【2429】 言葉に出来ない愛を  (いぬいぬ 2007-12-30 18:19:31)


 身を切るような木枯らしが舞う、そんな季節のある日。
 こんな日は、マリア様のお庭を歩くリリアンの子羊達の様子も、ちょっと慌しくて。
 でも、それは冬の寒さのせいだけではなく、残り少ない学園生活を無駄にしたくない3年生達の急ぎ足だったり。あるいは、そんな3年生達に追いつくための、妹達の焦りだったり。


 卒業式を間近に控えた頃。冬の寒さもまだ厳しいそんな時期に・・・ いや、そんな時期だからこそ、貴重な陽射しを満喫すべく、佐藤聖は銀杏並木に近いベンチに座り込み、日向ぼっことしゃれ込んでいた。
 冬特有の透明な空気の中、その身をじわりじわりと暖める光に照らされた聖の姿は、その美貌と相まって、まるで彫像のような美しさを醸し出していた。
 珍しく4月並に暖かい陽気に誘われ、聖の付近には、お昼ご飯を外で食べようとする子羊達の姿もちらほらと見受けられたのだが、聖を含めた周りの風景ごと芸術作品になってしまったかのような空気を壊すのを恐れたのか、みな聖を遠巻きに眺め、誰も近寄ろうとはしなかった。
 いや、近寄るどころか、直視するのも恐れ多いとでもいうように、みなチラチラと聖に視線を送るばかりである。
 だが、そんな少し侵し難いような雰囲気の中でひとつだけ、真っ直ぐに聖へと向けられていた視線があった。
 しかし、真っ直ぐに聖を見つめる視線の主も、じっと木陰にたたずんだまま、聖に近寄ろうとはしない。
 光の中で輝くかのような聖。それを見つめる静かな瞳。二人の間の空気はまるで、時が止まってしまったかのような静謐に満ちていた。
 しばらくは無言で聖だけを見つめていた彼女だが、突然背後の空気がきらめき出したのに気づき、慌てて振り向いた。
 振り向いた彼女の目の前で、まるで冬の陽射しが寄り集まってゆくように、きらめく粒子がゆっくりとひとつの姿を象ってゆく。
 その姿はやがて、長いドレスをまとった女性の姿へと変貌したのだった。
 そして、光の中から突然現れた存在は、彼女に語りかける。
『 ハ〜イ! はじめまして!・・・ で良いのかしら? どおかしら? まあ、はじめましてなんて言ってはみたけど実はお互いに何度も姿を見てるはずなんだけどまあそんな硬いことは言いっこ無しってことで良いわよね! ね? ね? 』
 光の中から現れた女性の口から飛び出したのは、そんな妙にテンションの高いマシンガントークだった。
 長いドレスをまとった美しい姿と、まるで深夜の通販番組の司会みたいな一方通行的なハイテンションが、恐ろしいほどのギャップを生み出していたが、ドレスの女性はそんなことは気にした様子も無く、ニコニコと彼女へ笑いかけている。
 一方、語りかけられたほうの彼女はと言えば、突然背後に誰かが現れたことに驚いているのか、はたまたドレスの女性が見せる異常なハイテンションを見てかかわらないほうが良いと判断したのか、警戒感もあらわな瞳でドレスの女性をにらむばかりだ。
『 ああ、そんなに脅えなくても良いのよ? ホントにホントに脅えなくて良いの! 私は貴方の願いを叶えにきたのだから! 願いを叶えるって言っても別に魂をよこせとか対価と代償は等価交換だとかケチなことは言い出したりしないから安心してね! ね? ね? 』
 突然「願いを叶える」などと突拍子も無いことを言い出すドレスの女性。
 当然、そんなセリフを聞かされた彼女の瞳からは、警戒感は消えない。むしろ、眉間のシワが深まったくらいだ。
『 だからそんなに脅えなくても良いと・・・ ああそうだ!そう言えば自己紹介もまだだったじゃないの! 私ったら肝心なことを言い忘れることが多くてこの間も・・・ ってそんなことはどうでも良いのよ、うん。初対面なんだからまずは自己紹介! 互いの理解を深めるために、何は無くとも自己紹介よ! ね? ね? 』
 ほっといたらどこまでも駆け抜けていきそうなハイテンショントークに、話しかけられた彼女のほうは、いつでもダッシュで逃げ出せるようにと密かに身構える。
 だが、そんな彼女の警戒感なぞ何処吹く風とでも言いたげに、ドレスの女性は微笑みを崩さず、あくまでもマイペースに自己紹介を始めた。
『 私はマリア。あの校庭の片隅にたたずんでいるのが私の本体よ。でもあの像はちょっと表情が硬いわよね? ね? 本当の私はこっちの顔、あの像と比べて当社比30%増しな感じの美貌と笑顔が売りのこの顔だからそこんとこ誤解しないで欲しいって言うか私的にはあの像の顔って“ナシ”だと思うのよ! アナタもそう思わない? どお? どお? 』
 別に誰もマリア像の顔については何も言ってないのに、一気にそんなことをまくしたてながら、マリア像のある方向を指し示す女性。
 どうやら基本的に人の話しを聞かない人・・・ って言うか、人と合わせるということができない社会不適合者っぽい人物のようである。
『 ああ、マリアと言っても、“あの方”を産み出されたマリア様とは別の存在よ? 私は別に受胎告知なんか受けた覚えは無いし、むしろいつの間にか妊娠してるなんて願い下げよ! ・・・いや別にマリア様を否定している訳ではないのよ? 違うのよ? ああ、今はそんな話をしている場合じゃなくて、私が何者かってことなんだけど、ん〜・・・ 何て言えば良いのかしら? 元々の私はただの像で・・・ ここの子羊達によって毎日積み重ねられた祈りというか想念というか雑念? 煩悩? ・・・まあ、なんかそんな感じの“想い”から産まれた・・・ え〜と・・・・・・・・・・・・ 付喪神? 』
 自分自身の言葉に小首を傾げながら、付喪神などと、何やらマリア像・・・ いや、キリスト教自体とも相容れないっぽい概念で、自分という存在を表現し始めた“自称マリア様”。
 その姿がリリアンにあるマリア像に極めて似ているものなので、その口から付喪神などと言う単語が飛び出すと、ものすごい違和感がある。
 やはりコイツには関わらないほうが良いと判断したのか、自称マリア様の言葉を聞いていた彼女も、無言で足に力を込め、すぐにでも逃げ出せるように体勢を整え始める。
『 もう、そんなに警戒しなくても良いって言ってるでしょう? こんな美人がこんなにフレンドリーに話しかけてるっていうのに何が不満なの? 別にキャッチセールスでも新興宗教の勧誘でもないし、ましてやエロいことを強要しようって訳じゃないんだから、も少し友好的に交流を深める方向でも良いと思うのよ! どお? 』
 膝の辺りに力を貯める彼女の姿を見て、このままでは逃げ出されてしまうと思ったのか、自称マリア様・・・ マリアは、友好的に両手を広げてみせたりしながら、相も変らぬハイテンショントークと共に彼女に一歩近付いた。
 精一杯友好的に笑って見せるマリアだったが、話しかけられた彼女のほうは、無言で一歩、じわりと後退し始める。
『 だから逃げなくても良いと・・・ って私の声は聞こえているわよね? ね? 』
 そんなマリアの問い掛けに、彼女は初めて口を開き・・・
「 シャァァァッ!! 」
 猫特有の威嚇音を発した。
 彼女・・・ ゴロンタは、耳を伏せ、背中の毛を逆立てて威嚇している。
『 もう! あんまり聞き分けが無いと、捕まえちゃうわよ? 捕まえるって言っても別に食べるとか三味線にするとかあまつさえ動物実験に使おうなんてこれっぽっちも考えてないから安心して良いわよ? ホントよ? 』
 ゴロンタの威嚇などには怯まずに、マリアは聞いていると逆に不安になりそうなことばかりをほざきながら、さらにもう一歩踏み出す。
 その姿は、はたから見ていると、話しかけながら猫を追い詰めている色々とヤバそうな人にしか見えない。
 マリアが無造作に踏み込んだ一歩で、危険エリアに侵入されたと判断したのか、ゴロンタは迷わず今いる茂みから逃げ出した。
 そのスピードは、人間ならば軽々と引き離せるものだったが・・・
『 うふふ、逃がさないわよ〜♪ 』
 何故か嬉しそうに微笑むマリアは、一瞬でゴロンタの前に姿を現した。
 驚いたゴロンタは、マリアに激突寸前で急停止する。
『 私ってば霊的な存在なんだから、走って逃げることなんて無理よ? 無駄よ? インポッシブルよ? テレポートできるエスパーから逃げようとするようなものだから! 』
 エスパーとかテレポートとか、相変わらず微妙にキリスト教とは相容れないような発言を繰り返すマリア。なんというか、彼女のセリフからは、キリスト教特有の厳格さのようなものが、一切感じられない。
 だが、「自分はリリアンの子羊達の祈りから産まれた存在」というマリアの言葉が事実とすれば、それも当たり前のことなのかも知れない。
 むしろ、クリスマスを祝った直後に神社に初詣に出かけたり、お盆に先祖の霊をお迎えするクセに13日の金曜日を恐れたりするという宗教的カオスを体現する日本の体質を、じつに上手く取り込んでいるとも言えるだろう。
 だが、いきなり追い詰められたゴロンタには、そんなことは関係無かったようで・・・
「 シャァァァッ! カァァァァッ!! 」
 逃げられないならば戦うまでと判断したか、ゴロンタは威嚇の声をあげながら、自分に有利な位置を探ろうと、ななめに移動し始める。
『 ・・・このままじゃあ話が進まないわね。仕方ない、まずは貴方が話せるようにするわね? ちょっと眩しいだけだから動いちゃダメよ? って言うか動くな! 』
 一方的に我がままな宣言をしつつマリアが右手を上げると、そこへマリアが現れた時と同じような光の粒子が集まり始めた。
『 ・・・こういう時って、なんか呪文とか言ったほうがカッコイイかしら? どおかしら? え〜と・・・ エロイムエッサイム・・・ はさすがにマズいか。ん〜・・・ フングルイ ムグルウナフ クトゥルウ・・・これも違う。・・・・・・・・・みなづきのつごもりのおほはらひ・・・これもなんか合わないわね? 』
 直径50cmほどの光を右手に集めたまま、マリア像が本体とはとても思えないようなことを呟き続けるマリア。
 しかし、マリアの言葉を聞いていると、じつはリリアンの中にも色々な“祈り”をささげている子羊達がいるようである。さすがは宗教ごった煮王国日本。
 ・・・一部、宗教ですらないものも含まれているようであるけれど。
 なかなか決め台詞が決まらないらしく、マリアはしばらく「あびらうんけんそわか」だの「ロ急急如律令」だの「ピカチュ・・・・・・呪文ですらないわね」などと呟き続けていたが、それを逃げ出す好期ととらえたのか、ゴロンタは再び全力でダッシュした。
『 あ! 待っ! えっと、喰らえ!! 』
 逃げるゴロンタに焦り、マリアは慌てて右手の光をゴロンタ目がけて投げつけた。
 一直線に飛んだ光は、ゴロンタを包み込むと、一瞬で人が入れるほどの大きさへと広がった。
『 もう! 慌てさせるから“喰らえ!”とか言っちゃったじゃない! 私は別に主人公を追い詰めて苦しめる悪役じゃないのよ?! だいたい、そういう悪役ってヤラレキャラじゃないの! 私そんな役やりたくないし! 』
 マリアの演じたい役柄なんかはどうでも良いが、いくらなんでも咄嗟に出てきたセリフが“喰らえ!”はどうかと思われる。
 だが、“喰らえ”と叫んではいたが、音も無くゴロンタを包んだ光は攻撃の類いではなかったらしく、特にこれといった変化を見せるでもなく、徐々に薄れてゆく。
 そして、光が消えた後に姿を現したのは・・・
『 あは! 大・成・功!! ふう、これでやっとまともに会話ができるわね? ね? 』
 猫のゴロンタではなく、リリアンの制服をまとった一人の少女だった。
 灰色がかった黒髪のショートヘアー。細くしなやかな体つき。やや吊りあがった目。小ぶりな鼻と唇。
 それは正に、“猫っぽい”と表現するのがぴったりくるような、野性的な美しさを備えた美少女だった。
『 うんうん、なかなか良いじゃないの! 我ながら結構上手くできたわね。・・・猫を人間にするなんて初めてだから、ホントは成功するかどうか解からなかったんだけど、成功したんだから結果オーライってやつよね? ね? 』
 さらりととんでもないことを呟きつつ、マリアは満足そうにうなずいていた。
「 ・・・・・・・・・ 」
 一方、いきなり人間にされたゴロンタ(少女バージョン)は、不思議そうに自分の両手を見つめていた。
 いきなり毛皮が無くなり二足歩行になってしまったのだから、どうして良いのか解からないのかも知れない。
『 いきなりで驚いたかも知れないけど、大丈夫よ。ちゃんと後で元の姿に戻してあげるから、うん。やったことないけど、今のと逆のことすれば良いんだから、たぶん大丈夫よ! 』
「 ・・・・・・ 」
 聞く者を不安に陥れるようなことを、自信満々に言い放つマリア。
 それを聞いて何を思っているのか、ゴロンタは無言でマリアを見つめ返す。
『 体の動かし方もすぐに慣れると思うから・・・あ、そうそう。今のあなた、人間の基準で言えば、かなり美人なのよ? ホントよ? まあ、私ほどではないかも知れないけどね! 私ってばじつは猫ちゃん大好きだから、頑張って美人さんに仕上げてあげたんだからね? 』
「 ・・・・・・・・・ 」
 マリアの言葉にも、ゴロンタは無表情に見つめ返すだけだった。
 まるで反応の返ってこないことに不安になり、もしや自分の術が失敗していたのかと思い始めたマリアは、恐る恐るゴロンタに問い掛けてみた。
『 ・・・えっと・・・ 私の言葉は解かるわよね? ね? 』
「 ・・・・・・ (コクッ) 」
 無言でうなづきだけ返すゴロンタに、マリアは尚も何か言いたげだったが、すぐに諦めたようにため息を吐いた。
『 なによ、やっぱり大成功なんじゃない。それにしても、せっかく話せるようにしてあげたのに無口な娘ねぇ・・・ 私なんか話せるようになった時は嬉しくて嬉しくて、用務員さんに三日三晩話しかけ続けちゃったほどなのに。・・・そう言えばあの用務員さん、あの後姿を見かけないけどどうしたのかしら? ・・・・・・まあ良いわ、とりあえずあなたの願いを叶えるのが先ね 』
 ・・・こんなのに三日三晩話しかけられ続けられた用務員さんの精神が激しく心配だが、マリアが気にしていないし、このお話には関係の無いことなので、ここでは無常にも割愛させていただこう。
 マリアは表情を引き締めると、聖の座っているベンチの方向を指し示した。
『 私にはアナタの願いが解かっているのよ? 』
 そう言って、マリアはニンマリとゴロンタに笑いかけてみせる。
『 アナタが見つめていたあの娘・・・ 佐藤聖ちゃん。あの娘、アナタの命の恩人なんでしょう? 』
 マリアの言葉に、ゴロンタは無言で聖を見つめる。
『 今は3月。アナタの恩人である聖ちゃんは、もうすぐ卒業しちゃう。アナタは聖ちゃんが卒業して、ここから姿を消しちゃう前に、せめて感謝の言葉を送りたかった! ああ・・・ でも悲しいかなアナタはただの猫! 想いを伝えたくても人間の言葉を話せない! まさに悲劇! 私ってば色々な“想い”から生まれた存在なもんだから、そんな憂いに満ちた瞳をしたアナタに気づいちゃったのよ!! 』
 話しているうちにまたテンションが上がってきたのか、両手を広げ、歌うように語るマリア。
 ・・・それを見つめるゴロンタの瞳は、北極海にように冷たかったが。
『 そんなアナタの想いを叶えるために! 今、私の巻き起こす奇跡がアナタに人の姿をとらせたという訳よ!! さあ! アナタの想いを、思う存分あの娘に告げるが良いわ!! 今まで言葉にできなかった愛を、あの娘に届けまくっちゃいなさい!! 』
 もはや何処か踏み込んではいけない領域にイっちゃってる瞳で、マリアは激しくゴロンタを炊きつける。
 マリアの言葉に何を思ったのか、ゴロンタはマリアから目を逸らすと、無言で聖を見つめた。
「 ・・・・・・・・・ 」
『 さあ! 遠慮はいらないわ! さあ! さあ!』
「 ・・・・・・・・・ 」
『 ・・・・・・・・・ 』
「 ・・・・・・・・・ 」
『 ・・・・・・・・・・あれ? 』
 ゴロンタのあまりの無反応ぶりに、さすがのマリアも思わずテンションが落ちる。
 マリアは動こうとしないゴロンタに問い掛けてみる。
『 ねえ、どうしたの? 別にアナタだってバレたら猫に戻っちゃうなんてオチは無いわよ? 安っぽい童話と違って、私ってばその辺太っ腹よ? 感謝の言葉を送り放題よ? 愛と感謝の言葉が冬の大放出祭よ? 』
「 ・・・・・・・・・ 」
 ここで、マリアは根本的な質問をしてみた。
『 アナタ、聖ちゃんに何か言いたくて見つめてたんでしょ? そうでしょ? 』
 それはむしろ何かする前に最初に聞けと突っ込みたくなるセリフだったが、ゴロンタはそれでも無言で立ち尽くすばかりである。
 重すぎる沈黙に、さすがに不安になったマリアは、もう一度「最初に聞け」と突っ込みたくなるようなことを問い掛けてみた。
『 ・・・・・・え〜と・・・ アナタ、何で聖ちゃんを見つめてたの? 』
 マリアの問い掛けに、ゴロンタは切れ長の美しい瞳をきらめかせながら、こう答えた。
「 なんか食べ物持ってるかと思って・・・ 」
『 エサが欲しかっただけかよ!! 』
 ゴロンタの正直すぎる発言に、律儀に突っ込みながら頭を抱えるマリア。
 だからそういう大事なことは最初に聞けっつーの。
『 ちょっとアンタ! よりによって、エサが欲しかっただけとかぬかす訳?! 』
「 うん 」
『 うんじゃないわよ! 何、間髪入れずに即答してんのよ! 少しはアンタのために奇跡を起こしてあげた私に遠慮してみたらどうなのよ! 日本の猫なら社交辞令ってモンを覚えときなさいよ!! ・・・って、そんなことはどうでも良いわ! 私がせっかく感動の瞬間を演出してあげたってのに、全部無駄だったっていう訳?! どうしてくれんのよ! 私だってそう何度もホイホイ奇跡をバラ撒いてる訳じゃないのよ?! そんな貴重な奇跡をアンタ、全否定する気?! 』
 良く確かめもせずに自分が暴走したのが悪いのに、まるで全ての責任はゴロンタにあるようなことを言い出すマリア。
 もういっそ清々しいほどの逆ギレっぷりである。
「 ・・・うるさいなぁ 」
 ゴロンタにしてみれば、ただお昼ご飯でも食べようかと思っていただけのところを無理矢理人間にされた挙句、別に言おうとも思ってなかった感謝の言葉を強要されて、良い迷惑なだけであろう。
『 うるさいって何よ!! 私がせっかく「冬に舞い降りた愛と感動の奇跡」を演出してやろうとして・・・ 寝るなー!! 』
 もうこんなヤツは相手にしてられないとでも言いたげに、ゴロンタはダルそうな表情でその場に寝転んでしまった。
「 うるさい、あっちいけ 」
『 なんですってー?! 私がアンタのために色々してあげようってのに“あっちいけ”ですって?! なんて身勝手な言い草なの!! だから猫ってキライなのよ! わがままで気まぐれで! 』
 さっきは確か、「私ってばじつは猫ちゃん大好きだから」などと言っていたはずだが・・・
 どうやら都合の悪いことは音速で忘れ去れる体質のようである。うらやましくは無いけれど。
『 アンタ私の奇跡がどれほど貴重なものか・・・ って、丸まって本格的に寝るなー!! 』
 マリアの絶叫を完全に無視し、ゴロンタは春のような陽射しを浴びながら、気持ち良さそうに芝生の上で丸くなってしまった。
『 起きろー!! これじゃまるで、私が空回りしまくってるバカみたいじゃないのよー!!! 』
 ・・・うん、そのとおりだから、オマエもう帰れ。
『 せっかくハートフルでファンタジックな奇跡を起こそうと頑張ったのに・・・ なんで私がこんなめに・・・・・・ 何よ? 』
 なおもブツブツと愚痴るマリアを、ゴロンタは何か言いたげな視線で見つめていた。
『 何よ! 黙って見てないで、言いたいことがあるんならハッキリ言いなさいよ! 』
 開き直るマリアに、ゴロンタは寝転がったまま、きっぱりと言い放つ。
「 聖はきっと、アタシの感謝の言葉なんか求めてない。それどころか、自分のしたことは自然界の流れをさえぎる余計なことだとさえ思ってる 」
『 ・・・・・・・・・ 』
「 だから、感謝の言葉なんかよりも、アタシが自然界の中で普通に生きて、死んでゆくことこそが・・・ アタシが自然界の一部として、普通に生をまっとうすることこそが、聖に対するせめてもの恩返しだと、アタシは思う 」
 命の恩人である聖に対して、自分ができることと、聖が望むこと。
 ゴロンタは、聖に感謝の言葉を送るのが嫌なのではなく、恩を返す方法は他にあるんだと言いたいようだ。
 そんなゴロンタの言葉を聞いたマリアは・・・
『 ・・・猫に・・・・・・・・・ 猫に説教された・・・ それも、芝生の上で丸くなった猫に・・・ 』
 両手両膝をガックリと地に付き、モノスゴク凹んでしまったのだった。
『 しかも・・・ 何が悲しいって、反論できない自分が悲しい・・・ 』
 オマエは猫以下な存在である。と、宣言されたにも等しいダメージを受けたマリア。
 打ちひしがれたその姿は、もはや回復不可能な傷を負ってしまったように見えた。

 彼女はもう、人の願いを叶えたりするよりも先に、暴走気味な自分の内面をどうにかしたほうが良いのではないだろうか?


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