【2259】 バレたいんです親愛なるものへあら素敵じゃない  (朝生行幸 2007-05-11 01:19:00)


『……え?』
 呆然と、ワケが分からんと言わんばかりに声を揃えたのは、一人を除いた山百合会関係者。
 放課後の薔薇の館に、一人の客人を連れて紅薔薇のつぼみが姿を現したかと思えば、続けて口にした言葉に、皆一様に唖然とするしかない。
 すなわち、福沢祐巳が連れて来た客人、祐巳の実の弟にして花寺学院の生徒会長でもある福沢祐麒が出した言葉。

「我が花寺学院高等部にも、“薔薇の館”が出来ましたので、皆さん一度お越し下さい」

 によって。


 翌日の放課後、お招きに応じて、花寺学院を訪れた一同。
 リリアン女学園高等部と花寺学院高等部は、お隣さん同士とあって、学園祭では互いの生徒会が手伝い合うなど、割と友好的な関係だ。
 しかも、リリアン側では、祐巳は次期薔薇さまがほぼ約束されている生徒会関係者だし、花寺側も祐麒が生徒会長であるため、二人の姉弟という関係が、その友好度を更に強化させている。
 そのせいもあってか、唐突な要望であっても無理出来るところが、現在双方の強みと言って良いだろう。
 そんなワケで、祐麒の先導により、早速花寺の門をくぐったところだった。
「学園祭以来ね」
 男嫌いの紅薔薇さま、祐巳の姉でもある小笠原祥子が、若干腰が引けた状態で、ゆるゆると足を進めている。
 祐巳は、彼女に寄り添うフリをしながら、実際は逃げないように腕を掴んでいた。
「あの時と、全然変わってないね」
 黄薔薇さま支倉令が辺りを見回しつつ呟くが、
「当たり前でしょ。曲りなりにも公共施設なんだから、そうしょっちゅう変わったりしないわよ」
 黄薔薇のつぼみにして、令の妹島津由乃が、何言ってんのよ、といったニュアンスを含めて嗜める。
「いやぁでもホラ、無意味に高い山とか深い穴とか、実用性のカケラもないオブジェとかが出来てても不思議じゃないでしょ、花寺のイメージって体育会系だしさ」
 酷い言われようだが、否定できないので苦笑いで誤魔化す祐麒。
 その後では、白薔薇姉妹、西洋人形と称される白薔薇さま藤堂志摩子と、市松人形と形容される白薔薇のつぼみ二条乃梨子が、涼しい顔で歩いている。
 いずれ劣らぬ美少女揃いの山百合会。
 男子校に、そんな粒揃いの女子高生を放り込むのは、虎の口に肉を放り込むようなものだが、花寺ではOBの発言力が異様に強く、学院を訪れたリリアン生に万一のことがあった場合、加害者はあらゆる社会的かつ法的兼私的権力を用いてでも報復されるの決定なので、そういう意味では、下手な場所よりも安全であると言えよう。
 分かれ道を無難にクリアし、向かった先は、以前と同じ生徒会室。
 なんだか拍子抜けした薔薇さまたち。
 “薔薇の館が出来た”というので、どこかに新しく生徒会室が建てられたのかと思っていたが、なんだか裏切られたような感じだ。
「変わってないのね」
 さり気なく呟いた由乃の言葉に、
「申し訳ないです。目立った実績がない生徒会の予算は、そう簡単に増額されませんので」
 片手を頭の後ろに当てて、困ったように答えた祐麒。
「あ、ごめんなさい。悪い意味で言ったんじゃないのよ。どこがどう“薔薇の館”なのかが分からなかっただけで」
「尤もです。外じゃなくて、中身が変わったんですよ。ま、そんなワケで、どうぞ」
 何故か祐麒は、皆から顔を背けたまま促した。
「じゃぁ、失礼します」
 代表して令が扉を開けて中に入り、その後に皆がゾロゾロと続く。
「ようこそ皆さん!」
 入った途端、聞き覚えはあるけど本来ならいる筈のない人物の歓迎の声に、一同絶句。
 そして、室内を確認した直後、さらに絶句。
 なぜならそこには、既に卒業したはずのOBにして花寺大学部に通う元生徒会長、柏木優がいたのだから。

 しかも、シャツをはだけて、胸元を晒したままで。

 いや、柏木だけではない。

 上半身むき出しの小林正念は、柏木と同じように胸元をはだけた有栖川金太郎の瞳を見詰めながら腰に手を回しており。

 高田鉄は薔薇の花を口に咥えて、パンツ一丁でやたらテラテラ光る自らの筋肉を誇示しつつ。

 薬師寺兄弟は、上半身裸でうっとりした表情で抱き合っている。

 しかも皆、満更でもない表情で。

 それを見た祥子は、早々に泡を吹いて卒倒し、祐巳に介抱されており、令は妙に嬉しそうな顔で、生暖かい視線を送っていた。
 由乃はあからさまに口元を「うえ」の形に歪め、志摩子と乃梨子は、表情は殆ど変わっていないが、片方の眉毛が「なんじゃコイツら?」と言わんばかりに上がっていた。
 彼らを指差しつつ由乃は、祐麒に視線で問いかけようとしたが、彼は露骨に彼女の視線を避けている。

「……つまり、薔薇は薔薇でも、アッチの薔薇ってワケね」

 誰の差し金かは知らない……、いや既にバレバレではあるが、○モと噂のあるその誰かさんのせいで、こんなことになったのだろうと、由乃は推測した。
「どうだい? 素晴らしい“薔薇の館”だろう!?」
 勝ち誇ったかのような柏木の言葉に、

『気色悪いからヤメロ!!!!』

 由乃と志摩子と乃梨子、そして何故か祐麒も一緒になって、大声でツッコんだ。


 花寺生徒会は“野薔薇会”、生徒会室は“百合の館”と呼ばれることになったのは、また後の話。
 ちなみに、仏様の御心には全くちなんでいないという……。


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