「今日、皆さんに集まっていただいたのは、他でもありません」
瞳子ちゃんは、まるで某探偵番組の解決編を演じる探偵のように、テーブルの周りをゆっくりと歩き出した。
このもったいぶった演出はなんだろう。
首を傾げながら目が合うのは、いつもの山百合会のメンバー。
志摩子さん以外、皆、戸惑いの色を隠しきれていない。
もちろん、私も。
春うららかな四月一日。
マリア様の眼差しのように優しい陽射しと、生命を運ぶ穏やかな風。
淡く桜が咲き誇るリリアンは、本来なら春休みの真っ最中である。
「ねえ祐巳さん、いったいなんなの?」
瞳子ちゃんが「今日、皆さんに〜」と語った辺りから妙な間を取って歩いているので、その間を縫って由乃さんが私に聞いてきた。
なぜ春休みなのに、私たちが薔薇の館にいるのか。
それは瞳子ちゃんに召集されたからである。
いや、まあ、厳密に言えば、瞳子ちゃんに「どうしても今日集まりたい」とせがまれて、私から由乃さんや志摩子さんや乃梨子ちゃんに声を掛けて集めたわけだけれど。だって可愛い妹の頼みですから集めないわけには行かないでしょう。姉として。
「わかんない」
だが肝心の用件については、何も聞かされていなかった。
まさかお姉さま方が卒業して、在校生も終業式が終わって、学年が上がる前に学校に来ることになるなんて、マリア様も予想すらしていなかったに違いない。
というか……いったい瞳子ちゃんは、いつになったら続きを話すのだろう。何をぐるぐる回っているんだ。
「わかんないって、自分の妹のことでしょ?」
「う、うん……ごめん」
ああ、由乃さんが目に見えてイライラしてる。これは爆発も時間の問題か?
チラッと助けを求めるように志摩子さんに視線を向けると、志摩子さんはのんびり紅茶を飲んでいた。なんかこの召集に大した疑問も抱いてなさそうだ。
だが、その横の乃梨子ちゃんとは、目が合った。
目で助けを求めてみると、「しょうがないなぁ」と言いたげに、軽く溜息をついた。
「瞳子、続きは?」
「――そう、その言葉を待っていたの」
いや言えばいいじゃない、そんな待たなくても。……もしや、溜めてたの?
「皆さんお気付きの通り、本日は四月一日。本来なら春休みです。でも世間ではこう呼ばれるのです!」
「エイプリルフール?」
「!!!!」
「……あ、ごめん」
思わず口を挟んだら、瞳子ちゃんはカッと目を見開いて私を睨んだ。なんか瞳孔開いてて怖いよ……
「――そう、お姉さまの言う通り、本日はエイプリルフールです」
コホン、と小さな咳払いを入れて、瞳子ちゃんは場の空気を引き締めた。
「たとえリリアン生でも、本日は嘘をついても良い日! こんな日こそ集まらないでいつ集まると言うのです!?」
「休みが明けてから集まればいいんじゃないの?」
「!!!!」
「……わかったわよ。黙ってるわよ」
今度は不機嫌顔の由乃さんが口を挟んだら、瞳子ちゃんはカッと目を見開いて口も開けて由乃さんを睨んだ。なんか悪魔の威嚇みたいで怖いよ……
「――そう、由乃さまの言う通り、休みが明けてからでもいいかも知れない」
コホン、と小さな咳払いを入れて、瞳子ちゃんは場の空気を引き締めた。
「でも今日は大っぴらに嘘をついてもよい日なのです。この日、ここぞとばかりに嘘をつきたくはありませんか?」
「別にいつでも嘘つけるじゃない」
「果たしてそうかしら?」
乃梨子ちゃんのつっこみには、瞳子ちゃんは睨まなかった。なんか良いフリだったらしい。
「嘘にも様々な形があります。誰かを騙す嘘、誰かを笑わせる嘘、その場しのぎの嘘、視覚できる嘘、本当になる嘘……」
フフン、と高飛車に笑う瞳子ちゃん。
「たとえば、今私は七つの嘘を身に付けているわけだけれど、乃梨子にそれがわかって?」
「……嘘って身に付けるものなの?」
「そういう嘘もあるわ。それが視覚できる嘘なのよ」
「ちょっと待って」
今まで聞いているのか聞いていないのかよくわからなかった志摩子さんが、ついに動いた。
「悪いけれど紅茶のお代わりを――」
「天然ボケはいいんですよ!! 今はそういうタイミングじゃないでしょう!!」
「ご、ごめんなさい、久しぶりの紅茶がおいしくて……」
瞳子ちゃんはカッと目を見開いて口も開けて両手で縦ロールを左右に広げて志摩子さんを睨んだ。なにその自慢の縦ロールすら使う恐ろしい新技……
いつもは黙っていないだろう乃梨子ちゃんも、恐ろしげな今の瞳子ちゃんには尻込みして口を挟めないようだった。「そこまで身体張らなくても……」と控えめにつぶやいていた。
「つまり、瞳子ちゃんの七つの嘘を見抜けって言ってるわけ?」
「ふふふ、そうですよ由乃さま」
「休み中に性格が悪くなった。なんらかの罰ゲームで眉毛がなくなったから書いてる。縦ロールが実は盾ロール。今下着をつけてない。今朝起きたら耳汁(みみじる)が出てた。ロザリオがなぜか魚臭い。朝食は祐巳さんを食べた。――以上、七つ」
指折りつらつらとよどみなく答えた由乃さんに、愕然とする瞳子ちゃんと、違う意味で愕然とする私たち。
あの、姉として、全部につっこみたいんですが。一つ一つに懇々と説教してやりたくなるくらい物申したい気分なんですが。
「どう、当たってる?」
無表情の由乃さんに、瞳子ちゃんはおどおどと視線を漂わせる。
「…………ま、まあ、惜しいのもオマケでサービスすれば、まあ半分は当たってると言ってもいいかもしれませんが……」
半分も当たってるの!? 耳汁(みみじる)とか眉書いてるとかが!? というか耳汁(みみじる)ってなに!?
「で、でもまあ、それでも三つくらいですね。うん、サービスしても三つだけです」
「……なんかちょっとやる気出てきた」
由乃さんはニヤリと笑う。
「で? どれが三つ当たってたの?」
「そんなことは言えません!」
「あ、わかった。下着だ」
「ど、どうして由乃さまが答えるんですの!? それだけはお姉さまに当てて欲しかったのに!」
…………
「と、とにかく!」
顔が真っ赤になった瞳子ちゃんは、何か言いたげな私たちの視線を無視して、プイと窓の方を見ながら時を動かし始めた。
「次のステージに行くには残り四つの嘘を当ててからですわ!」
次のステージまで用意してあるのか……
「残り四つ! ちょうど四人いることですし、それぞれ一つずつ当ててくださいませ! さあ!」
さあって言われても困るわけで。
そもそも由乃さんの悪意の見える「七つの嘘の回答」の三つ……いやすでに二つか。その二つの何が当たっているのかが非常に気になるわけで。
というか、下着はつけた方がいいよ、ほんと。なんか事故で見えちゃったりすることを考えるとハラハラするよ。
「ほら乃梨子! 早く当ててみなさい!」
「わかったから命令口調やめてよ。……うーん……」
乃梨子ちゃんはつきあうの面倒そうな顔を隠しもせず、瞳子ちゃんを上から下から観察する。
「……終業式から今までで0コンマ数ミリ背が伸びた?」
「「面白くない」」
即答で、瞳子ちゃんと由乃さんのコメントが重なった。
「いや、別に面白さを求めたわけじゃ……」
乃梨子ちゃんが弁解めいたことを言う傍ら、いつの間に味方になったのか瞳子ちゃんと由乃さんは「白薔薇姉妹って冗談面白くないですよね」「ええまったく。センスの欠片もないわ」などと話していた。
まあ、でも。
「乃梨子ちゃん」
「はあ、なんでしょう祐巳さま?」
「今のは面白くなかったよ」
「……別にどうでもいいんですよね、根本的に」
それを言ったら終わりなんじゃないでしょうか。
「さあ、次は志摩子さまです! 妹の汚名を返上するような答えを!」
嘘を見抜けって話だったと思うんだけれど、瞳子ちゃんはそんなことを言いながら紅茶のお代わりを欲している志摩子さんに言い放った。
「え? …………祐巳さんを想う気持ちが目減りした?」
「「ある意味面白い」」
いやちょっと。それは姉として重大な問題なんですが。「ある意味面白い」で済む問題じゃないと思うんですが。
「でも残念ながら、それは正解じゃありません」
あ、そう。……瞳子ちゃんがよくわからないよ、私。この集まりの意図ってなんなの?
「それではお姉さま! ガッチリ当ててください!」
私を見る瞳子ちゃんの双眸は期待に満ちていた。
由乃さんの双眸も期待に満ちていた。
志摩子さんは紅茶のお代わりを乃梨子ちゃんに頼んでいた。
乃梨子ちゃんは「はい、お姉さま」と無邪気な笑顔を浮かべていた。
ここは……ボケるべきなのか?
それとも当てに行くべきなのか?
――しばし考え、思った。
私は山百合会のボケ役だ、と。
「……ついに松平グループのCMでテレビ出演が決まった?」
「ええ、正解です」
「うそぉ!? え、ほんとに!?」
「それは『本当になる嘘』なので」
……つまり今はその予定なんてさっぱりないけど、その内必ずそうなる、という意味だろうか。
「さすがお姉さま、瞳子のことちゃんと見てるんですね」
なんか可愛い仕草付きで、可愛らしく私を見詰める瞳子ちゃん。
…………色々言いたいこともあるけど、瞳子ちゃんは喜んでいるようなので、私も笑って流してしまおう。
それは見た目じゃわからないよ、とか、言っちゃダメなんだろう。
「さあどんどん行きましょう! 由乃さま!」
「唾液で物質が溶ける体質になった」
「乃梨子!」
「紅茶に入れる砂糖の数が増えた」
「志摩子さま!」
「ロザリオが十八金ネックレスになった」
「お姉さま!」
「一度でいいからマンガで見るあの骨付きのお肉を食べてみたい」
「由乃さま!!」
「犬とのケンカで吠え勝った」
「乃梨子!!」
「言うほど太股が太くないことに気づいた」
「志摩子さま!!」
「お茶請けにドーナツを持ってきた」
「お姉さま!!」
「私はケーキがいいなぁ」
「由乃さま!!!」
「乃梨子ちゃん、私にも紅茶のお代わりくれる?」
「乃梨子!!!」
「はい、わかりました」
「志摩子さま!!!」
「そういえば、そろそろインスタントコーヒーが切れそうよね」
「お姉さま!!!」
「コーヒー飲むとトイレが近くなるよね。利尿作用があるんだよね」
バン、とテーブルを叩いて瞳子ちゃんは眉間にしわを刻んで叫んだ。
「皆さんやる気あるんですか!?」
いや、あんまり……
「あるでしょう!? 一目瞭然なのが! 縦ロールのリボンがお姉さまに頂いたものだとか、まだ4月なのに夏服着てるとか!」
言われるまでもなく、それはよくわかっている。
でも一目瞭然すぎるばかりに、そこに触れるとダメなような気がして……
というか、嘘なのか間違い探しなのか、もう境目が曖昧すぎて。
「ちょっと寒いからもう着替えてきますけど! いいですか!? せっかく集まったんですからちゃんとしましょうよ!」
とか言いながら、瞳子ちゃんは足早に会議室を出て行った。
たぶん、相当寒かったに違いない。
さっき乃梨子ちゃんが「そこまで身体張らなくても」とつぶやいていたけれど、たぶん制服のことも含んでいたんだろう。
「……なんだかなぁ」
由乃さんは頬杖をつく。
「一人で空回り、って感じ」
うん、まあ。
「きっと久しぶりに祐巳さまに会ってテンションが上がってるんでしょう」
「え? そう? そうなの?」
「嬉しそうですね、祐巳さま」
「そりゃあまだまだ姉妹になって一ヶ月ちょっとしか経ってないわけだし、言うなれば新婚さんなわけで。お互い理解もいたらないところもあるかも知れないけれど、ちょっとずつ理解を深めていけたらなぁと思ったりなんかして」
自然とニヤニヤしてしまうのもしょうがないと思う。照れくさいけど口から出てしまうのもしょうがないと思う。
だって、まだまだ新婚さんだから。私と瞳子ちゃんは。
「ノロケる奴は帰れ」
……由乃さん、ひどい。
「乃梨子ちゃんの意見を採用するなら、紅薔薇姉妹のイチャイチャに無理やり付き合わされてるってことになるのよ? これ以上見せ付けるなら本気で帰るわよ」
さっきからイライラしている由乃さんは、本日とても機嫌が悪いらしい。あまり関わらない方がよさ――
「ほら、由乃さまだけ姉妹がいないから」
「ああ、だからご機嫌斜めなのね」
……と考えているところに、白薔薇姉妹のそんなコソコソした会話が聞こえてきたわけで。
志摩子さんには、乃梨子ちゃん。
私には、瞳子ちゃん。
由乃さんには……
「な、なによその同情するような顔は……」
私は何も言えず、イライラする親友に微笑みかけることしかできなかった。
もう少しの我慢だよ、由乃さん。
菜々ちゃんが来るよ、って。
そうこうしている内に瞳子ちゃんが戻ってきた。今度こそ長袖の制服で。
「なんか中途半端になりましたけれど、これで私の嘘は残りあと一つです。今度こそ当ててくださいね」
えっと……下着をつけてない、あと由乃さんが二つ当てて、CM出演(いずれ)で、瞳子ちゃん自身がリボンと制服のことを明かして……
指を使って数えてみれば、確かにあと一つ残っている。
改めて瞳子ちゃんを見る。
……今度は、さすがにパッと見ただけではわからない。
「乃梨子ちゃん、もうそろそろ当ててやってよ」
「え、私ですか?」
「うん。瞳子ちゃんの親友の乃梨子ちゃんが当てて。一発で」
出た。由乃さんの後輩いじめだ。
「い、一発で……?」
「そりゃそうよ。同じクラスだったんだし、私たちより瞳子ちゃんと一緒にいた時間が長いんだから、当然わかるでしょ?」
追い込む追い込む。イライラ由乃さんだ。
「乃梨子にわかるかしら? まあ友人としては当ててほしいところだけれど」
「……はいはい」
乃梨子ちゃんは本当に面倒そうな顔で、だが真剣に瞳子ちゃんを観察する。
「…………今日はバネの効き具合が抜群だね。いつもよりセットに時間掛けた?」
「その前に、バネってなに?」
「いやだから、その……バネ」
「バネってなに?」
「じゃあドリル」
「冗談はそのダッサイおかっぱ頭だけにしてくれる?」
「……なんだと?」
うわ険悪!
「由乃さまや志摩子さまにはまったく期待できるものじゃないと思ってたけど、乃梨子だったら当ててくれると信じてたのに!」
うるると涙を溜めて、瞳子ちゃんは被害者を装って訴えた。
だが、乃梨子ちゃんには通じなかった。……私にはぐらっと来たけどね。
「わかるかそんなもん。どうせ些細な変化なんでしょ?」
「違います! ちゃんと大幅に変更されてます!」
と、瞳子ちゃんは私を見た。
「お姉さまならわかりますよね!?」
……ごめん、ぜんっぜんわかんない。
多少違和感があるかな、とは思うんだけれど、明確にどことは言えない。
「さあお姉さま、私を想うなら一発で当ててみてください!」
一発で!?
「そうだよね。日が浅いとは言え、祐巳さんと瞳子ちゃんは姉妹なわけだし、当然わかるよね?」
「もちろんよ、由乃さん。姉妹の絆って深く太いんだから」
……由乃さん、志摩子さん、ハードル上げないでよ……
またしても助けを求めるように乃梨子ちゃんを見ると、「早く言ってやれ」と言わんばかりの蝿を追い払うような手振りで打ち返された。
乃梨子ちゃんに捨てられた……なんとなく、私の唯一の助けの位置に陣取っていた乃梨子ちゃんに捨てられた……
ここはもう、私自身の知恵で乗り越えるしかないらしい。
このまま何も言わずに済ませられるほど、この空気は軽くない。
「え、えっとね、ちょっと待ってね」
「ええ待ちますとも! 乃梨子に私たちの絆を見せ付けてあげましょう!」
瞳子ちゃん、わざとやってない?
恨めしそうに睨むと、瞳子ちゃんは何を勘違いしたのか、ポッと頬を赤く染めた。……悪いけど、今お姉さまは、そういうのに悶えてる余裕ないです。
なんだろうなー……どこが違うんだろうなー……微妙な違和感はあるんだけどなー……
…………
あ、わかった!
「わかったよ瞳子ちゃん!」
「わかりましたか!? ではどうぞ!」
「胸パッド入れてるでしょ!? いつもより一回り大きいよ!」
――それから数日、瞳子ちゃんは口を聞いてくれませんでした。
ちなみに最後の一つは、縦ロールがいつもより若干太め、とのことです。
よくよく考えると、乃梨子ちゃんはある意味二アピンで、私は大はずれだったという切ない話です。
…………
わかんないよ、縦ロールの太さが1センチ違うなんて……