くにぃさま作 【No:210】 『夢の中でシンプルで素敵な小さな胸』 から繋げてみました。
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うわあ、やっぱり機嫌悪そうだな。
昼間のアクシデントのせいで、どうにも空気がぎこちない。 夕食はどれもこれも、とても美味しかったはずだけど。 由乃が親の敵にかぶりつく勢いで、無言でがしがし箸を動かしてるのが怖くって、何を食べたのかちっとも覚えていないし。 お風呂も、貸切家族風呂を奨められたのに、「いえ、広いほうが好きだから」 って、スッタカすったか大浴場に行っちゃうし。 うー、失敗したなあ。
「もう、寝ようか。」
間が持たなくて、ガチャガチャと切り替えていたTVのリモコンを放り出して、仲居さんが敷いてくれていた、広めの布団に潜り込む。 由乃の方を見ず、そのまま無理やり目を閉じてしまう。
パチン。 空虚な大騒ぎをしていたTVがぷっつりと切れる。 微かに衣擦れの音がして、由乃が布団に入ってくる気配。 でも、やっぱり布団の中の距離は遠くて、剣の1本や2本は余裕で置けそうだ。
はあ。 しょうがない。 今日はこのまま眠って、明日し切り直しだ。 頭の中で羊を数え始める。 夜気に混じる由乃の薫りは、気が付かない事にする。
はるか遠くに聞こえるのは潮騒だろうか。 こんな山あいまで海の声が聞こえる。
静か、だな。
ひと一人、隣に寝ているとは信じられないくらいの静寂に、むしろ祐麒は悲しくなった。
………… え? 震え? 布団を伝わってくるのは、誰かが震えている振動。 誰かって、ここには俺と由乃しか居ないわけで。
「由乃?」 がばっと起き上がって由乃の顔を覗き込むけど、暗くて判らない。 ナイトスタンドのスイッチを入れると、由乃の顔がすぐそこで。 睨んでいた。 涙目で。 唇をわななかせて。
「由乃?」 濡れた頬に触れようとして、何とか思いとどまる。と、
「意気地なし。」 ぷいとあさっての方に顔を背けて、由乃が吐き出す。
「なによ、意気地なし。 どうせ私は、貧乳ですよ。 祐巳より小さいですよ。 傷物ですよ。 ばかばかばかばか。」 がばりと起き上がりざまに、枕をつかみ、ぽかぽか殴りつけてくる。
「うわっぷ。 ちょ、ちょっと。 ま、って。 よ、し、の。 ふぎゅ。」
部屋中から飛んで来る、枕、座布団、お菓子に、湯のみ…。 「湯のみ?!」
「って、それはまずいよ。 落ち着いて。」 慌てて止めるべく、腕を掴もうとする俺。 捉まるまいとする由乃。 短く激しい攻防ののち、なんとか両腕を確保。 手首をガッチリ握って投げられないようにする。
背後からすっぽり抱きすくめる形になって、由乃の顔が見えない。 やれやれ、このまま立ちっ放しなのもなんだし、湯飲みも置かせたいし。
「こっち、おいで。」 抱きしめたまま縁側による。 障子の向こうは、昼間のように明るい。 いつの間にか月が出ていたのか。 潮騒に聞こえたのは、深い山の葉擦れの音だったのかもしれない。 ごうごうと風が鳴っている。
安楽椅子に座って、膝の上に由乃を乗せて、 「湯飲みを置いて。 こっちを向いて?」
手を弛めてやると、ようやく湯飲みをテーブルに置いてくれた。 そのまま今度は細い腰を抱きしめてお願いする。「ね。こっちをむいて?」
「昼間は悪かったよ。」ちっともこっちを向こうとしない由乃に、まずは謝罪から。
「でもね、あれは事実を確認しただけで。 侮辱するつもりは何も無いんだよ。 それは間違えないで。 そもそもタプタプなのはむしろ苦手なんだし。 だいたい、僕は由乃が好きで。 だからその、、由乃が小さいからって、僕が君を嫌いになるはずないだろう? 」
「でも、」
「それに!!」 由乃の言葉をさえぎって続ける。 「曲りなりにも由乃の恋人で、なんの偶然か由乃の親友の弟の、僕としては。 胸の傷の経緯は、君自身からも、お節介な姉からも。 ちゃんと聞いているし、解っている。 由乃がそれを誇りにすれ、悔やんでもいないことも。 なのになぜ。 自分を傷物だなんて、卑下するんだい?」
「……」
片方の手で腰を抱いたまま、もう一方で由乃の顎を掬い上げる。
「泣かせてごめん。」
一杯に涙を湛えて綺羅綺羅している両目にやさしく口付けして、涙を舐めとる。 なんども何度もまぶたに口付けをして、だんだん緊張が緩んできたかな。 時折、子犬のようにくふん と鼻を鳴らすなかにも、だんだん艶めかしさが混じってくる。 微かに口元が開いて、これはきっと接吻を待っているんだろうな。 でも、
がばっ。 浴衣の胸元をはだけてささやかな双丘を露わにすると、その右側の下の方に、強く強く跡が残るようにキスをする。
「ふぎゃん。」 子猫のように可愛い声を上げる、その顔を覗き込むと、恥ずかしいのと、悔しいのと、嬉しいのと、何か、色々ごちゃごちゃになった実に複雑な表情をしている。
余りに可愛らしくてクスクス笑って居るうちに、おや、拙い。 だんだん怒りの成分が多くなってきた。
おっと、爆発しないうちに。
今度は唇に深く深く口付けを。 ながく永いその果てに、目元をほんのり染めた由乃。
彼女に一つだけ釘をさす。
「覚えていて。 忘れないで。 僕の、世界でただ一人好きなひと。 唯一のをんな。 それは君。 由乃だということを。 覚えていて。」
膝の上の彼女が、きゅっと抱きついてくる。
窓の外には、白々とした満月が。
夜が、更けていく。
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v1.0 改訂:宿が「海の近く」という春霞の誤解を訂正しました。 2005.11.16