【2425】 偉大な薔薇様全てはこの瞬間のため  (朝生行幸 2007-12-24 10:15:38)


 それは、唐突に始まった。

「令、この資料、決済しておいたから目を通して頂戴」
 ある日の昼休み、最近慌しい黄薔薇さま支倉令のために、滞っていた彼女担当の資料を紅薔薇さま小笠原祥子が纏めて、菊組の教室まで持って行ってあげたところ、
「ほんと? ゴメン、助かったわ。ありがとう、恩に着るよ」
 面と向かって、爽やかに礼を言われた祥子は、頬を赤らめた。
 何故なら彼女は正真正銘のお嬢様、奉仕されたり傅かれたりするのには慣れているが、感謝されることには慣れていない。
 まだ、「悪いね」とか、「済まないね」といった、どちらかと言えばやや軽めのお礼の言葉なら、あまり意識することなく済んだのだろうが、オマケに令のダンディな微笑みまで添えられた日には、照れてしまうのも仕方が無いってものだ。
 照れ隠しなのか、祥子は思わず、

「べ、別に、あなたのためにやったんじゃないんですからね」

 と、やってしまったからたまらない。
 当然周りには令のクラスメイトたちがいる上、しかも紅薔薇さまが登場したとなると、三年生の薔薇さまが揃うことになり、注目度もかなりアップする。
 つまり、突然登場した祥子の生『ツン』を目の当たりにした菊組の生徒たちは、それ以来ことある毎に、

「別に、あなたのために(宿題を)やってきたんじゃないんだからね!」

 とか、

「べ、別に、あなたたちのために(掃除を)手伝ってるんじゃないんだからね!」

 とか、

「別に、あんたのために(ノートを)取ってるんじゃないのよ!」

 などなど、とにかくどんな些細なことでも『ツン』風味で応じるという、妙な流行が蔓延してしまったのだ。
 なにせ菊組は、先代黄薔薇さま以来の伝統なのか、何かチャンスや隙さえあれば、一気に盛り上がるという悪癖のようなものがあり、それは現在の菊組にも受け継がれているらしく、消しゴムの貸し借りから弁当のおかずのやり取りにまで、『ツン』の嵐が吹き荒れている状態なのだった。

 それは菊組のみならず、三年生全体に広がり、更には二年生・一年生と次々に伝播し、殆どの生徒が染まってしまうという始末。
 いや、まだ生徒だけなら良かった。
 問題なのは、生徒だけでは済まなかったことだ。
 リリアン女学園の教師の一人、山村先生が、

「べ、別に、あなたたちのために(授業を)してるんじゃないんですからね!」

 と言ったのを皮切りに、養護教諭の保科先生までもが、

「別に、あなたのために(治療)しているんじゃないんだからね!」

 と言い出すハメになろうとは、誰にも予想できなかったであろう。
 そして自体は、最悪の方向に転がってしまった。
 なんと、学園長のシスター上村までもが、全校集会の席で

「べ、別に、あなたたちのために、学園を運営しているわけじゃないんですからね!」

 とまで言い出せば、流石にこれは問題になるのは目に見えていた。
 実際、生徒からこの話を聞いたリリアンの父母会は、「いくらなんでも教師やシスターらがソレは拙いだろう」と、比較的冷静に推移を見ていた山百合会(ある意味元凶はココなのだが)を経由して、正式に抗議することになった。
 緊急に山百合会主導で全校集会を開き、集まった教師や生徒その他を前に、演壇上に立つ山百合会幹部並びにその関係者。
 緊張に包まれた体育館では、薔薇さまより「今後は、事態が収拾するまで、『ツン』の言動を一切禁止する」とのお達しが出た。
 落胆の声が入り混じるが、少し悪ノリが過ぎたと反省していた教師や一部の生徒はホッとしているらしく、とにかくこれで事態は解決に向かうだろうということに、安堵のため息が漏れた。
 流石は山百合会と、誰が始めたか盛大な拍手が巻き起こり、さしもの薔薇さまたちも面食らうといった有様。
 そのせいか、壇上で拍手喝采を浴びていた山百合会関係者一同は、混乱してしまったのか、思わずこう叫んでしまった。

『べ、別に、あなたたちのために、禁止したんじゃないんですからね!!』

 ブチ壊しだった。


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