【2029】 薔薇の思惑、それぞれ  (Y. 2006-12-03 00:30:55)


 白薔薇に会った後、私は何故か彼女の去り際の一言に理解のできない苛立ちを覚えた。
 彼女が言ったという確証もないのにそれが頭から離れなかった。
 まさか自分が思い浮かべた言葉であろうはずもない。だって午前中ずっと考えていても、その真意がわからなかったのだ。もし自分の思考回路から生み出された言葉なら、すべからく自分でその答えを導き出せるはずだから。
 まぁそれは置いておこう。今思い出したが、癪なことに紅薔薇から伝言を預かっているのだった。といっても既に昼だから伝言に意味はほとんど無いだろうが、万一のためだ。

 朝、あのようになる前に白薔薇に伝えておけばと今更に悔やんだことは言うまでもない。











 ……昼休みだ。志摩子に渡しておこう。ついでに一緒に弁当を食べるのもいいかもしれない。
 そう考え、クラスを一望しても志摩子の姿はない。きっとあの銀杏林の桜の下で今にも落ちそうな銀杏をおかずに眺めながら昼食を取っているのだろう。……あいつの銀杏への執着と天然具合を見ると本当にしていそうで怖いところだが。












 しかし私は今、薔薇の館の前に立っていた。珍しいことに銀杏林に志摩子の姿は見えなかったからだ。
 さて、とすると志摩子の行くところといえば、薔薇の館。先の銀杏林でそう断定した私はすぐにこの場所へと足を向けたのである。






 ギシギシと軋む階段。
 相当の年月が経っているのだろう、老朽化が激しい。
 いくら物を大切に使うべきと教えられても、これは生徒の環境衛生上好ましくないのではないか。

 そんなことをこの短い階段を上る間に考えたりした。



  ガタンッ

『由乃さんッ!!』




 薔薇の一族が集まっているだろう一室のドアノブに手をかけた瞬間、大きな音と共に志摩子の叫び声が響いた。
 急いで中に入ると、慌てた志摩子と胸を押さえながら倒れている黄薔薇の蕾の妹の姿が目に入った。
 周りには誰もいない。どうやら他の薔薇一族はここに来ていないようだった。

――全く厄介事が次から次へと……

 そんな呟きをもらしながら、このまま黄薔薇の蕾の妹が死にでもしたら寝起きが悪いので、私の今すべきことをすることにした。

「志摩子、何があった?!」
「祐巳さん! 突然由乃さんが苦しみながら倒れて……いつもは令さまがいて……私一体どうしたらいいか……」
「何か彼女がこうなったときの対処法は聞いている?」

 志摩子は首を横に振るばかり。
 となると、志摩子は使えないか。
 まずは状況の整理だ。確か黄薔薇の蕾の妹は重い持病もちと聞く。では喘息? ……いや、喘息なら他にもいるし、ゼイゼイというような荒い息はない。どちらかというと……まさか心臓か! ならどこかに薬を持ってきているはず!

「志摩子! こいつの鞄は?」

 志摩子はオロオロして困り果てているようだったが、事態の性急さを理解しているだけあって、すぐにそばにあった黄薔薇の蕾の妹の鞄をとって駆け寄ってきた。
 私も黄薔薇の蕾の妹に駆け寄りながらその鞄を受け取る。

「志摩子! 先生を呼んできて! 私はこいつの薬を探しておく!」

 私に応急処置の知識などは無い。かといって、今の志摩子の精神状態ではたとえ知っていたとしても適切な判断ができるかどうかわからないだろう。ならば私がやった方が幾分かマシのはずだ。
 黄薔薇の蕾の妹の体を仰向けに寝かし直していた志摩子は震えるように頷くと、すぐに部屋を飛び出していった。
 志摩子がパニックに陥っていなければ私が走っていたのだが、仕方が無い。






 薬を探すために鞄の中身をぶちまける。今はプライバシーがどうとか言っている暇は無い。そんなことは後回しで、まずは薬を見つけることだ。
 そして中に入っていたのは財布、ハンカチ、ティッシュ、そして剣客小説……だけ。

 ヤバい。

 心臓の病だとすると一刻を争うことになる。落ち着け。他に黄薔薇の蕾の妹の荷物は無いのか……?
 考えを幾通りも並べながら黄薔薇の蕾の妹の方向に目を向ける。
 視線の先には偶然、胸のポケットから何か光るものが顔を出していた。

――これか!

 何故気づかなかった! 命に係わる物なら常に取り出せる場所においておくのが定石ではないか。
 急いでそれを手に取る。やはりピルケースだった。

 黄薔薇の蕾の妹の上体を少し持ち上げ、テーブルの上にあった冷めた紅茶で薬を飲ませる。本当は水の方が良いのだろうが、仕方がない。

 ソファの上に何とか寝かせたその後、すぐに薬は効きはじめたようで、彼女の苦しげな息も少しずつ落ち着きはじめた。これでとりあえずは大丈夫、か。

 絞った冷たいタオルを黄薔薇の蕾の妹の額にのせておいた。
 私も一息つき、その隣に腰を下ろす。
 ふかふかのソファが、私を絡めとるかのように深く沈んだ。











――……志摩子、遅いな

 もうそろそろ十分近く経つ。そろそろ予鈴が鳴る時間だ。
 そんなことをぼぅっと考えていると、

「何でアンタがここにいるのよ」

 私のすぐそばで、小さな声が聞こえた。



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