「夢を見たわ」
「夢?」
「ええ、私が修道院に入る夢」
「ええ!?」
「夢の話だから」
「あ、うん」
「ある方の絵を見て、決心するの」
「絵を?」
「その方は美術部の先輩で偶然出会ってお話をするようになるのよ」
「ふうん」
「夢には私とその方しか出てこないのだけど、私、不思議とその方とは親しくお話が出来て」
「姉妹のなるの?」
「ううん、その方も私も最初から姉妹がいないのだけど姉妹にはならなかったわ」
「志摩子さんがシスターになるから?」
「そういうわけでもなかったわ。 ただその方とは私の話をしたりその方が描いていた絵のお話をしたり」
「お友達だったんだ」
「ええ、乃梨子に出会った時と同じたわ」
□
ある日、その方にモデルになってくれっていわれるの。
――モデル?
ええ、その方は天使の絵を描いていたのよ。
私は「私なんかでいいの?」って聞いたの。そうしたら「貴方だから」って言ってくれて……。
乃梨子、どうしたの?
――なんか……。ううん、続き聞かせて。
それから私は毎日放課後を一緒に過ごすようになったわ。
――結構長いストーリーの夢だったんだね。
ええ。数ヶ月。
でも要所要所のシーンを飛び飛びで見た感じだったわ。
――映画みたいに?
そうね。映画というより小説って言った方がいいかも。
――そのあとどうなったの?
その方は卒業されてしまったの。
――絵はどうなったの?
絵は私がモデルになってからは見せてくれなかったわ。いえ見なかったのかしら?
というより、モデルをやっていたらキャンバスは見えないから。
――モデルやってるシーンしか見なかったんだね。
そうね。
――どんなお話をしたの?
その方との話の中で、その方は絵の道を進もうと思っているから、いまの学校には拘っていない、ただ大学を受ける資格だけのために通ってる、みたいなことを言って。
実際、学校は最低限通ってあとは美大系の予備校に行ってるみたいなことを話して。
――じゃあ志摩子さんと会ってるのはその最低限通ってる時なんだ。
ええ。
そして、その方は卒業して私はその方に会わなくなるの。
――美大に受かったの?
わからないわ。
――わからない? どうして?
その方とは放課後会ってモデルをするだけの関係だったから。
進路のことは絵の道と聞いただけで美大志望だったのかさえわからないの。
――聞かなかったの?
聞けばよかったわ。
――他にはどんな話をしたの?
いろいろしたと思うのだけど、内容はよく覚えていないわ。
ただ、その方が私がシスター志望と聞いて感動していたのと、私はその方の絵に向ける真摯な情熱に惹かれていたわ。
ああ、そうだわ、思い出した。
私はシスターになってよいものか悩んでいてそれを相談したことがあったわ。
――それって、現実の志摩子さんにもダブってる?
そうね。でも夢の中の私の方が深刻に悩んでいたわ。
――現実はそんなに悩んでいない?
ええ。いずれ考えなくてはいけないのだけど……。
ああ、夢の話だったわね。
その相談に答えてくれたのよ。
私は絵のことしか判らないけれど、本気でその道を目指すのなら周りのことなんて気にするべきじゃないって。
周りを気にして目指したい道を断念するのは周りで自分を支えてくれた――それはその道のこと以外でも、たとえば自分を育ててくれた、守ってくれた――人たちに失礼だって。
――それも一つの正論だね。
ええ、でも悩みの解決にはならなかったわ。
かえって悩んでしまったの。
――なんか志摩子さんらしい。
そうかしら。
――周りの人の為に道を選択するのも一つの答えだと思うけど。
そうね。
でも夢の中の私はそう考えられなくて。
その方が卒業してしまってから私は追い詰められたわ。
――クライマックス?
ええ。
私の悩みがどうしようもなくなった頃に、とうとう、私がモデルをしていた絵を見る機会を得たのよ。
夢だから、いつ何処でっていうのが曖昧なのだけど、それは、その方と会わなくなって随分経ってからだと思うわ。
――その人と再会したの?
いいえ。絵だけ。
でも、ある意味、再会と言えるのかもしれないわね。
私はその絵をみて衝撃を受けたのよ。
――衝撃?
感動なんて生易しいものじゃなくて、そこにはその方の『本気』とでもいうのかしら?
その道を行くその方の意気込みみたいなものが迫ってきて。
――そんなに凄い絵だったんだ。
ええ。そこには私にあてたメッセージが描かれていたというか。
モデルをしている時の会話なんて比較にならないくらいストレートに伝わったてきたわ。
――それで決心した?
そう。キリストの教えは修道院に入ってからでも学ぶことが出来る。
むしろ専心するためにはその方が良いのに、私は今の親とか周りの人との関係にとらわれてしまって早く道を成して教えでもって周りの人に恩を返すことを考えていなかったって。
――し、志摩子さん……。
うふふ、でも不思議なのよ。全然覚えていないの。
――え?
小説みたいにその時の衝撃を描写することは出来るのに、感情はもうどこかへ消えてしまってほとんどないのよ。
その絵も天使の絵で、私がモデルだったはずなのにどんな構図で天使はどんな服着てたかも全然覚えてないの。
――そうなんだ。
ちょっと残念だわ。
でも夢ってそういうものよね。
――うん……。