【No:1962】→【No:1982】→【No:2117】→これ
クロスオーバー 『 自殺の楽しみ方 』
5、中庭
薔薇の館から飛び出した三人は、祐巳を先頭にして中庭から普段は高等部の生徒はほとんど訪れることがない大学部の校舎の方へやってきた。
「飛び降りはいいんだけれど、まさか大学部の校舎の屋上ということはないわよね?」
「ふふふふふふふふふ、その辺はちゃ〜〜んと考えてるわ。 ほら、あそこのマンション」
そう言って祐巳は大学校舎側の校門からさらに向こう、通りを二つほど隔てた所にあるベージュのタイルで彩られた高い建物を指差した。
「15階建てだから高すぎて現実味が無くなるよりどうなるか想像できていいでしょ」
「あそこか〜、いいわね、うまい具合に外側に螺旋階段があって誰にも会わずに上れそうじゃない」
「ふふふ、天国への階段があそこにあるのね。 屋上のフェンスが低いから乗り越えやすさも”○”ね」
「あのマンションは確か日照権のことで問題になった所よね。 でも、今はあの高さに立ててくれたマンションのオーナーに感謝しましょう」
「ほら急ごう! あんな絶好の飛び降りポイント、誰かに先こされたら勿体ないわよ!」
「おぉぉ〜祐巳ちゃん! 私に会いにき…ぐはっ!!」
祐巳に促されて由乃と志摩子は嬉々として駆け出した。 誰かが後ろから抱き着いてきたような気がしたが、志摩子が何かしたらしく、その気配は一瞬で消えたので祐巳は気にしないことにしたが、『そう言えば』と祐巳の頭の片隅でビスケット扉を出た直後に見覚えのある者を突き飛ばした光景がチラッとよぎった。 縦ロール‥‥?‥‥。
「まっ、いいか」
6、ラ○オン▼マンション●△屋上
「ねえっねえっ祐巳さん志摩子さん! こっち来てみなよ! いいながめだよぉ〜!」
屋上まで来ると由乃は早速フェンスに向かって駆けて行く、螺旋階段を16階分上ってきたとは思えないほど軽やかな足取りである。 由乃に習って祐巳もフェンスに近づいてくる。 二人から少し遅れて屋上に到着した志摩子はゆっくりと二人の後に続くがフェンスには近づかず、左右を見渡して少し落ち着きがないように見える。
「わあぁぁ〜ほんとだ〜! あの辺って新宿よね? まるでお墓が立ってるみたいね」
「見える見える! 高層建築だらけの東京はお墓だらけってことね!」
「このマンションはさながら私たちの墓標ね。 ほらほらあそこ、歩道歩いてる人もよく見えるわ。 誰かの頭の上に落ちてあげればきっと喜ばれるわ」
祐巳は胸の前で手を組んで、まるで祥子を見ている時のような表情ですぐ下のマンションの遊歩道を歩いている人を見ている、手摺に手をかけている由乃が、祐巳の視線を追って遊歩道に目を向けるとある施設を目にして指差した。
「それより祐巳さんあそこ! あそこのプールみたいなとこ! 貯水池かな? このくらいの角度で飛び込めばジャストミート出来そうじゃない? 高層ビルから飛び降りてペッチャンコになって、ピザみたいになるのもいいかと思ってたけど、こっちだったらおいしそうな麻婆豆腐になれそうじゃない?」「いいわねぇ〜麻婆豆腐! 私あれだけは、ちょ〜っと辛目が好きなのよねぇ〜」
「うっそだ〜、黒砂糖にグラニュー糖をかけてハチミツ茶漬けにして粉砂糖トッピングにするような人が”ちょ〜っと辛口”?」
「ハチミツの代わりにメープルシロップを使うとちょっと大人風味よ」
とろけるような笑顔で言った祐巳の一言に、由乃と志摩子の片頬が引きつる。
「……志摩子さん…どう思う?」
「えっ? 私は……ちょっと遠慮したいわ……太るのを通り越して糖尿病になりそう…」
「まあまあ、いいじゃない! さ〜て、それじゃあ」
「うん! そろそろ…」
「………」
「君たち!!」
「え?」
「なに?」
「あら?」
手摺を持ち直してさ〜飛び降りようとしたとき、突然後ろから声をかけられて三人は後ろ、ちょうど登って来た螺旋階段の方へと振り返った。 ライトグレーのスーツを着た二十台と思われるちょっと伸びたスポーツ刈りの男が肩で息をしながら立っていた。 日光月光程ではないが190cmはあろうかという大男で、肩と一緒に上下する太い眉毛が印象的だ。
「ま、間に合ったか……よかった…」
「なんの用でしょうか?」
「そこの商店街を歩いてたら…ハァ…階段を昇っていくのが見えたから…まさかと思って駆けつけたんだけど。 そんなところに手をかけて、君たち変なこと考えてないだろうね?」
階段登りで膝が笑っているのだろう、肩で息をしながら少し重い足取りで三人に近づいて来た男は諭すように努めてやさしく語りかけた。
「変なことなんてそんなこと考えていません」
「そうよそうよ」
「ええ、と〜〜〜っても楽しいことをしようと思って!」
「楽しいこと?」
「「「飛び降りようと思って!!」」」
あかるくハモった三人の声に三回ほどまばたきをして、上を見て眉毛をピコッと動かし、下を見て眉毛をピコッと動かし、右を見て右の眉毛をピコッと動かし、左を見て左の眉毛をピコッと動かし、再び三人を見て、両の眉毛をピコピコ動かした。
救いの神が通りかかる気配は無かった。
ようやく三人の声が頭の中で反芻されたらしい男は声を上げた。
「ええぇっ?! き、君たちそれのどこが楽しいの?! そんな若いみそらで死ぬなんて考えちゃだめだ!!」
『飛び降りる』という三人の言葉にようやく反応できた男は、普通ならびっくりするくらいの大きさの声を上げるが、三人の関心事は別な所にあるようだった。 しかもその事も自殺の前では些細なことのようだった。
「ふふふふふ、でもよくそんなに眉毛が器用に動くわねぇ〜、で・も〜…」
「死に恋している今の私達には、そんなパフォーマンスで心を動かされたりはしないわ!」
「今とても充実しているんです。 こんなにすばらしいことがあったなんて」
由乃は得意げにそして無意味に胸をそらし、祐巳と志摩子は両手を合わせてマリア様にお祈りするように目をきらきら輝かせた。
「そうだ、ここから落ちたらやっぱり痛いと思いますか?」
「ばっ、ばっ、ば、バカ!! 痛いに決まってるじゃないか!! 悪いことは言わないから、とにかく自殺なんかやめるんだ! どんな悩みでも俺が聞いてあげるから。 俺もまだ23才、若いからどれだけ力になれるか分からないけど、ねっ? 4人で解決法を考えよう。 ねっ」
そう言いながら、やさしげに祐巳と由乃の肩に手を置いてフェンスの傍から引き戻そうとしながら、男は三人の顔を、まるで小さい子に話しかけるように覗き込む。
「は、離してください!」
「そうよ離して! この気持ちは誰にも止められないのよ!」
祐巳と由乃はセクハラ親父から逃れる時のような表情で大きくかぶりを振って、肩に乗った男の手を振りほどく。
「わかった! あなた私たちと一緒に死にたいんでしょ?」
「あ〜、そうなんだ! も〜〜、一緒に死にたいなら死にたいでそう言えばいいのに。 まぁ〜、頼み方によっちゃ〜混ぜてやってもいいわよ」
「はぁ〜?」
由乃に指差されながらそう決め付けられた男は、二人の言葉に口をポカ〜ンっと開けてしまう。 三人の背後に地獄の門が見えた気がした。
そして、男はこの場を立ち去れたであろう最後のチャンスを見逃した。
祐巳と由乃のすぐ後ろにいた志摩子がす〜っと前に出てきた。
「あの〜、悪いのですけれど、先に飛び降りて見せてくれませんか? じつは私ちょっと足がすくんでいるんですよ」
「え〜〜?! ちょ、ちょっと…」
「あれ? そうなの志摩子さん?」
「ええ…恥ずかしいのだけれど……自分では気がつかなかったのだけれど軽い高所恐怖症なのかしら? でも、この人が見事に本懐を遂げたのを見届ければ………決心がつくと思うの…」
「あ…の、いや……え〜〜と……き、君たちって、ひょっとしてタ○イ病院から抜け出してきたの?」
「そんな地元民しか知らないローカルな精神病院の名前出さなくても」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃないわよ!」
由乃はグッと男のベルトを掴むと、さして力を入れているふうに見えないのに、男を片手で頭上に軽々と持ち上げる、クルリと向きを変えると先ほど話していた貯水池に向かってポイッと放り投げた。
「うっぎゃあぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っ ゆみさ〜〜〜〜んっっ」
ゴスッ
パッシャ〜〜〜ン
「呼んでるわよ祐巳さん」
「あら知り合いだったの?」
「ん〜〜、知らない人だけどなぁ〜」
「じゃあ、ストーカーだったりして」
「え〜、やめてよ。 でも……」
心底いやそうな顔をした祐巳は、一旦澱んだ水底に沈んで”ユぅラァぁぁ〜〜…”っと浮き上がってきた男の体に目を向けた。 コンクリートのヘリに頭を打ち付けたため頭の付近から水が赤く染まりだしている。
「なんか、かなり痛そうね…」
「そうね、落ちるかっこうも私の美的感覚からすると少し許せないわ」
「少しじゃないと思うわ、カエルみたいに手足を広げて……二、三度裏返ったりして…よく見てみればあの水、なんか粘り気があるように見えるわ」
「いやだわそんな不潔な水……そうなの……やっぱり人間には”向き””不向き”があると思うの、高い所が苦手な私には飛び降りは向いていないと思うわ。 ごめんなさい祐巳さん由乃さん」
「そ〜ねぇ〜。 それにしても彼、さっさと死ねてうらやましいわ」
「ホントね、一人でいい思いしてさ。 あの世でお礼してもらわなくっちゃ」
「でもそうすると祐巳さん、どうするの? 死にたくて死にたくてやるせないこの気持ちは…」
「しかたないわね〜、ここはオーソドックスだけど電車に飛び込もうか」
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 つづく・・・・