【2051】 修羅の道本日の定食  (いぬいぬ 2006-12-14 09:44:49)


「乃梨子ととら」(某漫画ではありません)シリーズ第2部第2話です。
【No:2050】から続けてお読み下さい。






 学園側からの要望に応える形で、乃梨子がとらの正式な教育係となることを決意した翌日のお昼、とらの通う1年松組の教室を訪れる乃梨子の姿があった。
( ・・・良く考えたら、とらの教室に来るのって初めてだっけ? 私 )
 そう。実は乃梨子が松組を訪れるのは、意外にも今日が初めてなのである。
 普段、放課後にとらと逢おうとする時は、乃梨子が校舎の外でとらを探すところから始めていたのだ。
 校舎の外と一口に言ってもそれなりに広いリリアンのこと、最初のうちは乃梨子が手当たり次第に「金髪の小さい子を見かけなかった?」と目撃者を探すことから始めていたため、捜索には莫大な労力を必要としていた。しかし、数日もとらを捜索しているうちに、乃梨子はある事実に気づいた。とらはまるで野生動物がナワバリをパトロールするかのように、ある一定の巡回ルートをなぞるように行動していたのだ。
( おかげで無駄にリリアン内の抜け道とかに詳しくなっちゃったっけ )
 まったくあの子はまともな道を通らないんだから・・・ などと、ここ1週間ほどのことを思い出し溜息をつく乃梨子だったが、そこで今日来訪した本来の目的を思い出し我に返る。
 乃梨子は今日の放課後から始動予定の「とら育成計画」のために、とらを放課後の薔薇の館へ来させる約束を取り付けようと松組へとやって来たのだ。
( さて、肝心なとらは・・・ )
 探している姿はすぐに見つかった。教室の窓際で、数人のグループに囲まれた白金の髪が見える。
 乃梨子は松組に来る前に、とらと同じ1年生である菜々から聞いていた情報を思い出していた。

『 乃梨子さま。スヴェータと確実に会いたいなら、放課後よりもお昼休みをお薦めします。あの子、放課後は掃除すら忘れて飛び回ることもありますが、お昼休みの前半は必ず教室にいるはずですから。何故なら・・・ 』

「 スヴェータさん、私、今日はマフィンを焼いてみたの 」
「 おー! すごいな小雪は。お菓子作りのチャンピオンだな! 」

『 ・・・何故なら、餌付けされていますから 』

 菜々の言葉どおりの光景に、思わず脱力する乃梨子だった。
( おお・・・・・・ 本当に餌付けされてるよ )
 しかも、良く見ればとらに与えられているのはお菓子だけではなかった。
「 ほらスヴェータさん、そんなに慌てて食べると喉に詰まるわよ? ミルクティーをどうぞ 」
「 んっく・・・ ありがとー睦月 」
 モリモリとマフィンをほおばるとらに、自前の物らしき細身の魔法瓶からついだミルクティーを差し出す子がいれば・・・
「 まあスヴェータさん、髪に食べかすが付いてるわ 」
「 んあ、そうか? 」
「 はい、とれた。ついでだから、髪のお手入れもしましょうね 」
「 んー、沙耶花はホントに髪とかすの好きな 」
 嬉しそうにとらの髪をすきだす子までいる。
 今、とらはこの世で一番ハムスターに近い生き物かもしれない。
( ・・・・・・確実に松組の愛玩動物だな )
 良く見れば、とらを囲んでいる3人を、さらにいくつかのグループが囲んで眺めている。にこやかにとらを見守るその視線に、乃梨子は見覚えがあった。
( あ〜・・・ パンダとかコアラの檻の前で、良くあんな顔した人を見るわね )
 その表情は、何か可愛いモノを見て和んでいる表情だった。
 もはや愛玩動物というか珍獣扱いだ。
( まあ、見た目があれだけ可愛いから気持ちは判るけど・・・ )
 始めてとらを薔薇の館に連れてゆき、クッキーを与えた時のことを思い出し、乃梨子はとらを囲む3人の気持ちが良く判った。
( ちっちゃい生き物が、何かを夢中でほおばってるところって、妙に和むからなぁ・・・ いや、それはそうと・・・)
 だが、まさに今鑑賞の対象にされているとらに用のある身としては、取り次ぎを頼んであの空気を壊して良いものかどうか悩ましいところだ。
( あんまり目立ちたくは無いし、どうしたもんかな・・・ )
 しかし、そんなふうに悩んでいる乃梨子を嘲笑うかのように、乃梨子に声をかける者がいた。
「 あ! 乃梨子だ! 乃梨子―!! 」
 嬉しそうにブンブン手を振りながら、かいがいしくお世話してくれていた3人をほったらかしにして、こちらに駆け寄ってくるとら。
( ば!・・・ちょっ!・・・ )
 とら自身が気付いてくれたので手間が省けたとも言えるのだが、同時に自分に突き刺さる視線の多さに、乃梨子はたじろいだ。
 とらを囲む3人だけでなく、とらの餌付けを微笑ましく見守っていた全員、十数人がいっせいに乃梨子のほうに振り向いたからだ。
( うわ、怖っ! )
 集団に無言で凝視されるというのは、凝視される側にかなりのプレッシャーを与えるものである。
 そして、乃梨子に向けられたその視線は、間違いなく「せっかく手なずけた生き物を横取りされた嫉妬の視線」だった。
 だが、とらの向かう先にいるのが乃梨子、正確には“白薔薇の蕾”であると気付いたので、彼女達の視線が少しだけ柔らかいものに変化する。ある者は憧れ、ある者は羨望の視線で乃梨子ととらを見ていた。
「 どーしたんだ? 乃梨子。お昼にくるなんて珍しいな 」
「 ・・・乃梨子“さま”でしょう? 」
「 そう言えば乃梨子、松組に来るのも初めてか? 」
「 人の話を聞け 」
 あいかわらずマイペースを決して崩さないとらに、思わず低い声で突っ込む乃梨子だった。
 乃梨子はまとわり付く視線をできるだけ意識しないようにしながら、とらに用件を伝える。
「 ちょっと話があって来たのよ。とら、放課後、薔薇の館に来られる? 」
「 薔薇の館? 」
 不思議そうな顔をするとらの表情が、徐々に曇り始める。
「 行けるけど・・・・・・・・・志摩子いない? 」
「 志摩子“さま”。来るわよ、志摩子さんも 」
「 じゃあ、ヤ! 」
 予想どおりぷいっと横を向き断固拒否の体勢を取るとらに、乃梨子はあらかじめ考えていた言葉を並べる。
「 大丈夫よ、志摩子さんにはちゃんと、とらと喧嘩しないでって頼んであるから 」
「 ホントに〜? 」
「 本当よ。だから、放課後に来て欲しいの 」
「 ん〜・・・ でもな〜 」
 尚も渋るとらを乃梨子が優しく諭していると、先程とらを餌付けしていた3人が近付いてきた。
「 お話中失礼いたします、白薔薇の蕾 」
 話しかけてきたのは、先程「沙耶花」と呼ばれていた、黒髪を背中まで伸ばした背の高い子だった。その身長は恐らく170cm近いと思われ、間近で見つめられる乃梨子としては、結構な威圧感を感じる。
 そして、その後ろにも眼鏡にポニーテールで背の低い「小雪」と、ショートカットで他のふたりの真ん中くらいの身長の「睦月」のふたりもついてきている。3人とも、なかなかの美人さんだ。
「 差し出がましいとは思いましたが、何やらお困りの様子。私達に何かできることはございますか? 」
 どうやら、地声の大きいとらの話が聞こえてしまい、何かを嫌がっている様子のとらを助けようと近付いてきたらしい。
 近付いてきた3人の目を見た瞬間、乃梨子は背中に嫌な汗が滲むのを感じた。3人とも、表面上はにこやかな顔をしているが、目だけが険しいのである。明らかに「 私達の楽しいひと時を邪魔しやがって・・・ 」という目だ。
( うわ〜・・・ 面倒臭そうなのが来ちゃったなぁ )
 乃梨子は内心、頭を抱えた。だが、なんとか平静を保つと、白薔薇の蕾らしく余裕をもった調子で答えた。
「 ご好意には感謝するけど、これは私達の間で解決すべきことなの。ご心配には及ばないわ( 意訳:私達の会話に勝手に入ってくんな、ボケ! ) 」
 微笑みながらも干渉を拒絶する乃梨子の言葉に、後ろのふたりは多少怯んでいたが、沙耶花は尚も食い下がった。
「 まあ。でも、私達はスヴェータさんのクラスメイトです。お友達の窮地なら見過ごせませんわ( 意訳:はあ?! 何言ってんの? 級友同士の憩いの時間にイキナリ割り込んできといて、何私達のアイドルを独り占めしようとしてんのよ!! そんなこと見逃せる訳無いじゃない!! ) 」
 ちなみにこの沙耶花嬢、現在弁論部に所属し、更にはリリアンの中等部時代は生徒会の副会長を務めていたりした。故に、相手が白薔薇の蕾といえど怯まず、論戦に持ち込みとらを奪い返そうとするほど肝が据わっているのだ。
 一方、乃梨子のほうも、はっきりと「私達の問題だ」と宣言したにもかかわらず食い下がる沙耶花にカチンときており、心の中で、開戦のゴングが鳴り響いていた。
 そして、静かな戦いが幕を開ける。
 
 ラウンド1、ファイッ!

「 いえ、それには及ばないわ。いくらクラスメイトとはいえ、そこまで迷惑をかける訳にいはいかないから ( 意訳:うるさいわね! 部外者のあんたには関係の無い話だっつってんでしょう?! 空気読めよ! ) 」
「 いえ、お気になさらずに。クラスメイトとして、苦労を分かち合うのは当然ですわ ( 意訳:みすみす見逃すとでも思ってんの?! 私抜きでこの子とふたりっきりになろうなんて甘いのよ!! ) 」
「 友達想いなのね。でも、時にはお友達の手を借りずに問題を解決するのも、人として成長するうえでは必要な時もあるんじゃないかしら? ( 意訳:しつこいわね・・・ こっちはアンタの歪んだ愛情にかまってるヒマなんて無いのよ!! いいから後ろのふたりも連れて、席に戻れよ!! ) 」
「 いえいえ、私達はまだ高校生ですもの。互いの存在を頼るのは恥ずかしいことではないと思いますわ ( 意訳:だ〜か〜ら〜、アンタには渡さないっつってんでしょうが!! この愛らしい小動物を愛でる私の至福のひと時を奪おうってんなら、相手になるわよ?! ) 」
 
 ラウンド1、終―了―! 

 判定は10対10で両雄譲らずといったところ。
 白薔薇の蕾相手に一歩も譲らないとは、沙耶花嬢もなかなかの論客なようである。
 乃梨子もさすがにここまで食い下がられるとは思っていなかったので、若干の焦りを感じ始めていた。さすがにこんな所(教室の入り口)でこれ以上口論を続けると余計なギャラリーまで集めかねないし、なにより今日の放課後から始める予定の「とら育成計画」のためにも、今日の放課後の約束を早急にとらから取り付けなければならないから。
 ・・・ついでに、そろそろお腹も空いてきたし。
( 仕方ないわね・・・ )
 論戦に早期決着を求める乃梨子は、ここで作戦を大幅に変更することにした。
 
 ラウンド2、ファイッ!

「 どうやらここで私達がこれ以上話し合っていても、結論は出ないようね 」
 乃梨子のそんなセリフを聞き、一時休戦の申し入れかと思い内心ほくそえむ沙耶花。
 しかし、笑っていられたのも、次のセリフを聞くまでだった。
「 じゃあ結論は本人に出してもらいましょうか 」
「 え゙・・・ 」
 そこで乃梨子は、ぼけーっとふたりの論戦を眺めていたとらに向き直り、決めの一言。
「 とら、放課後に私に逢いに来るの、嫌? 」
 乃梨子は「沙耶花の説得」と「志摩子の事についてとらに納得させる」と言う二つのミッションをキャンセル。純粋に「私に逢いにきて欲しい」とお願いするという新兵器をこの作戦に緊急投入したのだ。
 乃梨子のセリフを聞いた瞬間、3人の顔に絶望の色が浮かぶ。なにせつい先程、とらがお菓子やミルクティーという誘惑に目もくれず、自分達を放置して乃梨子のもとへ駆けてゆくのを目撃したばかりなのだから。
 そして、乃梨子のセリフを聞いたとらは・・・
「 行く! 」
 放課後の薔薇の館来訪を快諾したのだった。
( よっしゃあ!! )
 本人にトドメを刺される形となり、とらの後ろでしょんぼりとうなだれる沙耶花と、溜息を吐く残りのふたりを見て、乃梨子は内心ガッツポーズを取った。
 もちろん、白薔薇の蕾としての余裕を見せ付けるために、表面上はにこやかに微笑むに留めたが。
 
 そんな訳で・・・ ラウンド2、終ー了―。
 ノックアウトで勝者二条乃梨子と相成った。
 
 【 ○乃梨子×●沙耶花 2R 0:15 KO  フィニッシュブロー:「私に逢いにきて」アッパー 】

「 じゃあ、放課後待ってるからね 」
「 うん 」
 論戦を制し、気分良く自分の教室に戻ろうとする乃梨子だったが、突然とらに「 あ、そうだ乃梨子 」と呼び止められた。
「 何? 」
「 お昼、いっしょに食べよう! 」
 どうやら先程のマフィンはお昼ではなく、とらの中では前菜扱いだったようだ。昼食は別にあるらしい。
 悪くないかも。とらのセリフを聞き、乃梨子はそう思った。
 考えてみれば、お昼は薔薇の館に行くことが多く、とらとお昼ご飯をいっしょに食べたことがない。しかも、「餌付け3人組」を置き去りにしてとらを連れ出せるのが、何より気分が良い。
( 後顧の憂いを絶つためにも、この3人組にトドメを刺しておくのも悪くないわね・・・ )
 大切な人のためなら、敗残兵を後ろから撃つような修羅にもなれる。それが二条乃梨子という女なのだ。
「 そうねぇ・・・ それも良いかもねぇ 」
 3人組をちらちら見ながら、わざとじらしてみせるデーモン乃梨子。どうやら先程の論戦をかなり根に持っているようだ。
 逆に沙耶花達は、益々絶望の色を濃くしてゆく。特に沙耶花はもはや先輩に対する敬意なぞ忘れ、歯軋りしながら乃梨子を睨んでいた。もちろん乃梨子は余裕の微笑みでスルーしていたが。
「 じゃあ、いっしょに食べよう! 」
「 そうね、そうしましょうか 」
「 やった!! 」
 諸手を上げて喜び、自分の席に駆け戻り弁当箱らしき包みを取り出すとら。
 嬉しそうに駆け寄ってくるとらを見て、乃梨子も何だか幸せな気持ちになる。
 ・・・が、そこは野生児とらの持ってきた昼食。ただのお弁当ではなかったのである。
「 今日はホビロン持ってきたんだ! 美味しいから、乃梨子にも分けてやるからな! 」
「 ・・・ホビロン? 」
「 うん! 」
 とらの嬉しそうな顔に何故か嫌な予感が働いた乃梨子は、思わずとらに聞いてみた。
「 ホビロンて何? 」
「 ホビロンてのは、アヒルの孵化直前の卵を茹でたやつで・・・ 」
 
 ガタガタガタッ!

 とらのセリフを聞いた瞬間、いっせいにとらから距離を取る松組一同。もちろん、餌付け3人組も例外ではなかった。
 人間、一度恐怖を味わうと、次からは同じ恐怖に直面した時の退避が早くなるものである。
 一方、薔薇の館で祐巳の元に寄せられた報告を聞いていた乃梨子も、とらの口から出た恐怖のメニュー「アヒルのヒナの姿茹で」の名に顔を引きつらせていた。
「 そ・そ・そ・それってまさかバロットってやつじゃ?! 」
「 あ、なんだ、乃梨子知ってるじゃん! 」
「 アンタそれ、持ち込み禁止されてたでしょう?! 」
 そう。昨日の帰り際、気になって祐巳の持つ報告書を読み返してみた時に、確かにバロットは持ち込み厳禁と、とらにきつく申し渡したと書いてあったはずなのだ。
 だが、とらはそこで、ニヤリと笑いながら言った。
「 ふふ〜ん。これはバロットじゃないもん 」
「 だってアンタ今、アヒルの孵化直前の卵を茹でたやつだって・・・ 」
 乃梨子のセリフを聞いても、とらはまだニヤニヤと笑っていた。普段ならとらの笑顔を見れば嬉しい乃梨子でも、今のとらの笑顔は悪魔の微笑みにしか見えなかった。
「 禁止されたのはフィリピン料理の“バロット”。これは、ベトナム料理の“ホビロン”だもんね! ・・・・・・・・・中味いっしょだけど 」
 要は、日本語でオニギリでも英語ならライスボールと呼ばれるといった違いだ。
 笑うとらを見て、乃梨子は「屁理屈こねやがって、この金髪一休さんが!」と、とらをシバき倒したい衝動に駆られたが、さすがに衆人環視の中で激しい突っ込みを入れるのはためらわれた。
 これでも“白薔薇の蕾”のイメージを保つことには、それなりに気を使っているのだ。志摩子に(“山百合会に”ではない)迷惑がかかると嫌だから。
( ここはひとつ、心を鬼にして“そんな気持ち悪いモン喰えるか!!”ってバシッと・・・ いやでも、この子意外と繊細なとこあるから、そんなこと言われたら、また泣くんじゃ・・・ うぅ、どうしたら・・・ )
 乃梨子は学年一を誇る頭脳をフル回転させて、何とかホビロン(バロット)とのご対面を穏便に回避する策を練った。おそらく、リリアンの入試の時でもここまで頭を使いはしなかっただろうという程の速さで。
「 ア、ア〜、ソウダ、ワスレテタ〜 」
 何か策を思いついたらしく、棒読みなセリフを言い始めた乃梨子。
「 き、今日は瞳子と一緒にお昼をミルクホールで食べる約束してたんだったわ! 」
 さすがに無理矢理な気がしなくもないが、脳裏で「茹でられたアヒルのヒナ」が飛び回っている今の乃梨子には、精一杯の策であった。
 するととらが「 うん、いいよ 」と言ったので、乃梨子は策が上手く成功したと思い、思わずマリア様に全力で感謝した。
「 そ、そう? じゃあ、私ミルクホール行くから・・・ 」
「 3人いっしょでも楽しそうだしな! 」
「 ホビロンはまた今度・・・って、え゙?! 」
 どうやらとらの言う「いいよ」は「瞳子が一緒でもいいよ」という意味だったらしい。
「 じゃあミルクホールに行こうか 」
 乃梨子の返事も待たずに、とらは乃梨子の手を引いて歩き始める。
「 いや、あの・・・ 今はあんまりお腹減ってないって言うか・・・ むしろ吐きそうって言うか・・・ 」
 さすがにもう策も思い浮かばないらしく、しどろもどろに言い訳を始める乃梨子。思わず足も止まってしまう。
 すると、とらから思わぬカウンター攻撃が飛び出した。
「 乃梨子・・・ 私とお昼食べるの嫌なのか? 」
 そんなセリフを言いながら、泣きそうな顔をするとらを見て、乃梨子は仕方なく腹を決めた。
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・逝こうか、ミルクホール 」
「 うん、行こう! 」
 途端に元気を取り戻したとらを見て、乃梨子は乾いた笑いを浮かべるのだった。
( フフフ・・・ 今度はミルクホールが大パニックかぁ。被害者が大幅に増えそうだなぁ・・・ )
 そう。今度は学年やクラスも無関係な、言わば食の無差別テロだ。
( あはははは・・・・・・ またシスターからお説教かなぁ・・・ さすがに2度目だと、本気でマズイことになるかもね。でも・・・ )
 虚ろな笑顔を浮かべながら、乃梨子は思った。
( ・・・道連れは、多いほうが良いよね )
 嬉しそうな笑顔のとらと、壊れた笑顔の乃梨子を見送る1年松組一同は、ふたりの背中に向けてAmenと祈るのだった。
「 ・・・・・・・・・あ、そうだ 」
「 ん? どうした乃梨子 」
「 ・・・瞳子を迎えに逝かなくちゃ 」
 低い声で呟き、ニヤリと笑う乃梨子。
「 そっか! じゃあ、2年生のいる階にGOだ! 」
 何も知らずに乃梨子の手を引き、先を急ぐとら。
( くっくっくっ・・・ アンタには何の恨みも・・・ いや、ちょっとだけ恨みがあるかな? ・・・まあ、せっかくだから、一緒に逝ってちょうだい瞳子 )
 転んでもタダでは起きない。いや、転ぶ時は何かを道連れに転ぶ。それが二条乃梨子という女なのだ。
「 えへへへへ 」
 嬉しそうに笑うとら。
「 うふふふふ 」
 空中の1点を見つめ、虚ろに笑う乃梨子。
 リリアンの廊下に、2種類の笑い声が響いていた。
 
 







 数分後、リリアン中に響き渡る程の悲鳴が、ミルクホールから巻き起こったのは言うまでもない。
 それも、普段から発声練習をしているとしか思えないような、ヤケに腹式呼吸の効いた悲鳴が。


 



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