「コレよ!」
突然、紅薔薇さま小笠原祥子が、カバンから何かを取り出し、頭上に掲げる。
ポカンとそれを見上げているのは、山百合会関係者一同。
「……何のこと?」
黄薔薇さま支倉令が、サッパリ分からんとばかりに問い掛ける。
「コレさえあれば、祐巳の動きは思いのまま、くだらないミスも激減するって寸法よ!」
ソレは、まるで某ゲーム機のコントローラーにソックリ。
「祐巳、立って」
祥子は、紅薔薇のつぼみ、すなわち妹である福沢祐巳を立たせ、彼女のスカートをペロリとめくり上げると、
ツプ。
「やぁん!?」
「はい、接続完了」
コネクタを、何処に差し込んだのかは分からないか、ともかく何処かに差し込んだ。
「お、お、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
ガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガク。
まるで痙攣しているかのように、身体を前後左右に振り続ける祐巳。
「あら、変ねぇ……? ああそうそう、リセットするのを忘れていたわ」
コントローラーの裏側にある小さな穴に、シャーペンの先を突っ込む。
「おおおおおおおおおおおお、お、お、姉さま、一体何を……?」
祐巳の痙攣が止まった。
どうやら本体が作動中にコントローラーを抜き差ししたため、誤動作を起こしたようだ。
「これはね、貴女を自由自在に動かすことができる生体制御装置。これを使うことによって、祐巳のツマラナイ失敗やクダラナイ間違いを、滅法減らせることが出来るのよ」
「いえ、そうではなく。一体何処に繋いだのですか?」
恥ずかしそうに顔を赤らめながら問う祐巳に、
「……それは、聞かない方がいいわ」
祥子は、露骨に顔を背けた。
今現在、祥子が手にするコントローラーから伸びる線が、祐巳のスカートを若干持ち上げた状態で何処かに差さっているという、ちょっと倒錯っぽい構図。
「本当に、それで祐巳さんを動かせるのでしょうか?」
半信半疑で、白薔薇さま藤堂志摩子が疑問を口にした。
「もちろんよ。試してみましょうか?」
言うなり祥子は、Aボタンを押した。
「えい」
しばっ。
気の抜けた掛け声と共に、素人目にもなかなか見事な左ジャブが出た。
「次は、Bボタン」
「とぉ」
ぶぅん。
気の抜けた掛け声と共に、中ればかなり痛そうな右ストレートが出た。
あとは、大キックに小キック、ダッシュしたりしゃがんだり、バックステップしたり緊急回避したりと、運動神経が平均的な祐巳からは信じられないような華麗な動きが披露された。
その動きは、将に格闘ゲームのキャラクター。
しかし当の祐巳は、汗を流しながら息も絶え絶えの状態で、一定の構えのまま身体を揺らしていた。
流麗な動きではあるが、やはり普通ではできない動作を強制されたのだ、身体への負担が大きいようで、疲れるのも無理はない。
「でも祥子さま」
「何?」
しつこく食い下がる志摩子に、睨みを交えながら少し強く応じた祥子だったが、相手はほえぇと軽く受け流す。
「そのコントローラーで、どうやって仕事をするのでしょう?」
「……は!?」
今更ながらに気付く祥子。
入力が無い状態で一定の時間が経てば、祐巳は普段の動きが出来るようだが、スティックが少しでも動けば、座っていても即座に構えの体制に入り、何時でも戦闘ばっちり状態に移行する。
それに、祥子が祐巳を操るのであれば、当然ながら紅薔薇さまの分の仕事が出来ないと言う事。
これでは、仕事どころの話ではない。
「どうやら焦っていたみたい。こんな簡単なことに気付かないなんて……」
額に手を当てて、倒れるように椅子に座り込む祥子。
「あ、お姉さま!」
祐巳は、慌てて駆け寄ろうとしたが、構えたままで動くことができない。
しかし、祥子は倒れるようなこともなく、座り直して冷めた紅茶を一口啜ったため、ホッと一息。
「紅薔薇さま、ちょっと使わせてもらってもいいですか?」
嬉々として、黄薔薇のつぼみ島津由乃が身を乗り出す。
「ええ、自由になさいな」
笑みを隠そうともせず由乃は、コントローラーを握り締めると、基本動作を試してみた。
ある程度動かして操作を覚えると、今度はかなりアクロバティックな動作をさせる。
遅延することもなく、サクサクと動く祐巳だが、その顔は結構つらそうだ。
「由、乃さ、ん、少し、休憩、させてく、れないか、な」
動きながら喋るので、切れ切れになるが、由乃には伝わっているはず。
「待って、最後にひとつだけ。どうしてもやってみたいことがあるの」
言うなり由乃は、有名なゲームの有名なコマンドを入れると同時に叫んだ。
「波○拳!!!!」
その瞬間、突き出した祐巳の両手の平から眩い光が放たれたかと思うと、一抱えもあろう大きさの火球が現れ、凄まじいスピードで飛び出した。
ずどごーん。
あっさり二階の壁をブチ破ったソレは、尾を棚引かせながら見えなくなり、一拍おいて、何処かで爆音をちゅどーんと鳴り響かせた。
風が吹き込む直径2mはある大きな穴から、呆然と外を眺める一同。
「ええっと、私のせいじゃない……よね?」
呼吸が乱れているのも忘れて、両手を突き出した構えのまま、冷や汗を垂らしながら祐巳が呟く。
「私のせいでもない……わよね?」
青褪めた顔で、由乃も呟く。
「じゃぁ、誰のせいなの!?」
祥子のヒステリックな問い掛けに一同は、
『アンタじゃぁああああああああ!!!!????』
力いっぱい大声で突っ込んだ。
修理代は、小笠原が出すことになったと言う……。
※「破○拳」を「波○拳」に修正しました。沙貴さん、ご指摘ありがとうございます。