それは小さな不満だった。
望んだものは道を切り開く力
そして得た力は戦いと破壊を招き
向かう先はあまねく混沌
望んだ道 進めない道 見失った道
道の先はまだ見えないけれど
交わる未来に想いをたくして
『真・マリア転生 リリアン黙示録』 【No:2035】から続きます。
「いっけぇぇぇぇぇーーーっ!!!」
威勢の良いかけ声とともに蹴り出した足元が、ドンッ、と爆発したかのように弾けた。
進路上にいた全ての悪魔を薙ぎ倒しながら、由乃はそのまま全力で突進する。
有無を言わせぬ。というのはこういうことをいうのだろうか。
後で見ていた菜々は感心するより呆れていた。
あの天使、まだ口上の途中だったけどいいのかな。普通は言い終わるまで待つものじゃないだろうか。
そもそもリリアンで天使をなぎ倒してるっていうのはどうなんだろう。
菜々がとりとめのないことを思っている間に、由乃は一番奥にいた剣や鎧を装備した天使に到達し、その勢いのまま問答無用に刺突をかました。
いわゆるボスキャラというやつだったのだろうが。一撃だった。
そこはファクトリーと呼ばれるロウの施設のひとつだった。
食料から武器まで、この世界で必要な物資の生産を行う工場であり、悪魔に対する備えを施した防御拠点でもあった。
ここに悪魔からの庇護を願い出た人達を迎え入れ、安全の見返りとして重労働を課す。
そういう、噂があった。
「強制収容所みたいなもんね」
「本人が望んで来ているのですから強制収容とは言えないのではないですか?」
由乃はムッとした表情を見せた。
「強制労働させられているんだから同じことよ!」
「いえ、さすがに同じというのは強引かと。問題なことには変わりありませんが」
「それよ! 私が言ってるのは。とにかく行くわよ」
というわけで、いつものようにノリと勢いだけで動く由乃に、お目付け役半分、興味半分で付いて来た菜々だった。
来て早々に、二人の前に立ちはだかったのは、まぎれもなく天使だった。
しかも、まわりに普通の(?)天使を従えたその天使は武装していた。
天使。
御使い。
一口に天使といっても様々だ。
天使にも階級というものがあり、分類上では上級1位から下級3位まで3級3位9階級にわかれている。
一般的に天使といってイメージされるのはおそらく最下級の、下級3位第9階級の天使「エンジェル」が近いだろう。
これは善人を祝福し、悪人を上に報告する役を持つ。ヒトに直接働きかけるが故に最もヒトの身近に存在する天使であるから不思議はない。
他にも、由乃が倒したような剣や鎧を装備した武装天使や、人型をしていない天使なども存在する。
また、この9階級とは別に固体名で呼ばれる天使を大天使と呼称する場合がある。有名なところでは4大天使などの名が挙げられる。
ただ、少々やっかいなこことに9階級あるうちの8番目、下級2位の「アークエンジェル」を日本語では大天使と訳しているからまぎらわしい。
また、今では最上位の上級1位「セラフィム」に属するとされるかの4大天使は元々このアークエンジェルに属していたというから、まぎらわしいことこのうえない。
さらに、堕天使にも同様の階級があるという説もあるが、このあたりはもう言ったもん勝ちな印象がある。
「愚かなるヒトの子よ。
高き理想も、唯一絶対なる神の御意志も解さず、魔に魅入られ破壊を繰り返す愚かなる者よ。
この地上に理想の世界、千年王国を造りあげる礎となるべく――」
「うざっ」
何やら滔々と語り始めた天使の言葉に耳も貸さずに、由乃はぼそりと呟いた。
ついで、あまりな言い草にさすがに驚く菜々へ。
「菜々、ちょっと離れてなさい」
そう言って、由乃は左手に木刀を持ち替えると、腰を落とし、右手を前に突き出すと同時に左手を大きく後に引いた。
次の瞬間、菜々の目の前の空間が爆発した。
正確には、由乃が踏み切った蹴り足の強さに足元の地面が弾け、礫が舞ったのがそう見えたのだ。
なるほど離れていろとはこういうことか。
そう納得した菜々の目の前で、戦闘と言うにはあまりに一方的な戦いが始まり、そしてすぐに終わったのだった。
たぶん言ってることが難しくて堅苦しいのにいらいらして、問答無用で一撃粉砕に及んだのに違いない。
それが証拠にひどくスッキリした顔をしているし。
「意外とあっけなかったわね」
「………」
何をかいわんや、であろう。
「さあ、あなた達はもう自由よ。どこへでも好きな所に行きなさい」
「えっ? どこへ行こうというのです?
ここで人々の為に働くのが私の仕事であり、私の喜びです」
助け出した人々の反応は概ね同じだった。
驚いたことに、本当に牢屋のような場所があって、そこに入れられていた人達がいたことから、はからずも強制収容所というのも間違いではなかったことがわかった由乃だったが、そういった人達の反応も同じで、解放しに来たつもりの由乃達を露骨に煙たがるもの少なくなかった。
「な、なんなのコイツら? 気持ち悪っ」
それは一瞬とはいえ由乃が怯むほどに、由乃からすれば異様といっていい反応だった。
どちらにせよ、すぐにその反動とばかりに爆発したのだが。
「っていうかばっかじゃないの。なんなのアレは。何考えてるのよ!」
「落ちついてください。由乃さま」
激した由乃を菜々が冷静になだめにかかる。
「さっきの天使どものように、コイツらもまとめて殲滅すればいいだけのことですよ」
あるいは冷酷に、というべきか。
「……いやいやいや、とりあえずあなたが落ち着きなさいよ。菜々」
「ですが……」
かすかに不満そうな表情を見せる菜々を見て、由乃はおやっと首をかしげた。
由乃自身がカッカしていたのと、菜々があまり表情を表に出さない方なので気付かなかったが、どうやら菜々も結構むかついていたらしい。そう思いついて、由乃は思わず笑みをもらす。
「由乃さま。本気で言っているのだとしたらコイツら純然たるメシア教徒ということですよ。
敵の、ロウの勢力ならばここで少しでも排除しておくべきだと思います」
どうやら単にムカツクからぶちのめすということだけではなく、冷徹な計算もはたらいていたらしい。
「んー、でも非戦闘員を相手にしてもつまんないし」
由乃は気の乗らない表情で呟いた。
「由乃さま? おもしろいかどうかは確かに大切なことですが――」
「でもまあ、ロウの施設は潰しておくべきよね」
ふいに何か思い付いたような表情を浮かべた由乃は、ニヤリと笑った。
ここまで徹底的に破壊し尽くすとは。
菜々はまたしても感嘆とも呆れともつかない面持ちで目の前の光景を眺めていた。
まあ、由乃さまのことだから、単に手加減を知らないだけなんだろうけど。
それは悪魔に対する備えと物資の供給源を絶ち、無抵抗な状態のロウの手勢を放置するということだ。
「メシア教としてはほっておけないでしょ」
つまりは人々の保護と破壊された施設の再建に手を回さなければいけなくなるということだ。ガイア教ならほっておくだろう。混沌を旨とし、力を頼みとするカオスにはそういう意味でのまとまりは無いし、自力でなんとかしろというだけだ。だが法と秩序を重んじるロウのメシア教としては、放置しておくわけにはいかないはずだ。地道に勢力を拡大しようとしている現在の状況では頭の痛いことだろう。
これはこれで悪くない手だ、と菜々思った。
………けれど、そういうことまで考えてというよりは、たぶんちょっとした嫌がらせくらいのつもりなんだろうな。由乃さまとしては。とも思った菜々である。
それよりなにより。
由乃さま。これじゃ私の出番が無いですよ。
由乃が金色の破壊神と呼ばれるようになるのに、さほど時間はかからなかった。
が、それよりも、「島津由乃の通ったあとはぺんぺん草も生えない」などと言われるようになった理由の一端が菜々にあったりしたことは、あまり知られていない事実である。