がちゃSレイニーシリーズ。
位置付けとしてエピローグ。時間軸は【No:2202】の前。【No:1880】や【No:2204】の数日後くらい?
乃梨子は久しぶりにとても穏やかな気分だった。
最大の懸念事項だった瞳子と祐巳さまの問題が片付いて、全てが収まるべきところに収まった。そんな充足感と安堵感がある。
そして薔薇の館には今、志摩子さんと乃梨子の二人しかいない。これで気分が良くならなかったら嘘というものだ。こんな穏やかな時間は本当に久しぶりな気がした。
「乃梨子、ストップ」
「え?」
お茶を入れようと奥の流しに向かった乃梨子に背後から志摩子さんの声がかかる。
「ちょっと、じっとしていて」
「うん、いいけど?」
なんだかわからないが、志摩子さんの言うことなので乃梨子は素直にその場で動きを止めた。後ろから近づいてきた志摩子さんの両腕が乃梨子の体の両側からまわされて、ゆっくりと閉じていく。
ふわりとした感触に、後ろから抱きしめられたのだ、と気付く。
「し、志摩子さんっ」
声が裏返った。
「力を抜いて」
そんなこと言われても。
「嫌ならやめるけれど」
「い、嫌なんてことない! 全然ない、絶対ないからっ!!」
おもいっきりブンブンと首を横にふって否定する。滑稽なほどに。
きゅっ、と志摩子さんの腕に少しだけ力が込められた。
暖かかった。
そのぬくもりに安堵感をおぼえて、硬くなった体からすっと力が抜けていった。
ああ、そうか。
きっとあの時のことを気にかけていてくれたのだ。乃梨子は温室での出来事を思い出す。
私は、バカだ。
志摩子さんが瞳子を抱きしめているのを見た時、乃梨子は一度その場から逃げ出した。
瞳子への嫉妬。どうしてと思った志摩子さんへの理不尽な怒りと、哀しみ。そんな自分への嫌悪。
気にしていないつもりだった。頭ではわかっていたつもりでも、胸の内でかすかにわだかまっていたそういったものが、全て浄化されていくようだった。
やっぱり、志摩子さんは凄い。
「嫌でないなら、もう少しだけこうしていましょう」
「……うん」
乃梨子は目を閉じて、志摩子さんの腕にそっと自分の手を重ねた。
「ごきげんよぅ……………」
突然ガチャリと開いたビスケット扉の向こうから、中をのぞいて笑顔のまま凍りついている人物が約一名。
「ゆ、祐巳さま!」
お約束だった。
「お、お邪魔しました!」
顔を真っ赤にして中に入らず扉を閉めようとする。
「祐巳さん? どうしたの?」
志摩子さんは笑いながら祐巳さまのほうに歩み寄る。するりと解かれた腕に未練を残しつつ、乃梨子は真っ赤になっているだろう自分の頬をひとつぺちんと叩いて奥に向かう。
「お茶、入れますね」
背後では祐巳さまがうろたえたようにわけのわからない言葉を吐いていた。
「い、いや、あの、そのね。珍しいね。志摩子さんが……」
「そう? おかしいかしら?」
「ううん、そんなことないよ」
むしろ羨ましい。と、その顔が言っていた。
「祐巳さんも、瞳子ちゃんに……」
「ええっ!! だめだよ。絶対怒られるよ」
どっちが姉だかわからない。
「いいじゃない」
「え」
「姉妹なのだから」
「えっとー、お、お茶入れてくるね」
「祐巳さん? お茶なら乃梨子が……」
「乃梨子ちゃん」
こっちに来たようだ。
「祐巳さま。お茶ならすぐに……」
「じゃましちゃってごめんねー」
「……別に邪魔も何もありませんが」
無邪気というのは邪気が無いからこそ厄介なのだ。この学園に入って何度か思ったことを乃梨子はもう一度実感する。
「私に気を使うくらいなら瞳子でもかまってやってください」
邪魔されたしかえしというわけではないけれども。
「うあ、姉妹で同じようなこと言うし……」
志摩子さんも同じことを思ったのかなと思ったら、ちょっと嬉しかった。
「瞳子も喜びますから」
「そうかなー」
なんて呟きながらも、祐巳さまも満更でもなさそうな顔だった。
「ええ、絶対です」
その気になってきたらしい祐巳さまにさらにもう一押ししておく。瞳子は間違いなく嬉しいはずだ。表面上、素直にそれを表すかどうかはともかくとして。
………別に邪魔されたしかえしというわけでは決してない。
「うん。わかったよ。やってみるね」
祐巳さまは嬉しそうに頷いた。感謝しろよ瞳子。
翌日、薔薇の館に瞳子の怒声が響き渡ったとか渡らなかったとかいうが、それはまあ余談である。