【2015】 前からも後からも  (オキ&ハル 2006-11-26 08:49:10)


もちもちぽんぽんしりーず。
【No:1878】ー【No:1868】ー【No:1875】ー【No:1883】ー【No:1892】ー【No:1901】ー【No:1915】ー【No:1930】ー【No:2011】ーこれ



私は、自分のことを少しだけ我侭だと思っている。

「祐巳ちゃんがミス・シンデレラだって。」
「・・・祐巳さんかぁ。」
令ちゃんがあんまりにも楽しそうな顔で言うものだから、つい口に出てしまった。
「蓉子ちゃんの妹になったから、これからもっと仲良くなれると良いね。」
祐巳さんのイメージ
頑張りやさんで、あわてんぼうで、ちょっとしたことであたふたして、そして・・・
「そういえば、新聞部からアンケートの依頼があってさ。」
鞄の中からがさごそと一枚の紙を取り出した。
「アンケート?」
「そっ、さっき言ったでしょ?『妹にしたい人No.1』だって。」
「ああ、じゃあ令ちゃんも『ミスター・リリアン』のアンケートがあるの?」
「・・・『姉にしたい人No.1』もとったんだよ。」
からかいの言葉にぶすっとした顔になる。
手渡された紙を見れば、生年月日、趣味、好きな食べ物etcetc
「ごめん、令ちゃん書いといてくれない?」
熱でボーっとした頭でこんなことやりたくないし、令ちゃんなら言わなくても分かるだろうし。
「良いよ。」
簡単に請け負ってくれて、そのまま机に移動して書き始める。
その姿を首だけ回して眺めていた。
カリカリと紙を走るシャーペンの音。
ふと思いたって枕元に備え付けられたテーブルの上に手を伸ばす。
そこには両手に乗せて少しはみ出るサイズの箱が置いてあって、手探りでそのふたを開けた。
『♪〜〜♪〜〜♪〜〜』
とても有名な曲、『エリーゼのために』が流れ出す。
令ちゃんがこっちを向いた。
「江利子からもらったやつだよね?いつも思うけど、なんか江利子らしくないよね。」
初めて江利子さまに会ったのは、去年の夏だっただろうか。
あの時も熱を出していた。
『初めまして。』
ベッドの中の私に、とても挑発的な目を向けていて猫のような印象を感じたことを覚えている。
それから何回か会った後、まるで放り投げるようにこれを渡された。
そんな過去を思い出しながら、何気なしに令ちゃんを眺めていると、
「何?」
訝しげな顔をされた。
「令ちゃんってきれいな顔してるよね。」
「なに、急に?」
口調だけならまともだけど、顔が少し赤い。
「ねぇ、私、令ちゃんのこと世界で一番好きだからね。それで世界で一番信頼してる。」
「どうしたの?なにかあった?」
不安げな顔をして椅子から立った。
当然といえば当然かな。
病人がこんなことを言い出せば、私だって何かあったかと思うだろう。
「ねぇ、令ちゃんは?」
「え?」
どうしようとオロオロしていた令ちゃんは動きを止めた。
「私のことどう思う?」
私の問いに、ゆっくりとベッドの脇まで来るとひざをついて目線を同じ高さにする。
「私だって由乃のことは世界で一番好き。」
ずれていたひよこ柄のハンドタオルを直してくれた。
「信頼してくれてる?」
「してるよ。」
頭をさらりさらりと撫でてくれる。
「もう少しだけそうしていて。」
「うん。」
ゆるゆると時が過ぎていく。
「私、決めたわ。」
「何を?」
「手術を受けようと思うの。」
ピタッと手が止まる。
「由乃、本当?」
恐る恐るっていうのが適当な様子だった。
「うん。」
「何で急に?」



「元気になったらしたいことがあるの。

お願い、令ちゃん、何があっても由乃を信じていてね。」









秋だからかな?
春よりも夏よりも不安が強く感じられる気がする。
これから一日一日と冬に向かうのに、これからはもっと強くなっていくんだろうか?

桂さんがロザリオを返したと聞いてから、何事もなく時は過ぎていく。
・・・正確に言うなら『何も出来ない』まま過ぎていく。
「さようなら。」
授業が終われば、教室内は特有の喧騒に埋もれる。
「じゃあね。」
ほかの生徒と同じように桂さんも部活に向かう。
その足取りは、何日も前に見たものと明らかに違うもので、どこか重く感じられる。
「うん、また明日ね。」
それでも、そう返すしか出来ない。
「休んでも良いんじゃない?」
返したことを知った日に言ってはみたけれど、それでも桂さんは休む気がないらしい。
教室を出て行く桂さんの背中にかける言葉が見つからない。


(どうにかならないものかな?)
頭でそう考えながら、足は薔薇の館へ向かう。
日の当たってない廊下はやっぱり寒い。
幾分体を丸めながら歩いていると
「あれ?」
教室の表示をみれば『菊組』
その中に一人でいる見知った顔に恐る恐る声をかけた。
「よ、由乃さん。」
「ああ、祐巳さんごきげんよう、入っても良いわよ。」
「ごきげんよう、お邪魔しまーす。」
ぴょんと敷居をまたいだ。
どこの教室もおなじ構造なのに、他の教室は何か違う雰囲気があるから不思議。
「結局今日まで休んじゃったわ。」
由乃さんは、私が前の席に据わると顔を上げた。
「おかげでこんなに量があったわよ。」
机上には各教科の名称が表紙に書かれたノート。
「うわ、大変そうだね。」
「そ、大変。」
ため息を吐くとまたノートに向かう。
私は、何も言葉を発せず由乃さんを見ていた。
眉毛の辺りで切りそろえられた前髪がさらりと揺れる。
その下の睫毛はとても濃くて、物憂げな瞳がアンニュイな雰囲気をかもし出している。
肌が白くて、小柄で華奢な由乃さん。
さすが『妹にしたい人No.1』といったところ。
「なにかしら?」
視線に気付いたのか顔も上げずに
「由乃さんって可愛いよね。」
「くすくす、妹にしたい?」
「んー、まだ妹を作るって発想が浮かばないや。」
シャーペンを止めると、ノートをパタンと閉じた。
「終わったの?」
「やっとね。」
伸びをしながら答えると、ノートを自分のと借りたのに分け始めた。
「薔薇の館に行く?」
「今日は帰るわ。お迎えも来るし。」
「お迎え?」
「そうよ、黄薔薇さまがね。」
「なんで?」
何故そこで黄薔薇さまの名前が出てくるのさ。
由乃さんは珍しいものも見るような顔をした。
「あれ、知らなかった?私と黄薔薇さまって従姉妹なのよ。」
「そうなの?」
がたっと座っている椅子が鳴った。
「結構有名な話だと自分では思ってたんだけど。」
「ごめん。」
「良いのよ、知ってなきゃいけない話じゃないもの。」
苦笑いを浮かべさせてしまったのがなんか恥ずかしい。
「祐巳さんって世間ずれしてなさそうね。」
「そう?」
褒められているのか貶されているのか分からないまま、とりあえず頷く。
「迎えに来たよ。」
―――ガラガラ―――
さっき私が入ってきた方と反対のドアから黄薔薇さまが声とともに入ってきた。
「あれ?祐巳ちゃんと一緒だったんだ。」
「あ、ごきげんよう。」
椅子から立って頭を下げて。
「ごきげんよう。」
黄薔薇さまと由乃さんはくすくすと笑う。
「そんなに畏まらなくて良いよ。」
そうは仰られましても一年生と三年生、その間には大きな溝があるのです。
「もう行くの?」
「祐巳ちゃんとの話は終わったの?」
(おお〜。)
敬語ではない会話にちょっと感動。
「あ、私ならもう館に向かいますから。」
特に用があって由乃さんに話しかけたわけじゃないし。
「そう?じゃあ、私たちも行きましょうか。」
そう言って由乃さんが席を立つと、黄薔薇さまが何も言わず鞄を手に取った。
そういう振る舞いは流石『ミスター・リリアン』
「祐巳さん、今日は話せて楽しかったわ。」
「こちらこそ。」
ふふふっ
改めて挨拶するのがどこか可笑しかった。
「じゃ、行こうか。私このまま由乃と一緒に帰るから、じゃあね祐巳ちゃん。」
「はい。」
ひとしきり笑いあうのを待って、黄薔薇さまは出口に向かって歩き出す。
由乃さんもそれについて歩き出す。・・・はずなんだけど?
「・・・。」
由乃さんは立ち止まっている。
「由乃さん?」
どうしたの?と続ける前に、由乃さんは口を開いた。
「祐巳さん、本当にありがとう。感謝してる。」
それだけ言うと
「またね、祐巳さん。」
「う、うん、また明日。」
歩き出した由乃さんに慌てて返事。
―――本当にありがとう。感謝してる―――
それは、明らかに何かの含みを持っているように感じられて。
「由乃さん?」
私の問いかけに何も答えず、そのまま教室を出て行った。
ただ最後に見えた手がきゅっと握られているのが、答えといえば答えだったかもしれない。
・・・・・・なにか起こりそうな予感がした。









その次の次の日
朝から何故か教室はざわついていた。
前の席に桂さんに聞いても分からないとのこと。
(桂さんが知らないなんて珍しいな)
などと思っていた授業と授業の間の休み時間、
理由は蔦子さんによってもたらされた。
「祐巳さん聞いた?」
「何を?」
見れば桂さんも分かっていないようだ。
「由乃さんがロザリオを返したって。」
「やっぱり。」
「やっぱり?」
口から出てしまった言葉に2人が私の顔を見た。
「・・・っと、話は後にしよう。」
蔦子さんの急な提案に、何故?と返そうとして理由が分かった。
私たちの会話にあからさまに聞き耳を立てている他の生徒が見えたから。
その場はそれで終わり。
次の授業中に外を見れば、晴れているからお昼は外で食べられそうだ。
桂さんと由乃さん
現在目の前に座る桂さん、昨日目の前に座っていた由乃さん。
ほとんど同じタイミングでロザリオを返した2人。
何があったかは知らないし、聞くことも出来ない。
私と蓉子さま。
胸元のロザリオをセーラー服越しにぎゅっと握った。
教室の前の一段高くなったところでは先生が古典の授業を行っている。
その話を聞きながら私は自分の未来について考えている。
過去と未来、正反対なはずなのに、
黒板に書かれた和歌は、一人になった女性の寂しさを詠っていて、これはいつの時代も変わらない気がした。


「先に行ってて。」
そう言って遅れて来た蔦子さんの手には一枚の紙が握られていた。
「志摩子さんは?」
「薔薇の館に呼ばれてるんだって、それ何?」
「かわら版の号外。」
「号外?」
手渡された号外を桂さんにも見やすいようにやや半身になって読んでいく。


―――私はお姉さまに相応しかったのでしょうか?
お姉さまは私に優しくしてくださり愛してくださった。
私はとても幸せでした。
でも、気付いてしまったのです。
私は愛されているだけでいいのでしょうか?
何も返すことの出来ない無力な私。
ロザリオを返し、もっと相応しい妹を作っていただくことが私に出来ることではないでしょうか?―――


内容を簡単にまとめるとそんな感じ。
それとマリア像の前でロザリオの授受をしているような2人を遠くから撮った写真が載せてあった。
「はーー。」
読み終わると止めていた息を吐いた。
「どう?」
「どう?って。」
隣で読んでいた桂さんの息を吐く声が聞こえる。
「上手いと思わない?それ、全部推測なのよ。〜だろうとか、〜と思われるとか。」
「えっ?」
言われて読み直してみると確かに。
「良く昨日の今日でこんなの書けたわね。」
桂さんは推測だけで書かれたことに気付いていたらしい。
「それがロザリオを返したところを見た生徒がいたらしくてね。」
「それでも早いわ。」
2人のやり取りを首を行ったり来たりして追う。
「その生徒が新聞部だとしたら?」
「・・・納得。」
「しかもね、ひとつ問題が。」
蔦子さんは言葉を区切った。
「何?」
「今、ある噂が流れてるの。」
「・・・。」
桂さんは口を挟まない。
私も次の言葉を無言で待った。
蔦子さんは腕を組んで俯き気味になる。
「由乃さんと同時期に同じような理由でロザリオを返した生徒がいる。」
由乃さんと同時期に・・・まさか!?
「そう。」
顔に出やすいらしい私の表情を読んだのか、蔦子さんは頭に浮かんだ人の名前を言った。


「桂さんよ。」


「・・・色々起きそうね。」
ぼそっと呟く桂さん。
「どういうこと?」
我ながら慌てた感じで聞いた。
「もし黄薔薇ファミリーだけなら、それは山百合会という特殊な空間な話になるけど、
同時期、つまり、黄薔薇ファミリーの話が聞こえる前に同じことをしたというなら、それは妹としての話になる。」
「・・・どういうこと?」
蔦子さんの言ったことが良く分からない。
桂さんが後を継いでくれた。
「つまり、もしロザリオを返しても黄薔薇ファミリーの真似じゃない。って胸を張れるってこと。」
淡々と。
「そんなのずるい。」
だって、桂さんにだって事情があったはずなのに。
「さしずめ私は免罪符ってところかな。」
当人である桂さんが大したことじゃないように言う。





「・・・悔しいよ。そんなの駄目だよ。」




「・・・良いのよ。」





まるで私が慰められているようだった。







教室に戻ると、隅のほうで5人程が集まって泣いていた。









ちゃんと(?)由乃もロザリオを返します。そこは原作どおりです。ただそうすると、内容が収まらないところが出てきますのでちょこちょこ原作にあったところをカットする方向で、令はもう引退していますしね。そこに桂をねじ込みました。(オキ)
今回のテーマは友情と愛情です。なので、「くさっ!?」というやり取りが出てくるかもしれません。こんな友情、愛情が出来たら良いなっていう理想ですが。(ハル)


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