【22】 蓉子女王様幼稚舎で悪即斬  (柊雅史 2005-06-13 23:59:44)


リリアン女学園では心優しい生徒を育てるために、色々と変わった授業が用意されている。
幼稚舎からの一貫教育を実施しているリリアン女学園だからこそ出来る授業の一つ、幼稚舎の一日保母さん体験というのも、その一つだろう。
子供と接して生徒の母性を育てるというこの授業は、生徒たちにも中々好評だった。この授業をきっかけにして、大学で教師や保母の道を選択する生徒も少なくないという。
この特別授業は3年生の時に行われ、お姉さま方の話を聞いて楽しみにしている生徒も少なくない。
紅薔薇さまこと水野蓉子もまた、その中の一人であった――のだけど。


「はーい、ガキども! 今日は聖ねーさんがめいいっぱい遊んでやるからねー!」
担当となった一グループの中から、自分好みの女の子だけをピックアップしている白薔薇さま。
「せんせぇ〜、一緒に遊びましょう〜」
「んー、パス。気が乗らない。私は今、どこまで高く山を作れるか挑戦してるの。邪魔しないで」
ボールを手にまとわりついてくる子供たちを、しっしっと追い払って、砂場を占拠している黄薔薇さま。
「蓉子おね〜さん、聖おねーさんが遊んでくれない〜」
「蓉子おね〜さん、江利子おねーさん、こわーい」
追い払われた子供たちが、わんわん泣きながら蓉子の足元にまとわりついてくる。そんないたいけな子供たちの頭をよしよしと撫でながら、蓉子はくらりと立ちくらみを覚えていた。
「なんで……私の班が、聖と江利子の二人なのよ……」
自分好みの女の子を贔屓しまくる聖。
もはや自分の築いた砂山しか見ていない江利子。
最悪だ。楽しみにしていた特別授業なのに、最悪の展開だ。
どうせ「黄薔薇さまと白薔薇さまの手綱を取れるのは紅薔薇さまだけ」なんてノリで、決められたに違いないのだ、この班分けは。
気持ちは分かる。聖と江利子のアクの強さに対抗できる生徒は、そうそういるものではない。でも気持ちが分かるからといって、納得できるものでもない。
「わーい、蓉子おねーさんのパンツは水玉模様〜♪」
「ひぃ!」
いきなりぺろーんとスカートをめくられて、蓉子は悲鳴を上げる。
蓉子のスカートをめくった子は、とてとてと聖の下へと駆けていく。
「聖たいさ! 蓉子おねーさんのパンツは水玉であります!」
「うむ、よくやった! うひゃひゃ、蓉子のパンツは水玉か〜」
「聖、ナニしてるのよっ!」
悪の司令官よろしく、ブランコに腰掛けて子供たちをはべらせている聖に、蓉子は怒鳴り声を上げた。普段なら速攻ぶっ叩くところだが、今日は子供たちが足にすがり付いているのでそれも適わない。
「いいか、よーく覚えておくように! 可愛い女の子を見たらまずスカートめくりだ! 上級者はそこから抱きつき攻撃へのコンボを狙うんだぞ!」
「は〜い!」
「アホなこと教えるなっ!」
聖の言うことはむちゃくちゃだ。むちゃくちゃなのに、妙に子供たちから支持を得て大人気なのも、聖らしいところである。
リリアン女学園にも悪戯好きの活発な子というのはいるもので、そんな子はラフレシアの香りに誘われるようにして、聖の下へとふらふらと集まっている。
無邪気で可愛らしいくらいの悪戯っ子。それが聖の下で結集し、史上最悪の幼稚園児へと変貌しつつある。
「よし、これから私たちは芸術に挑戦する!」
聖と睨みあいを演じていた蓉子の耳に、いきなりそんな宣言が聞こえてきた。
見ればさっきまで子供を追い払っていた江利子が、急に気を変えて子供たちを率先して集めている。
もしや江利子もついに子供と遊ぶ楽しさに目覚めたのか――?
人格破綻者の江利子だが、これが味方につくとなると案外頼りになる。気が向いた方向への集中力は、蓉子の比ではないのだ。
蓉子が期待に満ちた目で見守っていると、江利子はどばどばと砂場に水を撒き始めた。
何をするつもりなのか。一抹の不安を覚えた蓉子の見守る中、江利子が叫ぶ。
「突撃!」
「らじゃー!」
江利子の合図で子供たちが砂場に飛び込んだ。
「あ、アホかーーーーーーーーっ!」
どぼんどぼんと飛び込む子供たちを、けらけらと笑って見守る江利子に蓉子は叫ぶ。
人格破綻者だとは思っていたが、江利子の行動は蓉子の想像をいつも斜め上に飛び越えてくれる。最悪な方向へ。
「よし、そこのキミ! ポーズよ! ポーズをとるの! こうよ!」
「こうですか、江利子おねーさん!」
「そうよ! 素敵、素敵だわ、あなたたち!!」
人外魔境がそこにあった。泥まみれになって騒ぐ子供たち。遠くでどこかの班が歌っている、みんなの歌の調べに涙しそうになる。
「蓉子おねーさん……」
「怖いよぉ……」
聖の率いる(女の子なのに)スカートめくり軍団。
江利子の指揮する泥人形軍団。
そんな異様な光景に怯える、蓉子の下に集ったいたいけな子供たち……。
あぁ、これが私の使命なのかしら、と泣きじゃくる子供たちのあたまを撫でながら、蓉子は呟く。
世に、率先して悪を働く悪戯っ子がいるのなら。
その悪を率先して叩く正義の軍団が、子供世界にも必要なのだ。
「――今日は、蓉子おねーさんが大事なことを教えてあげますね〜」
蓉子はしゃがみこんで子供の視線にあわせ、にっこりと微笑んだ。
「それは、エッチなことばかりする悪い子と、悪乗りばかりする性格破綻者を、どうにかこうにかまっとうな道に引き戻すための、正義の行いです〜」
「せ、せいぎ……?」
涙を拭った子供たちが、蓉子を見る。
数は少ないが、希望を宿したその瞳。
それこそが、未来の水野蓉子候補たちだった。

「正義の合言葉一つ!」
「しぇ、しぇいぎのあいことば、ひとつ〜!」
「言って分からないやつには実力行使!」
「いってわからないやつはじつりょくこうち!」
「悪即斬っ!」
「あっくそっくざーん!」
今ここに、リリアン幼稚舎の未来を決する大決戦の火蓋が切って落とされた。


尚、蓉子たちの班の評価は、教師陣には不評だったものの、子供たちには「凄く楽しかった!」と大好評だったという。


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