【2050】 白薔薇のつぼみ祈るように踊れ  (いぬいぬ 2006-12-13 11:18:30)


乃梨子と妹候補なオリジナルキャラ(とら)の交流を描いた【No:1478】の続きを頑張って書いてみました。
【No:1475】【No:1476】【No:1477】【No:1478】の4作品をお読み頂いてからですと、より楽しんでもらえると思います。

何だか削り所を見失い異常に長くなってしまったので、またもや続き物です・・・






 春の穏やかな日差しに照らされながら、とらは静かに水面を見つめていた。
 さらさらと白金の髪を風に弄ばれながらもアイスブルーの瞳は微動だにせず、さざ波の立つ水面を見つめている。
 その小さな姿は、迂闊に目を離せば水面に消えてしまいそうなほど、淡く儚い。
 ただ、水面よりも青い瞳だけが、内包する命を体現するかの如く強い光を放っていた。
「 ・・・・・・ 」
 しばらくは無言で水面を見つめていたとらだったが、突然、全身に緊張を走らせる。
 とらはその細くしなやかな指先を、まるで天を指差すように高々と頭上に振り上げた。
 そして、高らかに宣言する。 
「 ふぃっしゅ・お〜ん! 」
「 “ふぃっしゅ・お〜ん!”じゃねえぇぇぇぇぇ!!! 」

 しぱあぁぁぁぁん!!

 怒号と同時に飛んできた乃梨子のハリセンによる突っ込みがとらの手元を狂わせ、とらが天を指していた指先・・・ 正確に言えば、とらの構えていた釣竿の先から手ごたえが消えてしまった。
「 ああっ! せっかくヒットしたのにぃ! 」
 思わず絶望の声を上げるとら。
 水面に走る影(錦鯉・大正三色)は、慌てたように水面の奥深いところへと逃げて行ってしまった。
「 ヒットすんな! てゆーかリリアンの池で釣りすんなあほぅ! 」
「 え〜? 何で〜? 」
 不満そうなとらに、乃梨子はすぐ傍にある立て看板を指差して言った。
「 “池に入ったり、池を汚したりしないで下さい”って書いてあるでしょう? 」
「 だから柵の外から釣ってたんじゃん。入ってないからOK(すぱん!) 痛っ! 何で叩くの〜? 」
「 一休さんかオマエは! まったく、何でそういらんことに頭が回るかなこの子は。常識で考えなさ・・・ いや、あんたに言っても無理か 」
 不思議そうに乃梨子に質問するとらに突っ込みつつ、“常識”という言葉の意外な脆さに眩暈を覚える乃梨子。
「 とにかく。この池にいる鯉は観賞用だから獲っちゃダメ! だいたい紅白や金色のカラフルな鯉なんて、良く食べる気になったわね 」
「 え? お饅頭とかお餅とかにもあるじゃん、紅白のやつ 」
「 ・・・あんたの中じゃ、魚と饅頭は同じ扱いなのか 」
「 だって、どっちも食べ物だし 」
「 ・・・・・・あんたと話してると、別の種族の生き物と話してる気がしてくるわ 」
 改めてとらの感性に溜息をつく乃梨子だった。
「 前にも言ったでしょう? リリアンでやたらと獲物を獲っちゃダメだって 」
「 ・・・・・・だって、お腹空いたんだもん 」
 指をくわえて口をとがらせるとら。
( ああ、拗ねた顔も結構可愛い・・・ いやそうじゃなくて! )
 危うくとらの拗ねた顔に見とれそうになった乃梨子だが、煩悩を振り払うようにひとつ咳払いをすると、真面目な顔を作ってとらに向き直った。
「 仕方ない。お腹空いてるなら、とりあえず薔薇の館へ来なさい。もらい物のパウンドケーキがまだあったはずだから 」
「 ケーキ?! やったー! ・・・・・・紅茶もつく? 」
「 はいはい、ついでに紅茶も用意してあげるから。それより、早く薔薇の館へ行くわよ。こんな所で釣りなんかしてるのをシスターや先生方にでも見られたら・・・ 」
「 見られたらどうなるのかしら? 」
「 そりゃあ、口うるさいあの人達のことだから、聴きたくも無いお説教が始まるでしょうね 」
「 あら、そんなに口うるさくしたかしら? 」
「 もう口うるさいなんてもんじゃ・・・ あれはきっと趣味ね、趣味。もしくは生徒に説教するのが生きがい・・・・・・・・・ あれ? 」
 そこまで言って、乃梨子はやっと自分と会話している声の主が、とらではなく自分の真後ろにいる人物だと気付いた。
 恐る恐る振り向くと、そこには笑顔に青筋を浮かべたシスターが立っていた。
「 とりあえず、続きは生徒指導室でお話しましょうか、白薔薇の蕾? もちろん、そちらの金髪の子も一緒に 」
「 ・・・・・・はい 」
 もはやシスターの言葉にうなずくしか無い乃梨子だった。



 お説教は1時間にも及んだ。
 しかも、主に怒られたのは、リリアンの生徒なのにハリセンを装備していたり、シスター達を「口うるさい」と評した乃梨子だった。
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・失礼しました 」
 げっそりとした顔で、とらを連れて生徒指導室を出てきた乃梨子。
「 お説教長かったなぁ 」
 それに引き換え、とらはけろっとした顔だった。もしかして怒られ慣れているのだろうか?
「 ・・・・・・納得いかない 」
「 何が? 」
「 私はとらの暴挙を止めただけなのに・・・ 納得いかない・・・ 」
 ぶつぶつと呟き続ける乃梨子の肩をぽんぽんと叩きながら、とらは優しい笑顔でこう言った。
「 乃梨子、元気出せ! 」
「 お前のせいで元気無いんじゃあぁぁぁぁぁぁ!!! (すぱーん!) 」
 ハリセンを失っても尚鮮やかな乃梨子の突っ込みは、素手とは思えないほどの美しい音を出しつつ、とらの後頭部に炸裂したのだった。









 翌日の放課後。薔薇の館には、疲れきった顔の乃梨子の姿があった。
 館の中に、とらの姿は無い。何故かと言えば、とらを館に連れてくると、もれなく志摩子ととらの乃梨子争奪戦が始まってしまうためである。
 たいがい乃梨子が志摩子ととらに挟まれ揉みくちゃにされ、何とかふたりを引き離すパターンなのだが、その際、乃梨子は髪も服もヨレヨレになってしまうために、帰宅時にシスター等から身なりの乱れを指摘されるというオマケがつき、乃梨子は精神的にも肉体的にもダメージが蓄積しつつあった。(ちなみに、身なりを整えようとしたらしたで、志摩子もとらも「私がやる」と譲らないため、さらにダメージは深刻なものになる)
 そのため、ここ最近の乃梨子は、昼休みと放課後を薔薇の館で志摩子とすごし、放課後薔薇の館へ来る前のわずかな時間にとらの様子を見に行くというハードスケジュールをこなしているのである。
 しかも、とらの暴走を食い止めるという素敵なオマケ付きで。
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふぅ 」
 魂が抜け出そうな溜息をつく乃梨子。
 祐巳、由乃、そして志摩子という薔薇さまはもちろんのこと、同じ蕾である瞳子と菜々も心配気に乃梨子を見やる。
「 乃梨子、大丈夫? 辛そうよ? 」
「 え? ああ、大丈夫大丈夫 」
 問いかける志摩子に、乾いた笑いを浮かべながら答える乃梨子。
 ・・・てゆーか乃梨子の疲労は志摩子のせいでもある訳だが。
「 本当に大丈夫なの? 何か悩みがあるなら、私に聞かせてちょうだい 」
 慈愛に満ちた顔で、本気で乃梨子を心配している志摩子。
 ああ、志摩子さんはやっぱりマリア様みたいな人だなぁと思いつつ、乃梨子は思わずそのマリア様にすがった。
「 志摩子さん、できればもう少しとらと仲良く『 それは無理 』・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうですか 」
 何の迷いも無く笑顔で即答され、凹む乃梨子。何だか疲労度も増したような感じだ。
( それにしても・・・ 最近の志摩子さんは変わったと言うか何と言うか・・・ )
 ちらりと志摩子を盗み見る乃梨子。
( 自分に正直になってくれるのは嬉しいけど、さすがにここまでくると・・・ )
 乃梨子と目が合った志摩子がにっこりと微笑んでくれるが、その笑顔が「逃がさないわよ♪」と言っているように思えるのは、果たして乃梨子の気のせいなのだろうか。
( うぅ・・・ 私を大切に思ってくれるのは嬉しいけど、限度ってモノが・・・ )
 愛が痛い。最近の乃梨子は、そんなことを痛感しているのであった。
( 志摩子さんがここまで私に執着するのって・・・ やっぱり姉妹に姉妹ができるっていうのが初めての体験だからなのかなぁ )
 確かにこれまで志摩子には、姉妹がひとりだけという状態が続いていた。最初は聖と、次に乃梨子と。
 そのたったひとりの姉妹が、誰か他の人間と仲良くなるということは、志摩子にとって初めての体験である。
 とらという初めての「ライバル」の出現に、志摩子は今、全力で対抗している状態であり、その力加減の無さは、間に入る乃梨子にまで被害が及んでしまうほどである。
 このままではモノスゴイ勢いで胃をやられる予感がしてならない乃梨子は以前、思いあまって祐巳や由乃に“孫を持ったことのある人”の様子、つまり、蓉子や祥子や江利子といった例を参考に、今の志摩子の状態に対するアドバイスを求めるという暴挙に出たのだが、祐巳曰く「 蓉子さまも祥子さまも、そのへんは余裕を持って私を可愛がって下さったから、良く解からない 」そうで、何の参考にもならなかったし、由乃は由乃で「 あのデコチンとは一生『“強敵”と書いて“とも”と呼ぶ関係』だから。それはあの人が求めていたことでもあるし 」とのたまい、そんなモノを参考にしたら今の状態がますます悪化しそうで、これまた何の参考にもならなかった。
( それにしても、どうすれば志摩子さんととらを仲良くさせられるのか・・・ )
「 乃梨子ちゃん 」
 悩む乃梨子に、祐巳が声をかける。
「 ・・・何でしょう祐巳さま 」
 祐巳が微妙に笑っているのにイヤな予感を覚えつつ、乃梨子は祐巳に話を促す。
「 とらちゃんのことなんだけど・・・ 志摩子さん、そんなガラス球みたいな目でこっち見ないでくれるかな? 怖いから 」
 とらの名に反応して祐巳を凝視する志摩子をあしらいつつ、祐巳は話を進める。
「 学校側から、と言うか主にシスターや生活指導の先生方から、とらちゃんの行動についての相談が来てね 」
 祐巳の言葉に、心臓をわしづかみにされたかのように動きを止める乃梨子。
 彼女の頭の中では“退学”だの“停学”だのといった単語が浮かんでは消えていた。
「 相談て、いったいどういう・・・ 」
「 ああ、そんなに深刻な話じゃないの 」
 青い顔で問いかける乃梨子を安心させるように、祐巳は笑顔で続ける。
「 とらちゃんはダメだと教えれば言うことを聞いてくれるし、基本的に素直で良い子だって松組の担任の先生も解ってくれているから、まだ停学とか退学とかの大げさな話にはなってないそうよ 」
 祐巳の言葉に、少し安心する乃梨子。
「 松組の担任の先生も乃梨子ちゃんがとらちゃんを躾けてるのは知ってるみたいでね、学園側にもとらちゃんの素行は改善できるからって働きかけてくれたそうなの。・・・でもね、今この時間、乃梨子ちゃんが薔薇の館に来ている時は、とらちゃんは野放しでしょ? 」 
「 野放しって・・・ とらは別に犬や猫じゃないんですから・・・ 」
「 ん、まあそうなんだけどね。ただ、色々と報告も受けてるのよ。先生方から 」
「 報告? 」
「 そう。乃梨子ちゃんが薔薇の館にいる間に起こった騒動の報告 」
「 え゙?! 」
 乃梨子は心臓がバクバク音を立て始めるのを自覚しつつ、祐巳の言葉の続きを待った。
 祐巳は手元にある紙に書いてある文章を読み上げる。
「 その ⊂撞冢Г留蠅如◆伐燭”の肉を焼いて食べていた 」
( 何の肉だろう? 犬猫は食べないって言ってたし、カラスや池の鯉も捕獲禁止って教えたのに・・・ )
 乃梨子の内心をよそに、祐巳の報告は続く。
「 その◆△昼ご飯にバロットを持ってきて、1年松組の教室が大パニックになった 」
 聞きなれない“バロット”という単語に、一同の顔に疑問符が浮かぶ。
「 ・・・・・・バロットって何? 」
「 主に東南アジアで、特にフィリピンで滋養強壮に良いと好んで食されるモノでして、孵化直前のアヒルの卵を茹でたものです、お姉さま 」
「 孵化直前てまさか・・・ 」
「 ええ、殻を剥いたら、当然出てくるのは孵化直前の雛です。まあ判り易く言えば、鳥のヒナを丸ごと茹でたような状態ものが出てくるということですね 」
「 うっわ・・・ それはキツイわね 」
 由乃の発した疑問に淡々と答える菜々の無駄知識に、一同の顔が「うえっ」となった。
 バロットという食べ物も、所詮は食文化の違いで日本人には馴染みが無いだけだし、日本人も蛸やナマコを生のまま食べるのだから他の国の食文化にとやかく言える立場でもないのだが、やはりそこは純粋培養されたリリアンの乙女。生理的にダメなものはダメなようだ。
「 その 」
「 まだあるんですか?! 」
 乃梨子の悲鳴に、祐巳は無常にも「うん」と答える。
「 その、朝みんながお祈りを捧げるマリア様の像によじ登り・・・ 」
「 あ・い・つ・は〜、無闇に高いとこ登るなって言ったのに! 」
「 マリア様に肩車状態になったところを遠くから見た生徒たちが、『マリア様から金髪が生えて風になびいてる!』と誤解して、失神者続出 」
「 長い金髪がそんなことで仇になるとは・・・ 」
 もはや乃梨子は机に突っ伏してしまった。
「 風になびいただけで騒動になるなんて、人と違った髪というのも大変ですわね 」
 人事のように言う瞳子に、さすがに乃梨子も突っ込みを入れる。
「 ・・・まさか瞳子の口から髪についてそんな意見が聞けるとは思わなかったよ 」
「 どういう意味ですの? 乃梨子 」
「 どういう意味って・・・ もしかして本気で人事だと思ってる? その奇妙なモノを装備する身で 」
「 奇妙なモノって何ですか!! 」
「 その奇妙なドリル 」
 びしっ! と瞳子の縦ロールを指差す乃梨子。
「 誰の何が奇妙ですってぇ?! 」
「 ああ、ごめんなさい、落ち着いて。そんなに興奮すると、そのドリルが七色に輝きだして轟音と共に回転し始めちゃうから 」
「 ムキィ────────!!! 」
 とらから受けたストレスを、瞳子で発散する乃梨子だった。
「 え〜と、それから・・・・・・ 」
 蕾ふたりの口喧嘩を華麗に無視して話しを進めようとする祐巳の持つ紙には、まだ何か書かれているようだ。
「 剣道部の部室に・・・・・・・・・ 」
 そこまで読み上げて黙り込む祐巳。
 そして、持っていた紙を突然由乃に渡して、こう言った。
「 由乃さん、自分でフォローして 」
「 え? 」
 いきなりのご氏名に驚きつつも、渡された紙を読む由乃。しかし、由乃は少し読んだ後、今度は菜々に紙を渡した。
「 菜々、これ貴方でしょ? 」
「 はい? 」
 受け取った紙を読む菜々。その表情からは、動揺は微塵も感じられなかった。
「 ・・・問題ありません 」
 何が書いてあったのかは判らないが、無表情にそう言う菜々に、全員が心の中で「ホントかよ?」と突っ込んでいると、菜々は続けて冷静にこう言った。
「 密告者は迅速に処分しておきますから 」
「 ぅおい! 」
 菜々の口から飛び出た粛清宣言に、乃梨子は思わず突っ込む。
 その隣りでは、由乃が何かに耐えるように、こめかみを押さえていたりする。
「 え〜と・・・ 話を戻すね? それで、とらちゃんなんだけど、先生方も私たちで何とかして貰いたいらしいの。で、とりあえずは行儀見習いってことで、薔薇の館で・・・ って言うか、乃梨子ちゃんに預かってもらうのが良いと思うんだけど・・・・・・ だから志摩子さん、そんな呪い殺せそうな目で見ないでってば。 」
 祐巳の言葉を受け、乃梨子は腹を括った。
「 解かりました。私がとらを立派なリリアンの淑女に調きょ・・・ いえ、教育してみせます! 」
 途中、何やら怪しげな単語が聞こえたが、乃梨子の決意は本物だった。・・・が。
「 無理だと思うなぁ 」
 乃梨子の決意にさらりと水を差すようなことを、ボソっと呟く菜々。
 ギロリとにらんでくる乃梨子の視線を軽く無視した菜々は、窓の外を眺めて「ああ、紅茶が美味しいわ」などとのたまい紅茶をすする。大した胆力だ。
 無視される形になった乃梨子だが、心の中ではすでに、冷静に今後の展開を計算していた。
( こいつ(菜々)は後で教育してやるとして・・・ これは、願っても無いチャンスだわ )
 意外にも乃梨子は、とらの教育を負担だとは思っていないようだ。
( そうよ、これはチャンスよ! 今まで志摩子さんのことがあるから、とらを薔薇の館に連れてこられなかったけど、これで大義名分を手に入れたことになる )
 乃梨子はこれを、とらを堂々と薔薇の館に連れてくるチャンスだと捉えているらしい。
( しかも、うまく志摩子さんをとらの教育に巻き込めば、志摩子さんが導く側で、とらが導かれる側だっていう位置関係を確立できるかも知れない )
 学年一の頭脳は今、(自分にとって)理想的な姉妹の関係を築くためにフル回転している。
( さらには、半ば無理矢理とはいえ志摩子さんがとらと接する機会を多く作れる! あわよくば、これを期にふたりの仲も少しは良くなるかも! )
 そこまで考えて、乃梨子は内心ニヤリと笑った。
 乃梨子は心の中のたくらみを気取られないように真面目な顔をすると、志摩子を見つめた。
「 志摩子さんお願い、とらを立派な淑女に育てるのを手伝って欲しいの。正直、私だけじゃ不安があるから 」
 真正面からストレートにすがってくる乃梨子に、志摩子も真剣な目で見つめ返す。
「 乃梨子・・・ とらちゃんのことが大切なのね? 」
「 ・・・うん 」
 正直にうなずく乃梨子に、志摩子は少しうつむいて目をそらせた。
「 志摩子さん。私、とらを失いたくないの 」
「 乃梨子・・・ 」
「 あいつバカだから、誰かがそばにいて面倒見てやらないと、いつか取り返しのつかないことをしそうで・・・ 」
 苦しげな乃梨子の様子に、志摩子は再び乃梨子の目を見て聞く。
「 だから、乃梨子が傍にいてあげたいのね? 」
「 うん 」
「 傍にいて、いつでも見守っていたいのね? 」
「 うん! 」

「 じゃあイヤ 」

  どゴすっ!!

 乃梨子の気持ちを理解してくれたようなことを言ったくせに、真顔で拒否する志摩子のセリフに、乃梨子は椅子ごと真後ろに倒れるという荒業を披露してしまった。
「 そ、そんな・・・ 志摩子さん・・・ 」
 ヨロヨロと立ち上がる乃梨子に、志摩子は子供のように「だって・・・ 」と口をとがらせた。
「 だって? 」
「 だって・・・ 乃梨子は私のそばにくっついて離れないって言ってくれたもの・・・ 」
 瞳をウルウルさせながら、そんな可愛い我がままを言い出す志摩子。しかも、立っている乃梨子と話しているため、自然と上目使いという強力オプションのオマケ付きで。
「 うっ・・・ 」
 そんな、普段なら絶対に見られないような志摩子の甘えた表情に、乃梨子は一瞬、思うさま志摩子を抱きしめたくなった。
( ああ! 志摩子さん、なんてカワイイ・・・ )
 乃梨子の手が何かを揉むような形に蠢いているが、何をする気なのだろう?
( このままここで・・・ イヤイヤ、とらのためにはここで志摩子さんに堕とされる訳には・・・ イヤでも、こんな状態の志摩子さんは滅多にお目にかかれないし・・・ イヤイヤ・・・ )
 煩悩と理性の間で葛藤する乃梨子の内心を察して、志摩子以外のメンバーが生暖かい目で見ているのだが、頭の中がモノスゴイことになっている乃梨子には、そのことに気付く余裕すら無かった。
 そんな人として色々な意味でギリギリな妄想トリッパーな乃梨子を放置して、祐巳は「志摩子さんちょっと・・・」と言いつつ、志摩子を部屋の隅に引っ張ってゆく。
 そのまま部屋の隅で、何やらボソボソと密談を始めるふたり。しばらくすると、祐巳に何か手渡された志摩子が嬉しそうに妄想トリッパーのもとへと帰ってきた。
「 乃梨子 」
「 いやでもこんなチャンスは・・・いっそもうギューって・・・ 」
「 乃梨子! 」
「 ・・・そんでチュー・・・え? 何? 志摩子さん 」
 志摩子の声に、ヤバ気なセリフを吐きつつも乃梨子が妄想から無事帰還する。
 お帰り、変態。
 程々にしとかないと、還ってこられなくなるぞ?
「 私、とらちゃんの教育、頑張ってみるわ 」
「 本当に?! 」
「 ええ 」
 さっきの拒絶が嘘のような志摩子のセリフに、乃梨子の顔に驚きの笑顔が浮かぶ。
「 良かった! 志摩子さん、解かってくれたんだね!」
 突然前向きになった志摩子の言葉に、乃梨子は思わず喜んだ。
 迂闊にも。
「 本当に良かった。私、志摩子さんなら解ってくれると信じ・・・・・・・・・・・・ 志摩子さん? 」
「 何? 乃梨子 」
「 その右手に持ってるモノは何? 」
「 鞭 」
 笑顔で答える志摩子に、二の句が継げない乃梨子。
 そんな乃梨子におかまい無しに、志摩子は嬉しそうに話し出した。
「 祐巳さんがね、『躾には飴と鞭が必要だから』って、貸してくれたのよ 」
 乃梨子はすかさず「余計なことしやがって」という目で祐巳をにらんだが、当然のように祐巳には通じず、逆に「 小笠原家御用達の逸品で、最高のしなりと強度を持つ最高級品の乗馬用鞭だよ! 」と、嬉しそうに説明されてしまった。
 確かに最高級品らしく、えらい鋭さを持つその鞭の先端は、恐ろしい破壊力を秘めているように見えた。
 乃梨子は「 あのシスコン、大学でおとなしくしていれば良いのに余計なことを・・・ 」と祥子を恨みつつも、とりあえず志摩子を説得するべく彼女に向き直る。
「 志摩子さん・・・ 『飴と鞭』っていうのは、あくまでも言葉のアヤであって、 決して本当に鞭でシバき倒して躾けろってことでは・・・ 」
 青ざめる乃梨子の言葉をよそに、志摩子は良い笑顔で鞭を握り締めて宣言する。
「 乃梨子がとらちゃんを甘やかす『飴』なら、私は一片の容赦も無い『鞭』になるわ! 」
「 いや、あの・・・ 一片の容赦も無いってそんな・・・ 」
「 うふふふふふ、楽しみね 」
「 いや、だから・・・ 」
「 こうかしら?( ビュン! )それとも、こうかしら?( ブンッ! ) 」
「 ・・・・・・・・・聞いちゃいねぇ 」
 鞭を振る角度の研究に余念の無い志摩子の姿に、乃梨子はがっくりと膝をつくのだった。
( ああ・・・ 紅の馬鹿姉妹のせいで、志摩子さんが何かドス黒いものに染まってゆく・・・ )
 落ち込む乃梨子をよそに、ビュンビュンと鞭の素振りを始める志摩子。
 そんな勢いで鞭を入れられたら、ロバだってダービーに出走できそうだ。
 

 

 とらの出現以来、何やらおかしな方向へ加速してゆく志摩子と、紅薔薇姉妹のせいでそれを止めるタイミングを見失いつつある乃梨子。
 はたして、乃梨子に平穏な生活が訪れるのは、いつの日になるのだろうか・・・


 

 ・・・てゆーか、来るのか? そんな日。




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