毎日いつものように、授業が終わった放課後の薔薇の館。
ビスケット扉を開けて、ドアを開く。
「ごきげんよう……って、あら?」
紅薔薇のつぼみ福沢祐巳は、誰も居ない無人の部屋で、肩透かしを食らった気分になった。
「ありゃ、まだ誰も来てなかったんだ」
ゆっくり歩みを進めて歩きながら、全ての窓を全開にするために開けた。
「ごきげんよう」
そこに姿を現しながら登場したのは、黄薔薇さま支倉令。
「ごきげんよう、黄薔薇さま」
「あれ? 祐巳ちゃんだけ?」
「はい」
椅子に腰掛けながら座る令に、笑みを浮かべて笑顔で応える。
「すぐにお茶を淹れますね」
慌てて、シンクまで走りながら駆けつける祐巳。
「ああ、皆が集まってからでいいよ?」
「良いんですよ、私も飲みたいので」
そうしてお茶の用意をしていると、階段を上がる複数の足音が幾つか聞こえる。
『ごきげんよう』
紅薔薇さま小笠原祥子を先頭に、白薔薇さま藤堂志摩子、黄薔薇のつぼみ島津由乃、白薔薇のつぼみ二条乃梨子が、一斉に挨拶しながら部屋の室内に足を踏み入れた。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、良いタイミングで」
祐巳は、新たに現れた4人の分も含めて、お茶の用意を準備した。
「どうぞ」
それぞれに、熱いホットティーを振舞う。
「ふふ、だいぶ上手に淹れられるようになったわね」
「そりゃ、これまで何百杯も淹れてきましたから」
祐巳は、祥子に褒められたのが嬉しかったのか、粋に切り返しつつ、満面の笑みで微笑んだ。
そのまま、いつもの席──祥子の隣──に座り、仕事のために腰を下ろす。
しばらくの間聞こえるのは、お喋りの話し声ではなく、紙の刷れる音とペンが滑る音だけ。
時間が経って経過すると、誰とも無く顔を上げ、軽く溜息を吐く。
「それじゃ、今日の仕事はここまでにしましょうか」
祥子が代表して、仕事の終わりを宣言して終了すると、一斉にペンを置いた。
すかさず乃梨子が席を立ち、新しくお茶を新たに準備し始める。
由乃が席を離れて、乃梨子を手伝おうと立ち上がった。
「どうぞ」
乃梨子が振舞うのは、紅い色の紅茶。
「ふふふ、祐巳さんが淹れた紅茶も美味しいけれど、乃梨子が淹れた紅茶も美味しいわ」
まるで妹を誇るように、柔和に柔らかく微笑む志摩子。
彼女を見て乃梨子は、顔を真っ赤に赤らめた。
「そうね。乃梨子ちゃんのお茶も美味しいわ。でも……」
祥子の言葉に違和感を感じたのか、志摩子と乃梨子が身構える。
「やっぱり、祐巳のお茶が一番だわ」
想像していた予想通りの結果に志摩子は、彼女らしからぬ表情で祥子に詰め寄った。
「いいえ、乃梨子の方が上手です」
「祐巳が上よ」
「乃梨子です」
「祐巳よ」
互いに譲ることなく、妙に頑固な志摩子と負けず嫌いの祥子が二人、まったく譲歩しない状態。
祐巳と乃梨子は、言い争う二人を見ながら、呆れた顔で呆然としていた。
『はぁ……』
令と由乃の二人は、仲間外れの蚊帳の外、「結局黄薔薇はこんな扱いなのね」と、諦めの表情で諦観していた……。