【2171】 アルコールたっぷりの素直な君が好き  (いぬいぬ 2007-02-25 23:40:46)


※このSSは、がちゃS許容限界(以下略)
 要は前編である【No:2170】の続きです。それでは後編をどうぞ。








「 ・・・ええ。・・・・・・ええ、それで? 」
 支倉令は、憂いを帯びた表情で電話の向こうの人物の話しを聞いていた。
「 ・・・・・・そう。解かったわ、わざわざありがとう。それじゃあ 」
 ふぅと溜息を一つ吐き、令は受話器を置いた。
 そして、何やら思案顔のまま、由乃のいる道場に戻るべく踵を返す。
「 彼女がねぇ・・・ 」
 そう呟く顔には、「信じられない」といった表情が浮かんでいた。
「 人は見かけによらないって言うけど、本当にそういうことがあるものなのね・・・ あれ? 」
 道場へと向かう途中、ふと目に入った情景に、違和感を覚えて立ち止まる令。
「 ・・・ああ、本当にここへ来てるみたいね。でも、アレがあそこに転がってるってことは、あっちに行ってるんじゃないのかな? 」
 独り言をぶつぶつと呟きながら何やら推察しているらしく、令は首を傾げた。
「 またどこかへ行っちゃったってことなのかなぁ・・・ 」
 ぽりぽりと頭をかきつつ、令は道場への扉を開いた。
「 ・・・・・・え? 」
 開いた扉の先に展開していた光景に、令は一瞬、脳が反応しきれなかった。
 それは別に、令が鈍い訳では無く。むしろ、その光景に即座に反応しろと言うほうが無茶というものだろう。
 なにせ・・・
「 ・・・・・・・・・何してるの? 」
 呆然とそう呟いた令の目の前には、一人の少女がもう一人の少女をフルネルソンで羽交い絞めにして、尚且つ二人とも床に転がっているという意味不明な光景が展開していたのだから。
 しかも、その少女達の服装が更に問題だった。
 片や、白いブラウスと靴を身に着けてはいるが、ぱんつ丸出し。
 片や、白い剣道着の上着(脱げかけ)しか着ていないうえに、ぱんつ丸出し。
 そんな光景を目撃してしまった支倉令の脳裏に最初に浮かんだのは、「エロい」でもなく、「はしたない」でもなく、「何コレ?」という疑問だけだった。
「 何してるのって・・・ 見れば解かるでしょ!! 」
 無理。
 涙目で叫ぶ由乃の言葉に、令は素直にそう思ったが、それを口に出すという愚挙だけはかろうじて避けた。
 由乃の表情を見た瞬間、「 ああん?! ケンカ売っとんのかワレ!! 」という、由乃の心の声が聞こえたから。
 姉妹の絆って、素敵ですね。
「 いや・・・ 見ても解からないんだけど 」
 このまま眺めていても埒が明かないと思い、素直にそう答えてみた令に、由乃は再び憤怒の表情で叫ぶ。
「 なんで解からないのよ?! 令ちゃんのばかー!! 」
 いやだから無理。
 あと馬鹿じゃないもん。
 いつものこととは言え、由乃のあまりに我がままな言い分に内心傷つきつつ、令は呆然と立ち尽くす。
「 もう! ぼーっと突っ立ってないで、とにかくこの子をなんとかしてよ!! 」
 切羽詰った由乃の声で我に返り、令は慌てて由乃の言う“この子”を引き剥がしにかかった。
 “自称”宇宙人である菜々を。






「 酒乱?! 菜々が? 」
「 うん 」
 ふたりがかりで何とか菜々を引き剥がすことに成功した後、服装を整えた由乃は、令から聞かされた話しに驚きの声を上げた。
「 じゃあ、さっきからおかしな行動してたのは・・・ 」
「 酔っ払いに不条理な行動はつき物じゃない? 」
「 そういうことか・・・ “私は宇宙人です”なんて言い出すから、どうしようかとおもったわよ 」
「 ・・・それもしかして信じたの? 」
「 そ! そんな訳ないでしょ!! 」
 さっき、押しても引いてもビクともしない菜々の剛力に、一瞬信じかけたのは内緒だ。
「 ただこの子、信じられないくらいの力を出すから、それでどうしようかと・・・ 」
「 あ、それ、有馬氏が教えた古武術のせいらしいよ 」
「 古武術? 」
「 うん。なんか剣道よりもそっちの才能がスゴイらしくて、前に菜々ちゃんが暴れた時も取り押さえるのが大変だったらしいよ? なんでも体の使い方・・・って言うか、関節の使い方が特殊だとかで、大人の男が取り押さえようとしても、ビクともしなかったって 」
「 確かにビクともしなかったわ・・・ 」
 令の話しが先程の菜々の様子と重なり、深く納得する由乃だった。
「 古武道って凄いのね。全力で引っ張ったのに、揺らぎもしないんだもの 」
 それは菜々が凄いだけではなくて、いくら最近は鍛えているとはいえ由乃が非力なのが原因じゃないのかなーと思ったが、心優しいお姉さまは、そのことについては言及しなかった。 
「 それにしても菜々が酒乱だったなんて・・・ あれ? そう言えば令ちゃん、なんでそんなに菜々のことに詳しいの? 」
「 電話で聞いたんだよ 」
 令は未だ軽い興奮状態にある由乃をなだめるように、ゆっくりと説明し出した。
 先程の電話が、令に剣道の試合で敗れたこともある田中家の次女からだったこと。(有馬氏経由で道場の電話番号を聞いたらしい)
 今日、田中家で行なわれた雛祭りに菜々も参加していて、そこで彼女が甘酒と白酒を間違えて飲んでしまったこと。
 酔った菜々が、何やら「 由乃さまはだいたい・・・ 」などと、何故か由乃に対する愚痴をこぼし始めたこと。(田中家の人間は、その時初めて令と由乃のつながりを聞かされたらしい)
 徐々に目つきのすわってきた菜々に危機感を覚え、とりあえず水でも飲ませれば落ち着くかと思い、台所へ行ったわずかな隙に、菜々が姿を消したこと。
 どうやら以前にも同じことがあったらしく、その時も菜々の大暴れに大迷惑をこうむった田中家は、被害を食い止めるために慌てて島津家に連絡を取ろうとしたが、当然連絡先など解からず、とりあえず支倉道場に連絡を取ったこと。
「 まったく・・・ なんて迷惑な酔っ払いなのかしら 」
 事情は解かったものの、迷惑をこうむったことには変わりないので憤慨する由乃。
「 まあ、本人も飲もうと思って飲んだ訳じゃなく、事故だったらしいから 」
「 むー 」
「 だいたい田中家も、何かしでかすのが解かってたなら、もう少ししっかり見張ってなさいよ! 」
「 むー 」
「 まあまあ、田中さんも心配して連絡を入れてくれたことだし・・・ 」
「 むー むー 」
「 ああもう! さっきからむーむーうるさい!! 」
 そう怒鳴る由乃の視線の先には、縄でぐるぐる巻きにされてさるぐつわまで噛まされた菜々が転がっていた。
 取り押さえに入った令まで脱がそうとする菜々に危機感を覚えたふたりに、厳重に拘束されたのだ。(ちなみに、服はちゃんと着せなおしてある)
「 少しは反省してるの?! 」
「 むー 」
「 むーじゃ解からないわよ!! 」
「 むー 」
「 いや由乃・・・ さるぐつわしたままなんだから無茶言わないで。てゆーかさるぐつわまで必要だったの? 」
「 こういう時、荒縄とさるぐつわのセットは基本じゃない! 」
「 ・・・そうかなぁ 」
 なんでそんな基本的なことが解からないんだとでも言いたげな由乃のセリフに、首を傾げる令。
 おおかた由乃の脳内では、「時代劇の中で悪者に囚われた町娘が縛り上げられている図」でも浮かんでいるのであろう。
 それをそのまま現実で実行してしまうのは人としてどうかと思われるが。
「 ほんとにもう! あんたって子はどうして・・・ 」
「 まあまあ。菜々ちゃんも悪気があってやった訳じゃなく、酔ったうえでのことなんだから、そんなに怒らなくても 」
 いらいらと菜々を睨みつける由乃をなだめる令。だが、由乃はどうしてもおさまりがつかないといった顔をしていた。
「 解かってるわよ! って言うか私は別に脱がされかけたことを怒ってるんじゃないわよ! 」
「 じゃあ、何がそんなに気に入らないのよ? 」
 何が由乃をそんなにいらつかせているのか解からず、令は素直に問いかけたが、由乃はそこで、珍しく口ごもる。
「 それは・・・ その・・・ 」
 令が由乃のセリフの続きを待っていると、由乃は観念したようにボソボソと話し始めた。
「 来るんならなにも、支倉道場じゃなくても・・・ 」
「 ・・・ああ 」
 令は、由乃の言わんとするところがようやく解かった。
 つまり、由乃は菜々が尋ねて来たのが「島津家」ではなく「支倉道場」だったのが悔しいのだ。
 まるで、菜々が自分よりも令に会いたくてここへ来たような気がして。
 令は、子供のように拗ねる由乃の様子に、ふっと微笑む。
「 何よ! 何がおかしいのよ! 」
「 いや・・・ ぷふっ! だって 」
「 な、なに笑ってるのよ! 」
「 あはっ、だ、だって・・・あはははっ 」
「 笑うなー! 令ちゃんのばかー! 」
 悔し紛れにべしべしと令を叩き始めた由乃がまたおかしくて、令がしばらく笑い続けたが、なんとか笑いを押し殺した。
「 ごめんごめん。いや、由乃が私にヤキモチ妬くなんて、は、初めて見・・・ あははははっ! 」
 いや、押し殺せていなかったようだ。
 さっきよりも激しく、令は笑いだした。
「 だから笑うなって言ってるでしょ!! 」
 由乃はヤキモチを妬いた自分を見透かされたのが恥ずかしいのと、それを笑われたのが悔しくて、令にげしげしとケリを入れ始めたが、それでも令は、しばらく発作のように笑い続けた。
「 もう! 令ちゃんなんて大っ嫌い!! 」
 いくら怒っても笑い続ける令に背を向け、由乃は本格的に拗ねてしまったが、その仕草すら子供っぽく見えて、令は笑いをおさめるのに一苦労だった。
 どうにか笑いの発作を押さえ、令は真面目に由乃に話しかける。
「 由乃 」
「 知らない! 」
「 菜々ちゃんがここへ来た時って、どんな様子だった? 」
「 え? どんな様子って・・・ 」
 唐突な令の質問に、由乃は一瞬、拗ねていたのも忘れて菜々が現れた時の様子を思い返した。
「 え〜と・・・ なんだか道場破りにでも来たみたいな剣幕で“たのもう!”って・・・ 」
 由乃のセリフに、令は「 やっぱりね 」とうなずいた。
「 何が“やっぱり”なのよ? 」
 訳が解からないといった由乃に、令は道場へ来る途中に見たことを話し始めた。
「 さっき私の家から道場へ戻る途中にね、由乃の家の玄関先に雛あられが散乱してるのを見たのよ 」
「 雛あられ? 何でそんなものが私の家の玄関先に? 」
 益々訳が解からないといった由乃の顔に、令はいたずらっぽく微笑みながら続きを話す。
「 菜々ちゃんは、田中家の雛祭りに参加してたって言ったでしょ? 」
「 それがどうしたの? 」
「 きっと、お土産を持って来たんじゃないかな? 」
「 お土産? 誰が・・・・・・ あ! もしかして・・・ 」
 ここまでヒントを出されて、由乃も令の見たモノにどんな意味があるのか気付いたらしい。
「 きっと菜々ちゃんは、真っ直ぐ由乃の家に行ったのよ。雛あられをお土産にね。でも、由乃が不在だったから・・・ 」
「 ・・・それが面白くなくて、こっち(道場)へ憂さ晴らししに来たってこと? 」
「 道場破りみたいな剣幕で来たってことは、たぶん、それが正解なんじゃないかな 」
 実は今日、支倉家だけでなく、島津家も人がいない。
 雛祭りを口実に、会合好きな両家の人間は揃って外出していたのだ。夜には令と由乃も合流して、食事会をする予定だった。
 そんな無人の島津家に、酔った菜々がたずねて来ても誰も出てこない。
 そんな時、酔った人間がどんな行動に出るかを考えれば、おそらく令の推測どおりになるだろう。
「 もう、来るなら来るって言ってくれれば、ちゃんと迎えてあげられたのに・・・ 」
 現金なもので、由乃は菜々が自分を訪ねて来たと解かったとたんに、さっきまでの鬼のような顔から、急に優しい顔に変わっていた。
 そんな由乃の顔を見た令は、呆れるよりも、むしろ少し寂しい気分になっていた。
 由乃の浮かべた優しい顔。それは、自分や江利子が妹を見守るまなざしと同じだと気付いたから。
( ・・・由乃も変わっていくんだね )
 寂しさの中にも、少しの嬉しさを感じ、令は複雑な思いで微笑む。
 きっと、江利子も自分のことを、こんな気持ちで見守っていたのだろうなと思いながら。
「 菜々。来るなら来るって言ってくれれば、こんなことにはならなかったんだからね? 」
 優しく菜々に語りかける由乃。
 だが
「 ・・・・・・・・・あれ? 菜々? 」
 菜々から反応が無い。
「 菜々?! 」
 さるぐつわを噛まされたまま、目を閉じてぐったりと動かない菜々に、由乃の脳裏に嫌な知識が思い浮かぶ。
 酔った人間の死因に、吐瀉物による窒息死が多いという知識が。
「 菜々!! 」
 さるぐつわが吐瀉物の流出を塞いでいるのか?
 嫌な予感に、由乃は全速力で菜々に駆け寄り、さるぐつわを解く。
 令も由乃と同じことに思い当たり、二人のそばへと駆け寄った。
「 菜々! 聞こえる?! しっかりしなさい菜々!! 」
 由乃は菜々を拘束していた荒縄も急いで解く。
 その時、由乃の背後から菜々の様子を見ていた令は、確かに見た。
 拘束を完全に解かれた菜々が目を明け、ニヤリと哂うのを。
「 菜々、だいじょう・・・ きゃあ!! 」
 由乃は完全に油断していた。
 その油断が、虎の拘束を解くという暴挙を許したのだ。
( ・・・ああ。そう言えば、いったん酔うと、なかなかシラフに戻らないって言ってたっけ )
 素早く起き上がり、再び由乃を羽交い絞めにして仲良く床に転がる菜々を見て、令は、今頃田中家の次女に言われたことを思い出していた。
( 絡み上戸だって言ってたけど、それって肉体的なモノも含めてなのかなぁ・・・ )
 嬉しそうに哂う菜々を見ながら、令はそんなどうでも良いような疑問を感じていた。
 確かに菜々は由乃に“絡んで”いるが。
「 な、菜々?! 」
「 ふっふっふっ。由乃さま、油断しましたね? 」
「 あ、アンタまさか、ぐったりしてたのは・・・ 」
「 当然、演技です。由乃さまが油断して戒めを解きにくるのを待ってました 」
「 くっ! なんて狡猾な・・・ とりあえずこの手を放しなさい! 」
「 嫌ですよ。せっかく捕まえたんだから 」
「 はーなーせー!! 」
 令に自分の酔態をバラされたせいか、どうやら菜々は宇宙人のフリは止めたようだが、どちらにせよ由乃を解放する気は無いらしい。
( 酔うとタチが悪いって言ってたけど、ホントだなぁ )
 とりあえず菜々は大丈夫らしいので、令は二人の様子を呑気に観察し始めた。
「 菜々! 」
「 何ですか? 」
「 離しなさい!! 」
「 だから嫌ですってば。さ〜て、と。今度は何処から脱がして欲しいですか? 」
「 脱がすなぁ!! 」
「 じゃあ、耳に熱い吐息を・・・ 」
「 吹きかけるな!! 」
「 もう、さっきから文句ばかり。脱がすのも耳を攻めるのもダメだなんて、由乃さまは私にどうしろと言うんですか? 」
「 だーかーらー、離しなさいって言ってるでしょうが!! 」
「 そんな我がままを言われましても・・・ 」
「 我がままじゃねぇぇぇぇ!!! 」
( うわぁ・・・ 意味不明なオレ様理論で行動するって言ってたのは、こういうことか )
 令は、田中家次女から言われたことが目の前で現実となっているのを目の当たりにし、田中家の人間達の苦労をしのんで、そっと涙した。
「 もう! いいから離し・・・ 袴の紐を緩めるなぁぁぁ!! 」
「 じゃあ、上着のほうから・・・ 」
「 “じゃあ”じゃねぇ! アンタいい加減にしなさいよ!? 」
「 解かりました。それでは“いい加減”に半裸という方向で 」
「 ぬぁああなああああ!! (菜々と叫んでいるらしい) 」
 “半裸”というキーワードに、ちょっと心を動かされた令も、怒り心頭といった由乃の叫びに、「さすがにそろそろ助けに入るべきかな?」とか思い始める。
「 菜々! アンタなんだって今日はそんなにやりたい放題なのよ!! 」
 ここまでは正に“やりたい放題”だった菜々。
 だが、由乃のこの叫びに、彼女は意外にもその動きを止めた。
「 ・・・やりたい放題は由乃さまじゃありませんか 」
「 は? 」
 菜々の意外なセリフに、由乃も思わず動きを止める。
「 人を勝手に妹だとか紹介して 」
「 うっ 」
 江利子に菜々を“妹候補だ”と紹介した時のことを思い出し、由乃は何も言い返せなかった。
「 ケーキをご馳走してくれるって言っておいて、令さまを追いかけるのに夢中だったし 」
「 あれは、その・・・ アナタが後押ししてくれたと言うかなんと言うか・・・ 」
「 クリスマス会に誘っておいて、私のことはほったらかしだったし 」
「 あれは席が・・・ って、もしかして寂しかったの? 」
 だとしたら、申し訳ないことをしてしまったかも。由乃は素直に反省した。
「 私が令さまと互格稽古した時、私の応援もしてくれなかったし 」
「 あれは・・・ 」
「 令さまがそう仰ったから。ですか? 」
「 う・・・ 」
 まるで、自分より令さまが大切なのですねと菜々に言われた気がして、由乃は返す言葉を失う。
「 今日だって・・・ 」
 由乃を責め続けた菜々のセリフは、唐突にそこで途切れた。
「 菜々? どうしたの? 」
「 今日だって・・・ 会いにきたのに・・・ 」
「 え? ちょっと菜々、泣いてるの? 」
 背後からの声に、微かに混じる涙の気配に、由乃はどうして良いか解からなくなった。
「 私・・・ 会いに・・・・・・ 由乃さまに・・・ 会いたかっ・・・ 」
「 菜々・・・ ごめんね 」
 菜々は今日、予告も無く勝手に来た。由乃の都合などお構い無しに。
 本来なら、謝らねばならないのは、菜々のほうだろう。
 それでも由乃は、心から菜々に詫びた。
 「会いたかった」と涙混じりに言ってくれた菜々に、応えられなかった自分を詫びた。
( そうやって、少しずつ距離を縮めていけば良いわ )
 未だ姉妹ではないけれど、確かにそこに“絆”が生まれつつある二人に、令は心の中でエールを送った。
 少しずつ。少しずつ距離を縮めてゆけば、やがてその距離は、手をつなげるほど近くなる。そんな思いを込めて。
「 ごめんね、菜々。雛あられ、持って来てくれたんだよね? 」
「 そうです・・・ 私、由乃さまと一緒に食べようと・・・ 」
 泣いている菜々をなだめるように、優しく語りかける由乃。
「 そうよね。なのに肝心の私がいなくて、寂しかったのね? 」
 応える声は無かったが、由乃は確かに背後でうなずく気配を感じていた。
 会えない寂しさを、道場で暴れて紛らす。
 それは決して誉められた行動ではないが、由乃はそんな菜々の暴挙が、どこか嬉しかった。
 自分に会えないというだけで、勝手にひと暴れした挙句に泣き出すという菜々の我がままな行動が、何だかやけに嬉しかった。
 それほどまでに、菜々の中で自分の存在が大きくなっているのだと解かったから。
「 会いに来たのに・・・ うっく・・・ いなくて・・・ 」
「 ごめんね。でも今度からは、来る時は私に言ってね? いつでも歓迎するから 」
「 私・・・ 独りぼっちな気がして寂しかっ・・・ 」
「 菜々、もう泣かないで。私の部屋で、一緒に雛あられ食べよう? 」
 寂しかったと泣く菜々と、それをなぐさめるように優しく語りかける由乃。
 だが、このリリアンの姉妹を体現したかのような美しい光景を見ながら、令はある疑問を感じていた。
( ・・・寂しかったは良いけど、なんで菜々ちゃんは由乃を離さないんだろう? )
 そう。なんか話しだけ聞けば、姉妹の心の触れあいみたいな感じだが、未だ菜々は、由乃をフルネルソンの体勢で羽交い絞めにしたままなのだ。
 そして、令の疑問は、直後に菜々自身のセリフによって解決された。
「 この寂しさはもう・・・ 」
「 え? 」
「 由乃さまを脱がすことでしか埋められないのです 」
「 ちょ! なんでそっちに戻る?! 」
「 ぬくもりが欲しいのです 」
「 だから雛あひゃひゃひゃひゃ!! 襟元から手を入れるな!!! 」
 ああ、まだ酔いが醒めてないだけか。
 令は、思わず納得した。
「 由乃さまが悪いんですよ? 私に寂しい思いをさせるから 」
「 それは悪かったわ! でも何も脱がさなくたって!! 」
「 だから寂しさを埋めるには・・・ 」
「 他に方法があるでしょうが!! 」
「 他に? 」
「 だから一緒に雛あられを食べようと・・・ 上着を脱がそうとするなぁ!! アンタそろそろ酔いを醒ましなさいよ!! 」
「 失礼な。酔ってなんかいません 」
「 うわぁぁぁぁぁ!! 典型的な酔っ払いの言い訳出たぁぁぁ!! 」
 酔っ払い特有のループする行動。
 酔っ払い特有の「酔ってない」発言。
 事態は未だ、解決の兆しを見せようとはしなかった。
「 令ちゃん! 」
「 ・・・え? 何? 」
「 “何?” じゃない!! ぼーっと見てないで助けてよ!! 」
 由乃を羽交い絞めにしたままで、よく道着を脱がしにかかれるなぁ・・・ とか変なところに感心していた令に、由乃の怒声が飛ぶ。
 だが、普段なら由乃のピンチには一も二も無く助けに入る令なのに、今回は何故か動こうとしなかった。
「 由乃 」
「 何よ! 」
「 いずれ姉妹になるつもりなら、菜々ちゃんのことは、自分でなんとかするべきだと思うの 」
「 はあ?! 」
「 私も3月いっぱいでリリアンを去る身。そんな私の助けをいつまでも求めていては・・・ 」
「 まてコラ! 誰がそんな先の話しをしてるのよ?! 今! 今助けてって言ってるのよ!! 」
「 だから、私の助けがいつまでもある訳じゃ・・・ 」
「 人の話しを聞けぇぇぇ!! このバカ令!! 」
 確かに令は、リリアンを卒業する身。
 その令がいつまでも助けに入っていては、由乃のためにならない。
 理屈は解かる。解かるが、明らかに令の思いやりは間違った方向へ向かっている。
 由乃のためならいくらでも暴走できる令の性格が、こんな斜め上へ向かった考えを引き出してしまったのだろうか。
「 令ちゃん! これは姉妹の問題とかじゃなくて! たんに脱がされてる私を助けてって言ってるの! 」
 再度説得を試みる由乃に、令は「 でも・・・ 」と何故か頬を染めて口ごもる。
「 “でも”何よ? 」
「 由乃が誰かに襲われてる場面なんて、滅多に見られないし・・・ 」
「 なっ! 」
 そのセリフを聞いた瞬間、由乃はある事実を思い出した。
 普段は由乃を含め、令の周辺の人間は忘れているのだ。
 普段は頼りがいのある“山百合会の良心”的存在である支倉令。しかし、彼女は“あの”鳥居江利子の妹だったのだ。
 自分の興味があることには喰い付いて離れない、「すっぽん」の異名を持つ“あの”江利子の。
 孫をイジるためだけに、剣道の交流試合という衆人環視の中、大声をあげながら由乃を追い詰めた“あの”江利子の。
 支倉令は、そんな江利子の妹を、2年間も続けていたのだ。
 面白いと思ったことにはとことん喰らい付く。そんな姉に、影響を受けていないはずがない。
「 令ちゃん、まさかこの状況を楽しんで・・・ 」
 愕然と呟く由乃に対し、令はどことなくウキウキした口調で語り出す。
「 他の誰かならともかく、幸い相手は菜々ちゃんだし 」
「 な・・・ 」
「 かわいい“孫”のすることならば、私も安心して見ていられるかなぁ・・・ って 」
「 何 考 え て ん の よ !!! 」
 本日何度目かの爆発をおこした由乃の絶叫もしかし、何やら妄想の世界にトリップしだした令には届かなかった。
 つまり、令はただ単に、“襲われる由乃”の艶かしい姿を堪能したいだけだったのだ。
「 ああ・・・ 美しい少女二人の、艶かしくも美しいカップリング・・・ 」
「 ・・・・・・令ちゃん、ソッチ方面の小説にも手を出し始めたの? 」
「 しかも、病弱な少女と体育会系少女の絡み 」
「 病弱だったのは去年まで! 今はどっちも体育会系だから!! 」
「 素敵・・・ 」
「 戻ってこーい!! もしもーし!! 妖しげな妄想の世界から帰還ぷりーず!! 」
 由乃の懸命な呼びかけにも、令は「うふふふふ」と笑いながら、イヤな期待に満ちた視線でこちらを見つめるばかりだった。
「 それでは令さまのリクエストにお応えして・・・ 」
「 応えなくていい!! 」
 令の妄想100%なセリフを聞いていたらしく、再びもぞもぞと動き出す菜々。
「 あ、できれば袴から脱がし始めてくれると・・・ 」
「 オマエも更にリクエストすんな!! 」
「 御意 」
「 “御意”じゃねぇぇぇぇぇ!!! 」
「 ああ・・・ とても素敵な思い出になりそう 」
「 私もそう思います 」
「 誰かこのアホどもを何とかしてぇぇぇぇ!!! 」
 ヤバイ。これはマジでヤバイ。
 由乃は冷たい汗が流れ始めるのを感じていた。
 菜々だけならばまだ、酔いが醒めれば説得に応じて、自分を解放してくれるかも知れないが、酔っぱらいの蛮行を煽る協力者がいるとなれば話は別だ。
 しかも、その二人の利害が一致してるときてる。
 どうしよう。どうすればこの煩悩アホアホシスターズを撃退できるのだろう?
 由乃は必死で打開策を探る。
 だが、過酷な運命の荒波は、由乃の耳に、更に厳しい未来を伝えてきた。
「 令さま 」
「 何? 」
「 思い出を形に残してみませんか? 」
「 ・・・形に? 」
 まさか・・・
 由乃のイヤな予感は、次の瞬間、現実のものとなった。
「 具体的に言うとデジカメとか 」
「 なるほど! 」
「 “なるほど”じゃない! 何いきなり結託してんのよ、このアホアホシスターズは!! 」
「 じゃあ菜々ちゃん、デジカメ取ってくるまで由乃押さえといてね 」
「 まかせて下さい。全力で死守します 」
「 いやぁぁぁぁ!! 写真は勘弁してぇぇぇぇぇぇ!!! 」
 必死に令を止めるべく、その手を伸ばしてみるけれど、走り去ってくあの人は、呼べど叫べど戻らない。
 混乱のあまり、脳内でそんな演歌の紹介みたいな一文が浮かぶ由乃を置き去りに、令はやたらと嬉しそうに道場を出て行った。
「 待って!! 本気で待って!! こんな姿を撮られたら・・・ 」
 由乃は全力で菜々の拘束からの脱出を試みるが、やはり上手いこと関節を押さえられていて、まるで動けなかった。
「 うぅ・・・ なんで私だけがこんな目に・・・ 」
 もはや、自分が主役の“煩悩炸裂撮影会”は避けられないのか。
 由乃が暗然たる思いに沈んでいると、後ろから菜々に話しかけられた。
「 あの・・・ 由乃さま? 」
「 ・・・何よ 」
「 えっと・・・ その・・・ 私、何でここにいるんでしょうか? ここ、支倉道場ですよね?」
「 !! 」
 よっしゃぁぁぁぁぁ!!!
 由乃は思わず拳を握り締め、心の中で叫んでいた。
 どうやらここに来て、菜々の酔いが急速に醒めたらしい。
 だが、まだ油断はできないと、由乃は思った。なにせ、自分の運命は未だ、文字通り菜々の手に“捕まえられて”いるのだから。
 由乃は菜々を刺激しないように、慎重に言葉を選ぶ。
「 菜々? 」
「 はい 」
「 詳しく説明してあげるから、とりあえず離してくれると助かるんだけど 」
「 え? ・・・あ! わ、私なんで由乃さまを羽交い絞めに?! 」
 自分のしていることに驚き、慌てて由乃を解放する菜々。
( よっしゃぁぁぁぁぁ!!! )
 再び、心の中で雄叫びを上げる由乃。
 だが、まだだ。まだ、もう一人の敵を無力化していない。
 てゆーか、裏切り者に死を!!
 急いで着衣の乱れを整えた由乃は、菜々に気取られないように、裏切り者を迅速に抹殺する方法を思案する。
「 あの、私なんでここで由乃さまを・・・ 」
 完全に酔いは醒めたようだが、まだ意識がはっきりしないのか、自分が何故ここにいるのかも解からずオロオロする菜々。
 そんな菜々の手を取り、道場の入り口へと連れてゆく由乃。菜々はまだ状況が解からないせいか、素直について来た。
「 菜々、とりあえず状況説明は後回しよ 」
「 はぁ・・・ 」
「 それよりも、今からここに、女性の敵である一人の色魔が来るわ 」
「 はい? 」
「 とりあえずこれ持って 」
 道場の壁に掛けてあった竹刀を菜々に手渡し、自分も同じものを構える。
「 えっと・・・ 色魔っていったい? 」
 まだ思考がはっきりとしない菜々を、由乃は「 良いから構える! 」と、急き立てる。
 訳が解からないまま、菜々は言われたとおりに道場の入り口に向かって構えた。
「 くっくっくっ。あんの煩悩爆裂色魔めぇ、思い知るが良いわ 」
 悪役そのものの顔と声で哂う由乃に、さすがに菜々も不安になる。
「 あの、由乃さま? 色魔っていったい誰・・・ 」
「 しっ! 来るわよ! 構えて! 」
「 えっ? 」
「 扉が開いたら、容赦無く一撃で仕留めるのよ! 」
「 え? いえ、ですから誰・・・ 」
「 返事! 」
「 あ、は、はい! 」
 由乃の剣幕に乗せられ、菜々は思わず道場の入り口に向かって構えた。

 
 数秒後。支倉道場に、二つの気合の声と、一つの悲鳴が響き渡ったのだった。








 後日談。
 菜々の暴挙は酒のせいではあったけれど、突き詰めて考えれば「由乃に放置されて寂しかったから」でもあったという結論に達した由乃。
 由乃は菜々に、そんな寂しい思いを二度とさせまいと誓ったが、そこは手加減ができない青信号な由乃。
 あまりに過剰なスキンシップに、見事白薔薇姉妹を押さえ、「クイーン・オブ・ガチ」の称号を手にしてしまうのだが、本人達は幸せそうだからと、山百合会の面々は、ナマ暖かく見守ったそうである。
 
 ちなみに、酔って凶行に及んだ有馬菜々嬢。
 騒動が一段落した後で、由乃に自分の凶行を聞くに及び、その場で由乃に土下座し、二度と酒は飲まないと誓った。
 ・・・が、酔っぱらいの「もう飲まない」は、蕎麦屋の出前の「今、出ました」並にあてにならないのだと由乃が思い知るまでに、そう時間は掛からなかったのであった。



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