・キネンシスの名を持つ黄金の巫女であり、瞳子の所属するコールの長であるレギーナでもある。
「いよいよ、今日ね」
「はい」
些細な会話ですぐに沈黙。
「あの、祥子さま」
「なに?」
「すみません」
「どうして謝るの?」
「私が祐巳さまをとってしまったから」
「そう」
祥子さまの沈黙が重い。
「ね、瞳子ちゃん」
「はい」
「私は祐巳に求婚するつもりでいたの、私が泉で男性を選び、祐巳に女性に成って欲しかったのよ」
「えっ!?」
祥子さまの言葉に瞳子は驚きを隠せないが、同時にやはりとも思っていた。
元々、祐巳さまは祥子さまのパルだった。
それを瞳子が奪った。
少なくとも多くのシヴュラがそう思っているだろう。
……祐巳さま。
瞳子は、自分のパルの名を想う。
祐巳さまを始めて見たのは、ココに来てしばらくしてのことだった。コール見習いとして送られてきた瞳子は、既に祥子さまのパルとして、シムーン・シヴュラとして活躍している祐巳さまのマージュを見て息を呑んだ。
マージュとは、薔薇の船に作られた空間で行うリ・マージョンの練習のこと。
だが、今まで何人かのシムーン・シヴュラのマージュを見てきたが、ココまで綺麗なリ・マージョンを見たことは無かった。
その時、瞳子は思った。
彼女のパルに成りたいと。
だが、そんな簡単な話ではなかった。
何よりそのときはただの見習い巫女。
相手は祥子さまのパル。
次期、シヴュラ・アウレア・ロサ・キネンシスの名を告ぐことが決まっている。
そんな相手のパルに成ろうと言うのは、簡単に考えても無謀としか言えなかった。
だから、瞳子は考えられるだけの努力をした。
シムーンの練習機であるシミレ・シムーンでの訓練で誰よりも上手くリ・マージョンを出来るようにもなった。
そればかりかシムーンは複座式の機体。
操縦者をアウリーガ。
ナビゲーターを努めるのがサジッタ。
祐巳さまはアウリーガ、当然パルに成るならばサジッタの技術が必要になる。
だから、瞳子は祥子さま以上のサジッタとして祐巳さまのナビに着こうと、サジッタの訓練もした。
それでも祐巳さまのパルは祥子さまだった。
やはり儚い夢だとも思った。だが、それはある日突然だった。
どうにかシムーン・シヴュラと成った瞳子は何時もの時間にマージュの練習に赴いた。そこに祐巳さまがいた。
驚いた。
祐巳さまがマージュをする時間では無かったから。
この時、瞳子は初めて祐巳さまと会話をした。
信じられなかった。
祐巳さまから瞳子とマージュをしたいと申し込んでこられたから。
祐巳さまとのマージュ。
それはこの上ないほど幸せな時間だった。
瞳子は更に祐巳さまのパルに成りたいと思うように成っていった。
だが、やはり祐巳さまのパルは祥子さまだった。
それでもそれから時々、祐巳さまが瞳子をマージュに誘うことがあった。それがしばらく続いた頃、瞳子は祐巳さまから驚きの言葉を聞いた。
翠玉のリ・マージョン。
テンプスパティウムに捧げられる最高の祈り。
これを成功させた者は、テンプスパティウムの側に仕えるのだという。成功しても失敗しても戻ることは無い。リ・マージョン。
祐巳さまは薔薇の船の更に上の空を見上げそう呟いた。
その話に瞳子は驚いた。
祐巳さまはきっと祥子さまと泉に行くと思っていたからだ。
それが翠玉のリ・マージョンを望んでいるなど誰が気がつけよう。
だから、その場では頷くしかなかった。
しかし、祐巳さまは本気だった。
ある日、同僚の乃梨子さんとテラスでティータイムを楽しんでいるところに祐巳さまが現れた。
祐巳さまは言った。
――私のパルに成ってと。
その言葉に、周囲にいた人々がざわめいた。
そして、差し出された手。
瞳子は迷った。
その手をとるかどうか。
とれば、きっと非難が起きるだろう。
とらなければ、もう二度目は無いだろう。
瞳子は迷った。
迷いに迷い。
そして……。
瞳子は祐巳のパルに成った。
だから、言える。
「今、祥子さまは祐巳さまに求婚したいと言われましたね」
「えぇ、言ったわ」
「私は祐巳さまと飛びたいと思いました」
「そう、それが貴女の答えね」
「はい」
真っ直ぐに祥子さまを見つめ返す。
「瞳子」
そこに祐巳さまがコールの仲間達を連れやってくる。
「ごきげんよう、お姉さま」
「祐巳、行くのね」
「はい、それが私の本当の望みでしたから」
優しく祐巳さまに触れる祥子さま。きっと、祐巳さまは祥子さまの求婚を受けても幸せに成られただろう。
そして、神官たち巫女たちがやってくる。
奏でられる音楽。
神官の声が上がり。
巫女達が祈りを唱える。
祈りを捧げるのは瞳子と祐巳さまなのだ。
瞳子と祐巳さまは口付けを交わし、シムーンにキスをする。
「行くよ、瞳子」
「はい、お姉さま」
ヘリカル・モートリスが回り。
シムーンが青い空に飛翔する。
それに続いて何機ものシムーンが続く。その先頭のシムーンには祥子さまが見える。
祐巳さまが操るシムーンの後方に何機ものシムーンが光の光跡を残していく。
シムーンで行うテンプスパティウムへの祈りはこの光跡が生み出す。リ・マージョンで行われるのだ。
「お姉さま!!」
「あぁ、アサナギのリ・マージョン」
「アサナギのリ・マージョン」
「そう、旅立つ仲間を送るためのリ・マージョン」
「旅立つ仲間……」
「瞳子は寂しい?」
「えっ?」
僅かな沈黙。
「いいえ、お姉さまと一緒ならどの空でも飛べます!!」
瞳子はハッキリと応えた。
「よし!!行くよ!!」
「はい、お姉さま!!」
青い空に光の軌跡が描かれる。
翠玉のリ・マージョン。
光が空を包んだ。
「あっ」
「あっ」
そして、出会う。
「ごきげんよう、私、松平瞳子と言います」
「ごきげんよう、福沢祐巳です」
当然のように。
偶然ではなく。
必然として。
あははは、やっちゃった。
知らない人が多いかなとも思うけど、シムーンという話のクロスです。
どうやって絡ませようか考えてはいたのですが、シムーンのラストを使って設定を少し混ぜ込んで、名前はカナではなく漢字でしてみました。
そして、そのまま時代をシムーン前の時代の感じでしてあります。
言い訳は以上です。
『クゥ〜』
用語解説
テンプスパティウム……この世界のマリアさま?泉の意味があります。
テンプスパティウム宮……泉のある神殿。
泉……女しか生まれないこの世界で、成人後に男女を決定する神聖な場所。
シムーン……複座式の飛行艇。ヘリカル・モートリスで動いている。
ヘリカル・モートリス……二つの車輪が上下に重なる形をした遺跡から見つかる機械。
パル……シムーンに乗るペアのこと。
コール……シムーンの部隊のこと。
レギーナ……コールの隊長。
シヴュラ……正確には、シムーン・シヴュラ。シムーンに乗ってテンプスパティウムに祈りを捧げる巫女のこと。
アウリーガ……シムーンのメインパイロット。
サジッタ……シムーンのナビゲータ。
リ・マージョン……シムーンで行う儀式。光の航跡で紋章を描きことで様々な現象を引き起こす。翠玉のリ・マージョンやアサナギのリ・マージョンなど。
マージュ……無重力の空間で行うリ・マージョンの練習。
基本用語はこんなところでしょうか?あとは、混ぜてあります(笑