がちゃSレイニーシリーズ外伝 『多重スール狂想曲』
【No:2242】関連のお話
その日は朝から騒がしかった。
「お客?」
取次ぎのクラスメイトが指差す先には一応は顔見知りの二人の1年生の姿があった。
ごきげんよう、というおきまりの挨拶のあとで二人は声を揃えて言った。
「私達を妹にしてくださいませんか」と。
「私達って、二人とも?」
「はい」
……………どうしよう。いや、答えは決まっているのだが。二人一緒にというのがわからない。
困惑の表情が顔に出たのか、
「あの……」
そう言って、なにやら、紙を差し出す一年生。
リリアン瓦版の号外だ。まあ、今さら読むまでも無く内容は知っている。
「だから?」
その一言に二人の顔が強張った。
「私は何人も妹を持つ気は無いし、その記事が事実としても申し込まれたら受けなければならないということにはならないわよね?」
お引取り願うのに少しばかりキツイ言いようになってしまったのは、この状況にうんざりしていたからだろう。
それが決して自分だけに起こっているわけではないということは、まわりを見れば明らかだった。
「あらあら」
同じように号外片手に申し込まれていた生徒が、ころころと笑いながら言った。
「ごめんなあ。うち、流行にのせられて何も考えんときゃあきゃあ騒いでるミーハーなコって大嫌いなんよぅ」
うわあっ。笑顔でなんつうことを。いや、概ね同感だったりはするけど、聞いてるこっちが怖いって。しかもなんで関西弁?
あ、泣いた。そして逃げた。そりゃ泣くわな。
「ちょっと、さすがに今のは怖いって」
「え? 軽いジョークなのに」
「冗談に聞こえないから! あんたが言うと」
「どうして?」
不思議そうに首を傾げるな!
「関西弁で笑いながら言ったのに? そりゃあ、ちょっとは牽制の意味もありましたけど………」
ちょっと牽制どころじゃないだろ。今のは。
「意外と根性無かったですねえ」
「ぅおい!」
あんなこと言われたら泣いて逃げても不思議はないって。
「でも何も言い返さないということは、やはりそういうことなんじゃないかしら。本当に真剣に考えてのことだったら否定くらいするでしょう?」
「うーん……」
そう、だろうか。上級生に決め付けられたら人によっては反論どころじゃないのではないかという気もしなくはない。
「もしあそこで本気で反論してくれたら真剣に考えてみようかと思ったのに」
残念そうに言うくらいなら、最初からあんな言い方しなければいいのに。
ふるいにかけたつもりかもしれないけど、そのふるいじゃたぶん誰も引っかからないんじゃないかな。
そんな二人の後ろでは、
「で、でも私あなたのことよく知らないし、こういうことはもっとお互いをよく知ってからというか、うん、ちょっと落ち着こう。ほら、ご家族にもご挨拶とか――」
あーもう、こっちはこっちで、何をとち狂っているんだか。
すぱーん とその後ろ頭をはたく。
「あいたぁっ!」
「まずあんたが落ち着きなさい。相手のこが驚いてるじゃない」
「いや、それは今のドツキ漫才のようなツッコミに対してでしょ」
振り返ったその顔が、ちょっと涙目になっているのはたぶん驚いたせいだろう。そんなに強くははたいてないよね。
ああ、ひいてるひいてる。
その横ではまた別の組み合わせだ。
「おっけー。いいわよ」
きゃあと歓声が上がる。
これまた二人にお姉さまになってくださいと言われていたクラスメイトがお気楽にそれを受け入れていた。
おいおいおい。
そちらを見るときゃあきゃあ言いながら立ち去る1年生に手を振っている姿があった。
「いいの? そんなあっさりと」
「んー? 私は来る者拒まずよ」
「……女ったらし」
「失敬な。自分からたらしこんだおぼえは無いわよ」
「で、今ので妹は何人目?」
「まだ3人だけど?」
まだって………
「お姉さまは何も言わないの?」
「ん? お姉さまは2人だけど?」
そっちもか!?
「あっ」
今更ながらに、何かに気が付いたというようにしまったという顔をする。
「ロザリオが足りない。どうしよう。やっぱり自分で買わないとダメかな?」
「知るか!」
その傍らを、「ダメもとで黄薔薇さまにアタック」などと言いながら連れだって行く数人のクラスメイト。まあ紅薔薇さまと言わないあたりはまだマシか。なにせバレンタインのチョコレートを(上級生からのも含めて)全て突っ返したという伝説の持ち主らしいから。白薔薇さまは同学年だし。と思っていたら今度は「白薔薇のつぼみを妹にしたい」などという会話も聞こえてきた。……まあ、思うだけなら勝手だけど。向こうだって選ぶ権利はあるだろうし。
なんかもうどうでもよくなってきて、おもいっきり脱力しつつ自分の席に向かう。
無性に、お姉さまに会いたくなった。
それが、今朝の話。
とにかく、お姉さまに会いたかった。
だから昼休みになると、お昼ご飯もそこそこに、少しばかり早足になりながら図書館に向かった。
不快なシーンを目にしたくなかったというのもあるけれど。
この頃になると、騒ぎは多少は収まってきているような気がした。
紅薔薇さまが公式に否定の意を表明したらしいという噂があったからかもしれない。
それを裏付けるように号外2号が出たことも影響しているのかもしれない。
あるいは、地道に派手な動きを抑えるように説得にまわっている人達もいるらしいから、それも功を奏しているのかもしれない。
そんなことをとりとめもなく考えながら歩いていると、突然後ろから呼び止められた。
顔は知っている。3年生だ。用件は単純だった。曰く、妹になってくれ。
……………これは正式な申し込みだろうか。
「あの、申しわけありませんが、私には既にお姉さまがいますので」
「ええ、知っているわ」
そういって押し付けてきたのはリリアン瓦版の号外だ。
ああ、またか。
「私はお姉さま以外のかたをお姉さまと呼ぶ気はありませんから」
「そう。残念だけど仕方ないわね」
「すみません」
「いえ。時間を取らせてごめんなさいね。それでは、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
踵を返して、再び図書館への道を急ぐ。
ああ、疲れた。思ったよりあっさりと引き下がってくれたのはよかったけれど。
申し込む方も勇気がいるのかもしれないが、断る方も体力がいるのだ。
ふと気が付くと、押し付けられた号外を手にしたままだった。
なんだか酷く疲れた。
とにかく今は図書館へ。
一つ深呼吸して、図書館の扉を開く。
そこに、見たかった顔を見つけて、知らず、笑みが浮かんだ。
なんだか凄くほっとする。
目があった。
その人に近寄りながら、浮かれ過ぎないように、少し抑えるように声を出した。
「ごきげんよう。お姉さま」