【2343】 感触  (クゥ〜 2007-07-24 23:40:46)


 ホラーの続きです。
 【No:2339】―【No:2341】―今回。





 ――トルルル、トルル、カチャ。
 「はい福沢です」
 「朝早く申し訳ありません、私、そちらの祐巳さんにお世話に成っている松平瞳子の父で」
 「あの、祐巳ですが」
 「あぁ、祐巳さんですか。朝早くすみません」
 「いえ」
 階段を下りたところで鳴った電話に出てみれば、何処かで聞いた事のある男の人だった。誰かなと思っていると瞳子のお父さまだ。
 祐巳は何度か会ったことがある。
 気さくな素敵なお父さまだ。
 「瞳子が、どうかなさったのですか?」
 祐巳と瞳子のお父さまとの会話の内容と言えばそれしかない。
 「えぇ、どうやら風邪をひいたようで」
 「風邪ですか?」
 瞳子のお父さまの話では、熱も高いらしく少し魘されているとの事。祐巳としてはお見舞いに行きたかったが、風邪をうつしてはいけないと、元気に成ってからお願いしますと断られた。
 ――カッチャ。
 「ふう」
 「どうしたの?」
 「ぎゃう!!」
 受話器から半分顔出した幽霊の舞ちゃんが居た。
 「舞ちゃん!!」
 「あははは、ごめんね」
 幽霊の舞ちゃんは謝りながら、壁から抜け出てくる。
 「瞳子が風邪なんだって、お見舞いも断られちゃった」
 「祐巳、悲しい?」
 「悲しくは無いけど、瞳子の顔は見たいよね。て、こうしていても仕方がないから学校に行こうか」
 祐巳は急いで支度すると、幽霊の舞いちゃんと一緒に登校する。

 ちなみに祐麒は未だに逃げていた。


 「ふーん、瞳子ちゃんが風邪?」
 瞳子が風邪で休むことを話すと、由乃さんが不機嫌な表情で応えた。
 「どうしたの?」
 「志摩子さんが意識不明なのに瞳子ちゃんが高熱の風邪?余りにおかしくない?」
 「どういうこと?」
 「ねぇ、舞ちゃん。呪った?」
 由乃さんはストレートだった。祐巳の話しを聞いて、幽霊の舞ちゃんを疑っていますという態度だ。
 「ひどい!!幽霊と言うだけで、人種差別だよ!!」
 「そうだよ、由乃さん」
 流石に由乃さんの言葉に傷ついた様子の幽霊の舞ちゃんを、祐巳は庇う。
 「う〜ん、それもそうか、ごめんね」
 「うぅ、由乃さん酷いです」
 「あの、何をなさっているのですか?」
 幽霊の舞ちゃんが見えない菜々ちゃんにしてみれば、幽霊の舞いちゃんと由乃さんとのやり取りが分からないわけで、今日は乃梨子ちゃんが志摩子さんのお見舞いに一人で行っているため。
 一人、除け者状態に成っている。
 まぁ、後で由乃さんがフォローを入れることだろう。
 「でも、今日はどうしようか?」
 新体制の山百合会の半分が居ないのでは仕事も進まない。
 「しょうがない、今日もココまでにしようか」
 祐巳の提案に、由乃さんと菜々ちゃんの黄薔薇姉妹が頷いた。


 「ごきげんよう」
 「「ごきげんよう」」
 薔薇の館の前で、由乃さん、菜々ちゃんと別れる。
 「ねぇ、祐巳」
 「なに?」
 「少し付き合って欲しいところがあるのだけれど、いいかな?」
 黄薔薇姉妹を見送り、幽霊の舞ちゃんがお願いをしてくる。本当なら祐巳としては瞳子のお見舞いに行きたかったところだが、それは止められているので暇ではある。
 「いいよ」
 「良かった」
 嬉しそうな幽霊の舞ちゃんの後をついていく。
 「あれ?こっちは」
 「えへへへ、嬉しいなぁ。やっぱり気づいてくれた」
 幽霊の舞ちゃんは嬉しそうだ。
 「あぁ、何だか舞ちゃんが私にとり憑いた理由が分かったよ」
 「うん!!」
 幽霊の舞ちゃんに連れられて着いた場所は、リリアンの敷地に広がる林の奥深く。基本的にリリアンの敷地の多くは手入れされて入るが、誰の手も入らないような場所もある。
 そこに小さな石が置かれていた。
 角のない楕円形をしたバックくらいの石。
 その前には、枯れてしまった黄色い花。
 その花は祐巳が置いたものだ。
 薔薇さまに成って、自分がこれから一年出来ることが無いか探すために敷地を散策しているときに偶然見つけた。
 最初はただの石と思っていたが、よくよく見れば何か溝が彫ってあるように見えたので、何かあるのかもと思って出来るだけ綺麗にして花を添えた。
 「あれ、嬉しかったんだ。久しぶりに花を添えてもらって」
 「へぇ」
 本当に嬉しそうに幽霊の舞ちゃんは微笑んでいた。
 「それじゃ、今度はもっと綺麗にしてあげないとね」
 ここで舞ちゃんに何が起こったのかは流石に聞けないと思ったが、舞ちゃんを成仏させるための道が見えた気がした。
 伸びた雑草を刈り、石を綺麗にして、綺麗な花で飾ってあげよう。
 「それじゃぁ、帰ろうか」
 「うん」
 こうして幽霊の舞ちゃんと話すのも悪くは無いが、成仏させてあげるのが良いことだと祐巳は思っていた。
 ――グジュ。
 ?
 「どうしたの祐巳」
 「えっ?いや、何でもないよ」
 今一瞬、靴の先が地面に沈んだような気がした祐巳だったが、大した事はないだろうと気にすることを止めた。
 だが、地面には小さな靴の跡に、ゆっくりと水が染み出してきていた。




 「来たわね」
 一人、月明かりの差し込む部屋のベッドに寝たままで、由乃は目を開く。
 由乃の視線の前には、幽霊の舞ちゃんが立っていた。
 「予想していたんだ」
 「まぁね、祐巳さんとは違って私は貴女を信じていなかったから」
 「やっぱり、由乃も邪魔をする気なんだ」
 邪魔って何と聞こうとして体を起そうとした由乃だったが、体が動かない。
 「古典的ね金縛りなんて」
 「むぅ、そうかな?結構大変なんだけれど」
 「そうなの?そうとは知らなかったわ。貴女の起す霊現象って見えていたから、触らずに金縛りが出来るなんて思わなかった」
 「だから、大変なんだよ」
 あくまでも明るい幽霊の舞ちゃん。だが、祐巳と居るときと違って、その笑いが恐ろしい。
 「まぁ、良いわ。それよりも二・三聞きたいことがあるのだけれど?」
 「いいよ」
 「まずは志摩子さんと瞳子ちゃんは貴女の仕業でしょう?」
 「うん、理由は邪魔だったから、でも、明後日には回復するはずだよ」
 「貴女の目的は祐巳さん?」
 「うん、勿論」
 「私をどうするの?」
 「明日一日、邪魔が出来ないようにしておくだけ」
 そう言って幽霊の舞ちゃんの手が由乃の体の中に消える。
 「明日一日で良いの?」
 「四つ目だよ」
 幽霊の舞ちゃんは笑った。

 「いやぁぁぁぁ!!!!!」


 夜のリリアンの敷地。
 手入れがされない薮の中。
 「えへへ、いよいよ明日」
 幽霊の舞ちゃんは祐巳がつけた足跡を見て笑っていた。






 夏だ、塾だ、ホラーだ。で、ホラーです。
 ホラーですが、スプラのシーンは避けていますので怖くはないと思います。
 読んでくださった方に感謝。

                                    『クゥ〜』


一つ戻る   一つ進む