島津祐巳&由乃。その三。
【No:2045】【No:2058】―今回
島津由乃と島津祐巳は双子である。
顔が似ていないのは、由乃がお母さん似で祐巳がお父さん似の二卵性だから。
お隣には、幼馴染で従妹でもあり。二人の通うリリアン女学園高等部の伝統である姉妹制度で由乃の姉となった支倉令が住んでいた。
それは梅雨の少し手前の頃のことだった。
祐巳は所属する剣道部の朝練に出るため一人で登校していた。
同じ、剣道部に所属する令姉ちゃんは今行われている朝練が自主参加のため、出席率は悪い。
その理由としては、祐巳の双子の姉である由乃の体調がこのところ悪いことが上げられる。
令姉ちゃんと由乃はリリアンでのロザリオの授受を交わした姉妹。
由乃の胸に揺れるロザリオを見るたびに、祐巳は複雑な気分に成る。
令姉ちゃんのロザリオ、出来るなら祐巳が欲しかったモノ。だが、由乃が令姉ちゃんから授受を受けたことは、祐巳にしてみれば当たり前のことでしかなく。
祐巳に来るべきものでないことも分かっていた。
「はぁ」
リリアン女学園の敷地にあるマリアさまに祈りながら溜め息が出てしまう。
「マリアさまの前で溜め息なんて、幸せが消えてしまうわよ?」
不意に声をかけられ、祐巳は慌てて振り向く。
リリアンでの振り向き方は幼い頃から叩き込まれているので、首だけ向けるような失敗はしなかったが……。
「あっ!!」
思わず声を出してしまった。
「ごきげんよう、祐巳ちゃん」
「ご、ごきげんよう!!」
祐巳は慌ててしまって挨拶を噛んでしまった。
そこに居たのは、紅薔薇の蕾である小笠原祥子さま。
令姉ちゃんが黄薔薇の蕾、由乃が黄薔薇の蕾の妹であることから、祐巳は何度か祥子さまと話したりもしている。
だから、挨拶くらいで驚くようなことはないのだが、どうも佐藤聖さまとクラスメイトで今は白薔薇の蕾となった藤堂志摩子さんとの一件のときに怒られたのが効いているのか。
少し萎縮してしまう。
実は祐巳は面と向かって叱られたことがほとんど無い。
病気がちの由乃を気にしてか、幼い頃から両親や令姉ちゃんを気にして自分を押さえつけてきたところがあるのだ。
だから怒った相手に身構えてしまうのかもしれない。しかも、その相手が紅薔薇の蕾である祥子さまなら尚更だろう。
美人は怒ると迫力がありすぎる。
「祐巳ちゃん」
「は、はい」
「ふふふ、そんなに身構えないで、少しお話がしたいだけなんだから」
「はい……あの、何でしょうか?」
祥子さまの笑顔に祐巳は少し気を楽にする。
「最近は、薔薇の館には来てくれないのね」
「まぁ、基本的に私には係わり合いのないところですし、確かに令ねえちゃ……令さまや由乃は山百合会関係者ですが、それと私とはやはり関係はありませんし」
「そうなの?」
「はい」
「そう、残念ね。お姉さまたちも祐巳ちゃんを気に入っているし、私も祐巳ちゃんともっとお話したいのに」
「ありがとうございます」
そう思ってくださるのは、大変嬉しい。
「ふふふ、あら……祐巳ちゃん、少し鞄を持っていてくれるかしら?」
「あっ、はい」
何だろうと祐巳は、祥子さまの鞄を受け取る。
「あっ!!」
祥子さまは不意に祐巳のタイに手を触れ整える。
「これで良いわ」
「あっ、すみません」
「いいのよ……」
不意に祥子さまは黙ってしまう。
「あの……」
祐巳が声をかけると祥子さまは極上の笑みを浮かべていた。
「祐巳ちゃんならもっと積極的に薔薇の館に来てくれると思っていたけど、そう考えているのなら仕方ないわね……祐巳ちゃん」
祥子さまは何か首元を探りながら、祐巳を見た。
「はい」
「私の妹に、お成りなさい」
「……えっ?」
驚きに呆然としている祐巳の前に、差し出されたのは祥子さまのロザリオだった。
「はぁ」
祐巳は溜め息をついた。
早朝、祥子さまとの一件を誰かに見られていたらしく。放課後までには高等部の生徒全員に噂が流れていた。
それだけなら良かったのだが、新聞部が祐巳に話を聞こうと追いかけて来るものだから、まともに部活も出来ない状態。
仕方なく、祐巳は一人でランニングに出たのだが、案の定、待ち構えていた新聞部の生徒に追いかけられ逃げ回り。
「こんな所まで来ちゃった」
そこは祐巳の良く知る場所だった。
少し前まで祐巳がよく使っていた場所。
中等部の敷地だ。少しいけば、中等部の武道館がある。
……少し覗いていこうかな?
どうせこのまま戻っても、新聞部にまた追いかけられるだけ。
祐巳としてはキチンと祥子さまのことを整理したいのだが、まだ出来ていない。
祥子さまに今朝、妹に成りなさいと言われたが、驚きが先行してしまって頷くことが出来ずに今は保留状態にある。
祥子さまもそのことは分かっていたのか、快く保留にしてくれて返事は後日と成った。
だからと言って、何日も待たせるわけにはいかないから、出来るだけ早く答えを出したい。
「あっ、祐巳さま!!」
「あれ?菜々」
祥子さまのことを考えているうちに、本当に武道館まで来てしまったようだ。
祐巳に声をかけてきたのは、有馬菜々。
お家が令姉ちゃんと同じように剣道の道場を開いていて、剣道の腕前は現三年生よりも上。それは、令姉ちゃんから時には一本を取れる祐巳でさえ気をつけないといけないほどだ。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、祐巳さま。ところでどうしてこちらに?」
「う〜ん、逃げてきて、考え事しているうちにココまで来てしまったみたいね」
「逃げてきた?……あっ!!もしかして祐巳さまが紅薔薇の蕾の妹に成るという噂ですか?!」
うわぁ……中等部にまで噂が届いていた。
「菜々まで知っているんだ」
「はい、高等部のお姉さまたちから伝わってきました」
「そうなんだ」
「令さまが由乃さまを妹になさって、その後、祐巳さまに姉妹の話がなかったものですから皆心配していたんです」
菜々の言葉に、祐巳は笑うしかなかった。
確かに令姉ちゃんが由乃を妹にした後、剣道部で姉妹が決定していくのに祐巳は未だに売れ残っていた。
「それがイキナリ紅薔薇の蕾の妹ですから、噂が届かないはずはありませんよ」
「……そ、そう」
楽しそうに笑っている菜々を見ながら祐巳は困っていた。
「噂ね……言っておくけど、まだ成っていないからね」
「え?そうなんですか」
「そうよ、正直……いや、貴女には関係ないか」
「えぇぇ!!祐巳さま酷いですよ!!そこまで話してて止めるなんて!!」
奈々が抗議するが、祐巳は嬉しそうに聞いている菜々に気がついてしまったので不味いと思ったのだ。
祐巳は、菜々に対して剣道の腕を認めている一方で、トラブルメーカーだとも思っている。
菜々が別に何かトラブルを起すわけではないが、とにかくトラブルが好きで拡張させて楽しんでいるところがある。
ここで迂闊に話そうものなら、それこそ明日の朝には中等部だけでなく高等部にもその話は広まっていることだろう。
「あ〜、菜々。貴女、部活の途中でしょう。私も戻るから、貴女も戻りなさい」
「は〜い……残念、シゴキの鬼の祐巳さまが悩んでいるところがもっと見たかったのに」
「誰がシゴキの鬼か!?」
確かに去年、祐巳が部長を努めていたとき。去年の二年、一年からそんなあだ名を貰ったが、祐巳としては優しく接したつもりだった。
「あはは、ごきげんよう。祐巳さま!!」
「まったく」
祐巳は呆れながら、少し不満そうな菜々を部活に戻らせる。
「菜々!!それと今の話は黙っておくこと良いね?」
「はい!!」
祐巳は菜々を見送り、祐巳も部活に戻ろうとしたとき。
「皆!!祐巳さまがいたよ!!!!」
武道館の方から菜々の嬉しそうな声が聞こえた。
……あの子は本当に口止めが出来ないようね。
「ふふふ、覚えておきなさい。菜々」
祐巳は静かに笑った。
シゴキの鬼、復活してあげようじゃないの。
「さて」
菜々を締めるのはまた今度の機会にするとして、少しも祥子さまのことが纏まっていないことに祐巳は困っていた。
……本当、どうしよう。
「祐巳!!何を油売っているの!!」
考え事をしているところに鋭い声がかかる。
「わっ!!……令姉ちゃん?」
そこにいたのは令姉ちゃんだった。
「令さま、もしくは黄薔薇の蕾!!」
「あっ、ごめんなさい。令さま」
珍しく怒っている様子。
「どこまで行っていたの?」
「新聞部から逃げて、中等部……」
「そう、新聞部……祥子も何をしているんだか」
令姉ちゃんのその言葉が聞こえて祐巳は立ち止まる。
「あの令さま?」
「なに……」
「祥子さまから何か聞いていらっしゃいますか?」
「……何も聞いていないよ。それどころか……祐巳」
「なに、あっ……何でしょう?」
「貴女たちいつの間にそんなに親しくなったの?」
いつの間にと言われても、祐巳はそんなに親しくなった覚えはない。確かに、普通の生徒達よりも令姉ちゃん達のおかげで話す機会は多いとは思うが、それでも姉妹の申し込みを受けたのは驚きだった。
「わかんない、祥子さまが私のどこを気に入ったのかは……令さまは分かりますか?」
「祥子が祐巳を気に入った理由?」
令姉ちゃんを祐巳はジッと見る。
「いろいろあると思う。祐巳は私から見ても、良いところが沢山あるし」
「例えば?」
「下級生に好かれている。中等部の生徒達とか、あとは面倒見も良いよね……他には、剣道の腕前かな?」
「祥子さまの護衛兼妹?」
「あはは、それは最強の妹だね」
「令さま程では……ぷっ」
「「あはははは」」
祐巳と令姉ちゃんは笑った。
「ねぇ、祐巳は祥子の妹に成りたい?」
「わかんないよ。祥子さまは素敵だと思うよ……まさに紅薔薇が相応しいくらい」
祥子さまは本当に素敵だ。
祥子さまの妹に成る。それは嬉しいことだろうが、祐巳の理想とする姉は……。
「令さまは、どう思われますか?私が祥子さまの妹に成ることに」
「……」
祐巳の質問に、令姉ちゃんは黙ってしまう。
そして、少しして。
「私には何も言えない……と、言うよりも口を出さないことと黄薔薇さまに言われているのよ」
黄薔薇さま?つまり令姉ちゃんのお姉さまから言われているということだ。
「どういうこと?」
「これは紅薔薇の問題だからと言うことらしいよ。ただ……」
「ただ?」
「祐巳の幼馴染か部活の先輩としてなら口出しはアリらしい」
「何それ?」
要するに口出しありって事じゃない。
「そんなこと思わないの、祐巳」
「えっ?」
「今、意味がないとか思ったでしょう?違うよ、黄薔薇の蕾としては口出す成って事だから」
あぁ、そういうことか。
祐巳は令姉ちゃんの言葉にようやく納得する。それにしても表情に出ていたなんて、困ったものだ。
「それでは部活の先輩としてはどう思われます?」
「部活の先輩なら、そうね。私も同じだったから、賛成」
そうか賛成なんだ。
令姉ちゃんの賛成の言葉に少し嫌な気分に成る。
「それでは従妹兼幼馴染としては?」
「どうなのかな……それこそ私には発言権がない気がする。私は由乃を選んだし、姉を部活の外に作るなとは言えない」
「つまり、総合すると賛成と言うこと?」
「そうなるね」
「そうか……」
令姉ちゃんは由乃のお姉さま。
仕方がないだろう。
それでも祐巳を探してくれ来てくれたのは嬉しい。
後は、祐巳自信の気持ちなのだが……。
「令さま、すみません。私、これから祥子さまのところに行ってきます」
「祐巳?」
祐巳は驚いている令姉ちゃんを置いて薔薇の館へと向かった。
ただ、一つの言葉を言うために。
それが大変な一週間を招くことに成ろうとは、この時、祐巳は想像もしていなかった。
アウグーリオ・ボナーノ!!
ごきげんよう。
この話は、一話完結が基本としていたのに続いてしまいます。
やっぱり祥子さまとの話は長くなるようです。
『クゥ〜』