聖夜の再起動。
がちゃSレイニーシリーズ、カナダからの手紙編
【No:132】から始まるシリーズ、まとめページは追いついてないのでちょっと待って。
翌朝。薔薇の館。
ストーブはつけたばかりで、まだ部屋は寒い。
バス停からとちがって由乃は10分歩いてくるんだからね。あー寒っ。
昨日の、瞳子ちゃんの帰宅からあと、もう一度話がおかしくなっている。
ロザリオ授受はした。たしかにした。
でも、すべてを話に戻ってくるはずの瞳子ちゃんが戻ってこないまま。なぜか柏木さんに伝言を託して。
祐巳さんは、なにか思案げに帰って行った。
何となく心配で朝からサロンに集まっているのは、志摩子さんと桂さん、乃梨子ちゃん、そして私、由乃。三年生は来ていない。
こぽこぽこぽ、と電気ポットからお湯が沸く音がする。
「それにしてもさあ、どうしてカナダなのよ。なんでハリウッドでもブロードウエイでもないのにカナダなの?」
それをまず聞きたい。なんなんだ、カナダって?
そこに切り込むのは、桂さん。
「えー、知らないの? バンクーバー、トロントあたりって、北のハリウッドって言われてるのよ。マトリックスのキアヌ・リーヴスってバンクーバーの劇団から出てきたし、トリニティーもトロント出身なの。知ってた?」
「それは俳優さんの出身地ってだけでしょ?」
「ちがうってー、あのね、クローネンバーグ監督がトロントに居着いて、映画祭を始めたりしてから結構映画産業が発達してきた地方なのよ。トロント映画祭って聞いたことない?」
「ああ、あるねえ、桂さん」
なんかこういう話だと、桂さん、暴走してませんか?
「キアヌってすてきよね、マトリックスで成功した後は、ハムレットの舞台なんかやってるんだよ、キアヌ・リーヴスって。ねー、カナダにいたら行きたいよ私」
ほら、紅茶を入れたのに乃梨子ちゃんがうろうろしてる。
「あのー、桂さま?」
「でも、わざわざハリウッドから離れて映画を作るのって大変なんじゃないのかしら? 撮影とか、ほらマトリックスって凄いCGだったわよね」と、分析する志摩子さん。
「えーとね、ハリウッドじゃ経費がかかりすぎるらしいのよ。だからハリウッド以外のところに映画産業って分散してるってわけ。その北の盛んなところがバンクーバーとかトロントとか、マトリックスなんかが撮影されたところがその一つってことなの」
「でも、瞳子ちゃん、『舞台女優』って言ってるわよ。そういう素地はあるの?」
「おおあり。さっきキアヌがハムレットの舞台をやったって言ったでしょ、あれ、バンクーバーよ。夏はシェークスピアの公演がずーっと町中で続くストラトフォードフェスティバル、なんてあったりね。ミュージカルも盛んだもの。ハリウッドやブロードウエイじゃなくて、カナダ東海岸でいいってわけ」
ふーん、ミーハーにも意外な利点があるもんだ。なるほど、瞳子ちゃん、本気なのかもしれないわけだ。
「……だからね、レオナルド・ディカプリオよりはもっと渋いおじさまの方が……」
「こほっ、桂さん、ってば」
「……いい男ってばさ、パイレーツ・オブ・カリビアンのジョニーデップの方だと思うわー。だからね、チョコレート工場からパイレーツまであの変な役でやれるオジサンっていいと思わない?それで……」
「桂さまっっっ!」
「はい?」
「ミーハー」
「ああああぁぁっ、て、てへへへへへ、うん、そうだよね白薔薇のつぼみ」
「乃梨子!」
志摩子さんがさすがにたしなめに入る。
「ご、ごめんなさい、でも瞳子が、瞳子が、瞳子がぁっ」
「落ち着いて、乃梨子。とにかくその桂さんの紅茶を差し上げなさい。桂さんがなにが言いたいかわかるでしょ?」
なだめる志摩子さん。ふむ、なにか考えているようだ。
「わかりますよ、志摩子さんっ。だから言ってるんです。瞳子が、瞳子がそういう映画ファンがスターに押しかけるようなつもりで渡航するわけないって!」
「でもね、乃梨子ちゃん。じゃあさ、瞳子ちゃんがアカデミー賞でも取って日本へ凱旋帰国してさ、『いつまでも祐巳さまが私のお姉さまです!』みたいになったら素敵じゃない?」
「わー、それ、いいかもしれない。『世界中どこにいても瞳子は私の妹よ』ってね」
瞳子ちゃんが、そこまで本気なら。そしてついさっき祐巳さんが瞳子ちゃんを行かせようとしたように、祐巳さんも応援しているというのなら、外野から強引に止めるのは間違いって事になる。
ところが、乃梨子ちゃんが地団駄を踏んだ。
「違う! ちがうちがうちがうちがう! そんなの瞳子じゃない。だって、もともとお父さんの転勤から始まってるんですよ。瞳子の自分の望みじゃないのに、そんなのへんだよ。そんなの瞳子じゃない!」
「そうね。一見、自分のやりたいことを押し通しているように見えるけれど、遠慮して引いているのかもしれないわ」
なるほど、志摩子さん、そう思っているのか。
キャラがかぶる、と言われる私ならどうするか。
「強引にカナダ行っちゃうののドコが引いてるのよ」
「祐巳さんと一緒にリリアンに残りたい。でもお父さんの味方にならなければいけない。お父さんを裏切れない。違う?」
「うん、志摩子さん。それならあるかもしれないわ。祥子さまの話とも一致する」
いかにも自分の望みのような顔をして、令ちゃんに独り立ちさせて、えーとできっこないけどぜったいできっこないけど独り立ちさせてやって、自分は親の赴任先へ同行する。やりそうだ。うん、そう、私自身でもやりそうだ。
「なるほどぉ。どっちだろう。問題は瞳子ちゃんの意志なのね」
「そうよ桂さん。最初からそうよ。問題は本人の意志なのよ」
志摩子さんが締めた。そういうことなのだ。
「だから、シスター上村は私を呼んだんだわ。『家』のことなのよ。そしてそれは、祐巳さん一人では受け止められないってシスターは思っていらっしゃるんだわ。乃梨子、このロザリオ、私はまだ瞳子ちゃんから直接返してもらってはいないわ。まだ、瞳子ちゃんの姉でいてもいいかしら?」
「もちろんだよ。瞳子が納得する道を選んで欲しいし、でも、できれば祐巳さまのそばにいてほしい。瞳子は祐巳さまじゃなきゃだめなんだよ」
「それにしても桂さん、情報をありがとう」
「てへへ。ミーハーと元気は私の取り柄だもの」
「……取り柄なのね。そう言い切っちゃうのっていいなあ、なんか前向きになった?」
「うん!」
「やっぱりミーハーです、桂さま」
「乃梨子!」
「あははは、ミーハーは桂さんの売りだもの」
「えーん、年下に言われると落ち込むなあ。いいの、いい男はみんな私のものよ」
「桂さま、それってリリアンでは浮いてませんか?」
「乃梨子! めっ」
「乃梨子ちゃんがそれを言うかなー」
ちょっと戻って暴走+ロザリオ授受日の夜
『もしもし、福沢様のお宅でしょうか。夜分畏れ入ります、わたくし、リリアン女学園の松平』
『瞳子ちゃん!!! 待っていたわ。姉として話を聞くって約束したのに、薔薇の館に戻ってこないんだもの』
『ごめんなさい。でも、他の人たちには話したくなくて。それに……準備がありますから』
『そっか。カナダへ行く決意は変わらないんだね』
『決意というより、他に方法はないんです。方法はないけれど、向こうで演劇を続けることはできる。だから、だから、祐巳さま……えぐっうぐっ』
『わかった。遠くからだけど、応援しているよ。どこにいても、私は瞳子ちゃんのお姉さまだからね。』
『はい。でも、そのことなのですが、ロザリオは、お返ししたいと思うんです』
『瞳子ちゃん! どうして!』
『紅薔薇さまになるんですよ。瞳子は祐巳さまの妹です。でも、紅薔薇のつぼみも必要でしょう。こういういきさつなら、志摩子さまのおっしゃるとおり、妹が二人だっていいじゃありませんか』
『瞳子ちゃん……。考えられないよ。瞳子ちゃんの他に誰が私の妹になれるって言うの?』
『たとえば、可南子さん……』
『馬鹿なこと言わないの!』
………………