【2318】 ちあきちゃんに怒られマンションの最上階  (若杉奈留美 2007-06-23 23:25:23)


注:このSSには非常に生々しい汚れ描写が出てきます。
リアルな描写にこだわって書いたため、お食事中の方は充分お気をつけください。

都内某所のマンションの一室。

「どういうことなんですか、聖さま」
「…それはこっちが聞きたいよ…!」
「ふざけないで!祐巳さまが『もうこれ以上聖さまの面倒見切れない』と私の家に駆け込んできたから何かと思えば…」

やがてマンション中に大声が響き渡った。

「なんなんですか、この部屋の散らかり方は!」

しかし佐伯ちあきは重要なことを忘れていた。
その部屋を散らかしたのは、そこの住人ではないことを…。


数時間前の話。

「ここなのね?智子ちゃん。リリアンの元生徒会長の部屋があるのは」
「はい、芳絵さま。このマンションの最上階、13階の1302号室です」
「…ここには私の友達も住んでいてね。以前遊びに来たことがあるのよ。
それほど広くはなかったわ。足の踏み場をなくすには、そのゴミ袋が2つもあれば充分よ」
「芳絵さま…やっぱりこの中身ぶちまけるんですか?」
「モチのロンよ。うちにも智子ちゃんちにも、もう捨てるところはないでしょ?」

なにやら奇妙な会話を交わしているのは、先ほど怒鳴っていた人物の後輩と、
あるきっかけで知り合った女子大生。
彼女たちの共通点。
それは…

「極度に片付けが苦手」

その女子大生、水野芳絵はなぜ芸能界入りしないのかと周囲が不思議がるほどの美人。
しかも見た目だけでなく性格もよく、男女問わずモテモテ。
常に何人もの取り巻きを引き連れているが、その取り巻きたちは彼女がいわゆる「片付けられない女」であることは知らなかった。
彼女は妹の蓉子と、蓉子から始まる山百合会メンバー以外の人間は部屋に入れないため、他人が知らなくても無理はなかった。
そしてそれは、知らないほうが幸せな事実であった。

8畳ほどの部屋は常に雑誌や本や下着、バスタオルや食べ物の残骸で埋め尽くされ、すでに可視面積が1%を切っている。
その下には食べ残されたピザのかけらやもらいもののチョコレートの残り、賞味期限をとっくに過ぎてすっぱい臭いを放つキムチ、
かさが減って変色し、一部がとけかかった納豆、食べ切れなかった干し梅、
牛タンジャーキー、その他諸々の乾き物の成れの果てが横たわっている。
さらにその下には、すでに汗と体臭が変化してすえた臭いを放つ衣服の層。
これらすべてを取り除いたら、確実に床面が1mは低くなるだろう。
ベッドに目をやれば、ろくに洗濯もされなければ、干したこともないシーツ。
夏でも冬でもじっとり冷たく、足元になにやらキノコらしきモノが生え始めている。
そんな部屋で彼女は暮らしているのである。

もちろん智子も、芳絵に負けず劣らず片付けられない女である。
ただ智子の場合、家の財力が芳絵とは段違い。
それゆえに部屋の中のゴミも、庶民とはまた違った中身がまじってくる。
イタリア直輸入のゴルゴンゾーラチーズが、高価なじゅうたんに溶けてからみつく。
バーニャカウダソース(オリーブ油とにんにくを合わせて作るペースト状のソース)がラリックのガラスの皿からこぼれて床にシミを作る。
トマトソースがベッタリついたウエッジウッドの白い皿。
部屋に充満するチーズやにんにくの臭いと、高級な香水の甘いようなむせかえるような絶妙なコラボレーションが、
訪れる者の嗅覚を容赦なく壊しにかかる。
割れたままほったらかしにされたグラスには「Baccarat」の文字が見え。
さらにそうした高級感あふれる食事や香りにあきたのか、
駅前のファーストフードで照り焼きバーガーやフライドポテトを買い込み、残骸を放っておく。
ところどころに「Chateau Margot'82」やら「Puligny-Montracher」やらの文字が見えるビンがあるが、
これはきっと昨夜飲んだワインのビンであろう。

要するに、自分の部屋から出たゴミの捨て所に困った芳絵が、
かつてのリリアン生徒会長の姉という地位を利用して、何も知らない聖たちに強制的に協力させようとしたのである。
日本でも有数の汚ギャルセレブを巻き込んだのは、ひとえに権威づけのためであった。

「じゃあそろそろ行きましょうか」
「そうしましょうか」


そのころ。

「これは大変だ!」
「騒々しいわよ。少し落ち着きなさい」
「失礼致しました…と、そんなことよりこれをご覧下さい」
「ここは…佐藤聖さまのお住まいのマンションじゃないの」
「この2人…明らかにここの住人ではありません!」
「水野蓉子さまのお姉さまと、総統さまの妹さんがどうしてここに…」
「以前蓉子さまのお宅をお掃除にうかがったときに知り合ったのかもしれない」
「…つまりは、我々の技術はまったく役にたっていなかったと」
「そう考えればすべてつじつまが合うわ」
「すぐにちあきさまに連絡をとります!」
「そうしてちょうだい」

祐巳がちあきの家に駆け込むのと、ちあきユーゲントのメンバーが緊急連絡するのとは、ほぼ同時だった。
そして冒頭の怒鳴り声に至るのである。

「聖さま、ご安心ください。聖さまは無実です」
「だから言っただろ〜…これは私じゃないんだって」

力なく反論する聖に、ちあきは力強く無罪判決を言い渡した。

「真犯人は芳絵さんと智子ちゃんなんだよね?」
「「…申し訳ありませんでした」」

その言葉を聞いた瞬間、祐巳の中で別人格が覚醒した…ように見えた。

「智子ちゃん。ちょ〜っと私につきあってもらってもいいかな?」
「えっ、あ、あの、祐巳さま…」
「ああ、芳絵さん。今さっき蓉子さまに連絡とりましたから、ゆっくりお話してくださいね?」
「行動早っ!」

このあと何が起こったのか、また芳絵と智子がなぜおとなしくなったのか。
それは永遠の謎である…。



一つ戻る   一つ進む