【2014】 他人事じゃない  (joker 2006-11-26 04:00:51)


とある小説とのクロスオーバーちっくな話です。




 気がつくと、そこは何も無い真っ白な世界だった。
 見渡す限りの空白の世界で、ただ、波の音のような物が聞こえる。それは、時折一人のささやき声の様に聞こえるが、まったく違う、意味のなさない音。木々のざわめきとは違う、どこか無機質な音が永遠と鳴っている。
 いくら耳を塞いでも、その音はまとわりつく様に耳から離れない。募っていく不快感。がざがざがざがざと何時までもいつまでもいつまでもいつまでも。


「いやぁ!!」
 叫んで目を開けると、そこは見慣れた自分の部屋だった。壁に掛った時計は午前2:00を指しており、その隣には自分の制服がハンガーで吊されている。いつもの見慣れた風景に少しずつ落ち着きを取り戻し、自分の手のひらを見つめる。
 このところ毎晩見るようになった夢。特に怖い目に遭うという事では無いのに、ただただ不快感がつきまとう嫌な夢。手のひらの汗を見ながら、あれは夢だと言い聞かせても、あの嫌悪感がまったく拭えない。
「……わたし、どうかしちゃったのかな……」
時計の音だけが聞こえるはずの部屋の中で、英恵は一人つぶやいた。




 翌朝、あの嫌な夢が嘘のようなすがすがしい青空を英恵は重い瞼を擦りながら、学校の道を歩いていた。あの夢を見るようになってから一ヶ月。最近では寝るのが怖くなって眠れないという日々を過ごしていた。そのせいか、バスの中や授業中に寝てしまう事もあったが、何故かその時だけはあの夢を見ずにすんでいるという事が救いだった。
 いつもの様に、マリア像の前で立ち止まり、手を合わせて英恵はお祈りをする。いつもなら、今日一日平和に過せますようなどと、祈るのだが、今日だけは違う事を祈りたかった。
 (マリア様、毎晩見るあの夢をどうか消し去って下さ……)
 そう祈っている最中、不意に口元が弛み始める、と気付いたときには既に遅く、止める事が出来ず慌てて手で口元を隠す。
「ふ、ふわぁ〜」
 最近の寝不足がたたったせいか、目を瞑っただけで欠伸が出てしまった。こんな事ではマリア様も願いを叶えてはくださるまい。
 さらに気分が落ち込み、お祈りをやめて歩き出そうとした時、いきなり腕に掴まれる感触が広がり、振り向く。
「どうしたの? なんか眠そうだけど、大丈夫?」
 そこに居たのは、紅薔薇さまこと、福沢祐巳さんだった。三薔薇の中でも親しみやすいと人気の高い彼女は、心配そうにこちらを覗きこんでいる。
「ごきげんよう、祐巳さん。最近少し寝不足なのよ」
 祐巳さんに心配かけまいと、笑顔で応えたものの、祐巳さんは心配そうに、そして、少し複雑な表情をしたまま腕を離してはくれない。
「あの……、祐巳さん?」
「それ、嘘だよね?」
 わたしが戸惑っていると、祐巳さんがそう言って腕を離してくれた。
「え? あの祐巳さん。わたしは本当に寝不足なだけで、大丈夫よ?」
「うん。寝不足は本当みたいだけど、それ以外の原因もあるでしょう?」
 何故か祐巳さんは、そう断言して、心配そうな顔をしている。
「別に大したことじゃないわ。ただ、昨日本を夜遅くまで読んでいて……」
「それも嘘だよね?」
 また、祐巳さんはきっぱり断言して、わたしの両手をがしっと握る。
「ねえ、わたしそんなに頼りないかな? わたし、クラスメイトだし何か困った事があったら相談してよぉ」
 悲しそうな顔をして両手を握る祐巳さんを見て、彼女が学園で人気のもう一つの理由を思い出す。それは、誰にでも優しく接する人柄。ただ、クラスメイトというだけで、ここまで心配してくれる彼女。きっと、彼女にとってクラスメイトも友人の一人に違いないのかもしれない。
「ありがとう、祐巳さん。心配してくれて。……祐巳さん、相談にのってくれるかな?」
 わたしがそう言うと、彼女は顔を輝かせた。
「うん! こっちこそ頼ってくれてありがとう!」




 朝のマリア像の前で相談にのるわけにもいかなかったので、昼休み、英恵さんを薔薇の舘に案内した。お互いお弁当持参だったため、相談は昼食をとりながら、という事にした。
「それにしても祐巳さん、なんで今日の朝、わたしが嘘をついてるって分かったの?」
 英恵さんがトマトを食べながら、興味津々といった風に聞いてきた。
「ああ、あれね。最初に寝不足だけじゃないって言った時、左手を隠したでしょ? だから多分、寝不足だけじゃないんじゃないかな? って思ったんだよ。で、その後、本を読んでてって言った時に、目が右上に動いたから、嘘をついてるって分かったの」
「へぇー。でも、なんで手を隠したり、目が右上に動くと嘘って分かるの?」
「あのね、嘘をつくと人は体の一部を隠そうとするの。それと、目が右上に動くのは、見た事無い物を思い浮かべようとした時だから、嘘だって分かったの」
 わたしが説明し終わると、英恵さんは目をまんまるにして、びっくりした顔でわたしを見つめる。
「祐巳さん、凄ーい! いつの間にそんな事出来るようになったの!?」
「べ、別に大した事じゃないよ」
 こう真正面から誉められると、さすがに恥ずかしい。
 わたしが照れていると、先程から隣で話を聞いていたの由乃さんが、英恵さんに応える。
「祐巳さんは、とある本を読んで、こんな事が出来る様になったのよ。まったく、菜々の影響がどんどん広がっていくわね……」
 何故か由乃さんはうんざりした顔でそう語る。わたしは由乃さんに何かした覚えは無いんだけど、なんでかなあ?
「まあ、いいわ。それより、英恵さん? だっけ。相談って何よ」
「駄目だよ〜、由乃さん。クラスメイトの名前忘れちゃあ」
 それにいつの間にか、相談役を奪われてるし。
「忘れてはないわよ。それに、クラスメイトの悩みは聞いてあげるものよ」
「…………」
 目を輝かせている由乃さん。しかし、どう見ても嘘だ。目が輝かやくというのは比喩ではない。こういう場合の由乃さんは、本当の事を言っていない時である。きっと暇だったに違いない。が、それは親友のよしみとして言わないでおこう。
「祐巳さん、顔に出ているわよ」
「へっ?」
 気付くと、英恵さんも微妙な表情をして、由乃さんはばつの悪そうな顔をして此方を見ている。
「へ? じゃないわよ、祐巳さん。あなたの顔に出てたら、わたしが暇だからって事もばれるじゃない! ああ、英恵さん、けっしてそれだけじゃないからね!」
 由乃さんはわたしを睨んだり、英恵さんにフォローしたりと大忙しだ。
「大忙しだ、じゃない! 祐巳さん! 百面相をしながらわたしの心を読まないで!」
 ごめん、由乃さん。百面相は治らない。




 そんなこんながあって、ようやく落ち着いたわたし達は、改めて英恵さんの不思議な夢の話を聞いた。
「ふーん、変な夢なのね。でも夢なんだし、気にしなければいいんじゃない?」
「そうなんだけど、一ヶ月も続くと……」
 最初は興味本意だった由乃さんも、今は真剣に相談にのっている。
「感想はいいけど、祐巳さんはどう思うのよ」
 また顔に出ていたみたいだ。
「うーん、一ヶ月も続くとさすがにおかしいと思うよ。何か外的要因があるんじゃないかな?」
「いえ、わたしの家周辺でとくに変わった事はないわ。でも、なんで外的要因があると思うの?」
 わたしの言葉に英恵さんがそう尋ねる。
「うん、あのね。夢っていうのは外からの影響を受けやすいから、一ヶ月も続く悪夢なら、なにか外からな影響があるんじゃないかな〜、って思ったの」
 でも変わった事が無いみたいだしね、と付け加えると、英恵さんは、そうですかと少し沈んだ表情をした。
 そんな英恵さんを見て、由乃さんが意を決したように立ち上がる。
「よし! こうなったら英恵さんの周辺調査よ! 帰りに英恵さんの家を調査よ! 祐巳さん!」
「ええーーー!?」
 こうして、この事件は由乃さんの介入によって更に騒がしくなるのであった。


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