祐巳たちが3年生になった後という設定でお送りします。
マリア様。私が何か悪いことでもしたというのですか?
私、島津由乃は、心の中で思わずそう問いかけていた。
こんなことになってしまった原因は、確かに私かも知れない。
でも、あの時はそれが最上の方法だと思えたのだ。
あの時は確かに・・・
事の起こりは4月の初め。3年生として、そして薔薇さまとして、始業式で初めて全校生徒の前に立ち行なう新年度の挨拶。これを誰がするかということで、私達の意見が割れたのだ。
私は、なんとなく祐巳さんに挨拶してもらったら良いと考えていたので、彼女にお伺いを立ててみた。
「 やっぱり、人気がある人のほうが良いと思うの。だって、そのほうが聞く人も『話を聞かなきゃ』って姿勢になりそうじゃない? 」
だが、祐巳さんは珍しく複雑そうな顔をすると、志摩子さんに挨拶をしてもらうのが良いと言いだした。
祐巳さんの意見はこうだ。
「 前年度から薔薇さまだった志摩子さんに挨拶をしてもらえば、2年生も3年生も『薔薇さまからの発言』として受け止め易いんじゃないかな? ホラ、いつも見ているニュースキャスターがテレビに出ると、自然と『ニュースを聞く体勢』になるじゃない? 」
なるほど、普段から重要な話をする人が発言すれば、聞くほうも集中しやすいかも知れない。
私がそれもアリかと思いかけたところで、今度は当の志摩子さんがまったをかけた。
志摩子さんの意見はこうだ。
「 確かに私が発言すれば、それは『薔薇さまの発言』として受け止め易いかも知れないわ。でも、それはそれで去年までの薔薇さまのイメージを引きずることにならないかしら? むしろ私は、『今年の薔薇さま』を印象付ける意味で、由乃さんか祐巳さんに・・・ そうね、滑舌も良いし、はっきりとモノの言える由乃さんが良いと思うわ 」
そう言われると悪い気はしなかったが、私は3人の意見が完全に割れたのが面白かったので、せっかくだからと3人で誰が良いのか話し合ってみた。
しかし、30分ほど討論しても、3人ともそれぞれ長所短所があり、結論が出なかった。
そこで、私は思いついてしまったのだ。
「 そうだ! 」
今思えば、あの時あんなことを言わなければ、こんなことにはならなかったのに・・・
「 どうせなら、3人でやらない? 」
不思議そうな顔をする2人に、バカな私は勢い込んでまくしたてたのだ。
「 そうすれば、3人の良いトコ取りでしょ! 『薔薇さまの発言』を聞く姿勢にもなるし、『話を聞かなきゃ』って気にもなるし、『今年の薔薇さま』も印象付けられるしで、一石三鳥よ! それに、一緒に壇上に立てば、3人の結束の強さみたいなものもアピールできそうじゃない? 」
ああ・・・ 戻れるものなら、あの時に戻りたい。
「 でも、3人でどうやって挨拶するの? 」
戻ってブッ飛ばしたい。
「 3人で代わる代わる話したら、聞いているほうが混乱しないかしら? 」
せっかく2人がかけてくれたブレーキを跳ねのけた、アホな私を。
「 じゃあ、話すのは私がする。2人は私の後ろにいてくれれば良いわ。3人揃って壇上にいれば、見ているほうは『あ、薔薇さまの話を聞かなきゃ』ってなるでしょ。どお? 」
思えばあの時、私のアイディアを聞いて、2人とも微妙な顔をしていたのだ。でも、私は私の思いついたアイディアに酔っていた。
だから私は、「評判が悪ければ、次から止めれば良いから」と、2人を説き伏せてしまったのだ。
後々困るのは私だと、気付きもせずに。
始業式で初披露となったこの「三薔薇が揃って挨拶」の評判は、今思えば悪いことに、おおむね好評だった。
自分で言うのもなんだけど、綺麗どころが揃って壇上に立てば華やかだし、何より志摩子さんの言う「今年の薔薇さまを印象付ける」という意味では、これ以上無い効果を持っていた。
蕾の2人も良かったと言ってくれたし、先生方からも「新1年生も薔薇さまの顔を覚えられて良いんじゃない?」と好意的な意見が多かった。
そして、私は自分のアイディアが成功したことに浮かれていた。
だから、気付かなかったのだ。
あの成功は、私たちに「初めて薔薇さまとしてみんなの前に立つ」という緊張感があったからこそ成功した、いわば偶然の産物だったのだということを。
いくら過去を嘆いてみても、現実は変わりはしない。
私は仕方なく、今自分の置かれている状況に目を向ける。
目の前には新1年生たち。
今、私は入学式で1年生たちに向かって薔薇さまとして挨拶をしている。
OK、状況は解かってる。
薔薇さまとしての挨拶も、目の前の原稿に上手くまとめてある。
問題は無い。
・・・無いはずだった。
始業式と同じように3人で壇上に上がり、私は自分で生み出したこのスタイルが1年生にも好意的な視線で受け入れられているのを目にして、油断していた。
油断して、忘れていたのだ。
後ろに控える今年の紅薔薇さまが、普段から思っていることが顔はおろか声にまで出やすいことを。
最初の攻撃は、完全に奇襲だった。
「 うわー・・・ ここからでもドリルが確認できるー 」
まさに原稿を読み始めようとしたその時、突如後ろから聞こえたそんなマの抜けた声に、私は思わず原稿を落としそうになった。
しかも、会場の後ろにお手伝いとして控える蕾2人を見て、自分でもこの距離からドリルを目視できるのを確認してしまい、危なく声を上げて笑うところだった。
だが、会場を見渡した時に菜々の顔が見えたことで、私は冷静さを取り戻した。
黄薔薇さまとして、いや、姉(予定)として、妹(予定)に無様な姿を晒すことなどできないわ!
そう決意し、なんとか笑いをこらえ気を取り直した私は、原稿にあるとおりに挨拶を始めた。
「 みなさん初めまして。今年度の山百合会で黄薔薇を勤めさせていただきます、島津由乃です。本日は『 あ、ちょーちょだ 』ブッ! ゴッホ! ゴッホ! ・・・・・・・・・失礼しました、本日は・・・ 」
『ちょーちょ』って! あんたは幼稚園児か!!
後ろでマヌケな声を出した祐巳さんに心の中で全力で突っ込みつつも、それを顔に出さないという高等技をこなす。
あの時の私は、ヘタに闘志が有り余っていたために、緊張感を失った祐巳さんの口から飛び出す「呟き攻撃」を迎え撃つくらいの勢いで原稿を読み進めていたものだ。
・・・今の私には、まるであれが遠い昔のことのように感じるわ。
( ・・・・・・私、何か悪いことした? )
何度目になるか解からないほど繰り返した心の中の呟きにも、相変わらずマリア様は答えてくれない。
あの後も祐巳さんは、「あー、1年生にミニドリル発見」だの、「○○先生、ハゲが悪化してる・・・」だの、マイクが拾わないような小声で呟き続けた。
あげくのはてには鼻歌まで歌い始め、更にはそれが音を外すといった精神攻撃まで飛び出し、私はその度に咳払いなどで笑いを誤魔化すはめになった。
いかん、笑ってはいけない状況が、私の笑いの沸点をどんどん低くしている。
いいかげん笑いをこらえすぎて酸欠気味だし。
まずい・・・ 心が折れそうだわ。
私は残り少なくなった原稿の文字を目で追いつつ、心の中で赤いタヌキのヌイグルミにゲシゲシ蹴りを入れて気合を入れ直す。
・・・祐巳さん、これが終わったら説教だからね。
「 これから、みなさんがこのリリアン高等部で『 くきゅるるる〜 』・・・3年間を過ごすために・・・ 」
おっしゃ! しのいだ!
ふっふっふっ。今更祐巳さんの腹の虫の音くらいで笑うもんですか!
って言うか何回目よ?! いいかげん学習しなさいよ祐巳さん!
・・・さて、原稿の残りもわずかだし、なんとかなりそうね。
「 また、山百合会ではみなさんにより良い学園生活を『 志摩子さん、おなか空いたの? 』ぐふっ?!『 ・・・少し 』うぇっほ! えっほ!! ・・・・・・・・・失礼、より良い学園生活を・・・ 」
さっきのはオマエか白いの! なんでこんな時に大ボケかましてくれるのよ?!
しかも、恥ずかしがりながら「・・・少し」とか正直に答えてんじゃないわよ!!
まったく! なんで私の意表を突くのが上手いかな?
もう2人とも説教決定! あと、「三薔薇が揃って挨拶」はもう禁止!
これ以上こんな拷問続けられたら、私の精神が持たないわ!
ああもう、さっさと挨拶を終わらせないと。
「 ・・・以上を持ちまして、山百合会からの挨拶とさせていただきます 」
よし、終わったー!!
後は優雅に一礼して、静かに退場すれば良いだけだわ。
まったく・・・ 何で挨拶一つでこんなに疲労しなきゃいけないのよ・・・
あ、菜々が拍手してくれてる。ふふっ、悪い気はしないわね。
ああ、菜々。私のことが好きなのは解かってるから、そんなに熱い視線で見つめなくてもいいわよ。
ちょっと微笑みかけてあげちゃったりしてみようかな?
菜々ー、赤いタヌキの脅威に負けなかった私の勇姿を見てたー?
あ、菜々も気付いたみたいね、良い笑顔で「あいーん」て・・・
「 ぶふっ!! ごっほ! ごっほ! ・・・・・・・・・・・・失礼しました 」
くっ! 挨拶が終わって油断してたところを突かれた!
今どき「あいーん」をやるヤツがいるなんて・・・
くっそー・・・ 菜々のせいで口元を押さえながらの締まらない礼になっちゃったじゃないのよ!!
さては私が笑いをこらえているのに気付いてたわね?!
・・・ああ、もういい。
とりあえず終わったからもういいわよ。
後は静かに退場して・・・
「 由乃さん、咳が多かったけど具合悪いの? 」
「 人事みたいに言うな!! 」
す ぱ ー ん !!
あ。
やっちゃった。
最後の最後に炸裂した祐巳さんのボケボケな発言に、思わず後頭部にイイ感じの一撃を・・・
せっかくここまで「憧れの黄薔薇さま」を演じてきたのに・・・
退場まであと数歩だったのに・・・
ああ、1年生が凍りついてる・・・
あ、菜々は笑ってる。
・・・もうヤダ!
もう壇上で挨拶なんて二度としないんだから!!