【2260】 部屋の写真とかお姉様の記憶だけ……現実感がない  (亜児 2007-05-13 03:13:50)


・ネタが暗いので、ご注意ください。









 

「志摩子さん…………」
私は、写真立てを見上げならひとり呟いた。その写真の中の笑顔は、
もう二度と見ることは出来ない。私が大好きだった志摩子さんは、卒業式の3日前に
轢かれそうになった子供を庇って、帰らぬ人となってしまった。電話で連絡を
もらって収容された病院に、大急ぎで駆けつけたけど最後に言葉を交わすことも、
マリアさまのような微笑みも見ることは、出来なかった。私に出来るのは、冷たくなった志摩子さんを前にして、子供のようにただ泣き叫ぶことしかできなかった。

 病院で人目をはばからずに泣いたのに、涙は
枯れることを知らず、お通夜でもお葬式でも私は涙を流した。春休みだというのに、
出かけずに、ずっと部屋にこもったままで過ごした。最初のうちは、瞳子や可南子さん
から電話があったけど、私が電話に出ないとわかるとそれすらもなくなった。真っ暗な
部屋の中で1日を過ごした。菫子さんがドアの前に食事を置いてくれたけど、
食事なんて喉を通るはずもなく、私はどんどん細くなっていった。

 菫子さんが仕事でいない時間にインターホンが鳴った。どうせ新聞屋やセールスだろう。居留守を使えば、すぐに帰ると思っていた私は、布団の中で写真立てを抱きしめながら、無視することにした。しかし、インターホンは一向に鳴りやまない。それどころか、ドアをガンガンと叩き始める。お願いだから、1人にして。早く帰って。しばらく
すると、私の願いが通じたのか音はピタリと止んだ。

ガチャリ。

ずっと閉じられていた私の部屋のドアが開いた。最後に開いたのは、いつだっただろうか?2人の足音が布団に近づいてきて、勢いよく布団をめくりあげた。お願い。もう私に構わないで。1人にして。私は入ってきた人との接触を拒む。目を開けることなく、
眠ろうとする。

バチン!

次の瞬間、思い切りを頬をぶたれた。痛みに堪えきれずに目を開けると、
そこにいたのは、瞳子と可南子さん。

「いつまで、そうやっているつもりですの!」
「………………」
「後を追って、貴女が死んだら志摩子さまは喜ぶとでも思っているの!」
「………………」
「お願い!答えて!乃梨子っ……」
「………私の気持ちなんか、わかるはずない………」
「乃梨子さん。確かにそうかもしれない。でも、私たちは今の貴女を
これ以上見ていられないの。悲しいことは、みんなでわかちあえば
その悲しさは3分の1になるでしょ。お願い。もう一度だけ立ち上がって」
「乃梨子ぉぉぉぉぉ!」
 瞳子が私の身体を抱き締める。久しぶりに感じる人の温もり。人って、
こんなにも暖かかったんだ…。薄れていく意識の中で私は、志摩子さんの声を
聞いた。
「私のために、もうこれ以上自分を傷つけないで。私は、大丈夫だから。
貴女には、まだやるべきことがあるわ。これが私からの最後のお願いよ。
その手をとって立ち上がって!」
「…志摩子…さ…ん…」
 私の意識は、そこで途切れた。これで私も志摩子さんの元に行ける…。
「………」
 目を開けた私に飛び込んできたのは2人の人影。
「よかった…」
「本当に心配しましたわ…」
 そこは志摩子さんのいる天国などではなく、病院のベッドだった。チクリと左腕に
痛みが走る。私の左腕には点滴のチューブが取り付けられていた。
「………瞳子に、可南子さん、ゴメン」
 私は頭を下げた。親友たちをこんなに心配させるなんて、私は最低だ。しかし、
2人とも私を非難することなく、受け入れてくれた。
「亡くなった方への恩返しは、その人の分まで生きることですわ」
「うん。もう大丈夫。本当に2人ともごめん」
「もう謝らないで。私たち親友じゃありませんか」
 そうだ。私が出来ることは志摩子さんの分まで生きることだ。しばらくは入院する
ことになりそうだけど、新学期からはちゃんと学校に行こう。そして、妹が出来たら
一緒に志摩子さんのお墓参りに行こうと思う。

(終わり)










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