リリアンの制服を着た、祐巳と同じようなツインテールに髪を縛った女の子が、今や紅薔薇さまと成った祐巳の前に居た。
夕暮れに染まったマリアさまの前。
普段なら、帰宅する生徒が居るはずだが今は誰も居ない。
奇妙なほど、音も無い。
「突然ですが、私、舞って言います。今日から貴女にとり憑かせてもらいます」
そう宣言した彼女には、足が無かった。
「んで、そのまま憑かれたと?」
白いジト目を向けてくるのは、黄薔薇さまと成った由乃さん。
「う、うん」
祐巳は恐る恐る頷く。
紅薔薇さまと成った祐巳としては、由乃さんの迫力は少し羨ましい。
「それで、これからどうするの?」
「どうすると言われても……」
祐巳は由乃さんの迫力に押され、視線を逸らす。その先にいるのは、祐巳にとり憑いた幽霊の舞ちゃん(舞ちゃんの年齢は不詳。さん付けをしたら金縛りに合わされたので、ちゃん付け)が、祐巳の妹と成って今は紅薔薇のつぼみと呼ばれる瞳子に睨まれていた。
「だから、貴女、さっさと祐巳さまから離れて成仏しなさいと言っているのですわ!!」
「だから、イヤ。祐巳って何か波長が合うのよ。側にいると心地いいって感じ、分かるでしょう?」
「えぇ、勿論、分かりますわ。祐巳さまは、暖かい日向の……そうではないでしょう!?」
あっさりと舞ちゃんの話に乗ってしまった瞳子は、顔を真っ赤にして脱線した話を戻そうとする。
「さっさと祐巳さまから」
「ちょっと待ち」
「な、何ですの?」
「祐巳は瞳子のお姉さまだよね?」
「そうですわ、祐巳さまは自慢の……」
「なら、瞳子は祐巳のことをお姉さまと呼ばないと」
うん、それは祐巳も再三言っていることだが、なかなか瞳子は祐巳をお姉さまと呼んでくれない。
一方の祐巳の方は、照れくささは残っているがどうにか呼び捨てをしてはいる。
「あ、あぁ、貴女に言われたくありません!!」
「わわわ、こら瞳子暴れるな!!」
顔を真っ赤にして暴れる瞳子を抑えるのは、瞳子の友人にして白薔薇のつぼみである乃梨子ちゃんだ。
「放して下さい、乃梨子。この女だけは、この女だけは!!」
「そんな事を言っても、私には見えないんだからさぁ」
そう乃梨子ちゃんには幽霊の舞ちゃんは見えていない。
幽霊の舞ちゃんは祐巳に憑いて、祐巳の家に戻ったが幽霊の舞ちゃんに気がついた人は居なかった。両親も気がつかなく、気がついたのは弟の祐麒だけ。
「そうですよ、紅薔薇さまにとり憑いているのは楽しいとして、私に見えないのは不公平です」
なかなかに自分勝手な文句を口にするのは、由乃さんの妹で黄薔薇のつぼみとなった新入生の菜々ちゃん。
「菜々ちゃん……祐巳さまにとり憑いているのは楽しいってどう言う事かしら?」
「それよりも私に見えないのが問題です!!」
「違うでしょう!!」
「お姉さまには見えるんですよ!!」
瞳子が菜々ちゃんと言い合いを始めてしまう。
二人の論点がズレたままで、で、それを仲裁するのは。
「だから、二人とも落ち着き成って」
既に現山百合会の苦労人と言われる乃梨子ちゃんだ。
まぁ、騒動好きの菜々ちゃんに見えないのが幸いなのかどうか分からないが、菜々ちゃんには見えないらしい。
「それにしても、祐巳さんには実害は無いのでしょう?」
そう言ってきたのは二年連続で白薔薇さまを務める志摩子さん。
ちなみに志摩子さんには見えていないらしい。
これで紅薔薇姉妹は二人とも見える。
黄薔薇姉妹は姉だけ、白薔薇姉妹は二人とも見えないと成っている。
「実害ね……お風呂を覗かれるとか、おトイレを覗かれるとか、寝顔を見られているとかかな?」
「な、何ですって!!!」
祐巳の言葉に反応したのは勿論、瞳子だった。
「なんだか変態親父みたいね」
「気持ち悪い例えを出さないでよ」
由乃さんの例えに祐巳は嫌悪感を表す。
「それでは、お姉さまのようだわ」
そう発言したのは、志摩子さんだった。
「……それって、志摩子さん」
志摩子さんの発言は、危険すぎる気がした。
「でもまぁ、これ以上、祐巳さんに実害が無いのなら様子を見るしかないわね」
「実害って?志摩子さん見えていないのよね?」
「えぇ、でも幽霊さんが祐巳さんに何かするようなら、由乃さんと瞳子ちゃんが分かるのでしょう?」
確かに二人には見えているのだから、舞ちゃんが祐巳に何かするようなら、それなりの行動がとれるだろう。
「ですが、お姉さま。生きている人間と喧嘩する幽霊が何かするとは思えませんが?」
まぁ、見えていない人からは喧嘩しているように見えるだろうが、実際は瞳子が一人で怒っていて、幽霊の舞ちゃんは楽しんでいるだけのようだ。
「それは私たちでは分からないから、由乃さんと瞳子ちゃんに監視してもらうしかないわね。それで祐巳さんに実害が出るようなら、家でお払いとかする手もあるし」
「私、怨霊じゃないんだけれどなぁ」
白薔薇姉妹の会話を聞いていた幽霊の舞ちゃんは少し不服そうだ。
「怨霊ですわ!!」
だが、即答で瞳子が言い放つ。
「むっ、違うって言っているでしょう。第一、怨霊ならもっと酷いことを祐巳にしてるわよ」
「例えば?」
何だか由乃さんが要らないことを言った気がした。
「例えば?そうね……こんなのは?」
そう幽霊の舞ちゃんが言った瞬間。
――ぐいん!!
祐巳の首が百八十度後ろに向いた。
「ひょぇぇぇぇ!!!!」
流石に、祐巳の首が後ろに向けば見えない人でも声を上げるだろう。
「ゆ、ゆ、祐巳さん!!」
「やっぱり幽霊がいる!?」
「あっ」
志摩子さんは引きつり、菜々ちゃんは目を輝かせ、乃梨子ちゃんは気を失った。
祐巳も気を失いたかったが、それよりも余計なことを口走った由乃さんに怒りがあり。首を背に向けたままの格好で、祐巳は由乃さんに迫った。
「ひぃぃぃぃ!!!」
由乃さんは引きつった顔で逃げようとする。
「逃がさないよ……由乃さん」
「祐巳さんが怨霊だ!!」
「祐巳さまが怖いですわ!!」
祐巳の姿にしばらく薔薇の館は阿鼻叫喚だった。騒動が治まったのは、それから少しして祐巳の首が戻ってからだ。
ちなみにその間幽霊の舞ちゃんは笑い転げていたので、怨霊だと祐巳は感じたが、再び首を回されるのが怖いので黙っておくことにした。
「まったく、酷いよ……あれ?舞ちゃん?」
薔薇の館での騒動の後、早々にお開きとなり祐巳は憑いている舞ちゃんと帰宅していたはずなのだが、気がつけば舞ちゃんの姿がどこにも無い。
昨夜も確か数回、居なくなることがあった。
「舞ちゃん?」
小さく呼んでみるが、近くには居ないようだった。
その頃、舞ちゃんはあるところに居た。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、舞ちゃん」
「やっぱり、見えていたんですね」
ふわふわ浮いている舞ちゃんの前に居るのは、志摩子さんだった。
「えぇ、これでも一応は寺の娘ですから、それで何か用ですの?」
「用は、そちらでしょう?」
睨み合う志摩子さんと舞ちゃん。
「例えば、その手にしている御札とか?」
舞ちゃんの言葉に志摩子さんが動揺した瞬間。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!!!」
大きな音と共に志摩子さんの悲鳴が上がった。
「ごめんなさい、でも、後二日なの、それまで邪魔をしないでね」
――ふふふふふふふふ。
夏だ、海だ、ホラーだ。で、ホラーです。
久々に書きました、読んでくださった方に感謝。
『クゥ〜』