【2053】 皆一緒にキミを救いたい  (いぬいぬ 2006-12-15 05:02:16)


「乃梨とら」シリーズ第2部第3話です。
【No:2050】→【No:2051】→コレです。







 
「 ねー、乃梨子 」
 チョイチョイと、隣りに立つ乃梨子の袖を引っ張るとら。
「 ・・・・・・ 」
「 乃梨子さま(チョイチョイ) 」
「 ・・・・・・ 」
「 乃梨子さまってば! (グイグイ!)」
「 ・・・・・・何よ 」
「 何で志摩子は鞭なんか握り締めて笑ってんの? 」
「 ・・・私に聞くな 」
「 あ、何か素振り始めた。志摩子は何がしたいんだ? 」
「 それは私が聞きたいわ!! 」
 魂から搾り出すように叫ぶ乃梨子に、とらは訳が解からず首を傾げた。
 そんな感じで、「とら育成計画」は幕を開けたのだった。





 乃梨子が1年松組の「餌付け3人組」からとらを奪取することに成功した日の放課後。薔薇の館の2階に、山百合会+とらが勢揃いしていた。
「 さて、予定より遅くなっちゃったけど・・・ 始める? 」
 この場を仕切るらしい祐巳が、志摩子の顔を見ながら尋ねた。
 ちなみに、何故「予定より遅く」なったかと言うと、別にホビロンでミルクホールを阿鼻叫喚の地獄絵図に叩き堕としたことについて、お説教されていた訳ではなく(それはお昼休みに済んだ)。
 勝手に『ドキッ! 丸ごと女子高生だらけのホビロン試食会! ドロリもあるよ?!』の道連れにされた瞳子に、乃梨子が非難されていた訳でもなく(それは授業中で終わった)。
 このお話の冒頭にあったように、夢中で鞭の素振りをする志摩子から、乃梨子が何とか鞭を奪い取り、1階のロッカー(鍵付き)に封印するのに手間取っていたためである。
 鞭を取り上げられ、初めは乃梨子に鍵を渡すように懇願していた志摩子だったが、近付いてきた祐巳に何やら耳打ちされてからはヤケにおとなしい。
( ・・・・・・また何を言ったんだか )
 警戒するように自分を見る乃梨子に、にっこりと微笑む祐巳。
( ぐっ・・・ 一見無垢な笑顔がムカつく! ・・・どうせまた、純真な志摩子さんにおかしなことを吹き込んだんでしょうけどね )
 最近、祐巳の行動パターンが予想できるようになってきた自分が悲しい乃梨子だった。
 だが、人は予想が当ったからといって、それが幸せとは限らない訳で。
 それどころか、当って欲しくない予想ほど当ってしまったりする訳で。
 人生って、面白いですね。
 面白がっているのは、主に乃梨子以外なのはさておいて。
「 それでは始めましょうか 」
「 何を? 」
 一見平静に見えるが、とらを前にしてやはり緊張状態にあるのか、志摩子の唐突すぎる開始宣言にとらは困惑していた。
 ・・・まあ、何の前振りも無く、イキナリ「始めましょうか」と言われて「解かりました」と言える人間はもう精密検査が必要だろう。脳とか。
「 貴方に色々な礼儀作法などを覚えてもらうための、いわゆる勉強会といったところかしら? 」
 落ち着いた様子でとらに説明をする志摩子の姿に、乃梨子は「 このぶんなら喧嘩にはならないかな? 」と思い、少しほっとしていた。
「 勉強会〜? 」
 本気で嫌そうな顔で聞き返すとら。
「 そうよ。貴方にリリアンで生活する上で必要な、色々なルールや作法を学んでもらうための・・・ 」
「 なんかメンドくさそうだから、ヤ! 」
「 たとえ面倒でも、結局は貴方のためになるのよ? 」
 ぷいと横を向き、問答無用で拒否の態度を取ったとらだったが、意外にも志摩子は優しく諭すように話し続ける。
( 良かった。今日の志摩子さんなら、まかせといても大丈夫そうだな )
 乃梨子は志摩子の落ち着きぶりを見て、しばらく自分は傍観することを決めた。
「 ヤなものは、ヤ!! 」
「 聞いて、とらちゃん。今貴方が・・・ 」
「 ヤ!! 」
「 ・・・・・・貴方が自分から学ぼうとしないと、後で・・・ 」
「 ね〜乃梨子。志摩子ほっといて、紅茶でも飲もうよ 」
「 ・・・・・・・・・後で・・・ 困ることに・・・ 」
「 小雪が焼いたマフィンもらってきたから、オヤツにしようよ〜 」
「 ・・・なるか・・・ら・・・・・・・ 」
「 今度は私が“あ〜ん”て食べさせたげるから 」
「 ・・・・・・・・・ 」
 
   がこ

「 しししし志摩子さん! 椅子はダメだって! 死んじゃうから! 」
「 あ・・・ 私ったら、つい・・・ 」
 
   がこ

 慌てて志摩子に抱きついて止める乃梨子の制止の声に、とらに向けて無表情に高々と振りかぶっていた椅子を置く志摩子。
 椅子を置いてから何故か「ちょっぴりはしたないことをしちゃった乙女」みたいな感じで頬を染めて恥らっている志摩子を見て、乃梨子の背中には冷や汗が噴き出していた。
 何の前触れも無い凶行に、乃梨子は自分の予想が甘かったと思い知る。
( やばい・・・ 冷静に見えるけど、逆にいつキレるか判断がつかないわ )
 普段おとなしい人ほど切れた時が怖い。最近の乃梨子は、そのことを嫌と言うほど体験済みだった。
 “ボソボソボソ・・・”
「 ・・・そうね、祐巳さんの言うとおりかも知れないわ 」
「 !!  そこ! また志摩子さんに余計なことを吹き込まない!! 」
 志摩子に何ごとか囁く祐巳に気付き、びしぃっ!と指を差して叫ぶ乃梨子。
「 そんな、乃梨子ちゃん。私はただ・・・みんなに幸せになって欲しいだけなのに! 」
「 ・・・・・・瞳子ほどの演技力はありませんね。口元が笑ってますよ祐巳さま 」
 瞳をうるうるさせつつ言い訳する祐巳に、コメカミを引きつらせ低い声で突っ込む乃梨子。
 しかし、祐巳はあえてそこでヘラっと笑ってみせ、再び乃梨子の神経を逆なでしたりする。
( くっ・・・ 落ち着け二条乃梨子。ヤツのペースにハマっちゃダメだ! )
 ギリギリと歯を食いしばり、必死に自分を制御しようとする乃梨子。
( 観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色・・・ )
 ・・・・・・リリアンの乙女としてどうかと思う方法だが、心の中で般若心経を唱えることで、どうやら落ち着いたらしい。
 このまま(祐巳に踊らされている)志摩子にまかせていては、いつまた乱闘になるか判らないと判断した乃梨子は、やはり自らとらを説得することにした。
「 とら、今日はここで志摩子さん達に礼儀作法を学ぶのよ。私も手伝うから 」
 本来なら、自らとらの教育をしたい乃梨子だったが、所詮は高等部からのリリアン生。礼儀作法等ではやはり生粋のお嬢さま達には太刀打できないことを悟り、志摩子達主導で育成計画を進め、自分はそのサポートに回ることにしたのだ。
「 え〜? 」
「 え〜?じゃないの! アンタ、今のうちにリリアンで生活する上でのルールを学んでおかないと、後で大変なことになるんだからね 」
「 大変なことって? 」
「 最悪の場合、停学とか退学とかね 」
「 退学? 」
 とらの危機感をあおるために、わざと低い声で言い聞かせてみた乃梨子だったが、とらはきょとんとした顔をするばかりだった。
( ・・・ダメだ。こいつ事の重大さが良く解かってないわ )
 反応の薄いとらに、愕然とする乃梨子。
( まさかこの子、別に退学になっても千葉に帰れるから良いとか言い出すんじゃ・・・ )
 ひとりで悩んでいるうちに、「もしかしたら、私ととらの想いにはモノスゴイ温度差があって、実は勝手に舞い上がっている私がひとり相撲をとっているだけなのでは?」という被害妄想に陥り、乃梨子は完全にテンパってしまった。
( そう言えば、最初に会った時も、この子の“お母さんにはいっぱい怒られた”ってセリフに、馬鹿みたいにひとりで空回ってたよーな気が・・・ )
 恥ずかしい思い出と嫌な妄想が、頭の中をグルグルと回り始める。
 だがその時、意外な角度から乃梨子へ助け舟が出た。 
「 スヴェータ 」
「 ん? 何だ菜々 」
「 最悪の場合っていうのはね、貴方がリリアンから追い出されるってことよ 」
「 そしたら勉強しなくて良いモン! また千葉に帰って遊びまくるモン!! 」
 最悪の予想と重なるとらのセリフに、眩暈がしてきた乃梨子。
 しかし、そんな乃梨子のために、助け舟がもうひと漕ぎ。
「 やっぱり解かってなかったわね・・・ 良く考えなさい。リリアンを追い出されるってことは、乃梨子さまに会えなくなるってことよ? 」
「 え・・・ 」
 とらは、菜々の言葉で初めて事の重大さに気付いたようだ。
 おそらく、とら自身も気付いていないのかも知れない。『退学=乃梨子と会えなくなる』と言う発想に思い至らなかったのは、彼女の中ではすでに、自分の隣りに乃梨子がいるということが、当たり前のことのように思えていたからだということに。
 思わず悲しげな顔で、「そうなの?」と問いかけるように、乃梨子の方を見つめるとら。
 一瞬呆けた乃梨子だったが、瞳子に脇腹を小突かれて、慌てて「そのとおりよ」とうなずいてみせる。
 それを聞いて困った顔になったとらに、乃梨子は恐る恐る「 勉強会・・・やる? 」と尋ねてみた。
「 ・・・勉強はヤだ 」
 俯くとらのセリフに、頭の中が真っ白になる乃梨子。
「 ・・・・・・でも、乃梨子に会えなくなるのはもっとヤだから・・・ 勉強する 」
 それを聞いてやっと安心し、大きく溜息をつく乃梨子だった。
 そんな乃梨子に向かって、先程の助け舟が戻ってきた。
「 この子、直感だけで生きてるから、本人が“解かった”とか言ってても、説明を省くと大変なことになりますよ? 」
 乃梨子より少しだけとらと付き合いの長い菜々がアドバイスをすれば・・・
「 しっかりなさいな。貴方がしっかりしないで誰がとらちゃんを導くの? 」
 乃梨子との付き合いの長い瞳子が、ぽんとひとつ背中を叩いて乃梨子に喝を入れる。
 思わぬところで蕾同士の絆を感じ、乃梨子はとらの教育に俄然やる気が出たのだった。
( 意外と頼もしいじゃない、ふたりとも )
 そんなことを思い、少しだけ笑う余裕も生まれていた。
( そうね、私がしっかりしなきゃね )
 乃梨子はぐっと拳を握り締め、決意を新たにする。
( 善し! 始めますか! )
 こうして、「とら育成計画」の幕は、今度こそ本当に切って落とされたのである。





 がんばれ乃梨子!
 負けるな乃梨子!
 たとえ、君の後ろで、黄薔薇と紅薔薇の姉妹が「さあ、ここからがお楽しみよ」とでも言いたげに、ニヤニヤ笑っていたとしても!
 たとえ、君の後ろで、志摩子が鞭の代わりになりそうなモノを探して、キョロキョロしていたとしても!



 ・・・がんばれ。


 


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