【2355】 対立薔薇ファミリー対抗戦明日につながる今日  (篠原 2007-08-07 04:03:56)


 『真・マリア転生 リリアン黙示録』 【No:2296】から続きます。


 可南子は一人先行していた。
 何かあればまず可南子が先行して偵察するのが紅薔薇ファミリーの暗黙のお約束ごとになっていた。
 偵察とはいっても、可南子の場合悪魔がいればそのまま戦闘に入るから威力偵察に近い。いや、敵の状況の把握だけでなく、あわよくばそのまま一人で殲滅してしまう気満々だったりするからもはや偵察ですらなかったりもするが、まあ先行することに変わりは無い。そのあたりが、可南子が斬り込み隊長とか特攻野郎などと言われるようになった理由でもあった。
 むろんこれは祐巳や瞳子の指示ではなく可南子自身の判断だった。可南子が倒してしまえば祐巳に危険が及ぶ可能性がそれだけ減るからだ。
 そしてその辺をうろついている低レベルの悪魔が相手なら、それは充分に可能だった。繰り返し行われてきた膨大な戦闘経験によるレベルアップが、可南子にそれを可能とさせていた。
 ただし、今回の場合は戦闘が目的ではない。紅薔薇さまを頼ってきた人達の受け入れ、その為の様子見だ。可能ならそのまま連れてくるつもりだったが、かなり高い確率で他の勢力からの邪魔が入るだろうというのが瞳子の予測だった。
 もし他の勢力にあたったら、くれぐれも無理はしないようにと祐巳からは言われていた。特に薔薇ファミリーに会ったら退いていいと言われていたが、可南子に退く気はなかった。退いてもいいということは退かなくてもいいということだ。
「!」
 特に隠れるでもなく普通に歩いていた可南子の前に、いきなり現れた悪魔が当然のように襲い掛かってきた。
 大きな口をあけた芋虫状の物体、といっても大きさは芋虫どころか人間を一呑みにできそうな大口だったが、に対して、可南子は後ろに退がりながら長剣を抜いた。
 可南子に避けられ、地面に喰らい付くことになってじたばたしているそれに対し、すぐに側面から回り込むように距離を詰めて長剣を振るう。耳障りな、甲高い声(?)をあげてのたくるそれに可南子はさらに攻撃を加える。
 帰りのことを考えたら、行きになるべく悪魔を潰しておいた方がいい、と可南子は考えたわけだが、結局、やっていることはいつもと同じだった。



 可南子を先行させていた祐巳と瞳子は受け入れ準備に忙しかった。
「ねえ、どこぞで悪魔が暴れているっていう話が来てるけど?」
「そちらはメシア教が対処しますよ。既に動いているという情報が入っていますから、こちらが動かなくても問題無いでしょう」
「でもなんか気になるんだよねー」
 首を傾げて言う祐巳に、瞳子は釘をさした。
「ダメですよ。勝手に出られては。今はそれどころではないし、可南子さんが帰ってきたら困りますよ」
 3人だけなら自由に動きまわっていられたが、ある程度の人数が集まればどうしても拠点が必要になる。
 今のところ、それは薔薇の館しかなかった。二人の薔薇さまはそれぞれの道を行くべく出て行ったとはいえ、あまり人数は収容できないから増えてきたらおいおい考えるしかない。部活棟は、新聞部が襲撃されたばかりだ。ある程度数を揃えて防備を固められるようになるまでは危険だった。それでも薔薇さまが直接襲撃するようならどうしようもないだろうが、それはどこにしても同じことだ。
「うーん、可南子ちゃんの方も気になるんだよね。可南子ちゃんだと妨害にあっても正面突破しそうだから妨害をおさえる役が必要そうかなって」
 かすかに苦笑しながら祐巳は言った。
「私が行ってもいいんだけど――」
「駄目です」
 即答だった。
「祐巳さまは動かないでください。戻ってきた時に迎える者がいないと困りますから」
「………じゃあ、お願い」
「………私もつぼみとして紅薔薇さまのそばを離れるのは極力避けたいところなのですけれど」
 何故か突然緩みまくった顔でにへらと笑う祐巳。
「………もう、瞳子ってば私と一緒いたいなんて、甘えんぼさん!」
「そんなこと言ってません! どこを聞いたらそうなるんですか! おっかしいんじゃないですかお姉さま」
 まあ、姉妹になってまだそれほど長いわけでもない二人である。少しでも一緒にいたいと思うのは無理もないことだろう。
「そんなこと言ってません!」
「2回も言った」
 微妙に不服そうな顔になる祐巳。それから急に真面目モードになって言った。
「うちは人手が足りないから、そんなこと言ってられないでしょ」
「そんなことって何ですか? 私の言うこと聞いていましたか?」
「だから離れるのは避けたいってところ。瞳子が言ったんだよ?」
「……………」
 物凄く何か言いたそうな顔の瞳子だったりしたが、さておき。
 ロウやカオス、あるいはメシア教やガイア教といった勢力を持たない紅薔薇ファミリーはこういったときに使える手駒が無い。祐巳が自由に動かせる固有戦力は、現状瞳子と可南子の二人だけだと言っていい。勢力として成立すればまた話は変わってくるのだろうが、今はその為の行動を起こしているところなのだ。
 薔薇さまになって、祐巳はそのスペックの高さの片鱗を見せるようになってきたけれども、瞳子から見ればそれはひどく不安定なものだった。戦闘経験はつませたいが一人にするには安定感が無さ過ぎる。ジレンマだった。
 ましてや今回、他の薔薇ファミリーが動いているらしいとの情報もある。危険度は一気に増大する。そのあたり動向を探る意味もあっての可南子の先行偵察だったが、確かにおとなしく偵察に徹してくれるキャラではない。
 ならば一緒に行動すればいいのだが、祐巳の言うとおり人手が足りなかった。もう少し、せめてもう一枚手札が欲しいところだった。
 瞳子は嘆息する。
「わかりました。私が行きますからお姉さまは動かないでください」
 なんだかんだ言いつつも、話が決まれば瞳子の動きは早い。
 書類の山を押し付けられて、祐巳は微妙な表情で瞳子を見送った。
「でもねえ。他の薔薇さまが動いてるとしたら、私ものんびりしてられないんだよね」
 とりあえず急を要しそうな書類からざっと処理しつつ祐巳はひとりごちる。
 2大勢力が拮抗している状態のところに第3勢力が立ち上がりそうだったら、潰そうとするか取り込もうとするかのどちらかだろう。
 自分だったらどうするか、と考えかけて祐巳は首を振る。由乃さんと志摩子さんならどうするか、だ。
 そこでふと、祐巳は動きを止める。絶対とはいわないけれど、たぶん祐巳の知る二人だったらどうするかはなんとなく想像はつく。けれどメシア教とガイア教を先導する立場のの二人だったら、どうするだろうか。あるいは、メシア教とガイア教ならどういう行動にでるだろうか。
 それは似ているようでも、違うことのような気がした。



 身を隠すわけでもなく、遭遇した悪魔を倒しながら進む可南子が捕捉されるのは、時間の問題だったとも言える。
 その前に立ちふさがったのは白薔薇のつぼみ。
「乃梨子さん」
「ごきげんよう、可南子さん」
「ごきげんよう。黙って通してくれるつもりは、無いわよね」
「うん。悪いけど、しばらくじっとしていて欲しいんだよね」
 可南子は答えず、長剣を構えた。
「やっぱり、そうくるよね」
 乃梨子も二刀を抜き放つ。
「見つけちゃった以上、こっちも見過ごすわけにもいかないんだ」
 構えた乃梨子は、だが自分からしかけはしない。通すわけにはいかない、とは逆に通さなければいいということだ。
 元々防御主体の乃梨子にとっては相手が攻撃してきたらそれを払うだけだ。
 一方可南子はどちらかというと攻撃主体。まして、のんびり足止めされているわけにもいかない。すぐに気配が攻撃色に変わる。
 わかりやすいな。そう思って乃梨子は苦笑した。
「こんなに目立つように堂々と動くから………」
「まったくですわね」
 横合いからまったく別の声がかかる。
 現れたのは紅薔薇のつぼみだった。
「瞳子」
「いくら可南子さんでも、つぼみ相手はキツイでしょう」
 瞳子にしてみれば、できることなら可南子と接触する前に乃梨子と接触したかったのだが、可南子の行動は予想以上に目立っていたらしい。
「乃梨子さんのお相手は私が。可南子さんは先に行ってください」
 何か言い返そうとする可南子に、瞳子は重ねて言った。
「あなたにはあなたのお仕事があるでしょう」
 それは祐巳に言われている仕事、という意味だ。
「……いいの?」
 いろいろな意味を込めて、可南子は一言で問いかけた。
「むしろ邪魔されたくない気分ですわね」
「わかったわ」
 頷いて、可南子はさっさとその場を離れた。
「見逃すわけにはいかないと――」
「あなたの相手は私がすると言いませんでしたか?」
 追おうとした乃梨子の前にわって入る瞳子。
「瞳子が相手では不足ですか」
「………いや」
 乃梨子は視線を可南子に向け、ついで瞳子に向けると今度は一瞬後に向け、そして再び前に向き直った。
「まあ、いいか」
 何に納得したのか、あっさりと可南子を見送ると、瞳子に視線を向け直す。
「そういえば瞳子、祐巳さまにロザリオ貰ったんだってね。おめでとうと言っておくよ」
「ありがとうございます」
 スカートの裾を摘んで優雅にお辞儀。
「これでつぼみ同士、条件は同じですわね」
 晴れやかに、誇らしげに、テレることもなく笑顔で応える瞳子に。
「……なるほどね。手強そうだ」
 乃梨子は小さく呟いた。

 つぼみ同士の戦いが今、ようやく、ホントにようやく、始まろうとしていた。


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