【2243】 突然すぎです  (海風 2007-04-28 01:51:17)



ルルニャン女学園シリーズ 4話

 【No:2235】 → 【No:2240】 → 【No:2241】 → これ → 【No:2244】
 → 【No:2251】 → 【No:2265】 → 【No:2274】 → 終【No:2281】 → おまけ【No:2288】

一話ずつが長いので注意してください。







「それでは、第二回ルルニャン女学園カードゲーム大会の打ち合わせを始めます」

 姉である祐巳さまの声に合わせ、和やかな雰囲気にあった薔薇の館の雰囲気がピンと張り詰めた。



 最初は、そう、私松平瞳子は文句を言いたかったのだ。
 ルルニャン現象勃発。
 あの記事のおかげで、私は今日だけで十数人の一年生達に「勝ったら妹にしてください」などと言われて勝負をこなしてきた。しかしそれでも時間の都合上全員の相手はできなかったぐらいだ。
 砂糖に群がるアリのようなその光景は、まるでお姉さまが最強と呼ばれる前の状態に似ていた。いつもあんな風に囲まれていて……いや、それは今もあまり変わらないか。
 まあ、最強と噂されるお姉さまの妹が弱いなんて、あまりにも笑えない冗談にしかならないから、余裕かつ楽勝で打ち破ってきたけれど。
 乃梨子も似たような感じで勝負を挑まれていたけれど、向こうも余裕で勝ってきたらしい。可南子さんに至っては上級生にも挑まれるそうだから、私達はまだマシかも知れない。
 負けたらちょっと面白いことになるかも、というのは、きっと私達三人ともが思っていることだろう。
 「困るくらいならそんな勝負は受けなければいい」なんて逃げることは許されない。
 なにせお姉さま方の厳命があるのだ。時間の許す限り挑まれた勝負は受けて立て、と。お姉さま方も本当にそうしているので、妹達がそれを破ることなどできるものか。
 それに、実際は「約束はできないけれどそれでいいなら」と前置きして勝負を受けている。勝負を申し込む一年生だって、いくらなんでも勝てば本当に姉妹に……とまでは考えていないはず。まあ、いわゆる「姉妹候補に立候補です」という決意表明というか、宣言に近いのだろう。
 あんな記事が載ったらこうなることくらい、いくら鈍いお姉さまだってわかっていたはずだ。
 真美さまが打診に来たと言うのなら、そこで止めておけばよかったのに。
 ……まったく。
 祥子さまも卒業したし私生活ではよく会っているようだけれど、学園内ではもう少しだけ二人きりの姉妹で居たいと思っているのに。
 余計なことを。
 そういうところがお姉さまはわかっていないんだから。



 お姉さま方とつぼみたる私達と、新聞部から真美さまと日出美さんがいらしている。
 とにかく、こうなったら文句は後回しにして、私も集中して参加しておかねば。
 第二回カードゲーム大会。
 この話は「夏休みに入る前にはもう一度やりたいね」と皆で話していたので、突然始まったにも関わらず異論は出なかった。かわら版でも大会のことには触れていたので、昨日の内に色々なことが動き出したのだろう。
 急とも思える大会決定は、恐らく仮面の二人の影響があるのだと思う。「噂の紅薔薇仮面、白薔薇仮面も出場決定?」とか書かれていたし。

「二回目ってことで、大まかなことは前回同様でいいと思う」

 うん、と一同うなずきながら、お姉さまの言葉を真美さまが繋ぐ。

「前大会での意見や苦情をまとめてきたんだけど、やっぱりダントツは『屋外だとカードが風で飛ぶ』というのが多かったわ」
「ああ、飛んだよねー」

 呑気に笑う私達。あの時はカードを押さえたり飛んだカードを追ったりと必死だったけれど、思い起こせば笑える様だ。

「やっぱり屋内ってのは決定よね。前は気が回らなかったけど、雨天中止って線もあるわけだし」

 由乃さまの的を射た意見に反論などあるはずもなく、日出美さんがホワイトボードに「屋内決定」と書き記した。

「でも運動部は大会前だから、体育館を貸し切るのはちょっと難しいかも知れないわね。バレンタインと違ってシーズンオフになる部活も少ないし、この時期に強制的に休みにするのもどうかと思うわ」

 志摩子さまの意見にも、反論は出なかった。

「「各教室はどうでしょう?」」

 乃梨子と菜々ちゃん、そして私の声が重なった。放課後の空いた教室なら自由に使えるんじゃないだろうか、という意見だ。
 先に告知さえしておけば、大会に参加しない生徒達は気を遣って空けてくれるだろう。部活なら教室にいないし、どうしても教室に残らなければならない理由を抱えている生徒もあまりいないはずだ。いたらいたで他の教室を当たればいい。

「予選はそれでいいよね」

 お姉さまが由乃さまと志摩子さまに視線を向けると、二人とも「そうね」と答えた。

「予選は前と同じように?」

 前は乱戦のようになって五回誰かに勝って自己申告して早い者勝ち、という形だった。五勝したものから勝ち抜ける、というものだ。

「時間的にもその方がいいと思うけど、苦情来てる?」
「『勝負回数を増やして欲しい』と『勝ち抜けだと考える時間が短くなってミスしちゃう』というのがあったわ」

 ああ、確かに。でも。

「その条件で、お姉さま方も私達も勝ち抜きましたわよ?」
「ごめんなさい、瞳子ちゃん。もう一つだけ」

 真美さまがそう言うので、私は口を結んだ。

「少数だけど私が一番気になった意見に『自己申告で嘘をついた人もいたんじゃないか』って、負け惜しみみたいなものもあったのよ」
「みたい、じゃなくて、負け惜しみじゃないの?」
「いや、由乃さん、この意見は無視できないよ」

 私もお姉さまに同意だ。志摩子さまも「そうね」と言っている。

「大会のコンセプトは、ゲームと名の付く通り、楽しむことにあるから。できる限り公平にしないと」
「じゃあどうするのよ。負け惜しみみたいなのまで取り上げちゃうわけ?」
「……うーん」

 「みたいなの」を強調する由乃さまの言葉にお姉さまが悩んでいると、「あの」と乃梨子が挙手した。

「要は、確たる勝利の証があればいいんですよね? じゃあこういうのはどうでしょう?」

 乃梨子が提案したのは「バッジ制」だった。

「まず、山百合会でバッジか何か……とにかく参加の証みたいなものを用意します。バッジは一人二つくらい渡して、そのバッジを賭けて勝負するんです」

 あ、なるほど。勝ったらバッジを一つ奪い、それがそのまま参加証と勝利の証になるというわけか。

「そうなると、二回負けるとアウトになるね」
「バッジの個数は適当ですから、増やしても減らしてもいいと思います」
「……いいわね、それ」

 志摩子さまが静かに言った。

「上限を決めなければいいのよ。五個とか七個とか規定個数を決めないで、制限時間までに一番多くバッジを集めた者から本戦出場を決定すればどうかしら」
「「それだ!!」」

 はしたなくも思わず私まで言ってしまった。でもこれしかないと思ったのだからしょうがない。

「そうするんだったら、もう予選の時間枠はいらないかも知れないね」
「え? 祐巳さん、それどういう意味?」
「予選は、朝から放課後までってことにしたらどうかと思って。これなら各々のペースでやれるし、勝負回数だって自分の判断一つでしょ?」
「あ、なるほどね」

 いや、待った。

「勝負から逃げられたらどうするんです?」

 あ、菜々ちゃんに先を越された……

「逃げるって?」
「まだ決まってないですけど、仮に私達が予選に参加するとします。それでもし、私達との勝負を皆が避けたらどうします? バッジ集めなんてできなくなりますよ? 特に祐巳さまなんて最強なんて言われているんですから、本戦出場を目指すなら祐巳さまや、祐巳さまと肩を並べる志摩子さまと勝負しない方が近道になる……と、考える人も出てくると思うんです」

 そうそう、私が言いたかったのもそれだ。

「ああ、そうかぁ……勝負を避けられちゃうこともあるかも知れないね」
「私は薔薇さま三人は予選免除でいいと思うけど?」

 真美さまは、持ち込んだ書類を見ながら言う。

「前回のチャンピオンだもの。それなりの優遇措置を取っても文句は出ないだろうし――率直に言うと、薔薇さま方が予選敗退なんてしちゃうと、本戦が面白くなくなりそうじゃない? 知らない一般生徒同士の勝負をみんな興味津々で見たいと思う? 薔薇さま方をやぶって勝ち抜いたならともかく、前回優勝者と戦ってもいないのに優勝者が決まっていいの?」

 ……なんてリアルで説得力のある言葉だ。確かにお姉さまが出ないのなら、私は部活に行った方がよっぽど有意義な時間を過ごせるだろう。

「第一、これは山百合会プレゼンツでしょ? 山百合会のイベントなのに、山百合会メンバーが誰一人として本戦に出られないなんて事態になったら、それは惨状でしかない気がするんだけど」

 更に説得力のある言葉が続き、それに、と真美さまは付け加えた。

「薔薇さま三人が予選に参加することになるとしたら、紅薔薇仮面と白薔薇仮面の立場はどうなるの?」
「「あ」」

 すっかり忘れていた。そうだ、あの方々はどうなるんだ。

「あの人達が出場するのなら、当然特別枠で本戦出場になるわ。だって朝から放課後までの間に予選をやるなら、予選そのものに参加できないでしょう?」

 その通りだ。紅薔薇仮面と白薔薇仮面……というか、水野蓉子さまと佐藤聖さまは卒業生なのだから、放課後に行われる校内イベントにしか参加できないだろう。

「わかった」

 由乃さまが力強い口調で言い切った。

「前回優勝者である私達は、優遇措置で本戦に出場する。祐巳さんも志摩子さんもそれでいいよね?」
「……うーん……」
「仮面の方々が優遇されるのに前回優勝者が優遇されないというのも、少しおかしいかも知れないわね。だってあの方々の正体はまだ知られていないもの。一般生徒かもしれない、という疑いは晴れていないのよ?」

 悩むお姉さまに、志摩子さまがそう後押しする。私もその方がいいと思うけれど……
 と、一瞬沈黙が生まれたところで、菜々ちゃんが手を上げた。

「ちょっと待ってください。皆さん、あの人達の正体を知ってるんですか? 志摩子さまの言い方だとそんな風に聞こえて、誰一人私みたいに疑問を持っていないように見えるんですけど」

 ……え? 菜々ちゃん、知らないのかしら?

「菜々」
「なんですお姉さま」
「その話はあとで。今は会議中」
「……わかりました」

 いつもは遊ばれる由乃さまも、締める時はちゃんと締める。ちゃんとお姉さまだ。

「わかった。じゃあ私達は特別枠で出場しよう」
「決定ね」

 お姉さまも納得したので、日出美さんがホワイトボードに「薔薇さま三人と仮面の二人は特別枠で本戦出場決定」と書き足した。

「薔薇さま方はそれでいいとして、つぼみの私達が避けられたらどうしましょう?」
「菜々」
「なんですお姉さま」
「気合いで勝負を勝ち取るんだ。そして勝利も勝ち取るんだ」
「無茶ですよ」

 ええ。それは無茶ですよ、由乃さま。

「規約に『勝負を挑まれたら逃げられない』とか加えるのもいいかも知れないけど……」
「ちょっと強引だね」

 本人もそう思っていたのだろう、お姉さまの言葉に真美さまは素直に「そうね」と答えた。

「一日掛けて予選をするとしても、結局ホームルームが始まるまでの早朝とか休み時間とか昼休みしか動けないわけだし。日直や職員室に呼ばれたり、図書館に行ったり、ゲーム以外の用事がある人も当然いると思うよ」
「そうよね。じゃあ……」
「ラインを引けばいいんじゃないですか?」

 黙々とボード係を務めていた日出美さんが、ようやく口を開いた。

「たとえば、バッジの個数が十を越えた者は挑まれた勝負を断れない……とか。そういう勝者のラインを設定したらどうでしょう」
「十個を越えた人に用事があった場合は?」
「相手を納得させられる理由があるなら避けられる」
「嘘の申告をされたら?」
「納得しちゃった場合はしょうがない、ということで」

 これもバレンタインイベントの「カードの譲渡規制」と同じだろう。嘘をつかれても見抜く術がない、という。

「……そうね。ここはもう、それで目を瞑るしかないかも」

 チラリと横目で見てくる真美さまに、私達つぼみは「それでいい」と言う代わりにうなずいて見せた。
 日出美さんが「勝者のラインを決めて逃げられないという規約を作る」とボードに書いている間に、真美さまは「ちょっと脱線しちゃったけど」と元の話に戻った。

「予選はさっき言った志摩子さんの案でいい?」
「いいよね。周りはみんな敵だらけ、死にたくなければ勝て。並居る兵をバッサバッサと。あー参加したかったなー」

 いや由乃さま、死にませんから。バッサバッサと何する気です。

「バッジ集めなら苦情の数々をクリアできるし、前よりも良くなってるんじゃないかな」
「それじゃ決定ってことでいいとして――バッジはどうする?」

 薄々はわかっていたけれど、やはり問題はそこだ。
 さすがに参加者分のバッジを用意する、という予算は捻出できない。私が個人的に出すのも筋違いだし、カードの利益分は賞品に回るはずだし。

「どうとでもなるでしょ? バッジじゃなくても、たとえば山百合会の判子を押した紙とかでも十分代用できるんじゃない?」
「さすがに生徒会の判子は使えないけれど、考え方は賛成よ」

 由乃さまの意見に志摩子さまもうなずき、お姉さまに視線を向け「何かないか」と意見をうながす。
 お姉さまは照れたように「えへへ」と笑った。……くっ、可愛い。そういう不意打ちみたいなのやめてくださいよ。

「芋版を思い出しちゃった」

 芋版? ……ああ、お芋を削ってオリジナルの判を作るものか。幼稚舎か小学部でやったような記憶が……

「あ、それでいいんじゃない? 消しゴムか何かを削って大会用の判子を作れば。よくよく考えるとバッジとかだと数が集まればかさばるもの。回収のことも考えると、返って来なくてもいいものにするのが正解よね」
「由乃さんが言ったように、紙というかカードというか引き換え券みたいなのにするの?」
「ええ、それに大会用の判子を押して。偽造されない限り量産できないものならなんでもいいはずよ。せいぜい一日じゃ作れない大きな判子でも用意するわ」
「じゃ、それで行こう」

 慌しく日出美さんが「朝から放課後まで予選。参加の証、勝利の証の券のようなものを作る。判子は新聞部もしくは各適応部に申請」と書き殴っている。
 だが「ちょっと待った」とその慌しい手を止めたのは、乃梨子だった。

「提案しておいてなんですけど、これ、よくよく考えると譲渡が簡単にできちゃいますね」
「ゲームをしない人が参加を申し込んで、誰かに勝利の証を渡しちゃう?」

 真美さまが即座に聞き返したので、乃梨子は少し驚いたように眉をぴくりと動かした。

「はい、そうです。お気付きでしたか?」
「カードの譲渡はバレンタインでも悩んだことからね。その辺は一つだけ手が浮かんでるの」
「手が?」
「一般生徒達はまだ予選がどのように行われるか知らない。だから今ならテストができるのよ」

 テスト? あ、そうか。

「簡単に言うと、平均勝負数を割り出せるってわけ。逆に一般生徒達には直前まで予選方法を教えないようにすれば、朝から放課後まで何回勝負ができるものなのかわからない。さすがに休み時間中カード漬け、って生徒も希でしょうし。明らかに平均より多かったら譲渡が行われた可能性が高くなる、というわけ」
「可能性が高くても、断言はできないのでは?」
「学園最強かも知れない祐巳さんや志摩子さん以上に勝負をこなし、あまつさえ全部勝てる確率って相当低くなるわよ?」
「……説得力ありますね、それ」
「確かに断定はできないけど、そう言って揺さぶりは掛けられるんじゃないかと思ってる。でもこれも、乃梨子ちゃんの言う通り譲渡した場合に見抜くことができないから」

 あとは新聞部の見回りを強化するしかないかもね、と真美さまは言葉を締め括った。確かにそれしかないかも知れない。

「じゃあ、とにかく私達でこっそり実地してみて、平均勝負数を割り出してみようよ。大会直前のかわら版に『不正を防ぐために、平均ラインを大きく逸脱したら出場権を剥奪する』って書き添えて抑止力を行使するのもいいかもね」
「そうね。それで行こう」

 真美さまが日出美さんにうなずいて見せると、日出美さんはさっきの続きを書き始めた。

「これで予選はいいとして。――本戦はどこでやる? 前のように屋外は却下として、でも教室なんかだとギャラリーが入り切れないでしょうし」
「ミルクホールは?」
「ダメだよ、由乃さん。ミルクホールは大会に関係ない人も利用するんだから」
「あ、そっか」

 やはり体育館が使えれば……映写機とスクリーンが使えれば、全員が見ることができるのに。
 ……あ、ならば。

「スクリーンをレンタルするのはどうでしょう?」
「ん?」
「うちの業者から借りれば格安で済みますけれど……小笠原から借りていただいた方が角が立ちませんか。割引が付けばカードの利益から楽に利用できると思いますわ」
「「…………」」

 ……あ、え? どうしてみんな黙るの?

「…………そんなのレンタルできるの? アレでしょ? 歌手なんかのコンサートで、後ろにある巨大なモニターみたいな……」
「ええ、そうですわ。それです」
「……お金持ちは違うなぁ。そうかぁ、レンタルかぁ……」

 なんかお姉さまが遠い目を……そんなに予想外だったのだろうか。

「でもさすがにあんな巨大なスクリーンを運び込むとなると、設置や撤収が一日じゃ済まなくなりそうよね。だから大型のワイドテレビを何台か借りればいいんじゃない? それを中庭に設置して、本戦をカメラ中継して映す」

 由乃さまの意見に、皆と合わせて私も同意だ。

「ビデオカメラの操作や配線なんかは、科学部か映研ができるはずよ」
「うん、じゃあお姉さまに頼んでみるね。各部への協力要請は、もう少し細かく決まってから交渉に入ろうよ」

 ……なんだか皆から妙な疎外感を感じるけれど、誰も目を合わせてくれなくなったけれど、とにかくこれでよし!
 …………いいと思う。たぶん。



 お姉さまが、ふと窓に目を向けた。開け放たれた窓からゆるやかな風が吹き込み、青空が広がっている。
 すっかり日も長くなってしまった。もう夏だ。

「ギャラリーまで入りきれる場所じゃなくてもよくなったんなら、本戦会場は薔薇の館がいいかもね。ここなら中庭の声も聞こえるし」
「そうね。本戦出場者は前と同じ十二人?」

 志摩子さまの問いに、真美さまはホワイトボードを指差す――あれを見てくれ、という合図だ。

「仮面の二人がいるから、薔薇さま三人と合わせてもう五枠は埋まっちゃってるのよね。もう少し増やした方が面白いんじゃない?」

 その言葉に、増やす派とこのまま派とどっち付かず派の三つに意見が別れた。

「あまり人数が多くなると本戦終了までに時間が掛かるわ。機材のレンタルが入る以上、一日で済ませないといけないし、その撤収時間もあるでしょう?」
「そうですよ! もっとよく考えて決めた方がいいと思います! ねえ志摩子さん?」

 志摩子さま率いる「このまま派」は、乃梨子が一人で三人分くらいの勢いで存在を主張する。親友の露骨な私情を挟んだ行為に目頭が熱くなった。初めて会った時の「何事にも我関せず」って態度がひどく懐かしい。

「でも少ないと、前と同じ顔触れが揃うことにもなりかねないよ。つまらなくない?」

 対する「増やす派」の由乃さまには、真美さまと菜々ちゃん。

「うーん……」

 そしてお姉さまと私は、どっちがいいのか決めかねる優柔不断派だ。いやまあ、私の場合は、強いて言えばお姉さま派になるわけだけれど。個人的にはどっちでもいいし。日出美さんは中立としてボード係に努めるつもりなのか、意見を言わない。

「……そうだ」

 どうやらお姉さま、名案が浮かんだらしい。

「予選を金曜日にやって、本戦を土曜日にすればどう?」
「「あ、そうか」」

 前大会と同じように考えていたので盲点だった。そうだ、何も予選と本戦を同じ日にやる必要はないのだ。
 前は土曜日の放課後、予選から本戦までやったからお昼から夕方くらいまで続けることになってしまって大変だった。でも言われてみれば無理して同じ日にどちらもやる必要はないわけだ。
 前回の大会でも同じように本戦・予選を別の日にやれば、全てがスムーズに運んだだろう。まあ前回があったから生まれた発想でもあるのだろうけれど。前は開始から終了までの所要時間などもよくわからなかったし。

「あ、本戦は土曜日として、予選は前日じゃなくてもいいかもね。何日か日を空けて、かわら版で本戦出場者の紹介記事を出すのも悪くないんじゃない? この人はどんなブックを組むとか、意気込みとか」
「そのネタ貰った!!」

 お姉さまの意見に、真美さまが繰り出す予想外の鶴の一声。満天の星空のように瞳を輝かせた真美さまに反論できる者はいなかった。

「そうよね! 日を分けて土曜日に本戦をやれば、出場者を少し増やしても前大会のように長くはならないわね! それに不正調査をする時間も作れるし! どう!?」

 鶴の一声が効いているので、反論はない。
 嬉しそうに「決定」宣言をする真美さま。日出美さんは真美さまに見惚れてぼーっとしていた。



「それじゃお待ちかね、賞品を決めよう!」

 由乃さまがやたら嬉しそうに言い、見せ付けるようにキラリと光るシルバーのカードホルダーをわざわざテーブルに出した。

「……ちぃっ……!」
「ハッ」

 菜々ちゃんが漏らした忌々しげな舌打ちは当然無視するとして。勝ち誇って踏ん反り返る由乃さまももちろん無視するとして。

「賞品か……実はさ」

 お姉さまは、少し真面目な顔をする。

「前の大会で優勝者と三位まではカードホルダー貰ったよね。お姉さまはあまり高くないって言ってたけど、それでもオーダーメイドらしいから確実に数万円はするよね? 校内イベントであまり高価な物を賞品にするのはどうかと思うんだ」
「ああ……貰った時は私もそう思ったわ。どう見ても高そうだったもの」
「私も思った」

 志摩子さま、真美さまもお姉さまに同意する。

「前回は、お姉さま側からこれにしろって言われて用意までされたからそのまま賞品にしちゃったけど、今回はもう少し学生らしい物にしたらどうかと思うんだ。……由乃さんは反対?」
「……言われてみると確かにそうね。いくらカードの利益から出ているからって、金品目的で参加者を募るって、なんかリリアンらしくない」

 感覚的な問題になってしまうんだろうけれど、私も由乃さま同様「らしくない」とは思う。

「でも一回目は高価なカードホルダーで、二回目は大幅にランクダウン……というのも、なんだかいやらしい感じがしませんか?」

 乃梨子の意見にも同感。結果的に薔薇さま方が勝っただけの話だけれど、あまり落差があるのは「贔屓だ」とか邪推されそうだ。

「今回の賞品は、返上でいいんじゃない?」
「返上、というと……祐巳さん達が持っているカードホルダーをいったん返す、ってこと?」
「うん。チャンピオンベルトの代わりとして、勝った挑戦者に渡せばいい。これが賞品」

 「それがいいわ」と快く同意する志摩子さま、「……まあいいけど」と惜しそうに自分のカードホルダーを手の中で弄ぶ由乃さま。

「それで更に副賞を用意して、前回の賞品を越えよう」
「副賞? というと?」
「まだよく考えてないんだけど……うーん……白薔薇仮面の真似はどう?」

 ゴオオォオッ!!!

 何気なく放たれたお姉さまの一言に、全身に突風を受けたような衝撃を覚えた。
 ――真似?
 ――白薔薇仮面の真似?
 ――え、それって、つまり、アレ?
 ――アレなの?
 ――本当に?

「それはとてもいいと思います!!」
「いや待て乃梨子!!!!」

 真っ先に反応した乃梨子を、私は腹式呼吸の声で止めた。

「これは一歩間違えば、お姉さまがどこの馬の骨のような方にアレするかも知れないってことよ!?」
「え、そんなのヤダ!」

 やはり乃梨子は、少しだけ違う世界へ行ってしまっていたようだ。自分の姉以外の人が勝つことなんて考えもしなかったらしい。

「まずお姉さまの話を聞きましょう。――それでお姉さま、詳細は?」
「う……うん……」

 何があったのか、耳を押さえて大きな音を至近距離で聞いてしまったかのようにふらふらしていたお姉さまは、頭を振った。

「まあ……おめでとうって言いながらほっぺたにキスでいいんじゃないのかな、と……」

 やはりそういうことなのか!! ああもうっ、嬉しいんだか悔しいんだか怒っていいんだかわからない!! なにこのすごいモヤモヤ感っ!!

「でも、勝者が薔薇さま方のキスを欲しがるかどうかはわからないわよ?」

 なぜか真美さまは、話し掛けているお姉さまではなく日出美さんを熱心に見ながら言う。日出美さんもボード係なんて忘れているのか、熱心に真美さまを見詰め返す。何やってるんですかあなた達。

「あ、じゃあ、参加規約に『勝者に指名された人は頬キス』って入れればどう?」
「……どっちにしろ新聞部は実行委員になるから、私達に決定権はないわね。皆さんどう思う?」

 なぜかこちらを向いてくれない真美さまに、菜々ちゃんが「はい」と声を上げた。

「ちょっと言いづらい雰囲気を感じるんですけど……キスが副賞って少々俗っぽくないですか?」
「あんた志摩子さんのキスを俗っぽいって言うの!? しばくぞこらぁ!? 仏像でしばくぞこらぁ!?」
「落ち着いてください乃梨子さま。仏像でしばく意味もわかりませんしキャラも壊れてます」

 そうだ、落ち着け乃梨子。今の乃梨子は飢えたケダモノのような目をしている。落ち着け。怖いから。

「でも、伏線が張られてるからさ」
「伏線ですか?」
「うん。白薔薇仮面がもうやってることだから、それになぞるのも悪くないかな……と思って。だって仮面の二人は今度の大会のゲストっぽい感じだし……ほら、アレでしょ? もし正体がわかっちゃうと、もっと俗っぽいことになりかねないし……」

 ……ああ、なるほど。白薔薇仮面の「勝者にキス」は第二回大会の副賞の伏線だった、というオチにしたいわけか。
 確かにこのまま白薔薇仮面の正体が歴代白薔薇さまだった、とバレてしまうと、「歴代白薔薇さまともあろう人がキスってどういう意味が? まさかそういう趣味の人? いやーん」とか言われかねない。
 そしてそういう目で薔薇の館を見られるのは、私としても全力で避けたい。

「菜々ちゃんの言う通り、確かにちょっと俗っぽいかもね」

 俗っぽいというより、白薔薇仮面のあの人が俗っぽいことをしたツケを清算しようとしているわけだから、それは立派だと思いますわ。お姉さま。

「……祐巳さまは平気なんですか? 誰とも知らない人にキスしたりされたりするの」
「それは平気じゃないけど。でも優勝者の権利にしておかないと、白薔薇仮面と対戦して負けた人は、白薔薇仮面に必ずキスすることになるかも知れないよ? あえて副賞にしておくことで心理的に安売りを阻止できるかも」
「…………」

 実際、数日前に対戦して負けてキスせざるを得なくなった菜々ちゃんは、その時の屈辱を思い出しているのか苦々しい顔をする。

「被害者を増やすくらいならいっそ……って思うんだけど、志摩子さんはどう思う?」
「どうって……ごめんなさいって思うけれど……すまない気持ちでいっぱいなのだけれど……」

 ……ああ、あの方はあなたの姉でしたわね。

「ま、まあとにかく、キスでいいじゃないキスで。頬にチュッでいいんでしょ? でもって写真に撮ってもらって記念に進呈って感じでいいじゃない。元手も掛からないしいいじゃない。どうってことないでしょほっぺたにキスくらい。女の子同士だしいいじゃない」

 あまりにも悲壮感を漂わせる志摩子さまを見るに見かねたのか、由乃さまは努めて明るく言い放った。「ねえ乃梨子ちゃん? そうだよねっ? いいじゃないねっ?」「え、ええそうですとも! 大したことないですよそんなもの! むしろいいですよそんなもの!」などと言いながら間接的にあからさまな慰めに掛かっている。
 先々代の暴挙を、現薔薇さま方の親友が「これくらい普通よ」と言い切ることで隠そうとしているのがありありとわかる。わかるだけに余計に志摩子さまが哀れに思えて仕方ない私です。お可愛そうに。

「まあ、指名制はいいと思うわよ。優勝者が誰のキスを望むのかを決められる、っていうのはね」

 真美さま、あなたはいつまで日出美さんと見詰め合ってるんですか。こっち向いてください。

「でも当然、そうなると薔薇さまの三人とつぼみ達に指名が来る可能性が高いでしょうね。そして逆に、山百合会の住人じゃない立場から言わせていただくなら」

 と、ようやく真美さまがこちらを見た。日出美さんはやたら熱っぽい溜息をついた。

「つぼみ達が勝ってお姉さまを指名するのはまだいいけど、できれば薔薇さま方は妹以外の相手を指名してもらえると、大会的に盛り上がるんじゃない?」
「「えっ!?」」

 薔薇さま方の三人が「なんだそれ」と言う顔をして、それぞれの妹に視線を向けた――お姉さま、恥ずかしいのでこっち見ないでください……露骨に「そのつもりだったのに」って顔して見るのやめてください……

「賞品として用意する以上、一般参加者にとっては薔薇さま方やつぼみのキスを勝ち取りたいがために参加する人もいるはずよ。たとえ自分が勝者にならないとしても、自分の気になる人がキスに指名する相手は気にならない? 大方の予想通りに姉妹で消化しちゃってどうするのよ」

 「イチャイチャしたいならプライベートですればいいじゃない」と、真美さまは嫌になるほど説得力のあることを言う。そうだ、プライベートでならいくらでもいやいや待て待て。落ち着け瞳子。落ち着くのよ。

「それじゃ、山百合会以外から選べって言うの?」
「いや、祐巳さん達は妹以外から。妹が姉を選ぶのは可愛いと思うわ、山百合会の人でもそうじゃなくてもね」

 それは確かに。上手く言えないけど……うん、一途って感じがして可愛いと思う。

「姉が妹を選ぶのも、それなりに可愛いと思う。でも薔薇さま方が妹を選ぶって、アイドルの熱愛発覚って感じがしない? たとえみんな知ってることでも、プライベートでやってることでも、それを見せ付けるのはどうかと思うのよ。ファンならシラけたり溜息つかれたりガッカリしちゃうんじゃない?」

 ……それもわかる。おねえさ、いや、祥子さまがそんなことをしたら、私だってシラけはしないけれど溜息ついてガッカリするだろう。

「だから祐巳さん達は妹以外を選んで欲しい。どうしても山百合会から選びたいなら、由乃さんや志摩子さんか、自分のじゃない妹を指名してほしい。それも盛り上がると思うし」
「うーん……でも由乃さんも志摩子さんも、プライベートでできそうだよね。私はできるよ」
「そうね。祐巳さんと志摩子さんが望むなら今すぐでもやるわよ、私」
「私も二人なら構わないわ」

 キャッキャッ。ウフフ。
 ……仲がよろしいのは大変結構ですけれど、薔薇さま同士でイチャつかないでくれますか? シラけますから。

「とにかく真美さんの要望もよくわかるし、そういう方向はどう思う?」

 この副賞は、本当に好意を持っている相手しか指名しないし、またされもしないだろう。私は、相手が誰であっても、私を指名されたら少し嬉しいかも知れない。

「確かに妹以外って限定すると、また参加者の見方も変わるかもね」
「そうね……でも人前で、キ、キスなんて……恥ずかしいわ……」

 本当に恥ずかしそうな志摩子さま。乃梨子の志摩子さまを見る目がかなり危ないことに気付いているのかいないのか。

「じゃあ、志摩子さんは乃梨子ちゃんで要練習ね」
「えっ」
「よっしゃあ!!」

 乃梨子っ、心の声が口に出てるっ。ものすごく目立ってるっ。親友としての気遣いである聞き違いができないほどはっきり言ってるっ。

「恥ずかしがるのはいいけど、するのも受けるのも仕損じだけはしないようにしないと、格好悪いと思うよ。自信がなさそうだからしっかり練習してね」
「そうそう。乃梨子ちゃんで物足りないなら、私も祐巳さんもバッチリ付き合うから」

 「なんだこら三つ編み余計なこと言いやがって……」なんて悪意が感じられる誰かの呟きが聞こえたような気がするけれど、気のせいだろう。私の知っている親友はそんなことは言わないから。

「そ、そう? ……わかったわ」

 すでに面白がっている顔をした親友二人の別の意味もある親切に、志摩子さまは素直にうなずいた。乃梨子がガッツポーズを取ろうとして慌てて鼻をつまんでいた。キてるらしい。
 薔薇さま方が納得したことで、この話は決定になってしまうだろう。
 けれど、やはり私は一言告げておきたい。

「でも、お姉さま方が誰かにキスしたりされたりするなんて嫌ですわ」
「瞳子ちゃん……」

 お姉さまがとても嬉しそうに私を見詰める。……あ、ダメだ。

「べ、別に私がキスしたいしされたいわけじゃないですわ! お姉さまがそうやって無防備な笑顔を誰にでも向けるから、勘違いする人を増やさないようにしたいだけですもの!」

 ああ……やってしまった。もう妹にもなって意地を張る必要もないのに。私のあまのじゃくはいつまで続くのだろう。

「うん、そうだね」

 って……笑顔で軽くかわされてしまった。いやそれでいいのだけれど。でも平然と返されるとちょっと癪だ。まるで「あなたの本心はよくわかっている」と言われているみたいで。……いや、それもいいけれど。

「瞳子ちゃん」
「な、なんですの!?」
「勝ってね」
「…………」

 結局は勝てばいいと、そういうことか。そして私の物言いは緩やかに却下されたということか。
 まあ、いい。
 そうと決まったら、何がなんでも勝つだけ! この松平瞳子が最強を勝ち取るのみ!



 ところで、ふと気付いたことがある。

「あの、ちょっといいですか?」

 呼びかけると、また日出美さんを見ていた真美さまが振り返る。

「ん? 何かある?」
「ええ。この場にいるのが当然のように思っていたんですけれど、私達つぼみが参加するとなると、予選からですわよね?」
「そういうことになってるけれど……何? 特別枠が欲しいの?」
「いえ、そうではなく」

 ……正直に言えばものすごく欲しいけれど。

「つまり私達は一般生徒となんら立場は変わらなくて、公平を規するために会議に参加してはいけないのではないかと思いまして」
「ああ、別にまだいいわよ」

 切れ者の新聞部部長は、私の指摘など最初から気付いていたようだ。

「ここまでで決まったのは、まだまだ仮決定だから。細かいところを詰めていくと大幅に変わったりもするし、仮にこのまま行くとしても、知っていたってやること自体は一般参加者となんら変わらないでしょ?」

 予選でやることは勝利数を重ねて本戦出場――確かに知っていようと知るまいと変わらないか。ルールは違ってもやることは前回と一緒なわけだし。

「でも細かいことを詰めて行くと、やっぱり参加者には秘密にしたいこともあるわね。今日はいいけど、今後は出入りしない方がいいかもね。痛くもない腹を探られるの、嫌でしょ?」

 それはそうだ。

「それじゃ、これで失礼してもいいですか?」

 席を立ったのは菜々ちゃんだった。

「今からでも部活に顔を出しておきたいので。予選から参加することになるつぼみは、これ以上長居するのもどうかと思いますし」
「いいけど……」

 言いよどみ、真美さまはチラリと由乃さまの様子をうかがう。

「さすがは剣道部のレギュラー。お忙しいことで」

 ものすごく剣呑な目で妹を睨む由乃さま。明らかに「気に入らない」という態度だ。少しはヤキモチ焼いたり戸惑ったりやる気を見せたりしろ、とでも言いたいのだろう。

「お姉さま」

 そんな姉に、菜々ちゃんはとてもいい笑顔を浮かべた。

「本戦で泣かせてあげますから、楽しみにしていてください」
「なっ、泣かないわよ! 早く行け!」

 ――妹からの具体的なやる気発言にそう叫ぶ由乃さまは、ちょっとだけ嬉しそうでした。



 ちょうど良かったので、私と乃梨子も一緒に退散することにした。
 「ここで話し合いに参加するより、カードのことでも考えた方が役に立ちそう」というのが、私と乃梨子の一致した意見である。

「乃梨子は、今度は手伝わないの?」
「ん? ああ、バレンタインの時みたいに?」
「ええ」
「デートはいいけどキスは渡せない」

 ガッチガチだ。

「それで? 瞳子の勝算は?」

 青々茂る公孫樹並木を歩きながら、乃梨子は聞いてくる。

「どう贔屓目に見ても、今のままでは優勝どころか本戦出場も危ういと思うわ」
「ああ……瞳子のは『負けないブック』だもんね」

 そう、私の戦法は防御を固めて先に相手のカード30枚を消費させる、というスタイルだ。どんなに相手が優勢であっても、先にカードが尽きた方が強制的に負けになるルールに乗っ取っている。

「負けない代わりに、普通の勝負より時間が掛かるもの。負けはしないけれど、勝負回数が確実に平均を下回るでしょうね」
「結構冷静に見てるね」
「そう? そう言う乃梨子は?」
「それなりにやれるとは思うけど、私のブックはしょせん志摩子さんの劣化コピーだから」

 時間が経つに連れて、一片の無駄もない芸術のようだった白薔薇ブックも研究されている。前大会のブックがそのまま通用するわけがない。

「……思い切って三色混合ブックを組んでみようかと思ってる」
「え? 本当に?」
「今の志摩子さんもそうでしょ? あんまり元の型にこだわってると、確実に負けると思うんだ。特に山百合会メンバーはお互い手の内を知り尽くしてるから」

 なるほど、確かに。

「少し前に志摩子さんと祐巳さまが遊んでたブック、覚えてる? 確か由乃さまと菜々ちゃんがモメてて最終的にカードホルダーの権利が移った日の」
「あ、ええ。憶えているわ」
「あの時の二人のブックに、ヒントを見たような気がするから」

 ヒント?

「あの、誰も使わないようなカードをまとめたお姉さまのブックと、志摩子さまの通常・幹部カードがあわせて五枚しか入っていなかった罠・補助過多の異色ブック?」
「うん」

 ……ふうん。

「ま、しばらく対戦相手には困らないだろうし、色々考えてみるよ」

 …………

「『負けたら妹に』?」
「お互いモテて困っちゃうよね」
「……そういう問題かしら」

 進行方向二十五メートルほど先に、誰かを待ち伏せしているような数人の生徒達がいる。
 その生徒達は私達を確認すると、一目散に駆けてくるのだった。 

「「紅薔薇のつぼみ、勝ったら妹にしてください!」」
「「白薔薇のつぼみ、勝ったら妹にしてください!」」

 まあ、確かに、対戦相手には困りそうもない。
 私は革張りの黒いカードホルダー(父のお古の名刺入れ)、乃梨子は髪留めゴムで無造作にまとめただけのカードを取り出す。

「「約束はできないけれど、それでよければ勝負は受けるわ」」



 私も、大会までに腕を上げておかねば。
 お姉さまのキスを獲得するいやいやいやいやっ、勘違いする人を増やさないために!





【No:2244】へ続く






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