「…暇だなぁ」
とある日曜日、瀬戸山智子は大きな溜息をついた。
「暇ならここ片付けるの手伝ってくれませんか?」
「やだ」
先ほどから部屋を片付けてくれているメイドチームNo.1、井上さとみの依頼を1秒で却下したあと、智子は再び大きく息を吐き出した。
「ちょっとそのへん歩いてくる」
家を出てうろうろと近くを歩く智子。
何かあったときのために携帯とサイフは必需品。
昨日も今日もそして明日も、変わることのなさそうな町並み。
いい加減退屈し始めたそのときだった。
『お姉さま、メールですよ』
突然美咲の声がメールを知らせてきた。
着信音が美咲の声で設定してあるためである。
「あっ、真里菜さま」
メールの中身はこうだった。
「To:智子
From:真里菜
Subject:今暇?
本文:やっほ〜智子、今暇?もし暇なら、お酒の銘柄当てゲームやんない?
-end-」
「なんかおもしろそう」
さっそくメールに返事を返す。
「To:真里菜さま
From:智子
Subject:Re:今暇?
本文:暇ですよ。お酒の銘柄当てですか?おもしろそうですね。
で、どんなお酒を?」
真里菜からの返事。
「ワインとリキュール、どっちがいい?」
智子の返事。
「むしろ両方ってのもありかもvv」
「それいいね!今どこにいる?」
「うちの近くをぶらぶら歩いてますけど。今からお邪魔しても大丈夫ですか?」
「ノープロブレム!私も暇で暇でしょうがなかったからさぁ、おいでよ」
それから5分ほど歩いてたどりついた岡本家は、瀬戸山家に勝るとも劣らない豪邸。
その中に家族、スタッフ専用のバーカウンターがあった。
イタリア貴族の末裔で社交界きっての花形マダムである母親のこだわりが随所に生かされた重厚かつ居心地のよいインテリア。
中にズラリと並べられた高級リキュールの数々。
「さすがですね真里菜さま…うちとは比べ物になりませんね」
「そう?あんたんちのが大きいじゃん」
「家自体はそうかもしれないけど…自分ちにバーがあるのは真里菜さまのお家くらいですよ」
「でもうち岩盤浴ルームはないよ?」
そんな会話を交わす横で、岡本家専属バーテンダーがリキュールの準備を進めている。
「じゃあまずはブラインドテストね。リキュールはワインと違ってビンの形も個性的だから、事前に100均のガラスビンに入れ替えた。
今ここに5本のブルーのリキュールがあるけど、そのうち4本がブルーキュラソーで、1本だけ違うやつがあるの。
それを当ててね。ま、お酒好きの智子なら楽勝だと思うけど?」
やれるもんならやってみな、と真里菜の表情が言っている。
それが挑発だと分かっていても乗ってしまう智子。
「真里菜さま、私はワインしか飲めない人じゃありませんよ?」
「ほ〜っ。言うねぇ」
そして始まったテイスティング対決。
1本目。
「これはキュラソーか…オレンジっぽい香りがするし」
2本目。
「これもキュラソーだね…ちょっと苦い」
3本目。
「これもそう、キュラソー」
4本目。
「あれ?これだけオレンジの味が薄い…」
5本目。
「なんかさっきのと混じって味がわかんない…」
次は真里菜の番。
「これ違う、これも違う、これでもない…あっ、これかも」
そしてあっさりと4本目と結論を出した。
第1ラウンド終了。
「4本目だよ」
「えっと…4本目、ですか?」
バーテンダーが無言のまま、ビンの前にネームプレートを並べてゆく。
4本目に置かれたプレートには、「チャールストン・ブルー」の文字がある。
確かこれはトロピカルフルーツベースのリキュールだ。
「正解です」
バーテンダーの声が、静かなバーに響いた。
「じゃあ第2ラウンドね。マスター、例のカクテル、お願い」
「かしこまりました」
ザラララ。
カランカラン。
コトン。
「ロングアイランド・アイスティーでございます。このカクテルに使われている材料を、全部当ててください」
智子は一瞬絶句した。
「あれ〜どうしたの?智子。ギブアップ?」
「なわけないでしょう!」
こうなったら意地でも当ててやる。
意を決して一口飲むと、さわやかな飲み口のあとに強いキックを感じた。
「絶対これウオッカ入ってるよね…」
ワイン・テイスティングでよくやる、口の中でじゅるるーと音を立てるあの方法を使ってみたが、ウオッカの強さのほかにはコーラの風味が強調されているようだ。
しかも炭酸にまぎれて、ほかの材料の味がほとんど分からない。
智子はもう1杯作ってもらうことにした。
「マスター、すいません。もう1杯」
この時点で智子は気づくべきだった。
真里菜の仕掛けたトラップに。
(うへへ…智子はワインとかリキュールとか、単独の味には強いけど、カクテルになっちゃうと分からなくなるんだよね。
この分だとあと2杯はいくだろうから…つぶれるのは時間の問題)
いずれ現れる真意は、今は心の奥に押し隠して。
真里菜は手元の紙に、余裕で解答を書き込んでいる。
「ほ〜ら、智子、早く書きなよ…って、ええっ!?」
智子はそのカクテルを一気に飲み干すと、
「マルガリータください」
まるでジュースでも飲むかのように、強いカクテルを次々オーダーしている。
しかもまったく表情が変わらない。
(そうか、こいつは日頃ワインで鍛えてるから、カクテルごときじゃ酔わないんだ…)
「ちょ、ちょっと智子、無理しちゃだめだって」
「何が無理ですか真里菜さま。お酒の銘柄当てゲームとかいって、本当は真昼間から1人で飲むのが嫌だったから私を誘ったんでしょう?」
うっ、図星。
「こうなったら今から90分の間に、どれだけ飲めるか勝負しません?」
「…望むところよ」
それからの2人の飲みっぷりはというと…
・高級フランスワイン(しかも当たり年のものばかり)10本
・ドンペリ20本
・ビール1ケース分
・焼酎、泡盛、ウイスキー、ブランデー、その他諸々合わせて50本!
これが最初の30分で全部なくなり、さらに岡本家の地下にあるワインセラーが半分空になり、それでも足りず瀬戸山家のリキュールコレクションを全部飲み干してしまう始末。
普通の人が一生かかっても飲めないほどの酒を、彼女たち2人はわずか90分で全部あけてしまったのだ。
そして…
「お姉さま、大丈夫ですか!?智ちん、しっかりしてっ!!」
まったく別の用事で岡本家を訪れた純子が、酔いつぶれてホームバーの床に倒れこんでいる2人を発見、救急車を呼ぶ騒ぎとなった。
幸い2人とも一命はとりとめたが、このとき以来山百合会の会則には次の一文が加わったという。
「山百合会メンバーの飲酒は、これを禁ず」
〜おまけ〜
「ごきげんよう、野上純子です。
え〜…先ほどお姉さまのホームバーのマスターから、ロングアイランド・アイスティーのレシピをいただきましたのでご紹介いたします。
本来ならお姉さまか智ちんが紹介するべきところですが…ええ、先ほど病院に送られてしまったので…情けないにもほどがありますよ、まったく…
失礼。話がそれました。
まずはドライジン、ウオッカ、ホワイトラム、テキーラを各15mlずつ用意してください。
これを細長いグラスに注ぎ、次にレモンジュースを30ml注ぎます。
最後にコーラで満たせばロングアイランド・アイスティーの完成です。
…こりゃ炭酸入りアイスティーといった感じですね。
でも強いスピリッツが4種類入ってますので、皆さんくれぐれも飲みすぎには注意なさってくださいね…あ、足が…もつれ…」
純子はお酒がまったくダメな人だった。