【2003】 乙女チック☆由乃燃え上がれ  (翠 2006-11-21 01:41:34)


※ 何かが色々とおかしなSSです

今回は、ちょっとおかしな方向に向かったような、そうでもないような?

【No:2000】の続き


小笠原祥子と小笠原祐巳。
リリアンでは、とっても有名な姉妹だ。
何が有名かって、祥子さまの祐巳に対する甘さ。
あの恐ろしくて厳しい祥子さまは、妹である祐巳にはとんでもなく甘くなる。とことん甘くなる。
蜂蜜に漬けた角砂糖に、練乳を加えてカスタードを塗りたくったような甘さだ。
(それが、どんな味なのかは知らないけれど……)
実の妹の自分が言うのもどうかと思うが、普段の祥子さまは厳しく、凛々しく、格好いいのだ。
ただ、祐巳が関わると途端に豹変する。
いい意味でも悪い意味でも。



「私のロザリオ、受け取ってもらえるかしら?」
嫌だ、と答えるべきだ。平穏な生活を送りたいのなら。
それに、いくら血の繋がった実の姉妹だからといって、制度上でも姉妹でなければならない、
ということはないだろう。
それに、ほんの少しだけ、お姉ちゃんから解放されたいなぁ、とも思っているし。
別に、お姉ちゃんのことが嫌いなわけではない。
小さな頃から、祐巳を可愛がってくれたのだ。
可愛がって、可愛がって、いくらなんでも可愛がり過ぎじゃないか? 
っていうくらい、可愛がってくれたお姉ちゃんなんだもの。嫌いなはずがない。
そして、その甘さに祐巳だって甘えてきた。
おそらく、そのせいで、こんな姉になってしまったのだろうけれど。
ついでに言えば、やっぱりそのせいで、こんな妹になってしまったのだろうけれど。
でも、お姉ちゃんは、甘いだけのお姉ちゃんではない。
そう、決して甘いだけではないのだ。
現に今だってそうだ。
(く……やられた。どうりで、家で言ってこないワケだ)
家に帰れば、意識していてもしなくても、二人でいる時間が多い。
それなのに、お姉ちゃんは祐巳に言ってこなかった。
『祐巳が高等部に入ったら、私と姉妹にならない?』 とは、決して言ってこなかった。
祐巳が警戒していたし、言っても断られるのが分かっていたからだろう。
そうなのだ。お姉ちゃんと二人きりなら、祐巳は断っていたし、断ることができた。
だから、お姉ちゃんは待った。
祐巳が必ず自分のロザリオを受け取るよう、その時期を――好機を待った。
そして、今がその時なのだ。
(だ、誰か代わってよー)
助けを求めるように周囲を見回すも、返ってくるのは期待の籠もった視線ばかり。
誰も彼もが皆、紅薔薇のつぼみの妹が誕生する瞬間を、その目に焼き付けようとしているのだった。
なんという嫌な熱視線だろう? 
(うぅ……)
祐巳は、この状況では、お姉ちゃんの申し込みを決して断れない。
断れるはずがない。
だって、大好きなお姉ちゃんなのだ。
そんなお姉ちゃんに、こんなに沢山の人たちの前で断って恥をかかせたくはない。
お姉ちゃんには、何時までも皆の憧れでいて欲しいのだ。
祐巳の、自慢のお姉ちゃんだから。
(さようなら、私の平穏な生活……)
思い描いていた、理想にして空想で妄想満載だった生活に別れを告げて、祐巳は肩を落とした。
それを見て、祐巳が観念したことを悟ったらしい、お姉ちゃんの表情が輝く。
「お受けします……」
「ありがとう」
途端に、周囲の生徒たちから歓声が上がった。
満面の笑みを浮かべながら、お姉ちゃんが祐巳を抱き締めてくる。

これで、本当に良かったのかな? と疑問に思う。
けれど、こんなにもお姉ちゃんが嬉しそうにしているのだから、きっと良かったのだろう。
それに、正直に言えば、お姉ちゃんが私以外の誰かを妹にするのなんて見たくなかった。
もし、実際にそうなっていれば、私は物凄く落ち込んでいたと思う。
結局のところ私は、どんなに迷惑に思っていても、やっぱりお姉ちゃんのことが大好きだから。

祐巳がお姉ちゃんに抱き締められたことによって、周囲にいる生徒たちの興奮は最高潮に達した。
更に歓声が高まって、まるで悲鳴のように聞こえる。
けれど――その瞬間、祐巳が小さく肩を震わせたのを、誰か気が付いただろうか? 
いや、おそらく誰も気が付かなかっただろう。

「逃がさないわよ」
「ひっ」

嵐のような拍手が鳴り響く中、祐巳は耳元でお姉ちゃんにそう囁かれたのだった。



(あれは怖かったなぁ……)
当時を思い出して、祐巳は思わず身震いした。
お姉ちゃんと姉妹になったのは、もう一年も前の話だけれど……。
それからの日々は、まるで、山と谷を交互に登ったり落ちたりしているような日々だった。
下りるんじゃなくて、落ちる。我ながら素晴らしい表現だ。
決して、望んで落ちたわけではないのだが。
祐巳が大きく溜息を吐いていると――。
「寒いの?」
「え?」
おそらく、先程祐巳が身震いしたのを見ていたのだろう。
机を挟んで向こう側に座っている、病弱で薄幸の少女を装った、お下げ髪の元気娘が尋ねてきた。
『装った』 というのは、確かに病弱だったけれど、もう手術で治っているからだ。
「温めてあげよっか?」
「遠慮しとく」
今は四月で、確かにまだ少し肌寒さを感じるが、だからといって温めて貰うほどではない。
というか、どうやって温める気なのだろうか? 
いや、なんとなく想像はつく。だからこそ、丁寧にお断りしたのだ。
けれど、そんなことで彼女が諦めるとは、これっぽっちも思っていない。
「何遠慮してるのよ。祐巳さんと私の仲じゃない」
(ほらね)
元気娘こと島津由乃さんが椅子から立ち上がった。
トレードマークである二本の長いお下げをヒョコヒョコと揺らしながら、
机を迂回して由乃さんがこちらに向かってくるのを目だけで追いつつ、祐巳は口を開いた。
「別に、温めて貰うほど寒いわけじゃないんだけど」
「遠慮しない。遠慮しない」
(だから、遠慮とか、そういうわけじゃないんだけど……)
背後にやってきた由乃さんが、祐巳の首に手を回して、後ろから覆い被さるように抱き付いてきた。
それに伴って、ふわりと由乃さんの柔らかな匂いが漂ってくる。
背中に感じる由乃さんの温もりと、小ぶりな胸の感触。
(ふ、勝った)
非常に僅差だけど。
だから、このままではいずれ、追い付かれ、追い抜かれてしまうかもしれない。
だが今だけは、この素晴らしき勝利に酔いしれておこう、と思う。
ところで――。
「由乃さんってさ、あんまり私の言うこと聞いてくれないよね」
「でも、嫌じゃないでしょう?」
まぁ、確かに。だから、困っているんだけれど。
祐巳が黙り込んだのを見て、由乃さんが小さく笑った。
(まぁ、いっか)
どうせ、何を言っても聞いてはくれないだろうし。温かくて気持ちいいし。
何よりも、由乃さんのこと好きだし。
それに、祐巳が本当に嫌がるようなことはしないから、好きにさせておく。
しばらく、そのままじっとしていると、由乃さんが尋ねてきた。
「それで、さっきは何を考えていたの?」
「お姉ちゃんと姉妹になった時のこと」
「それで身震い? ひょっとして、祥子さまと姉妹になったこと、後悔してるの?」
「そういうわけじゃないんだけど」
「けど、何?」
「もう少し平穏な生活が送りたかったなぁ、って思う時があるの」
「後悔してるじゃない」
「してないっ! いくら由乃ちゃんでも怒るよ」
大好きなお姉ちゃんと姉妹になったのだ。
その方法は多少強引だったけれど、それでも結局は、祐巳が自分で決めたことなのだ。
本当に嫌だったら、あの時に断れば良かったのだから。
だから、後悔なんてするはずがない。
まぁ、確かに色々と苦労しているけれど。でも、これは……その……少し疲れているだけなのだ。
「ごめん」
由乃さんが謝りながら、祐巳を抱き締めている手に力を込めてきた。
ギューっ、と強く抱き締められる。
「ん、もう、そんなにくっ付かないでよ。誰かに見られたらどうするの?」
「どうせ、すぐには誰も来ないし。それに、ここには私と祐巳さんの二人しかいないでしょ?」
確かに由乃さんの言う通りだ。
ただでさえ近寄り難い薔薇の館に、用も無いのに誰かが来ることは、まずない。
けれど、それでもだ。
自分たちの他には誰もいない部屋で、ぴったりと寄り添っているのだ。
なんだか、アレな関係のように思えてしまう。
ちなみに、アレな関係とは――って、乙女の口からそんなことを説明させないで欲しい。
少しばかり性格がおかしいような気もするけれど、一応これでも花も恥らう純真な乙女なのだ。
「そういえば、令さまは?」
「部活」
由乃さんのお姉さまである支倉令さまは、剣道部に入っている。
「それで由乃さんは、寂しくここにいるわけか」
今日は、珍しく仕事がない日なのだ。
それなのに、ここにいるってことは、令さまの部活が終わるのを待っているのだろう。
「祐巳さんもそうでしょ?」
「そうなんだけどね」
お姉ちゃんは、何か用事があるらしい。
その内容までは聞いていないけれど、もう少しすれば迎えに来るはずだ。
「ね、祐巳さん」
「何?」
お姉ちゃん、早く来ないかな、と思っていると、
由乃さんが、なんだかやたらと嬉しそうに話し掛けてきた。
顔も見てないのに、何故嬉しそうだって分かるのかって? 
声を聞けば分かる。由乃さんの声が、思いっきり弾んでいるもの。
「さっき、由乃ちゃんって言ったわよね?」
「へ? い、いつ?」
「さっき、祐巳さんが怒ってた時」
「別に怒ってたわけじゃないけど……」
それに近いものはあったが。
でも、由乃ちゃん、なんて本当に言ってしまったのだろうか? 
つい先程のことなのに、全く覚えていない。けれど、咄嗟に出てしまったのかもしれない。
なにしろ――。
「ごめん。嫌だった?」
「ううん、懐かしかった。昔は、ずっとそう呼ばれてたもの」
由乃さんとは幼馴染だから。勿論、令さまとも。
「ふふっ。ねぇ、祐巳さん」
「な、何?」
『由乃ちゃん』 、と久しぶりに呼ばれたのが余程嬉しかったのか、
由乃さんが自分の頬を祐巳の頬にくっ付けてきた。
触れ合っている頬がジンジンして、くすぐったいような感覚を覚える。
「また昔みたいに、由乃ちゃん、祐巳ちゃんって呼び合ってみる?」
「お願いだから、やめてよ」
年上の人に呼ばれるならまだしも、同い年の由乃さんに 『ちゃん』 付けされるのは抵抗がある。
だって、もう祐巳は大人なのだ。大人の女性は、ちゃん付けでは呼び合わないのだ……多分。
それに、ただでさえ由乃さんはスキンシップ過多なのだ。
それを知っているはずのクラスメートたちにさえ、二人はデキているなんて言われているのだから。
「照れてる祐巳さんって、本当に可愛いわね」
「だ・か・ら! なんでそういうことを言うの? そういうことを平気で言うから、
 変に誤解されるの! 皆にどう言われているのか、由乃さんも知ってるでしょ?」
祐巳が言うと、由乃さんが吹き出した。
「ぷっ、あっははははは。それくらい知ってるわよ。でも――」
「でも?」
「祐巳さんって、からかうと面白いんだもの」
「……由乃さんなんて嫌い」
祐巳が頬を膨らませると、由乃さんが苦笑いを零した。
実際に苦笑いを浮かべているのかなんて、今の状態では見えないけれど、
それでも、なんとなく気配で分かったので、祐巳は益々ぷくーっと頬を膨らませた。
再び、由乃さんが苦笑いを浮かべた――ような気がする。
「相変わらず、からかうとすぐに怒るわね」
それは、昔からよくからかわれていたからだ。誰に、って今祐巳の隣にいる――。
「由乃さんのせいでしょ! いつもいつも、なんで、そんなに私をからかうのよ!」
祐巳が怒鳴ると、由乃さんが平然と答えてきた。
「祐巳さんのこと、好きだから」
「へ?」
膨らませていた頬が一瞬で熱くなる。
「ええっ?」
きっと、顔真っ赤だ。
(ほ、本気なの?)
そういう趣味ではないのだが、やっぱり好きな人にそう言われると嬉しい。
ドキドキしながら、チラリと横目で様子を窺ってみると、
由乃さんが口元にニヤニヤ笑いを浮かべていた。
(ま、また、からかわれたーーーーっ!)
「本当に祐巳さんって、からかい甲斐があるわね」
「そ、そう? ……あははは」
本当なら怒鳴ってやりたいところだけれど、それどころではない。
今は、必要以上に熱を持ってしまった頬を冷まさなくてはならない。
なので、祐巳は由乃さんから頬から自分の頬を離した。
けれど――。
(お、収まらない……)
なかなか熱が引かない。
これは、その……仕方がないのだ。
好きとか、大好きとか、愛してるは魔法の言葉なのだ。
言われると、ほわほわして、ドキドキして、嬉しくて舞い上がってしまう。
昔からそうだった。しかも、それがすぐに表情に出てしまうのだ。
だからよく、由乃さんにからかわれていたのだけれど。
「それじゃ、そろそろ令ちゃんを迎えに行くから」
「え? あ、もうそんな時間?」
気が付けば、結構な時間が経っていた。
楽しい時間――好きな人と過ごす時間は、早く過ぎるものらしい。
なんだか、ずっとからかわれていただけのような気もするが。
「じゃ、お先に」
由乃さんが荷物を纏めて扉へと向かう。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
無理に 『ごきげんよう』 なんて言わなくてもいいのに、と思いつつ祐巳も同じように返す。
最早、習慣……というか条件反射である。
ところで、何故か由乃さんが扉を開けたまま、何時まで経っても部屋から出て行かない。
どうしたのだろう? と不思議に思っていると、その場で由乃さんがこちらに振り向いた。
そこから、ようやく頬の熱が収まってきた祐巳に言ってくる。
「さっきのことだけど」
「さっき?」
「幼馴染としても、親友としても、祐巳さんのこと本当に大好きだからね」
「……」
何を言われたのか直に理解できず、由乃さんのセリフを頭の中でもう一度繰り返してみて、
ようやく理解する。同時に、ポンッと湯気が出そうな程に祐巳の頬が紅潮した。
「じゃ、また明日」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、由乃さんが部屋から出て行く。
祐巳は、顔を真っ赤にして何も言えないまま、それを見送ってしまう。
ゆっくりと扉が閉まり、その扉を見つめたまま、祐巳はその場にヘナヘナと尻餅をついた。

『祐巳さんのこと、好きだから』
『幼馴染としても、親友としても、祐巳さんのこと本当に大好きだからね』

(ダメだ……)
火照った頬を両手で押さえる。これは、どうやってもしばらく収まりそうにない。
頬どころか、顔全体。いや、身体全体がぽかぽかと温かくなっているもの。
(まったくもう、由乃さんったら……)
結局、最後までからかわれてしまった。いや、最後のはちょっと違うか。
けれど、流石は幼馴染だ。

(私の弱いところ、よく知ってるなぁ――)


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