※オリジナルのおはなしです。
私には好きな人がいた。でも、彼は別の人が好きだった。
私はそのことを知っていた。だって、彼から相談を受けていたから。
夕暮れの教室で私は窓際にある自分の席からぼんやりと外を眺めていた。
赤く染まった空の下で、陸上部がぐるぐるトラックを回っている。
ふぅと小さくため息をつく。今日何度目になるかわからないくらいのため息だ。
ため息をつく理由はわかっている。
うまくいってほしいという気持ちと、うまくいってほしくないという気持ちが交流の電流のように私の中で駆けめぐっている。
彼があいつの元に行ってから30分。そろそろ結果が出る頃だ。
私はじっと目を凝らす。どうなってほしいのか、どうなったらいいのか自分の中で整理がつかないまま。
やがて、私は二人を見つける。手をつないで、ゆっくりと校門を通り抜ける二人。
それは、あいつと彼。私の親友と私の好きな人。
「そっか。うまくいったんだ」
そう小さくつぶやいて、二人の背中が見えなくなるまで見送った。
私には好きな人がいた。でも、彼は別の人が好きだった。
私はそのことを知っていた。だって、彼から相談を受けていたから。
彼が好きな人に私が一番近かったから。
彼の好きな人というのは、私の親友だった。
少し引っ込み思案で、頼まれたことをいやとはいえないお人好し。
でも曲がったことが嫌いで、心の強いあいつ。
「何でもいやな顔せずに一生懸命にするところに惹かれたんだ」
私があいつのことを聞くと彼は少し照れながらもそう答えた。
そう言ったときの彼の笑顔は、私が今までみたこともないくらい素敵だった。
私はあいつと仲がいい。親友と呼べる関係。少なくても私はそう思っている。
あいつが私のことをどう思っているか知らないけど。
だから、私はあいつも彼が好きだと言うこと知っていた。
彼のことについて、あいつと話したことはない。
でも、あいつが彼を見るとき、あいつが彼の話をするとき、すごく優しい瞳をするのを私は知っている。
だから…………
あいつと彼は出来立てのカップル。後押ししたのは私。
本当はあいつに彼氏ができたことを喜んであげたい。
でも、あいつの彼氏はあの人。私が好きな人。
喜んであげたいという気持ちはあるけれど、それ以上に胸がずきずきと痛んだ。
ぼんやりと見つめていた風景が、ぐにゃりとゆがんだ。
私はもう一度ため息をつくと机に伏せて、目を閉じた。
あいつのことを本当にきちんと祝いから、だから、今だけは自分の気持ちに正直に。
机に伏せたまま、私は声を上げずに泣いた。
気が済むまで、ひたすらに。
気持ちが落ち着くとあたりは完全に暗くなっていた。
帰らなきゃという気持ちはあるが、どうしてもそこを動く気になれなかった。
遠くで小さくちかちかとまたたく星をぼんやりと見つめていた。
星を見ながら思ったことはひとつ。
泣きながら思っていたことはただひとつ。
私の気持ちが届かないのは当然のこと。ただそれだけ。
だって、私は彼に何一つ自分が好きだということを伝えなかったから。
あいつとの関係を壊したくなかった。
彼との関係を壊したくなった。
二人との関係を壊れしたくなかった。
私が石を投げ込まなければ、波紋は広がらない。関係は壊れない。
自分の気持ちを隠しておけば、波紋は広がらない。関係は壊れない。
だから……。私はそうした。
その結果としてあいつと彼がくっついた。
それでも、彼と今の関係は変わらないだろうし、わたしとあいつの関係も変わらないだろう。
これは、望んでいた結果。そう、望んでいた結果。結果だ。
だけど……。
望んでいた結果を得たはずなのに、すごく胸が痛かった。
伝わらない想い。伝えられない想い。それはまるで、人魚姫みたいだ。なぜだかそんな風に思った。
でも、その考えを改めて吟味してみると、確かにそうかもしれない。
人魚姫は王子様が好きだったけど、王子様は別の国の王女と結婚してしまう。
人魚姫は自分が嵐の夜に王子を助けたことをいわなかった。自分が王子が好きだということもいわなかった。
そして、人魚姫は飛沫になり海に帰ったのだ。
海に帰った人魚姫。想いが伝えられなかった人魚姫。
伝わらなかった想いは、どこへ行くのだろう。
人魚姫の恋はどこへ行ったのだろう。
その答えが出せなくて、私はいつまでも星を見つめていた。