【No:2279】『惨劇の幕開け戦慄のあんかけ炒飯』の続きだったり。
「だって由乃さんはあんかけをばかにしたんだ! 酷い裏切りだよ! 志摩子さんだってそう思うでしょ? ねえ、志摩子さん! 志摩子、さん?」
「ええ、そうね」
平然と頷く志摩子はあいかわらずだった。
だが全てに疑心暗鬼になっていた祐巳には、志摩子のいつも通りの反応ですら、怪しい態度に思えてならなかった。
「志摩子さんにわかるっていうの? 私がどんな想いだったか」
「ええ」
志摩子は静かに目を閉じた。そしてゆっくりと目を開け、まっすぐ祐巳に視線を向けた。
「わかるわ」
「嘘だっ!!」
ざあ、と背後で一斉に鳥が飛び立つ。その声に驚いたのか、あるいはその気配に怯えたのか。
それでも志摩子は、穏やかに祐巳に語りかけた。
「嘘ではないわ。私には――」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!」
他の人にわかるわけがない!
今まで誰もわかってくれなかった!
わかったふりをして、心の中で嗤ってるんだ!
志摩子さんだって、何を考えてるかわかったものじゃないんだ!
「聞いて、祐巳さん」
「うわぁぁぁぁぁーーーーー!!!」
「そんな理由で……志摩子さんを」
「そんな? 乃梨子ちゃんもそんなこと言うんだ」
祐巳は酷く冷めた目で言った。
対して乃梨子は、燃えるような憎悪を込めて祐巳をにらんだ。
「志摩子さんは嘘なんてつかない。わかるからわかるって言ったのに」
「そんなはずないよ。志摩子さんにだってわかるはずがない」
「わかるんだ! だって志摩子さんは、銀杏丼が好物だっていって笑われたことがあるから!」
「え?」
「大好きなものを否定されて、凄く傷付いたことがあるから! だから、同じ傷を持つからこそ、志摩子さんだけは本当にその痛みがわかっていたのに!」
「う、うそ」
愕然とした表情を浮かべ、祐巳はよろよろとあとずさった。
「あ、ああ………私、取り返しのつかないことを、取り返しのつかないことをしてしまった……」
「私は、あなたを許さない」
ぞっとするほど冷え切った声に、祐巳はハッとしたように乃梨子に顔を向けた。その右手の銀杏が山と盛られたどんぶりを目にした時、祐巳は奇妙な可笑しさが込み上げてきた。その時初めて、自分の狂気を自覚する。
ああ、ナニモカモガクルッテイク。
祐巳は笑った。
乃梨子のその凍りつくような、同時に憎悪に燃え盛るような目は、ぞっとするほど美しかった。