「一体、何のつもりかしら?」
「そうね……」
薔薇の館二階会議室の窓からは、中庭のほぼ全域が窺える。
そんな中庭の一角で、最近何やら畑仕事?を行っている紅薔薇さま福沢祐巳の姿に、疑問の声を上げた黄薔薇さま島津由乃。
同僚の白薔薇さま藤堂志摩子も、不思議そうな顔で相槌を打った。
薔薇さまとなって、はや二月。
まだ一学期はイベントも少なく、大して忙しくはないのだが、それでも仕事が無いわけではない。
ところが祐巳ときたら、雨の日や仕事がある日はともかく、暇を見つけては中庭にて土いじりの日々。
土を掘り起こしては肥料を撒き、土を均しては種を蒔く。
花を植えては野菜を植え、汗を流す祐巳の姿は、まるで農婦のようで。
麦藁帽子を脱いで、扇ぎながら満足そうに微笑んでいた。
「ねぇ、紅薔薇さま?」
「うん? 何、黄薔薇さま」
軍手を履いた手の甲で汗を拭ったため、祐巳の頬には土の汚れが付いた。
「こないだから、何をしてるのよ」
「見ての通りだよ」
「何かを植えてるのは分かってるわよ。どんな理由があるのかって聞いてるの」
由乃が指差す先には、季節の花や野菜の名が記されたプレートが刺さっている。
「薔薇さまになってからと言うもの、時間があれば土いじりばっかりしてさ。正直、紅薔薇さまの考えてることが分からないわ」
溜息を吐きつつ、呆れたように首を振る。
「あはは、ゴメン。悪いけど理由は言えないんだ。でも、決して呆けてるわけでも逃避してるわけでもないから、しばらくこのままにしておいてもらえないかな」
どうする? ってな目付きで、志摩子に目をやる由乃。
「わかったわ。紅薔薇さまなりの考えがあってのことでしょうから、もう少し様子を見させてもらうわ」
「ありがとう白薔薇さま」
祐巳には逆らえない二人は、納得行かなくもないけど、とりあえずは頷いた。
「ゆ……紅薔薇さま?」
相変らずの畑仕事の真っ最中に、祐巳に声をかける人物が一人。
「あ、ちさとさん。なに? どうしたの?」
剣道部所属にして祐巳の同級生、田沼ちさとだった。
「少しお時間よろしいかしら? 運動部連合の代表に、あなたをお連れしろと命じられまして」
「え? ああ、うん。構わないけど、でもなんで?」
「理由は聞かされてませんわ。ただ、紅薔薇さまをお連れしろとだけ」
涼しい顔で、祐巳を誘うちさと。
「はぁ。でも、こんなに汚れてるよ?」
「大丈夫です。お急ぎいただけます?」
なんとか誤魔化そうとするも、考えが顔に出てしまうため、結局逆らいきれない祐巳は、そのままちさとに案内されるがまま、歩みを進めた。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう乃梨子」
「乃梨子ちゃんごきげんよう」
白薔薇のつぼみ二条乃梨子が、薔薇の館に姿を現した。
「何かあったのですか? 先ほど、紅薔薇さまが剣道部員の方と一緒に歩いていましたが」
『!?』
それを聞いた黄白の薔薇さま、慌てて窓から例の一角を見た。
しかしそこには当然ながら祐巳の姿は無く。
「追うわよ志摩子!」
「ええ!」
由乃と志摩子は、乃梨子をそのままに、慌しく階段を駆け下りるのだった。
「紅薔薇さま!?」
「祐巳!?」
「あ、黄薔薇さまに白薔薇さま」
ようやく祐巳の居場所を探り当てた由乃と志摩子は、無事だった彼女の姿を見て、安堵の溜息を吐いた。
「どうして黙ってついて行っちゃうのよ!?」
「少し危機感に欠ける行動ね」
「ごめん、大丈夫かなって思ったから。実際大丈夫だったし」
「まったく、度胸が良いのか能天気なだけなのか……」
「祐巳らしいと言えば、祐巳らしいけれど。で、何があったの?」
呆れつつも、問い掛ける二人。
「うん、運動部連合の代表とお茶を飲んだだけだよ。あと、ちょっとしたお話しかな。現状のリリアンで英雄は誰か? なんて聞かれちゃってさ。やー、ビックリしたよ。たまたまクシャミが出たので、聞こえないフリしといたけど」
「なんで?」
「私が土いじりなんてしてるのは、的外れなことをして誰にも警戒されないために取った窮余の一策よ。それなのに、いきなり相手に指を差されて『あなたも英雄の一人』なんて言われた日には、驚かずにはいられなかったわ。もう少しでカップを落すところだったわよ。だから、無様に見えるように大きなくしゃみで誤魔化したってわけ」
それを聞いた由乃と志摩子は、珍しく祐巳に感心してしまった。
この話は、後に「英雄論」と名付けられ、紅薔薇さまの隠された知略のほどを、リリアンに大いに知らしめることになったのだった。