がちゃSレイニーシリーズ外伝 『多重スール狂想曲』 ― 名も無き生徒達の物語 ―
「ごきげんよう。お姉さま」
「ごきげんよう」
図書館に入って来た少女は、彼女の姿をみとめて少し嬉しそうに微笑んだ。
こういうのを見てしまうと、妹ってかわいいなって思ってしまう。
「お姉さま、聞きましたか?」
「ん? 何が?」
言いかけて、差し出されている号外に気付いて苦笑する。
「ああ、これね」
「酷い騒ぎになってましたよ」
嫌でも聞こえてくる。もろもろの噂と騒ぎの様子とあわせて。
白薔薇さまが二人目の妹をという話は意外だった。
「号外2号の方は見た?」
「読みました。数が少ないので持ってこれませんでしたけど」
続いて出た紅薔薇さまの多重スール否定宣言。
数が少なかったので細かい内容までは確認しなかったけれども、インパクトのある見出しで『すわっ、紅白全面衝突か!?』などと驚いたものだ。
その後の騒ぎに関してはまあどうでもいいといえばどうでもいい。
幸いなことに、彼女に姉になって欲しいと言ってくる下級生は今のところ現れていない。もちろん、幸いなことに、だ。
彼女には既に妹がいるし、自分には妹一人で手一杯だと思うから。
「そういえば」
実は妹が来る直前に、ふと見た窓の外に妹の姿が目に入って、彼女は知らず、笑みを浮かべて妹が来るのを待っていたのだ。
その時、妹は少し早足でこちらに向かっているようだった。と、3年の生徒に呼び止められて何やら話し込んでいる。
なんだろう?
何か謝っているようにも見える。あのコ、何かやったのかな。
できた妹だとは思うけど、ちょっと心配になったりもする。姉バカと言わば言え。お姉さまとしては気になるものなのだ。
気になったので聞いてみる。
「何かあったの?」
「…いえ、別に」
「?」
一瞬、何か言いよどんだように見えて、彼女は首を傾げた。この妹がこんなふうに言いよどむのは珍しい気がして。
「妹になってくれと言われただけです」
「へ?」
「ですから、この騒ぎでそういうことがあちこちでおきているのはお姉さまもご存知でしょう?」
幸いなことに、彼女はそういった騒ぎに巻き込まれてはいなかった。しつこいようだが、もちろん幸いなことに、だ。
「へえ、結構もてるんだ」
それなりに優秀なコだとは思っていたけど、意外にキツイ面があることをはたして申し込んだ人は知っているのだろうか?
「で、どーするの?」
妹はむっとしたように彼女を見て言った。
「ただでさえ手のかかるお姉さまがいるのに、これ以上他の方の面倒なんて見てられません」
「待て、妹」
「なんですか、姉」
普通逆だろう。思わずツッコミをいれた彼女に、ツッコミで返す妹である。
しばしにらみあった後、彼女は下を向いた。
ちょっと悔しいような感情がわきおこる。
彼女以外の姉を持つ気はない。意図はどうあれ、そういうことだ。
それがちょっと嬉しかった。そう思ったことが、ちょっと悔しかった。
「私のクラスには姉も妹も複数持った人もいますけどね」
「あ、やっぱりいるんだ、そういう人」
「私は感心しませんが」
「そ? 別にいいじゃない。人それぞれよ」
「え?」
驚いたような表情を浮かべる妹に言う。
「当人同士が納得してるなら、別にいーんじゃないの」
そもそもスールというのは公式な制度ではない。慣習といったほうがよい。生徒の自主性を尊重するこの学園では、姉が妹を導くごとく先輩が後輩を指導するという風潮が自然と形成されていた。3年のお姉さま方、1年の妹たちという使われ方は今でも普通にされているように、最初は広い意味で先輩後輩をスールと呼んでいたが、いつのころからか個人的に強く結びついた二人を指すようになっていったという。
というような話を、図書委員である彼女は、リリアンのOGだという司書室で働く事務員に聞いたことがあった。
その成立過程からすれば、別に複数の姉や妹がいたっていいのじゃないかと思わなくもない。
「まあ、私は妹一人で手一杯だけどね」
「確かに、お姉さまには無理でしょうね」
「だから待て、妹」
「なんですか? 姉」
この二人、これで結構仲が良いのだ。
後ろでくだんの事務員が笑っているのに気付きもせずに、二人は他愛もない言いあいを続けるのだった。