がちゃSレイニーシリーズ外伝 『多重スール狂想曲』 【No:2406】の続きです。
あの騒ぎから数日がたち、瓦版に端を発した騒動は、薔薇ファミリーの動向、あるいはその内容を記した瓦版によって急速に収束しつつあった。
やはり薔薇さま達の動向、その影響は大きいということなのだろう。
噂が巡るのは速い。正確性に欠けるのがネックではあるが、それをフォローする形で瓦版が展開されていた。
一日に2度号外が出たり、日を空けずして号外が出たりと新聞部は大車輪の状態だった。活躍だったと言い切れないのは、瓦版自体が騒動の原因の一端になっていたからに他ならない。
紅薔薇のつぼみの妹誕生。同時に『紅白抗争』も『白薔薇革命』も『黄薔薇は蚊帳の外』も解消された。という認識がすみやかに拡がっていった。
いや、最後のはどうなんだ。解消されたのか? そもそも同列に語るべきことなのか? というかそれが原因でもう一騒動? いや大丈夫、『黄薔薇傍迷惑』もきっと再開するだろう。などというあたりの話は今回は余談。
ともあれ、未だ完全にとは言えないまでも、事態はだいぶ沈静化してきていたころのこと。
「あの、桜子さま?」
二人の少女はうかがうように桜子を見た。
「うん? 何?」
「私達、どうすれば……」
「どうって?」
今回の騒動で新たに桜子の妹になった二人の少女は、困惑したように視線を交わした。
何か言いたげな表情で、というよりは何か言って欲しそうなというべきかもしれない。
「私は何も言わないよ。どうしたいのか、どうすればいいのかはあなた達が自分で決めなさい」
二人は思わず目をあわせた。
こういう人だ。
本音を言えば、解消したくはないのだ。やっと憧れの人と姉妹になれたのだから。
浮かれていたのは事実だ。騒ぎの雰囲気にのせられてというのもあっただろう。
騒ぎの収束に伴って、周りの人達が沈静化していく中で、それでも今の状態をそのまま続けるだけの度胸、というか勇気も無いというのもあった。
桜子の本来の妹に対する遠慮があったのも事実である。
行動に移るためのふんぎりがつかない、というのが今の2人の状態だった。
それでも、桜子がそのままでよいと言ってくれれば、その関係を続けられたろう。
あるいは解消するように言われたら、いっそ諦めも付くだろう。
だが、桜子がそれを言ってくることはない。
そういう、人だった。
一度成立した姉妹関係を解消するのは辛いことだった。未練と言い換えてもいい。たとえそれがイレギュラーなものであっても。
だかろこそ、桜子に何か言って欲しかった。けれども、何も言わないだろうという可能性が高いのもわかっていたことだった。
呼び方が『お姉さま』でなく『桜子さま』になっているあたり、既に答えは出ていたのかもしれない。
前もって決めてあったかのように、2人はロザリオを差し出した。それの意味するところは明白だ。
「いいのね」
二人はまた顔を見合わせる。見つめ合い、そして頷いた。
「はい」
「そう」
頷いて、桜子は微笑んだ。
見ていた二人を虜にするような笑顔だった。
そして。
「おっけー。いいわよ」
その笑顔を台無しにするような軽い調子でそう言って、桜子は二人のロザリオを受け取ったのだった。
ちなみに、桜子の二人目の姉の方は、事態の沈静化とほぼ時を同じくして姉妹関係の解消を申し出ていた。桜子も、それを当然のように受け入れた。
そして、桜子の最初の妹だった少女は。
「ご、ごきげんよう、桜子さま」
桜子の前に立っていた。目の前にとび出した形だった。
偶然会った、わけではない。偶然を装った必然、というわけでもない。それはちょっとした賭けみたいなものだった。そうなればと意図して行動した結果だ。
ロザリオを投げ付けて以来、桜子からのアプローチは全く無かった。あんな別れかたをしたのだ。肯定にしろ否定にしろもう一度会って話そうとするのが普通ではないか。………ちょっと普通じゃないのは知ってたけど。怒る権利くらいはあると思う。
だが挨拶もそこそこに。
「だめよ。そんなにプリーツを乱して」
のほほんと、桜子はそう言った。
「そういえばこの間も、派手にカラーを翻して、プリーツ乱して走っていったでしょう」
この間、とはもちろんロザリオを返した時のことだろう。……他に、もっと言うべきことがないのだろうか。
「身だしなみはキチンと――」
「いいかげんな桜子さまに言われる筋合いはありません!」
何か言いかけていた言葉を遮るようにそう言って、少女はつーんとそっぽを向く。先輩相手に酷い言い様ではある。
「そんなに注意したいんだったら……………」
そこまで言って、その少女は口籠る。躊躇うように、一瞬だけ視線を桜子に向けてすぐに逸らす。
「……お姉さまの言葉としてならちゃんと聞きますけど」
ボソリと、拗ねたように小さな声でそう言った。
「え?」
桜子は少しの驚きを伴ってかつて妹だった少女を見た。
そして、わずかに逡巡する。
もうそんなことは無いだろうとは思うけど、それでも、桜子の考え方が変わったわけではないのだ。
「私、もしまた申し込まれたら受けちゃうよ。それでもいいの?」
「そしたら、またロザリオを投げ付けますから」
驚いたようにちょっと目を見開く桜子。
「……なるほど」
そして笑う。
「それはちょっと怖いな」
「で、結局元のさやに納まったわけだ」
桜子のクラスメイトは、話を聞いて呆れたようにそう言った。
何故か桜子にやたらこの関連の話を聞かされることになったその少女は露骨に呆れた表情をして見せながらも、どこかホッとしているような安堵の色を滲ませていて、なんとなく微笑ましいななどと人事のように思う実は元凶の桜子である。
「そういえば、お姉さまの方は何も言わなかったの?」
ふと思いついたように、聞かされた話には出てこなかった桜子の一人目のお姉さま(今はもう一人だけだから但し書きを付ける必要はない)について、彼女は尋ねてみた。
「『まあ、桜子だし』って言ってた」
「……なるほど」
わかった上で妹にしてるのか。それはそれで凄いなと思う。さすがは桜子さんのお姉さまというべきか。
「どういう意味だろう?」
「そのままの意味でしょ」
本気でわかっていないらしい桜子に、彼女は苦笑とも諦めともつかぬ微妙な表情を見せた。
「そういえば、結局、買ったロザリオ余っちゃったんだよねえ。………よかったら、」
「それ、前にもやったから!」
ロザリオを渡そうとした手をガシッと止められた桜子は、「残念」と言って、かすかに笑った。
実のところ、桜子が自分から姉妹にと望んだ形になったのはそのクラスメイトに対してが初めてだったりとか、当然ながら断わられたのもそれが初めてだったりとかしたのだが、それに気付いたものは本人を含めておそらく一人もいなかった。