【2357】 寒さにも慣れた月はでているかあなたと二人で  (朝生行幸 2007-08-08 23:49:02)


※マリみてSSではありませんので、興味が無い方はご注意を。



「唐突だけど、冬の合宿を行うわ!」
 二学期中間試験の最終日、扉をバタンと開けるなり、まさしく唐突に宣言したのは、このなんと説明したら良いのか未だに分からない、同好会にすらなっていない謎の集団、SOS団の一応団長、涼宮ハルヒだった。
 俺? 俺は、彼女と関わったばかりに、貧乏くじばかり引かされている哀れな、いや稀に眼福な場合もあるが、団員の一人だ
 まぁとりあえずはキョン──何時からこう呼ばれるようになったかは覚えていないが──と呼んでもらいたい。
 それはそうとして、ハルヒはそのままヅカヅカと歩みを進め、一番奥の自席に着き、辺りを睥睨した。
 文芸部室を暫定的なSOS団の部室──部じゃないのに部室ってのも変な話だが──としたこの中には、ハルヒによって無理矢理団員にされた三人、すなわち自称宇宙人の長門有希、自称未来人の朝比奈みくる、自称超能力者の古泉一樹が顔を揃えていた。
「それで、なんだ合宿って」
「例の商店街、覚えてる?」
 多分、学園祭にて公開した、朝比奈さんが主役?のあの映画?で撮影した商店街のことだとは思うが。
「ああ」
「あそこでやってた夏の福引きで、誰も当てなかった二等の温泉宿泊券が余ってるって聞いたから、無理を言って譲ってもらったのよ!」
 コイツのことだ、余程の無茶を言って、無理矢理奪って来たに違いない。
 ゴメン、商店会長さん。
「でも、確かペアの宿泊券だったよな? それじゃ二人しか行けないんじゃ?」
「フフン」
 妙に勝ち誇った表情のハルヒの手には、目録が二つ。
 と言うことは、四人分が揃っているわけだが……、当然一人分足りない。
「いいかハルヒ。団員は五人、宿泊券は四枚。さて、数が合わないのはどういうことだ?」
「それぐらい分かってるわよ。足りない分は、みんなのワリカンで補うわ。昨夜確認したところ、一人三千円ぐらいで済むから、そんなに懐は痛まないわよね」
 長門は本を読んだままだし、朝比奈さんは特に嫌がる様子もないし、古泉もいつもの笑みを浮かべたまま。
 つまり、反対意見はゼロってことだ。
 まぁ確かに、余った一人が自前で全額ってことよりも、ほとんど只に近い旅行費だ、数千円程度の出費があったところで、大した金額ではないだろう。
 え? 俺か? 俺も別に反対意見は無いが、仮に反対したところで、俺の意見が通ると思うか?
 そんな経緯で、結局SOS団の冬の合宿が、中間の試験休みを利用して、ハルヒの気紛れが導くまま、実行に移されたのだった。

「結構イイじゃない!?」
 案内された部屋に入るなり、珍しく貶すでもなく感心しているハルヒ。
 いつもなら、「何よ、ツマラナイ部屋ね」とか言い出しそうなものだが。
 俺たちがやって来たのは、結構老舗の温泉旅館で、値段と雰囲気が一致しないような気がしないでもない店構えだったが、季節外れの上、業界も少々不景気らしいので、どうやら俺の心配は杞憂のようだ。
 総勢五人なので、二人部屋(こっちは男部屋)と四人部屋(こっちは女部屋)に別れ、これから二泊三日の合宿……の名を借りた、単なる慰安宿泊が始まった。
「それで、いったい何をするつもりなんだ?」
 とりあえず荷物を部屋に置いて、女部屋に集合した俺たち。
「決まってるわよ! 温泉でしょ、温泉でしょ、温泉でしょ、温泉でしょ、温泉でしょ……」
「お前は温泉しかないのか」
「温泉宿だから当然じゃない。他にもあるわよ、風呂上りのコーヒー牛乳でしょ、浴衣で卓球でしょ、タイトルが画面に焼き付いた古いゲームでしょ」
「流石は涼宮さん、目の付け所が違いますねぇ」
 的外れな部分で、ハルヒを褒める古泉。
「そしてトドメは当然、枕投げね! 旅行でコレだけは外せないわ!」
 おー、と、全く気の抜けた感嘆の声で、朝比奈さんと古泉がパラパラと拍手を送った。
 長門は相変わらず、本に目を落としたままだったが。
「ま、枕投げはともかく、温泉宿のメインと言えば温泉だからな。お前の言い分は間違えているわけではない。だが……」
「だが、なによ。ハッキリ言いなさい?」
「そんなに入ると、ふやけるぞ?」
「それは、無い……」
 長門が、聞き逃しそうなぐらいに小さい声で呟いたが、どうやら俺にしか聞こえなかったようだ。
「そんなこと有り得ないでしょ。温泉に入ったぐらいでふやけるんだったら、温泉卵なんて、殻がフニャフニャになっちゃうわ」
「それも、無い……」
 今度は俺以外にも聞こえたようで、ハルヒが長門を睨み付けた。
「……まぁいいわ。今のアタシは気分が良いから。そんなワケでみくるちゃ〜ん?」
 手をいやらしくワキワキさせながら、朝比奈さんに迫るハルヒ。
 彼女の三日月形になった目付きに怯えたのか、朝比奈さんがいつものように震える声で、「ひええええぇ〜」と言いながら後退り。
「さぁ、浴衣に着替えましょうね〜。有希、アンタも手伝いなさい!」
「そう……」
 朝比奈さんが、涙を浮かべながら、縋るような目で見詰めてくるが……。
 スマナイ朝比奈さん、出来ればこのまま浴衣に着替えるところを見ていたかったが、そうは行かないのが世の常。
「ホラ、男は出て行きなさい! ついでにアンタたちも浴衣に着替えて来るのよ」
 そんなわけで、俺と古泉は、朝比奈さんを見捨てるようにして女部屋を後にした。

「ふええええぇ……」
 着替えが済んだので、再び女部屋を訪れた俺たちの目の前には、妙に胸元を広げ、妙に裾が短い浴衣に身を包んだ朝比奈さんの姿。
 思わず見入ってしまいそうになるが、それでは俺の理性が吹っ飛んでしまい兼ねないので、頬が若干赤くなるのを自覚しつつも視線を逸らす。
 その先には、偶然なのか長門が居たが、何故か彼女が身に纏う浴衣は丈が長い。
 どうやらハルヒは自分に一番合ったサイズを選び、長門は一番大きいサイズで、朝比奈さんは一番小さいサイズの浴衣を、無理矢理着させられているらしい。
 後で、仲居さんに変えて貰うように言っておこう。
「で、着替えてどうすんだ?」
「当然、これから温泉よ、お・ん・せ・ん! 夕食までまだ時間があるし、混浴の露天があるからね、コレは楽しみだわ! 行くわよ、みくるちゃん、有希!」
 二人の手を取って、猛然と走り出すハルヒ。
 部屋の鍵をかけるのも忘れて、あっと言う間に姿を消した。
「あ〜あ……、どうする?」
 混浴、という単語に興味をそそられつつ女部屋の鍵を拾い、古泉に問い掛ける。
「行かないわけにはいかないんでしょうねぇ。それに、一応僕も健全な男子高校生。同世代女子の裸体に、興味が無いわけではありませんので。それはあなたも同じことでしょう?」
「……まーな」
 さらっと、結構際どいことを言う古泉に、俺は同意せざるを得なかった。

 大浴場に到着した俺たちは、男子更衣室に足を踏み入れた。
 当たり前の話だが、更衣室は男女で分かれている。
 浴場も、内風呂は分かれているが、露天は奥で繋がっているということだ。
「ま、とりあえずは……」
 そこまで言ったところで、女子風呂の方から朝比奈さんの叫び声が聞こえた。
「良い様に、おもちゃにされているようですねぇ」
「みたいだな……」
 彼女も、もう少し自分の意見を前面に押し出せばいいのに、どうにもハルヒに飲まれてしまっているのか、それとも性格なのか、強く出られないみたいだ。
 ま、それがあっての朝比奈さんなのだが。
 タオルを担いで扉を開ければ、そこには結構良い雰囲気の無人の浴場が広がっていた。
 奥に通じる引き戸があるが、あれが露天風呂に通じているのだろう。
 相変わらず朝比奈さんの悲鳴が響く中、先に身体と頭を洗い、さっぱりしたところで湯船──って言うのか? 温泉の場合にも──に身を沈める。
 う〜む、別に疲れている……いや、肉体的に疲れているわけではないが、やはり温泉は良い。
 ん? じゃぁ精神的に疲れているのかって? そんなこと、イチイチ言わなくてもお分かりいただけると俺は思っているのだが。
「いやぁ、偶には温泉もいいものですね」
「そーだな」
 このまま、適度に温まったところで上がることが出来れば最高なのだが、恐らくそうも行くまい。
『キョン! 古泉君! 露天に出るわ! アンタたちも来るのよ!』
 ほら、ことほど然様に俺の予想とはかけ離れた展開に雪崩れ込んでしまうのは、もはや驚くにも値しない。
 Jが付くある人に言わせれば、コーラを飲めばゲップがでるぐらい確実ってことだ。
「へいへい、仕方が無い。行くか」
「お供しますよ」
 腰にタオルを巻き直しながら、俺たちは露天に繋がる扉を開けた。

『ほほぅ』
 寒さを忘れて、思わず同時に感嘆の声を漏らす俺たち。
 さすがは当旅館最大のウリである露天風呂、その様は中々圧巻だ。
「素晴らしいですね。これだけでも、来た甲斐があったと言うものです」
「あぁ、想像以上に凄いなこれは」
 感心しながら辺りを見回すも、おや、誰もいない。
 人に来いと言っておきながら、何をぐずぐずしてるんだアイツらは。
「まぁすぐに来るだろう。お先に堪能させてもらうか」
「ええ」
 暮れかかった紅い空を見上げながら、時折吹き付ける冷たい風が頬を撫でるに任す。
 ハラハラと降ってくる落ち葉が、風流でよろしい。
「嫌がってないで、早く来るのよ!」
「ひやぁ、やめてくださいぃ〜」
「有希、そっちの手を持って!」
 どうやら、朝比奈さんが露天に出たがらないようだ。
 そりゃそうだろう、いくら混浴といえども、俺たちが裸同然でいるところになんて、まともな神経なら出て行こうと思うこと自体がおかしい。
 そういう意味では、朝比奈さんの思考はいたってまともなのだが、それでも未来人というまともじゃない存在なんだよな。
「お待たせ〜、ってホラみくるちゃん! いい加減諦めなさいってば」
「ひゃえふぁあああぁ〜」
 ハルヒと長門に引っ張られながら、泣きそうな顔の朝比奈さん。
 今にもバスタオルから零れ落ちそうな揺れる胸元に、俺の視線が釘付けになったところで、誰にも非難など出来はしないだろう。
 可能ならば、皆さんと代わってあげたいところだ無理だけどな。
「せ〜の!」
 ってオイ、まさか……!?
「それっ!!」
「はゃああああああああ!?」
 案の定ハルヒのやつ、朝比奈さんを風呂の中に投げ込みやがった。
 とっぷん、と、結構マヌケな音が響き渡る。
 続いてハルヒも、マナーもクソもなくバッチャリ飛び込んだ。
 その後に、長門が波紋も立てずに湯に滑り込む。
 人間業じゃない……、ってそもそも人間じゃなかったか。
「ぷふぇあぁあああ……」
 しばらくプクプクと泡だけ出して、ようやく湯から顔を出した朝比奈さんだが、なんだかここに来てからというもの、彼女の悲鳴しか聞いていないような気がする。
「大丈夫ですか? 朝比……奈?」
「え……?」
 声をかけようとしたその時、風が湯気を吹き払い、俺は絶句してしまった。
 ワケが分からないようで、朝比奈さんも不思議そうな顔で俺を見上げていたが、何故なら。
「えーと、その、朝比奈さん」
「はい?」
 俺はありったけの気力を総動員して、なんとか視線を逸らすことに成功した。
「その……、見えて、ます、よ」
 そう、彼女が巻いていたバスタオルが、放り込まれた衝撃で、身体からおサラバしていたのだ。
 そこには、高校生らしからぬ、そして多分自覚ゼロの強烈な色気を放つ、全裸の朝比奈さんが晒されていたのだった!
「ひ」
『ひ?』
 皆の視線が、一斉に朝比奈さんに集まった。
「ひやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 恐らくは彼女の人生最高記録であろう、凄まじい絶叫が轟いたのであった。

 何事ならんと駆けつけて来た女将さんに、蛇が出てきたので苦手な彼女が驚いた、という少々苦しいと思わないでもない説明でなんとか誤魔化すことが出来た。
 一応合宿という建前ではあるが、顧問や担任といった引率者がいないのだから、あまり目立った行動は避けるに越したことはない。
 とにかく朝比奈さんを宥めすかして、彼女にフルーツ牛乳(瓶のヤツ)を勧め、風呂上りのコーヒー牛乳(瓶のヤツ)を飲みながらなんとか落ち着くことができた。
「あのなぁハルヒ。仮にも一応朝比奈さんは先輩なんだから、もう少し敬意というものをだな」
「いいじゃない。みくるちゃんはマスコットなんだから、マスコットで遊んで何が悪いのよ」
「長門もなんとか言ってやれ」
「……なんとか」
 やると思ったよ、そんなキャラクターじゃないからやらないと思ってたけど、やると思ったよ。
「ほれ、古泉も」
「涼宮さん?」
「何よ」
「楽しいですか?」
「当然よ!」
「それは良かった」
 っておーい、良いのか?
「あ、あの、キョン君」
 遠慮がちに、俺に声をかけてくる朝比奈さん。
「なんです?」
「いいんです。私、我慢しますから」
 我慢出来ているように見えないから、助け舟を出したんですが。
 そりゃ、あなたが良いって言うのなら、それで構わないですけど、どうにも放っておけないこちらの身にもなってもらいたい。
「さぁて、もうちょっとで夕食ね。一応アンタたちの分もアタシたちの部屋に持ってくるように言ってあるから、時間になったらこっちに来るのよ」
「はいよ。ほら、部屋の鍵だ」
 ハルヒが忘れた部屋の鍵を渡す。
「なんでアンタが持ってるのよ!?」
「鍵も掛けずに飛び出して行ったのは、いったい何処のどいつだ?」
 ムスっとした表情になったが、どうやら言い返せないようだな。
 ここに来て、やっと一本取ることが出来たが、どうにも先が思いやられるな。

 その後夕食となり、ハルヒが嫌いなおかずを朝比奈さんに押し付けたり、好きなおかずを朝比奈さんから奪ったりとハタ迷惑しきりだったが、たまたま好みの相違が大きかったのか、特に騒ぎにならなくて済んだ。
 そして、食後の運動という名目で卓球大会をやることになり、俺と長門、朝比奈さんと古泉、そしてハルヒがシードでトーナメントが始まった。
 ちなみに長門は、地味に強かった。
 つまり、俺は敗退したってわけだ。
 当然と言っては失礼だが、朝比奈さんも古泉に勝てるワケがなく──皆さんには、朝比奈さんの負けっぷりが容易に想像できると思う──、その古泉も長門には及ばなかったようで、優勝決定戦はハルヒ対長門という、ある意味当たり前の対戦となった。
 “動”のハルヒと“静”の長門、下手すりゃオリンピックでも見ることが出来ないような凄まじいラリーの応酬で、将に手に汗握る展開だった。
「あぁもう、負けちゃったじゃないのよ!」
 いつもの不機嫌口調だったが、意外と晴れやかな顔だ。
 残念ながら、と言うべきかハルヒは、一点差という実に僅差で敗北を喫した。
「それにしても有希、あなたなかなかやるわね。明日は負けないわよ!」
 おいおい、見ているほうが疲れるような試合を、明日もするっていうのか?
 首に巻いていたタオルで汗を拭きつつ、瓶コーラを飲むハルヒを見ながら、俺は心底呆れかえっていた。
「なぁ長門、正直手を抜いたか?」
「いえ……、想像以上の反応速度と、予想を裏切る運動能力に、処理がほとんど追いつかなかった。一部の能力を解放しなければ、負けていたかもしれない」
 有機体でありながら、コンピュータに近い処理速度を持つ長門と対等に戦えるハルヒのスペックは、もはや人間の範疇を超えている。
 以前古泉が例えた“神”という非常識な単語が、一瞬頭を過ぎるが……。
「アンタたちも飲む? もちろん自前でね」
 その能天気な態度に、思わず否定したくなるのもまた、事実なのだった。
 
 部屋に戻って、と言うより女部屋に屯して、まったりテレビを見ていると。
「さてさて、それじゃ寝る前にビールでも……」
「ダメだ」
 何処からともなく突然ビールを取り出したハルヒから、すかさず缶を奪う。
「なんでよ、ちょっとぐらいハメを外しても良いじゃない!?」
「別に未成年がどうとか言うつもりはないが、どうせ自分が飲むんじゃなくて、朝比奈さんに飲ませるつもりだったんだろう? それに、部屋の冷蔵庫のドリンクはバカみたいに高いんだ。下手すりゃ一缶で千円近く取られるぞ」
「何よそれ! ボッタクリもいいとこじゃない!?」
「だからヤメロと言ってるんだ。コレは戻しとくぞ」
「ちっ、仕方が無いわね。自販機で買ってくるか」
「酒の自販機は受付カウンターの真ん前だ。まぁ止められるだろうな」
「いいわ、明日外で買ってくるから。あーもうツマンナイわね。今日はもうこれで寝るわ。ホラ、さっさと退散しなさい」
「へいへい。ほんじゃ部屋に戻るか」
「ええ」
 もう、腹を立てる気にもなれない俺たちは、言われるがままに自室に戻るのだった。

 う〜む、眠れん。
 考えてみれば、まだ11時にもなっていないのだ。
 床に着いた時間が早い上、枕が違うので、そりゃ寝付きにくいのも当然か。
「仕方がない。ちょいと行ってくるか」
「おやキョン君、どちらへ」
「なんだ、まだ起きていたのか」
「余りにも静かなので、無音がかえって耳に付きますのでね」
「みたいだな。俺はもう一度、風呂に行ってくるわ。お前も来るか?」
「遠慮しておきましょう。あなたも、本気で誘っているわけではないのでしょう?」
「まぁな」
「行ってらっしゃい」
「おう」
 てなわけで俺は、誰もいない(と思う)風呂まで単身赴いたのだが、更衣室に入った途端。
「え?」
「あ?」
 なんと驚いたことに、そこには浴衣を脱ぎかけのハルヒがいたではないか。
「ちょっとキョン! なんでアンタがここにいるのよ!?」
「なんでも何も、こっちは男子風呂だろう」
 前を隠しながら詰め寄るハルヒに、顔をあちゃらに向けながら応じてみたが。
「外の暖簾を見なかったの!? 入れ替えで今こっちは女風呂になってるのよ!」
「ってマジか!?」
 慌てて更衣室を飛び出し、暖簾を確認してみれば、ハルヒの言うとおりそこには、これでもかってくらいにハッキリと、“女湯”と書かれていたのだった。
 そういや旅館やホテルってのは、時間を決めて男女を入れ替えるシステムになっているということをすっかり失念していた。
 今更ながらにハルヒの白い背中を思い出しながら、更衣室で服を脱ぎ、浴室に入る。
 完全な左右対称ではないらしく、夕方に入ったあちら側とは、若干レイアウトに相違があった。
「ふぅ……」
 やはり、誰もいない。
 そもそも今日は、他の客はまったく見かけなかったので、完全な貸切状態だったのは、俺にとって甚だ幸いだった。
 ハルヒではなく知らない女性だったら、またひと悶着起こっていただろうからな。
「……露天に出てみるか」
 やはりまだ本格的ではないにしろ、季節はもう冬だ、夜の風は冷たい。
 急いで露天風呂に近づけば、見慣れた後姿──といっても、他に人はいないので、誰だか一目瞭然ではあるが──が湯の中に。
 少し離れたところに、静かに身を沈める。
「よぉハルヒ」
「………」
 眉を顰めて、そっぽを向いている。
「その、なんだ、さっきはスマン。本当に気付かなかったんだ」
「……もういいわよ。どうせアンタなんかに、堂々と女子更衣室に忍び込む甲斐性なんてないだろうし」
 堂々と忍び込む、ってのもアレだが、仮に女子更衣室に忍び込んだところで、いったいどんな甲斐性があると言うのか、俺には分からん。
「それで、アンタはどうしてここにいるのよ?」
 しばしの沈黙の後、ハルヒが聞いてきた。
「あぁ、寝付けなかったんでな。飯前はあんまりのんびり出来なかったし、もうひとっ風呂浴びるのもいいかなと思って」
「バッカねぇ、明日もあるんだから、何もこんな時間に来なくても」
 俺もそう思う。
 そうすれば、女子更衣室闖入なんてやらかさずに済んだのだからな。
「そう言うお前は?」
「別に。ただなんとなく、よ」
「なんとなく、か」
「そうよ。悪い?」
「……いいや」
「何よ、その一瞬の沈黙は?」
「なんでもないよ」
「まったく、アンタって腹立つわねぇ」
 何やらブチブチ呟くハルヒを尻目に、ふと夜空を見上げれば、中秋の名月、なんて代物ではないが、なかなか良い月がポッカリ浮かんでいた。
「そういやお前ら、水着を着ないんだな」
 飯前の風呂の時から思っていた疑問を、ハルヒにぶつけてみた。
 今もバスタオルを巻いてはいるが、ハルヒの両肩はむき出しだし、先ほども朝比奈さんは全裸にバスタオルだった。
「何当たり前のことを言ってるのよ。温泉に水着なんて、邪道よ邪道! アンタたちだって着てないでしょ」
「いや、もともと俺は、露天に入る気はなかったんだが。お前らだって、俺たちに見られるのは嫌だろうし」
「別に、見たけりゃ見ればいいのよ。アタシは気にしないから」
 お前が気にしなくても、朝比奈さんや長門は嫌がるだろうっての。
 この傍若無人っぷりには、まったく恐れ入る。
「ホントか?」
 ちょっとした悪戯を思いついた俺は、ハルヒの顔を正面から覗き込んだ。
「な、なによ。ホントに決まってるじゃない」
「ふ〜ん?」
 頬を赤らめて……と言っても、風呂に入っているから当然頬は赤いのだが、それでも少し照れているように見えなくもない。
 そのまま、ハルヒの顔から視線を下げる。
 バスタオルをかなり上で巻いているので、胸元とかは見えないが、形の良い鎖骨が窺える。
 視線を上げて、再びハルヒの顔を見てみると、先ほどよりも更に頬を赤らめていた。
 なかなか可愛いところもあるじゃないか。
 もっとも、俺も理性がギリギリのところを彷徨っていたのは内緒だが。
「はっはっは、悪い、冗談だよ」
 さすがにこれ以上からかうと、コイツは爆発しかねないので、適度に切り上げて、彼女から距離を取る。
「さて、そろそろ上がるか……。お前はどうする?」
 と声をかけたが、ハルヒの反応はなし。
 怒らせてしまったかな? と思ったが、微動だにしないのはどういうことだ。
「……ハルヒ?」
 それでも無反応なので、そっと近づいてみたところで。
 彼女の身体がグラリと傾き、そのまま湯に沈んで行く。
 ごぼごぼごぼごぼ……。
「ってオイ! ハルヒ!?」
 想像もしなかった現象に思わず呆然としてしまったが、慌てて彼女の身体を拾い上げる。
 とにかく急いで更衣室に戻ると、ハルヒを長椅子に横たえ、隅っこに置いてあった扇風機を回し、念のため持ってきていた携帯電話で長門を呼ぶ。
 こんな場合、下手に女将や仲居を呼ぶよりは、長門の方が冷静に対処できるだろうし、何よりこんな状況、他人に見られたら、変に誤解される恐れがある。
 とりあえず、水に濡らしたタオルをハルヒの頭に載せたり、扇風機の風を当てたりしながら、ほどなくして現れた長門に診てもらった。
「……大丈夫、のぼせただけ。水も飲んでいないし、問題ない。心拍数、血圧正常、極めて健康」
「そうか。済まなかったな長門、助かったよ」
「いい……」
 内心ホっとしつつ、安堵のため息を吐く。
 でもコイツ、そう簡単にのぼせるようなヤツだったか?
 俺よりも、圧倒的に強い心臓を持っているはずだが。
「面倒ついでで悪いけど、コイツを着替えさせてやってくれないかな」
「そう……」
 いくらなんでも、俺がやるわけにはいかないからな。
 着替え終わるまでの間、俺は入り口で呼ばれるのを待った。

 翌日の朝食時、ハルヒは昨夜の出来事をすっかり忘れていた。
 いや、忘れていたと言うよりは、夢だと思っているようだ。
 その方が都合が良いので、長門と口裏を合わせることにしておいたが、ハルヒが時折俺の方を見ては、目が合うと頬を染めてそっぽを向く、の繰り返し。
「どうしたハルヒ? 俺の顔に何か付いてるか?」
「な、なんでもないわよ!」
 不思議そうな顔で、俺とハルヒを交互に見る朝比奈さんに、何もかも分かっているような顔ながら、多分何も知らないはずの古泉。
 そして、我関せずと、マイペースに本を読みながら箸を動かす長門。
「さぁ今日こそは、行けるところ全部回るわよ。渓流釣りに、ハイキングコース、テニスコートもあったわね。それと今晩は、枕投げを忘れずにやるわよ!」
 右手に箸、左手に茶碗を持ったまま、口元にお弁当をくっ付けて力説するハルヒ。
 時季じゃないから、多分渓流釣りはやっていないと思うが。
 まぁ結局は、いつもとまったく変わらない関係のままで、いつものように振り回される日常ってことだ。
 望んだことではないが、それでも楽しいと自覚する自分がいるのもまた事実。
 ま、もうしばらくは、ハルヒの気紛れに付き合ってやるとするか。
 朝比奈さんと長門の手を引っ張りつつ駆け出すハルヒの背中を見ながら、俺はそう思うのだった。

「ところでキョン君」
「なんだ?」
「昨夜、いったい何があったのです?」
「……禁則事項だ」

 それにしても、便利な言葉だな。


終わり




※後書き
 恐らくがちゃS初の(←最近多いな)、完全“涼宮ハルヒの憂鬱”二次創作SSに初挑戦。
 一応メインキャラクター5人だけで書き下ろしてみました。
 困った時の温泉話、いやぁ便利便利(笑)。
 ちなみに朝生は、原作小説並びに漫画は未見でアニメしか見ておりませんので、設定はそれに準じていますから、少々の相違はご勘弁。
 もし原作に同じようなエピソードがあったとしても、まったくの偶然ですので、ツッコミ無しで。


一つ戻る   一つ進む