【2320】 どうなのこれは戦争と平和  (まつのめ 2007-06-25 01:25:58)


※『本調子じゃない』といっても自業自得なので言い訳出来ないわけですが。

【No:2315】→分割しただけなので連載とか言わないで。
(今のところパロディとのクロス。知らない人は置いてきぼり。考察したら負け)




 2−1『そして二条乃梨子の世界は外れた』


 さて、翌日のことだ。
 人生万事塞翁が馬。
 悪いことがあれば良いこともある。
 今日は朝から幸先が良かった。
「あ! 私の星座、『今日は素敵な一日になるでしょう』だって」
 乃梨子はテレビの星座占いを見ながら、同居人と一緒に朝食を食べていた。
「そんなもの信じるのかい?」
「ううん。でも昨日が最悪だったから、もしかしたら当たってるかも」
「まあ、本人がそう思ってるならそれで良いんじゃない」
 あまり興味なさそうにそんな返事を返してくるので、言い返すように乃梨子は言った。
「いいのよ。今日は『良い日』なの!」
 実は昨日の晩、志摩子さんと電話で話をして、今日仕事を終えたら一緒に何処かへ寄っていくという約束をしていた。
 昨日行けなかったからと気を遣ってくれたみたいだけど、理由はなんかどうでもいい。
 志摩子さんと二人で過ごせる時間が増えるのは乃梨子にとっては嬉しいことだった。


 ――だが、しかし。


「なんであなたがここに居るのよ!」
「問題ない」
 山百合会の仕事の為に自主登校した乃梨子が薔薇の館で見たものは、先日の疲労の原因としてかなりの割合を占めていた、無愛想・物騒・仏頂面の3B少女、相良宗子(さがらのりこ)であった。
「も、問題あるわよっ! あなた、なにを企んでるの!」
「企みなどない。身分証は発行された。私はここの学生だ」
 そう言って相良宗子は学生手帳を開いて乃梨子に身分証明書を見せた。十六歳か。
 そこには、なにやら普段より一層引きつったしかめっ面の彼女が写っていた。
 その身分証の向こうに、本物の彼女の仏頂面が。
「むむむむ……」
 彼女の主張は一応理が通っている。
 しかし。
 改めて今日の彼女の姿を見ると、この暑いのに何故か長袖。でも一応リリアンの制服を着ている。
 頭は相変わらずのざんばらで、胸元を見ればタイも妙な結び方をしてねじ曲がっている。
 総合的に見て彼女は、いったい何処をどうやれば同じ制服を着てこうまで出来るのかって程、異質に見えた。
「ちょっと立ちなさい」
「了解した」
 彼女を立たせたのは、余りにも見てられないので少しでも改善しようと思ったからである。
 乃梨子は相良宗子の前に立ち、胸元に手を伸ばしてタイを解き、襟を整えようとした。
 だが、手を首の後ろに伸ばそうとした時点で両腕を掴まれた。
 彼女が警戒しているように見えたので、乃梨子は言った。
「タイを直すだけよ。手を離して」
「しかし……」
 一応手を離してくれたので、そのまま襟の乱れを整えつつ手を滑らすと胸の所が硬い、というかゴツイ感触があった。
「……これは何?」
「何でもない。気にするな」
 また、しゃあしゃあとそんなことを言う宗子に乃梨子はついかっとなり、乱暴に彼女の胸元に手を突っ込み、“それ”を引っ張り出した。
「これが、“何でもない”モノなわけ?」
 そう言って、黒光りする“それ”を宗子の目の前でぶらぶらさせた。
「……扱いには注意してくれ。チェンバーには既に初弾が装填されている。特にトリガーには絶対に触れるな」
「……」
 冗談ではなく真剣そのものの目でそう言われて、乃梨子一瞬固まった。
「この制服は武器の収納には実に不向きだ。だから止むを得ずこのような偽装をしているのだ」
 そう言いながら、宗子は乃梨子の手からその“銃”を取り返して元の胸元に収めた。
 そういや、この子、前に見たときはもっと胸が平らだった。
 その平らな部分に大き目のブラをつけ、そこに小型の武器類を収めているらしいのだ。
「って、何考えてるのよ!」
 宗子がどうやらただの軍事オタクでは無いとは薄々感じていた。
 それは昨日、乃梨子を昏倒させた“ゴム弾”とか、その後、銀杏の幹に穴を開けた銃弾とか、そして何より、それらを得意げにもせずに淡々と扱う彼女の態度から。
 しにてもこの武装はなんなのだ。
「……」
 宗子がじっと乃梨子の手で解かれたタイを見つめていた。
「ああ、もう。じっとしていなさい」
 精神的に頭痛を感じつつも、乃梨子は宗子のタイを結びなおしたのだった。


 さて、薔薇の館といえば、いつまでも乃梨子と相良宗子の二人だけということは決してありえない。
 気付くと背後には、にやにやとした視線が四対、いや五対もあった。
「なあに、乃梨子ちゃん。朝からいちゃいちゃ見せ付けてくれちゃって」
「違います」
 にやにやの筆頭たる由乃さまの明らかな冷やかしにきっぱりそう答えた乃梨子だったが、
「あれ? 動揺してる。やっぱりそうなのかな?」
「なにがやっぱりなんですか!」
 祐巳さまの追撃に思わず叫んでいた。
 このお二人、薔薇さまになってから妙にタチが悪くなった気がする。
「そんなのじゃありませんよ」
「あら、でも相良宗子さんは乃梨子の手伝いとしてここに居るのでしょう?」
 と、なにやら不吉なことをのたまうのは志摩子さんだった。
 そういえば、制服姿や学生証を見せられたことの衝撃でつい忘れていたが、来学期からの転入生のはずの相良宗子が何故、今制服を着て学校に、しかも薔薇の館の中に居るのだろう?
 そんなことを考えていると、由乃さまと祐巳さまが言った。
「礼儀正しいし、しっかりしてて良い子じゃない」
「こんな良い子を発掘して、乃梨子ちゃんは流石だねってみんなで話してたんだよ」
 話していた? つまり乃梨子が来る前から宗子はこの二人に会っていたってことか。
「あ、あの、志摩子さん?」
 どうなってるのか聞きたくて視線を向けると志摩子さんも話をしていたようで、こう言った。
「彼女は乃梨子の手伝いをしたいって申し出てくれたのよ」
「はい?」
 何の話だ。
 その乃梨子の疑問には宗子が答えた。
「……自治活動なら前の学校でも豊富に経験している。私を雇っておいて損は無いぞ」
「そ、そんなの駄目に決まってるでしょ! 何勝手に話を進めてるのよ!」
「乃梨子、そんな言い方は無いわ」
 志摩子さんは静かに、でも窘めるようにそう言った。
「で、でもこの子は駄目よ」
「どうして?」
「え? それは……」
 軍事オタクだし、得体が知れないし、物騒だし……。
 しかしそれをストレートに言うのは何処か誹謗するみたいに感じて、ためらわれた。
 乃梨子がそんなことを考えて、言葉に詰っていると、志摩子さんが言った。
「……昨日、乃梨子に暴力を振るったことかしら?」
「え? 志摩子さんどうして知ってるの?」
「相良さんは、そのことを謝罪に来てくれたのよ。酷く怖がらせてしまったからその償いに山百合会の仕事を手伝わせてくれって。今朝も随分早くに来て薔薇の館の掃除や階段の修繕をしてくれたのよ」
「修繕って?」
 乃梨子が聞くと、それには宗子が答えた。
「階段が老朽化していた。他にも蝶番が外れそうになっているドアが幾つかあったので応急処置として補強しておいた」
「とても器用なのよ」
 志摩子さんはほわんとしてそんなことを言ってる。
「さすがに、あのままでは簡単に蹴破られてしまってドアの役割を果たさないからな」
「って、だれが蹴破るのよ!」
「だが安全保障上問題があるから、特殊装甲板と防弾ガラスを注文しておいた。新学期までには換装が終了するから安心してくれ」
「装甲って……どんな安全保障よ!」
「特殊装甲版は初弾のみだが対戦車用砲弾の直撃にも耐える性能がある。それと防弾ガラスを組み合わせて外壁を偽装する。狙撃による暗殺の危険はほぼ排除できると思って良いだろう」
「するなっ! 薔薇の館を要塞にする気か!」
「しかし、ここは生徒会組織で最高の地位に在る要人の執務室であろう? いつ誰が権力機構の転覆を狙って刺客を送ってくるかもしれんのだぞ」
「んなわけあるかっ! もう、志摩子さんも言ってやってよ?」
 もう、いい加減突っ込みに疲れた乃梨子はそう言って志摩子さんに振った。
 志摩子さんは穏やかに微笑みながら言った。


「そうね、それはとても理にかなってるわ」


「……あら? 乃梨子、そんなところで寝てはだめよ?」
 乃梨子は床に寝そべっていた。
「し、志摩子さん……」
 要はずっこけたのだけど、なんとか起き上がると、今度は祐巳さまが相良宗子と話をしていた。
「宗子ちゃん、換装するのは良いけどそれって凄く高いんじゃない?」
「……実は“偶然、納品先が壊滅した”ため行く宛が無くなった装甲板があって、知り合いの取り扱い業者経由で格安で手に入れることが出来ました」
「ふうん。どのくらい?」
「……このくらいです」
 と、祐巳さまと相良宗子はなにやら電卓を手に密談モードに入った。
「……まあ、なんとかなるかな?」
「安全保障の重要性を考えれば安いくらいです」

 ……祐巳さまの突っ込みどころは予算だけですか。

 ちなみにもう一人の薔薇さまである由乃さまは関心なさそうにしていた。
 乃梨子が、口出しする気は無いのか問うと、由乃さまは言った。
「だって、あんまり恩恵なさそうだし」
 その時、相良宗子が思い出したように言った。
「ああ、それから機密性が高くなるので空調装置の設置も考えています。つきましては一階部屋の一部の改造許可を「許可します」
 全部言い終わらないうちに由乃さまが返答していた。
「恐縮です」
「悪いけど物置きになってるから場所空けるのは自分でやってね」
「はっ。了解しました!」
 なんなんだ。この乗りは。
 それ以前にどうしてみんなは彼女の過剰な危機意識を疑問に思わないのだ。
「別に良いじゃない。面白いし」
 駄目だこりゃ。

「ちょっと、瞳子と菜々ちゃんも黙ってないで何か言ってよ」
 もちろんこの二人もさっきから部屋に居る。
「まあ、変わった方ですね」
「それだけ?」
「ええ」
 駄目だ。瞳子も“興味なし”。
「菜々ちゃんは?」
「相良宗子さんからは、アドベンチャーの匂いがします」
「はぁ?」
「それはもうぷんぷん匂ってます。出来ることなら私が妹にしたいくらいですが、同学年ですのでそれは叶いません。乃梨子さまか瞳子さま、ぜひ妹に迎えられてください。期待してますから」
 目を輝かせてる菜々ちゃんは、完全に食いついていた。
 っていうか同学年だし同じクラスにでもなったら大変なことになりそうだ。
「もちろんそれは狙ってますよ」
 そうでしたか。
 これは別の意味で『駄目』だ。

「ところで乃梨子」
「……はい?」
「相良さんに山百合会の仕事を色々教えてあげてくれる?」
「な、なんで私なんですか? それ以前に私は相良さんが手伝いに来るのには反対です!」
「……乃梨子」
 じっと目を見つめて言い聞かせるように名前を呼ぶ志摩子さん。
 これは乃梨子を窘めているサインだ。
 でも、乃梨子にだって譲れないことはある。
 みんなは相良宗子の危険さが判っていないのだ。
「……」
 乃梨子が俯いて上目遣いに志摩子さんの方を見ていると、志摩子さんは今名前を呼んだのと同じ口調で続けた。
「乃梨子は、これから二学期に向けて山百合会の仕事が忙しくなることは判ってるわよね」
「う、うん」
「なのに、ここで仕事をするメンバーは私達薔薇さまとその妹の6人のみ。私が言いたい事、わかるわよね」
「……」
 それはわかってるつもりだ。
 去年の今頃も状況は同じだった。結局、瞳子や可南子さんが手伝いに来てくれてなんとか凌いだのだけど、今年も助っ人が必要なことは言うまでもない。でもここでそれを言いますか。
「乃梨子が今すぐ妹を作ってくれるのなら、それでも良いのよ?」
「それは……」
 2年生になって意識はしていたが、まだそんなのは候補すら居ない。
「当てが無いのなら、相良宗子さんの申し出を断る理由はないわね?」
「う……、いや……」
「乃梨子?」
「……」
 そんな言い方をされたら頷く以外ないではないか。
 今まで乃梨子に対しては妹の『い』の字も口に出さなかったというのに。
「じゃあ、相良さんのフォローお願いね」
「……はい」
 乃梨子が志摩子さんの微笑みをこれほど『恨めしい』と思ったのは、これが初めてではなかろうか。


 こうして、乃梨子の平穏な日常は終わりを告げたのだった。




追記:
こぼ落ち No.114 に続きらしきものを投下。上の[HomePage]のところから行けます。(2007-07-06)


一つ戻る   一つ進む