【2132】 ヒロイン全員ツンデレ  (まつのめ 2007-01-19 21:37:57)


 ※若干タイトルとの乖離が見られますが、タイトルを見てから書いた話ですのでご容赦ください。





 今日の天気は荒れ模様、と見せかけて朝の通学時間は晴れ間が見えたと思ったら、「別にあんたの為に晴れたんじゃないわよ!」とでも言いたげに、校舎に辿り着く前にまた降り出したりとちょっと困った天気だった。


 今は昼休み。
 不安定な天気も今はしとしとと冷たい雨が降りつづくことで落ち着いていた。
 例によって祐巳は薔薇の館でお弁当を食べている。
 祐巳の正面には由乃。少し離れて祐巳から見て右手側には志摩子と乃梨子が弁当を広げている。
 三年生の祥子と令は訳あって不在だ。ただし、その訳とやらはこの話にはあまり関係ないことをお断りしておく。


 さて、話す話題が途切れて、皆が静かに食事に集中している時、祐巳がぽつりと言った。
「ねえ、由乃さん」
 そのタイミング、そして祐巳が纏う雰囲気に、ある種の『いやな予感』を感じた由乃だったが、取り合えずは普通に言った。
「なあに?」
「わたしね……」
 由乃は内心「来たーーっ」と思った。何が『来た』なのか勘ぐってはいけない。そういうものなのである。本来、完結短編連作の登場人物は同じ名を付されても横の繋がりは無いのが建前である。
 しかし、こうも理不尽な役回りが連続する彼女のこと。メタな視点が多少混入したとしてどうして攻められようか? 少しくらいは大目に見てやってほしいものである。
 というわけで由乃は祐巳の言葉を遮って言った。
「ちょっと待って、祐巳さん。なんて言うつもり? もしかして天使とか悪魔とか妖怪とか言うんじゃないでしょうね?」
「違うよ」
「じゃあ、もっと抽象的な何かになったって言うつもりね?」
「ええと、ちょっと違うかな?」
 つまり、少しは当たってるって事か。
 それを悟った由乃は言った。
「わ、私は関わらないわよ!」
 と、逃げる体勢になろうとしたが、
「それは無理」
 本当はここで取り合わずに食べかけの弁当も置き去りにして有無を言わさず逃亡するのが正解だったのだ。
 しかし、由乃は立ち上がりかけたまま静止して祐巳の言葉に反問してしまった。
「え? なんでよ?」
「だってわたし、ツンデレになっちゃったから」
「はぁ? 何処がよ?」
 と訝しげな視線で由乃は答えたのだが、
「わかんない。昨日なったばかりだから」
 判らないのになったのかい。
「ふうん、良かったわね」
 由乃は取り合わないことにした。
 ここで由乃が何もしなければ話はこれでおしまい。世の中なべてこともなし。平和な一日が過ごせることであろう。
 しかし。
「……」
 祐巳は、拗ねたような表情で上目遣いに由乃を見つめていた。
(はぁ、判ったわよ)
 実はこの話しに入る前にお弁当を食べつつ結構雑談をしていたため、由乃のお弁当はほとんど残っていなかった。
 本来ならこの後『なったもの』にちなんで自分のお弁当からなにかを祐巳に供して祐巳の『いらない』に繋げなければならなかったのだ。
 由乃は少し考えた後言った。
「……お祝いに木刀でもあげようか? 令ちゃんの家の道場の使い古しのやつ」
「いらない」
 なんだかんだ言ってちゃんと次の台詞に繋げてあげる由乃もなかなか苦労人である。
 だが。
「ツンデレが好き嫌いしちゃっちゃぁ……」
 正直、噛んだ。
 ツンデレがなんだって?
 と、自分の発言に突っ込みたい由乃だった。
「信じてないでしょ」
 しかし、祐巳はスルーして続けた。
「とにかくね、私もなったからには自分の何処がツンデレか知っておきたいんだ……」
 由乃が肩を震わせているのは、台詞の不条理さに叫びだしそうになるのを何とか耐えているからだ。
「……でも、どうしたらいいのかな」
 窓の外の雨が降るどんより暗い窓の外に視線をやり、祐巳はそう呟いた。
「と、とりあえず、小テストの予習でしょ」
 由乃の声は振えていた。最後まで正気を保てるかどうか自信がない。
「やっぱ信じてない」
 暢気にそんなことを言っている祐巳。
 今の由乃にはこの重そうな楕円の会議室テーブルでちゃぶ台返し出来そうな気がした。
 でもこの後、大御所の登場となるのでそれは慎まなければならないのだ。
「今、ツンデレの話をしてたわよね? 祐巳さん?」
 そら来た。
 来たのは勿論ちょっと離れて乃梨子と一緒に弁当を食べていた志摩子だ。志摩子は音も無く移動して祐巳の隣に立っていた。
「え? う、うん」
「わたしも気づいていたわ。今日の祐巳さんは一味違うって」
「え? わかったの?」
「志摩子さんの家お寺だからね」
 由乃は半ば義務的にそう突っ込みを入れた。
 志摩子は続けた。
「遅刻しそうになって廊下を走ってシスターに咎められていた祐巳さんは、昨日と違う!」
 そして、目を見開いたかと思う上体ごと祐巳のほうを振り向いて口を開いた。
「―――」
 どうしたことか志摩子の言葉が続かない。
「どうしたの?」
「ごめんなさい。どう形容したら良いのか。でも違うって思ったのよ?」
 どうやらこのテーマは流石に志摩子といえども難題だったようだ。
「うん、判ってくれたのならいいよ。で、志摩子さん?」
「なあに?」
 そう言って志摩子はマリアさまみたいに微笑んだ。
「私、何処がツンデレ?」
「わからないわ」
 そう言った後、志摩子はそんな祐巳の手を取って言った。
「判らないから、調べましょう?」
 ――はあっ、なんとか乗り切ったか。
 何故かホッとする由乃であった。


  ι


「由乃さんはそんなにツンデレじゃないからやっぱり聞くべきは……」
「とても適切だと思うわ」
「……はっきり言って迷惑です」
 食事中に祐巳と志摩子に捕獲されて困惑、というより明らかに憤慨の表情をしたのは、松平瞳子そのひとであった。
「瞳子あのさあ……」
「乃梨子さんもこうなる前に止めて下さったらよかったのに」
 『無理言うな』という表情をした乃梨子だが、ある意味天然の双璧たる祐巳、志摩子を前になす術もなかったことは言うまでもない。
「私はなんでここに居るわけ?」
 という由乃の自問に答えるものは、ここ一年椿組の教室には居ようはずもなかった。
 それ以外の椿組の面々は思いがけない次期薔薇様方勢ぞろいに浮かれムードだし、中には妙に高い視点から嫉妬と憤慨と敬愛の念が混じった視線を注いでいるバスケット部員が居たり、「かしらかしらツンデレかしら」と無駄にふわふわした雰囲気を撒き散らしているものが居たりと、既に事態の行き着く先が所在不明な程の混沌ぶりであった。


 志摩子が厳かに言い放った。
「さあ祐巳さん、瞳子ちゃんにツンデレの極意を聞くのよ!」
「うん!」
 緊張の面持ちで瞳子に向き合う祐巳。
「祐巳さま、もう一度聞きますが」
 その瞳子の言葉で判るとおりこれは再三に渡って交わされた会話であった。
「これは何の冗談ですか?」
「ちがうよ瞳子ちゃん、冗談じゃないよ?」
「志摩子さまや由乃さままで一緒になっていったい何なのですか!」
「ちょっと、私は巻き込まれただけよ!」
 と由乃は言い訳をするが、ここに来た時点で事態の混乱の一因になっていることは本人の意図でないにしても明らかである。
 それはともかく、
「そうだわ」
 と志摩子は何か思いついたように胸の前で手を合わせ、緑一色の草原で春の日差しを浴びて咲くタンポポのように微笑んで言った。
「祐巳さんは瞳子ちゃんのことは『師匠』と呼んだらどうかしら?」
 それを聞いた瞳子は引きつって顔色を変え、乃梨子は頭痛に耐えるようにこめかみを押さえた。
 一方言われた祐巳当人は、真夏の高原で緑に包まれた山を背景に大輪の花を咲かせる向日葵のように微笑んで言った。
「そうだね! やっぱり『ちゃん』って付けるのは物を教わる態度じゃないよね。だから機嫌が悪くなっちゃったんだ」
「いいえ、あの祐巳さま?」
 瞳子は乃梨子の“天然の姉を持つ妹の苦悩”の片鱗を味わった気がした。
「というわけでお師匠さま! ツンデレの何たるかを伝授ください」
 ここで『お師匠さま』と来るとは侮れない。
「いえ、何たるかと申されましても、ええと……」
 台詞の終わりのほうで素に戻ってしまう瞳子。ここまでぶっ飛んだ状況に、対応できなくなったようだ。
 普段から『演技』している弊害かもしれない。
「と、とにかく、そのふざけた呼び方はお止めください。私のことは『瞳子』と呼んでください。話はそれからです」
 どうやら、瞳子は更なる演技を創造して対応するのではなく、ひねくれた状況を対応可能な範囲内に引き戻すことを選択したようだ。
 だが、この提案が更なる混乱を招くなどと誰が想像しえただろう?
 祐巳はあっさりとその要求を聞き入れて言った。
「えっと、じゃあ『瞳子』、ツンデレ教えて?」 
「なっ!」
 いや、あっさり聞き入れすぎである。
「ねえ、瞳子ぉ?」
「いいいい、いきなりそそその呼び方はっ!」
 耳まで真っ赤にしてどもりまくる瞳子。
「えー、だって瞳子がそう呼べって言ったんだよ?」
 そういわれて瞳子は言葉に詰まる。
 その隙を突いて志摩子は言った。
「祐巳さんこれは喜んでるのよ」
「あー、そうだったんだ」
「そっ、そんなわけありません! どうして私が祐巳さまに呼び捨てされて喜ぶんですか!」
 と、顔は真っ赤のまま瞳子は主張した。
 しかし、志摩子はさらりとそれを流して言う。
「祐巳さんよく見て。顔が赤いのは照れてるのよ」
「でも怒ってるよ?」
「それはツンデレだからよ」
「あ、そうか。私ツンデレになったのに忘れてたよ」
 と、祐巳は照れ笑い。
「もう、祐巳さんったら」
 微笑みつつ指で祐巳の額をつんと突く志摩子。
 なんなんだこれは。
 目の前でこんな会話をされた瞳子は、赤く火照った顔は取り合えず置いといて言った。
「ゆ、祐巳さま、今ツンデレになったと仰いましたね?」
「うん、言ったよ?」
「どういうつもりでそのような戯言を仰るんですか」
「どういうもこういうもなっちゃったものは仕方がないじゃない」
「私もそういった流行り言葉の意味くらいは心得ていますが、祐巳さまは今時点でそれに該当するとはとても思えません」
 自分のことは棚に上げ、瞳子はそう言った。
「うん、だからこうして聞きにきたんだけど」
「そもそも私に聞くのは間違ってませんか?」
「「「……」」」
 白けた視線が瞳子に集中した。

 瞳子は一回ごほんと咳払いをしてから続けた。
「そもそも、どうして祐巳さまがそうなったと主張され始めたのか、そこからして疑問ですから」
「それなら」とここで自分がここに居る意義に疑問を感じ始めていた由乃が発言した。
「瞳子ちゃんのこともっと理解したかったからじゃないの?」
 なるほどもっともらしいまともな、しかし下手をするとこの話自体の存在意義を揺るがしかねない意見であった。
「えっ!?」
 が、祐巳は声をひっくり返した。
「そそそそ、そんなことは……」
「祐巳さん?」
「祐巳さま、どうかされましたか?」
 その反応に皆が疑問を呈す中、頬を赤らめ、慌て気味に早口で祐巳は言った。


「べ、べつに瞳子ちゃんのこと知りたかったからツンデレになったわけじゃないんだからね!」


「「「「それだっ!」」」」


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